十七
ランダはベンチに座り煙草を咥えて考えた。散見される、フヨウと一緒にあちこち歩くニギの姿。コノハとか言う同じ〝紫鬼〟の女ともよく話しているらしい。
随分表情が柔らかくなったような気がする。不機嫌そうな顔は相変わらずだが、ころころと表情が変化するようになった。直接話す機会はそれほどないものの、遠目に眺めていてもそれが分かる。
案外、早く解決する知れない。
〝解決する〟? いやいや。何を言ってんだか。どうなれば〝何が〟解決されるというのか。分かったものじゃない。
今のこの状況が、果たしてニギのためになっているか、それさえも分かったものじゃない。しかしそれにしたって、前のところに居るよりは、きっと、ずっと良かったろう。
「ランダさん、お疲れ様です」
フヨウが頭を下げて、ランダの隣に座った。ランダはにっかりと笑って、シャッポを脱いだ。
「けっけっけっ。なァに、なんも疲れちゃいないさ。オレよりも優秀なのは山ほど居るからな、随分サボらせてもらってらぁ」
「……先ず、報告します。元・ファンデルワ邸所属のものらは、十人を除き新たな所属先が決定しました。その所属に関して、ここ《イゾの会》の他の団体、法人等は、どれも《秘宝》との関係の希薄な所ばかりです。資料をご参照下さい。また、所属先の決定していない十人の内、八人も、近々受け入れ先が決定しそうです。それについても、資料をご参照下さい」
と事務的に言って、ランダへ紙の束を渡した。ランダはそれを受け取って、ぴらぴらとめくった。
「おう、そっちこそお疲れ。仕事が早くって助かるね。ま、後でちゃんと目を通させて貰うさ」
「……残りは、あなたとニギです」
フヨウはランダをじっと見つめている。
「ニギは、はっきり言って苦しい状況にあると思います。評判が悪い。信用がまったくありません。数々の団体を転々とし……裏切り続けてきたのが原因と思われます」
「…………」ランダは黙ってフヨウの言葉を待った。
フヨウは、手許の別の資料を見た。
「初め、ゲズクヮアアルド博士の下へ所属したとき、その博士本人を殺し、脱走しました。次の、富豪リィンダルト氏の下へ所属したときも、結局、遮る兵を殺して脱走しました。それ以外にも、同様の事件を起こしたとの噂が多数上がっております」
「……ゲズクヮアアルド博士は、ニギを酷使し続けていたと聞くし、他にも、無理な命令を聞かされたり、疑心暗鬼に陥った主に監禁状態にされたり……」
「どれも噂でしかありませんし、相手側はニギの事情など汲んではくれません」
「……けっけっけっ。そうだろうな。分かっているさ」
ランダは、鋭い瞳のまま口だけで笑って、ぴんっと煙草を弾いて捨てた。苛立ちからか、その指には多分に力が込められていた。
「……《イゾの会》に居る、という選択肢も、なくはない。でも今後のことを考えると、あまりお勧めできるものじゃない。今現在コノハの管轄にあるけど、そのコノハ自身がなかなか敵が多い」
フヨウは事務的な口調を、あたかも意図的であるかのように崩した。
「……あのねーちゃん、そうなのか」
「コノハ個人は案外好かれているものの、立場が立場だけにおおっぴらに支持したり庇ったりするやつは少ない。その分、敵が目立つ。ぼくらだって、結構気を遣っている」
「そうかい……」
ランダは楽観的にニギの将来を考えていた自分を恥じた。ニギの過去については、ほんの一部であるにせよ情報を得ていたのだから、そうそううまくいかないのは分かっていたはずだ。早々に、何か手を打たなければならないと思っている。しかし同時にそれが何よりの悪手であることも分かっている。ニギには時間が必要だ。ようやく、少しずつにしろニギが前に進み始めたって言うのに。
〝解決〟とは、本当に、何なのか。どうすれば善いのか。
「……ニギのこともいいけど、ランダさん、あなたのことも」
「ん?」
フヨウはまた、事務的な口調へと戻った。
「あなたのその類い稀なる交渉術は、我々《イゾの会》の求める力であります。できることならば我々の許に残り、我らの力となってはくれませんか」
「……《秘宝》は、もういいかなって思ってるさ。できることなら、《秘宝》と関係の薄いところへ赴きたい」
「うん、それが良いと思う」フヨウはすぐさま口調を砕いた。いかにも「言わされました」ということを主張するかのように。
「けっけっけっ。いろいろあってあそこへここへと流れ着いちまったが、向いてねえらしい。それが分かっただけでも御の字だけどな。……でも、オレ以上に向いてねえのが、ニギだと思う。お前も、そう思うだろう?」
「……うん。ニギもコノハさんも、向いてない」
「……へ?」
予期せぬ名前が出てきたので少し驚いた。彼からすれば、コノハは、あくまで《秘宝》の蒐集のためならば手段を選ばない《イゾの会》の幹部である。フヨウは、そんなランダの動揺をまったく無視して、ベンチから立ち上がった。
「なんにせよ、焦ってはならない、急いではいけない。多分、それがぼくとあなたとの共通の認識。それでいて、ぼくの方が、どうやらあなたよりも楽観的にものを見ている」
「お前が?」
また驚かされた。ランダは、つい先程自分の楽観的な予測を反省したばかりだというのに。
「何か手があるのか?」
「ぼくには、できることはもう何もない。あなたにも。策は無い。いや、要らない。鍵は、ニギ自身が持っている」
「……ニギ自身が変わるのを待つ、と?」
「違う。逆。ニギには、変えて貰う。コノハを。あの分からず屋を」
フヨウはその言葉を遺して、さっさと立ち去ってしまった。ランダはポカンとしたまま、雪がちらついてきた中、しばしの間ぼうっとベンチに座っていた。




