二十一
来た――。
ひたひたひたと草と枝を分け迫り来る殺意を、刀を構え迎え入れる。
気配はひとつ。が、とある経験上油断はできない。そのひとつだった気配が、こちらへどんどん近づくにつれ、枝分かれする。おかしな表現であることは自覚しているが、それ以外に言葉が見つからない。
彼女は、やつらの気配を線で感じていた。通常、視覚であろうと嗅覚であろうと、探るのは位置と速度である。それが、やつらの描くそれは、こちらへと伸びてくる、べったりと軌跡や道筋がはっきり描かれている線なのである。一筋の気配は、枝分かれし、枝分かれして、最後には三十二の線となってコノハの背後へと現れた。
「ッたく、反則だ! 冗談じゃないっての!」
刀を振るう。背後の大木ごと、墨色の衣服に身を包んだそいつらを叩き斬った。腕が、脚が乱れ飛ぶ。しかしそいつらは痛がる気配を見せずに向かってくるばかりでなく、飛んだ腕や脚やらさえも彼女へと意思を持ったように襲いかかってきた。血は、一滴として吹き出さない。
「ふ・ざ・け・ん・なッ!」
四肢を斬り落とす。そうすると、どうやら動きは一時止まってくれるらしい。どういう理屈だ。首斬ったら完全に止まるかな? でもなー。死んじゃうかも知れないしなー。殺したくはないもんなー。そういう都合もあって、三十二体の手足をまんべんなく斬り落として(まあ普通だったらこれで死ぬけどな)、走る。
行きは、水上機でこの深い森林の中心に位置する広い湖に着水した(ヘリで行ける距離ではなかったらしい。ヘリって燃費は悪いんだってね、知ってた?)のだが、歓迎されて、一夜過ごしてみれば、運転手他は殺されて、生きているのは……多分、わたしひとりだ。やつらだけではない、この森には話の通じなさそうな妖魔の類いがわんさかと居る。このからだ中の傷は、やつらばかりにやられたわけではなかった。
……守れなかった。
コノハは顔をゆがめる。油断していたわけではなかった。ここへ辿り着いたときから、一縷の違和感は感じていた。警戒を緩めたわけではない。出来ることはやっていた筈。……いや、違う。油断も何も、フヨウたちを連れてこなかったのはわたしの判断。わたしの過失だ。彼らはわたしが殺した。
許せないのは自分自身。今すぐにでも腸掻き斬ってやりたい気持ちを我慢する。死んで詫びることができるならどれ程楽か。
生きるしかない。
生きて、死んでいったものらを供養してやらねばならない。それ以外に答えはないんだ。
しかしいかにして生き残るべきか。第一に、迷った。どこへ行けば良いのやら皆目見当が付かない。水上機で何時間も掛けてここまで来たのだから、わたしの……最強の種族だなんだと言われる〝紫鬼〟のわたしの足でも、いったいどれ程かかるのやら。第二に……胸元から携帯を取り出す。電波が通じてない。いや、まあ当たり前か。ストラップの、ジンベエザメのゆるキャラ〝べーやん〟が揺れる。口許が妙に本物志向で気持ち悪い。外して捨ててやろうか。いやいや、今そんなこと考えている場合じゃないだろ。さて第三に、何日間も不眠で走り回っている所為で、動きが鈍っている。くそ、やべえ。余計なこと考えているのもその所為だろう。
どうする? どうする。どうする! 水上機からの通信が途切れたことで、この非常事態は《イゾの会》へと届いているはずだ。多分。でも、うーん……。助けに来てくれるかなぁ? 結構好かれている方だと思っているが、嫌われている自覚もある。来たとしても、間に合うか。またはこんな広大な森でわたしの居場所が分かるかどうか。
やつらは決して強いわけではない。しかし件の変な性質と、いくら気配を消しても見つけ出されてしまう探索能力、んでもっていくら逃げても追ってきやがる執念深さ。
あーあ、腹減った。食っていいのと悪いのと分かればいいのだが、初めて見る動植物ばかりで、どうにもならない。もっとも食ってる暇なんざない、ということを忘れている。くそ、判断力も鈍ってきた。




