四
ちょっと休むと、体の自由は大分利くようになった。切り離された腕も、とりあえず日常生活には支障の無い程度になった。
「流石だね。ぼくだったらとっくに死んでる」
フヨウはニギを見て感心していた。
本当に何もやることがなかった。とりあえず屋敷内を見て回ることにした。ニギは支給された黒スーツに腕を通しながら、
「……で、やっぱりぼくに付いてくるのか」
ぼうっとした表情まま、当然のようにニギの側に寄って付いてくる気満々のフヨウに対し、睨みつけて、嫌みったらしく言ってみた。
「結構広いから、迷っちゃうよ?」
空回り。何度かこの手の攻撃を試みてみたが、毎度毎度、天然なのか計算なのか分からない返しでいなされる。敵意が通らない。
「……盗人猛々しい」
「まあね」
意味の通じない返答をされる。ニギは諦めて障子を開け放ち縁側に立つ。
「……ッ!」
久々の太陽がニギの目を刺す。細めても這入り込んでくる。
尋常じゃないくらい明るい。銀世界。指先から肱くらいまで降り積もった雪に反射して、四方からニギの瞳を目掛けてくる。
どきりとした。初めて見たような光景だ。こんな景色、何度だって見ているはずなのに。
曲がりくねった松に雪が垂れている。あるはずの草花は雪に埋まっている。
しかし……とにかく広い。向こうの果てまで銀世界だ。雪の砂漠の真ん中に、ぽつんとこの屋敷だけがあるように思える。
ニギらの立っている場所から少し離れたところに、幾つか人影を見つける。子供が群れて遊んでいたり、大人が歩いていたり、ゆっくり座っていたり。
「ここは……いったい……?」
「《イゾの会》。ひとつの祈りのために《秘宝》を収集する集団。手段は問わない、人による。所属人数は、ぼくはハッキリと認識していない。無意味だから。君みたいにぽっと増えたと思うと、不意に消えていたりする。ただし、最高幹部は……コノハさんを入れると五人」
「アイツを?」
〝コノハさんを入れると〟。妙な言い方が気に掛かった。フヨウはそれを察したかのように、
「幹部は元々四人だったんだ。派閥もそれに従って四つに分かれている。妖魔派閥が二人と、ヒト族派閥が二つ。……コノハさんの力は余りに強大で、且つ頭もそこそこいいから、何処に入っても力の均衡が崩れてしまう。本来コノハさんが最高幹部として一派を成すのが一番安定するのだろうけど、本人はそういうことしたくないみたい。結局、無党派の代表格、みたいな奇妙な立ち位置にいる。……こんな話、大して面白くないね」
フヨウは靴を履いて雪を踏みしめて、振り返りニギを見た。ニギ用の靴も用意されている。どうやら付いてこい、ということらしい。
「…………」
ニギは仕方なく、それに従って歩き始めた。
広いところだった。それでいて奇妙なところだった。
どうやら棟がいろいろと分かれているらしい。何棟もの、それぞれ文化様式の異なった建物が、各所々に点在している、と説明を受けた。
これは……勝てない。
ニギはそれなりに力のあるところに居た、と思い込んでいた。
でも……そういえば、あそこにあった《秘宝》も大半がぼくが入手したものだったしなぁ。
個の力でギリギリ保っていただけだったかも知れない。
あの女も、……レイ女公とか言ったっけ? それを分かっていて、それであんなにも焦っていたのかも知れない。そう考えると気の毒なモンだ。自殺したって言ってたっけ。……壊滅的な打撃を受けた。やり直しが利かないことなんて、考えるまでもなく分かっただろう。
ちくり、と胸に痛みを感じた。
どうして? あんなに、ぼくに酷いことをしてきたじゃないか。死んで清々した。そう思ったって、バチは当たらないじゃないか。それなのに……。
フヨウは眠たげな瞳でニギを覗き込んだ。
「〝夢の終わりだ〟と、レイ女公は最期に言って、引き金を引いて、笑って死んだ。きっと悔いは無かったと思う」
ニギの頭に血が昇った。
「ふざけるなッ!」
拳を握り締めてあらん限りの声で叫んだ。
「夢だと!? 貴様らの夢にどれだけの命が奪われていると思ってんだ! どれだけの人生が奪われていると思っている! 後悔がなかった? ふざけるな、ふざけるなよ! ぼくは、ぼくらは、いったい何のために……」
言葉が続かなかった。何のために戦っていたかなど、言えるはずもなかった。彼自身がそれを否定していたのだから。生きることさえも否定していたのだから。
「ぼくらは……」
キン――。脳裏に映じられた、或る妖魔の姿。トカゲ姿で、のっそりと猫背で歩き、とぼけたような顔をして、いつもぼくにお節介をかけて……。
そうだ。こいつらは、アイツを殺したんだ。
きっと、アイツだけじゃない。
「お前らは……いったいどれだけの人を殺してきた?」
「数えようとしたことはある。でもやめてしまった。君は?」
眠たげな瞳で悪意なく聞き返されたその言葉は、ニギを抉った。そんなことを批難できる立場ではないことは自明だった。きっと、ニギの方がたくさん殺していた。
それでも……。
ランダの顔を思い出すと、体の震えが止まらない。怒りが溢れ出す。
「あーッ! もー、どーやっても勝てねえーッ! ダメだぁ!」
二人のすぐ側で、どっと笑いが起きた。どうやら将棋をやっているらしかった。人だかりも出来ている。自分のすぐ側で、自分の事情とは関係なく楽しげに盛り上がっているのが気に入らない……というのは、あまりに子供じみていてそんな自分にも腹が立った。
「いったい幾ら負けたと思ってんだよ! ランダさんよぉ、ちったぁ加減してくれたっていいじゃねぇか」
「けっけっけっけっけ! 袖の下恵んでくれりゃ考えてやってもいいけどなァ」
「賭け勝負に賄賂包んでどーすんだよ!」
「けっけっけっ! 金ってのは回してやって意味があるモンさ」
…………。
聞き慣れた声。特徴的な笑い声。
「はぁ!?」
ニギは驚いた。一心不乱に人混みを掻き分けてその中心へと行った。
居た。きょとんとした両方の瞳が合わさった。
「あれ? ニギじゃねえか。大怪我したって聞いたけど……相変わらずの生命力だなぁ。オレが心配するまでもねぇのかよ」
ランダはいつもの、とぼけたよな顔で、スーツ姿でしっかりと歩くニギを見た。
「…………」
どうして? 殺されなかったのか? あれから何があった? そっちは怪我はないのか?
疑問符の全ては、涙になって流されてしまった。ランダは慌てふためいた。
「お、おお? お、おいおいおい!? どどどどどうしたってんだよオイ、しっかりしろよぉ、おいお前!」
「ランダ……良かった……生きてて……」
素直な気持ちが零れた。
「お、おう……」
ランダも驚いていた。集団は、どうしたらいいのか分からず、黙ってそっぽを向くしかなかった。
「君も、数えずに済むようになるといいね」
フヨウは祈るようにひとり呟いた。




