五
三人はベンチの雪を払い除け、ニギを真ん中にして腰かけた。
「っていうか、ごめん、ぼくてっきりコノハさんから聞いていると思った」
フヨウは案外素直に、ニギの頭を撫でながら謝った。
「いいよ、別に。ってか、それやめろ」
失態を見られて気まずいニギは、その手を払った。ランダはその光景に目を細めた。
「何だ何だ、もう友達ができたのか。意外に社交性があって結構なもんだ」
「別に、友達なんかじゃない」
頬を膨らませてそっぽを向いた。なでなで。フヨウが負けじと撫でる。
「だから、やめろって」
フヨウは仕方なく手を退けた。そして……
「今回の《秘宝》奪取で殺したものは、一応、一人として居ない」
と眠たげな瞳で事務的に述べた。
驚いた。ここに来てから驚き尽くしである。壊滅的状況にさせながら、一人として殺していないなんて。
「ただし、この数値はあくまで『ぼくらが直接手を下していない』という意味のもので、自殺者は君の元主人合わせて五人見つかり、保護前に逃走し行方の知れないものは多数いる。その内の何人が生きているか、知るすべはない」
フヨウは変わらない調子で淡々と。
ニギは神妙な心地で黙っていた。代わりにランダが笑って応えた。
「ま、ハナっから勝負はついてたってわけさ。こっちゃ、そんな余裕なかったもんなあ。あの紫のねーちゃん見たときゃ、ああ、死んだって思ったよ。そしたらよ、逃げるんだったら命は取らんぞって言われたんで、尻尾切って……いや、尻尾巻いて逃げたってわけさ」
「……その時、ぼくのことを?」
「あー……」
ランダは頬を長い爪で引っ掻いた。ニギは黙って言葉を待った。ランダは根負けしたように、
「ま、そういうこった。なんつうか、この人なら平気だろうなー、と思っちまったのさ。根拠なく」
と告白した。ニギは、
「そう……」
と言ったきり俯いてしまった。ランダはてっきり怒られると思っていたので、笑って誤魔化した。
「けっけっけっ! ああ、しかし大分寒くなってきたな。陽も傾いた。もう入ろう」
ランダは立ち上がりフヨウを見て、
「んで……悪いけど案内してくれねぇか? 本当に、ここ広くってさぁ」
「あ、うん。いいけど、あなたの棟はニギのところと逆方向だから……ニギ、ここで待ってる? それとも一緒に行く?」
「いいよ。行ってろよ。ぼくは一人で帰れるから」
「あ、そう。それじゃ、また後で」
「……君って、ぼくの監視じゃなかったっけ」
「大丈夫。コノハさんは配下の自主性を尊重とかなんとかかんとか言って、ぼくに丸投げしたから」
「…………」
ランダは手を振ってニギと別れ、フヨウと歩いた。しばらく歩いた後、フヨウに聞いた。
「アイツは、これからどうなる?」
「どの勢力も、彼の力を欲している」
質問を予期していたかのように、フヨウはすぐに答えた。
「《四高翁》……要するにコノハさん以外の《イゾの会》幹部四人のことだけど、皆コノハさんを持て余している。力が強大でそれでいて無駄に頑固者だから扱いにくいんだ。その点でニギはうってつけ。子供で、まだ力も完全ではない。大抵の場合、部下の選定というのは、純粋な能力よりも、扱いやすさに重きを置く」
「……なァ、ここから抜け出すってのは、大変なことなのか? ヤクザみてぇに」
「ううん。特にこれと言った取り決めはない。でも、ニギは何処にも行くことができないから。少なくともニギ自身はそう強く思い込んでいるでしょう? 視野が狭い」
「……付き合いが浅いのによく分かるなぁ」
「まあね。まあ、今はコノハさんの配下にある状態だから、積極的に手を出すことはできないと思う。あの人を信じるしかないと、ぼくは思っているよ」
「成る程ねぇ……」
「……でも、こっそりとアプローチを仕掛けてくる連中は居るだろうけどね」
「……あれ、アイツ独りにして良かったのか?」
ランダは後ろを向く。ニギの姿は既に豆粒程度になっている。
ニギはしばらくベンチに座っていた。考えることが多かったが、纏まらなかった。考えてどうにかなるとも思えなかった。はぁ、と溜息をついた。
その時、ニギの背後にもくもくと藍色の煙が沸き立ち、その中から人影が現れた。
「……ねえ、何処の誰だか分からないけど、今は一人にしておいてくれない?」
仮面を付けた、骨だけのように細く、それでいて背の随分と高い、その何者かは、ニギの背後で一礼した。
「ニギ様、少々お話をしたく存じます。貴方に悪いことではありませぬ。どうか少し耳を傾けて頂ければ……」
「去れ」
怒気。殺意。ニギの体から迸るのは、明確な敵意。仮面の何者かは、楽しげに笑った。
「流石でございます。げに恐ろしゅうございます。貴方様のその力をもってすれば、世の富、自由など思いのままに、――」
言葉の中途で、仮面が粉々に割れた。中から驚愕する老婆の顔が現れた。
「去れ。次、口を開いたら内蔵を磨り潰す」
ニギは振り返り目を合わせた。老婆は恐れおののき、そそくさと体を煙に溶かせて消えた。
「これが神殺しの紫の鬼だ。憶えておけ」
「平気。あの子の体は棘だらけ。それを抜くのは覚悟と根気が必要。そんじょそこらの奴らには無理だよ」
フヨウは振り返らずに、構わず雪を踏みしめ歩き続けた。




