十
ニギが不機嫌そうに敷地内を歩いている姿を見つけたコノハは、
「あ、おーい。ニギー。久しぶりだなー」
と声をかけ手を振って、駆け足に近づいた。そんな彼女の額目掛けてナイフがものすごい勢いで飛んできた。
「うわー……」
コノハは苦笑いでそれを指二本で受け止めて、ぴっとニギへ向け弧を描いて返した。
「ちっ」
ニギは小さく舌打ちをして、受け取ってベルトへしまい、そっぽを向いた。
「いやー……お前、流石に今のはどうかと思うのだが。ちょっと傷つくぞ……」
「ぼくはアンタに殺されかけたんだ。アンタに近づかれたら驚いて反射的に攻撃に出てしまうのも道理だ」
「なんだか、表情が腹いせの八つ当たりのようにしか感じなかったんだけど」
「性格悪いからそんな穿った考えするんだ」
「ありゃ、これまた予想以上の嫌われようだなー……」
ニコニコと、むしろ嬉しそうなコノハに対して、ニギは頬を膨らませてぷいっと横を見る。あまりに子供っぽいその仕草に吹き出しそうになるのを精一杯抑える。
ニギはすぐにコノハへ視線を戻し、
「フヨウ、見た?」
と聞いた。コノハは首を振った。
「いや、今日は見ていない。というか、わたしも少々仕事で空けていて、戻ってきたばかりだからな」
一緒に捜そうか? と言いかけて、
「そっか。……アイツが来なさそうなところ、知ってる?」
「いやいやいやいや。待て待て待て待て。どうした、喧嘩でもしたのか?」
ニギは、やれやれといったように溜め息をついた。
「アイツ……一日中一緒にいるんだよ。ずっと。流石にキツいから、逃げてる」
「ほう……」コノハの瞳がギラつく。
「朝起きても、昼どこへ行っても。夕飯の時も、お風呂も寝るときも一緒の布団で……」
「……ほう、ほう。それはそれは……」
「……ねえ、やっぱり、変じゃない? こんな」
「いや、変じゃない。間違っちゃいない。おねーさん、お腹いっぱいだよ」
「何言ってんのアンタ」
「なんでもない、なんでもないんだ……しかし、フヨウの来なさそうなところか。あそこがいいかな」
ふたりは本棚がずらりと所狭しと並び敷き詰められた部屋へと来た。ニギはぱちくりと瞬いて入り口でしばしの間立ち竦んだ。
「これ……え……?」
「すごいだろ? ここの読書家や愛書家が、遊び半分で本をひとつのところに集め出して、今やこれだけの迷路ができあがってしまった」
「ここには、フヨウは来ないの?」
「アイツ、本を読むと気分が悪くなるらしい」
「なにそれ。……ねえ、読書家と愛書家は違うの?」
「読書家は読む。愛書家は眺める。両方のやつもたくさん居るが」
「なにそれ」
「人数が多いと、それだけ馬鹿が多いってことさ」
「お前もそのひとりであるわけだが」
低い渋い声がした。白狼のルベロスだった。部屋の本棚からひょっこりと顔を出しふたりに向けた。
「ちなみに、そいつは読書家の方だ。分類は問わず読み漁る。最近では芸術分野がお気に入りか? そんな本ばかり買ってきては、気ままに棚に入れている」
ひょこひょこと四つ足で歩き、大きな口を開けて欠伸。凶暴な牙を露わにした。
「何だルベロス。こんなところに居たのか」
「静かだからな。昼寝には丁度良い」
「ひとが大金はたいて作った場所を。また勝手なものだ」
「大金はたいたのはお前ばかりではなかろう。偉そうなことを言うのは、せめてちゃんと順番通りに本を並べて見せてからにしてくれ」
「わたしの場所は、ちゃんとわたしなりの順番に整理しているのだ。他の場所のはちゃんと元に戻すし……」
コノハは言い淀んだ。
「子供の言い訳か、まったく……ん?」
ニギはあちらこちらの本棚を眺めては視線をあちらこちらに投げて、そわそわと落ち着かない。
「……別に、好き勝手見て回って構わないぞ」
「あ、そ、そう? それじゃあ……」
ニギは早々にその場を去って、奥へ奥へと向かっていった。その後ろ姿を見送って、コノハとルベロスが目を合わせた。
「あの子供、読書家か? 愛書家か?」
「眺めながら読んでいるかも知れないな」
コノハはクスクスと嬉しそうに笑った。




