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宵の文目  作者: けら をばな
第二話 「よかったら、わたしと居てくれないか?」
30/51

十八

 さてもさても、この世界は、げに生きにくいものでございますが、この言葉に同意している内は、ずっと生きにくいままでございます。確かに、楽しい楽しいと無理矢理に思っていたところで、本当に楽しくはなりはしないのでございますが、苦しい苦しいと己に言い聞かせながら生きるのは、足の付く浅瀬で無理に溺れようとするのと同じでございます。愚かなどとは申せませぬが、もう少しばかりうまく生きられやしないのかと、わたしなどは、思うことがございます。こうして道端で、ハナから光を映ぜない瞳を閉じて、枇杷を鳴らしておりますと、己の人生の苦しさや、くだらなさなどは、ついつい忘れてしまうものでございます。たった三つの弦によって、心が満たされてしまうものでございます。わたしの思うに、人生の苦しみとは、ひとえに、ひとに必要とされたいと願う心から生ずるのではないかと。愛されたい。分かります。愛されるためには必要とされなければなりません。分かります。しかしながら、こうして弦音に心を満たすだけで、案外幸せを感じてしまうものなのでございます。とはいえ、それが果たして本当の幸せなのか、単に孤独な己をごまかしているだけなのではないのか、と、偉そうなことを申しておきながら、結局思ってしまうのが本当でございます。しかし、その、愛されたい、必要とされたい、といった感情、また、衝動も、結局のところ、人生の孤独をごまかすための方便や道具に過ぎないのではないかと、同時に思ってしまうのでございます。話ばかりが長くなりました。わたしめの前に、果たしてお客様は残っていらっしゃるのでございましょうか。若しくはお客様などはじめからいらっしゃらないのでございましょうか。わたくしめには確認するすべなどございませんので、こういうときばかりは、目が利かなくて良かったと思うのでございます。さて、誰も居なかったとしても、謡いましょう。居ても居なくても、わたくしめはわたくしめのために謡うのでございます。あなた方が居る居ないはまったく関係ございません。だから、わたくしはいつだって手を抜くことを知らぬのでございます故、たといお客様があなたひとりであったとしても、どうぞ、安心して耳を傾けてもらえばと、そう思うのでございます。


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