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宵の文目  作者: けら をばな
第二話 「よかったら、わたしと居てくれないか?」
17/51

 三人はベンチの雪を払い除け、ニギを真ん中にして腰かけた。

「っていうか、ごめん、ぼくてっきりコノハさんから聞いていると思った」

 フヨウは案外素直に、ニギの頭を撫でながら謝った。

「いいよ、別に。ってか、それやめろ」

 失態を見られて気まずいニギは、その手を払った。ランダはその光景に目を細めた。

「何だ何だ、もう友達ができたのか。意外に社交性があって結構なもんだ」

「別に、友達なんかじゃない」

 頬を膨らませてそっぽを向いた。なでなで。フヨウが負けじと撫でる。

「だから、やめろって」

 フヨウは仕方なく手を退けた。そして……

「今回の《秘宝》奪取で殺したものは、一応、一人として居ない」

 と眠たげな瞳で事務的に述べた。

 驚いた。ここに来てから驚き尽くしである。壊滅的状況にさせながら、一人として殺していないなんて。

「ただし、この数値はあくまで『ぼくらが直接手を下していない』という意味のもので、自殺者は君の元主人合わせて五人見つかり、保護前に逃走し行方の知れないものは多数いる。その内の何人が生きているか、知るすべはない」

 フヨウは変わらない調子で淡々と。

 ニギは神妙な心地で黙っていた。代わりにランダが笑って応えた。

「ま、ハナっから勝負はついてたってわけさ。こっちゃ、そんな余裕なかったもんなあ。あの紫のねーちゃん見たときゃ、ああ、死んだって思ったよ。そしたらよ、逃げるんだったら命は取らんぞって言われたんで、尻尾切って……いや、尻尾巻いて逃げたってわけさ」

「……その時、ぼくのことを?」

「あー……」

 ランダは頬を長い爪で引っ掻いた。ニギは黙って言葉を待った。ランダは根負けしたように、

「ま、そういうこった。なんつうか、この人なら平気だろうなー、と思っちまったのさ。根拠なく」

 と告白した。ニギは、

「そう……」

 と言ったきり俯いてしまった。ランダはてっきり怒られると思っていたので、笑って誤魔化した。

「けっけっけっ! ああ、しかし大分寒くなってきたな。陽も傾いた。もう入ろう」

 ランダは立ち上がりフヨウを見て、

「んで……悪いけど案内してくれねぇか? 本当に、ここ広くってさぁ」

「あ、うん。いいけど、あなたの棟はニギのところと逆方向だから……ニギ、ここで待ってる? それとも一緒に行く?」

「いいよ。行ってろよ。ぼくは一人で帰れるから」

「あ、そう。それじゃ、また後で」

「……君って、ぼくの監視じゃなかったっけ」

「大丈夫。コノハさんは配下の自主性を尊重とかなんとかかんとか言って、ぼくに丸投げしたから」

「…………」

 ランダは手を振ってニギと別れ、フヨウと歩いた。しばらく歩いた後、フヨウに聞いた。

「アイツは、これからどうなる?」

「どの勢力も、彼の力を欲している」

 質問を予期していたかのように、フヨウはすぐに答えた。

「《()(こう)(おう)》……要するにコノハさん以外の《イゾの会》幹部四人のことだけど、皆コノハさんを持て余している。力が強大でそれでいて無駄に頑固者だから扱いにくいんだ。その点でニギはうってつけ。子供で、まだ力も完全ではない。大抵の場合、部下の選定というのは、純粋な能力よりも、扱いやすさに重きを置く」

「……なァ、ここから抜け出すってのは、大変なことなのか? ヤクザみてぇに」

「ううん。特にこれと言った取り決めはない。でも、ニギは何処にも行くことができないから。少なくともニギ自身はそう強く思い込んでいるでしょう? 視野が狭い」

「……付き合いが浅いのによく分かるなぁ」

「まあね。まあ、今はコノハさんの配下にある状態だから、積極的に手を出すことはできないと思う。あの人を信じるしかないと、ぼくは思っているよ」

「成る程ねぇ……」

「……でも、こっそりとアプローチを仕掛けてくる連中は居るだろうけどね」

「……あれ、アイツ独りにして良かったのか?」

 ランダは後ろを向く。ニギの姿は既に豆粒程度になっている。


 ニギはしばらくベンチに座っていた。考えることが多かったが、纏まらなかった。考えてどうにかなるとも思えなかった。はぁ、と溜息をついた。

 その時、ニギの背後にもくもくと藍色の煙が沸き立ち、その中から人影が現れた。

「……ねえ、何処の誰だか分からないけど、今は一人にしておいてくれない?」

 仮面を付けた、骨だけのように細く、それでいて背の随分と高い、その何者かは、ニギの背後で一礼した。

「ニギ様、少々お話をしたく存じます。貴方に悪いことではありませぬ。どうか少し耳を傾けて頂ければ……」

「去れ」

 怒気。殺意。ニギの体から迸るのは、明確な敵意。仮面の何者かは、楽しげに笑った。

「流石でございます。げに恐ろしゅうございます。貴方様のその力をもってすれば、世の富、自由など思いのままに、――」

 言葉の中途で、仮面が粉々に割れた。中から驚愕する老婆の顔が現れた。

「去れ。次、口を開いたら内蔵を磨り潰す」

 ニギは振り返り目を合わせた。老婆は恐れおののき、そそくさと体を煙に溶かせて消えた。

「これが神殺しの紫の鬼だ。憶えておけ」


「平気。あの子の体は棘だらけ。それを抜くのは覚悟と根気が必要。そんじょそこらの奴らには無理だよ」

 フヨウは振り返らずに、構わず雪を踏みしめ歩き続けた。


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