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宵の文目  作者: けら をばな
第二話 「よかったら、わたしと居てくれないか?」
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「のごあぁあ!?」

 ニギは引っくり返るほど驚いた。実際には体を意図した風には動かせず、ちょっとだけ転がっただけなのだが。

 ニギの隣に眠っていた男の子は、ニギの声に、不機嫌そうに眉を顰めた後目を開けた。そして二人目を合わせ……

「ダメじゃない、安静にしてなきゃ」

 布団をバフッとかぶせて、抱き寄せた。

 ……いやいやいやいや、おかしいおかしいおかしい。

 ニギは男の子をじっと見た。褐色の肌。墨色の髪。どこかで見たことがある。

 と、言うか、ぼくはどうしてここに居るんだっけ。寝ぼけた頭を揺すって思い出す。錆が落ちたように、だんだんとだが体の自由を手に入れつつある。

 畳の上に敷かれた布団に自分たちは眠っているらしい。広い部屋だ。耳を澄ますと襖や障子の向こう側から、明るい声が漏れ聞こえる。

 ……この男の子のことを、ぼくは見たことがある。

 蘇りつつある、冷たい感覚。

 ぼくはついさっきまで……いや、どれだけ眠っていたのやら分からないが、確かに、ぼくはこことは違う場所に居た。ひどく広い、冷たい場所。その狭い狭い一室が、ぼくの唯一の居場所だった。

「おーい、居るか?」

 女にしてはやや低めの声。障子が開かれ姿を現す。和服に身を包んだ、女。紫髪の女。

 その姿は確かに自分と殺し合いを演じた女。

 コノハ、と呼ばれていたはずだ。

 ニギに強烈な印象を与えたその女は……相対した時の覇気などどこかに置き去りにしたかのように、欠伸を一つ、眼鏡をずらしながら頭を掻いていた。

 ニギはキッと目を尖らせて体を起こした。はらり、と掛け布団が落ちた。ニギの真っ白な肌が露わになった。

「…………お前達、何やってんだ」

 コノハしゃがみ込んで顔を伏せた。鼻からぼたぼたと赤い滴が流れている。

「……え?」

「あのな、その、いや、ダメだとは言わない。そういうのも別に自由だ。いやしかし、簡単にそんな仲になれるものなのか?」

 コノハはじっとニギを眺めながら、そして気づいたように目を逸らしたりしながら、頬を赤く染めている。

「…………」

 察する。裸の自分と同衾する、裸の男の子。顔が熱くなる。

「ち、違う! 気がついたらこの子がいたんだ」

「ま、まさか、あの世に聞く、酔った勢いで、ってやつなのか? 最近の子供は随分と進んでいるなぁ……」

「違うッ! 断じて違うッ! んな訳ないだろ! この子のことなんて全然知らないって言うのに!」

「え、知らない子と気がついたら裸で一緒に寝ていた? おいおい、待ってくれよ。お姉さん、もうお腹いっぱいなのだが……」

「なに考えてんだよあんたはぁ! っていうか……おい! あんたッ! そんなことよりも大事なことがあるだろ!」

「馬鹿を言うな! 年端のいかない男の子同士のキャッキャウフフ以上に大事なことなんかありゃしないんだよ!」

「キャッキャウフフなんてしてないだろうが! どんな頭してんだよアンタ!」

「全国のお姉さんと一部お兄さんが、どれだけ欲した光景か! もうちょっとそのままで居てくれ。じっくり見ていたい」

「ちょっとコノハ、そろそろいい加減にしたら?」

 女の子の声がコノハの後ろから聞こえた。ひょこっと、褐色の肌の、メイド服で眼鏡を掛けた女の子が姿を現した。

「無茶を言うな。夢にまで見たシチュエーションが目の前に展開されているのだぞ。わたしはどうにかなってしまいそうだよ」

「はいはい、分かった分かった。コノハははじめっからどうかしてるわよ。もういいでしょ、話進まないから。今からちゃんと真面目な話するわよ」

 女の子は溜め息をついた後、ニギをキッと睨み付けるように見た。

「わたしはサクラ。こっちにいるのが、まあ、知っているかもしれないけど、(つむぎ)コノハ。んで、あなたの隣で未だに図太く寝ているのが、わたしの弟のフヨウ」

 サクラはフヨウを指差した。言葉の通り、周りの者の視線を一身に受けても静かな寝息をたてている。

「端的に言うわ。あなたの居たファンデルワ邸は、我々《イゾの会》の襲撃を受け、壊滅した。あなたの主人だったレイ女公は銃で自らこめかみを撃ち抜き自殺。《秘宝》のすべては《イゾの会》の所有物となった。そしてあなた方は今、我々《イゾの会》の保護下にある。行動は監視下におかれ制限がかけられるけど、最低限の人権と自由は保証する」

「…………」

 ニギの頭が真っ白になった。言われた言葉がしばらく飲み込めなかった。意味がわからなかった、というわけではない。むしろ、はっきりと理解していた。自分が負けた後でいったい何があったのか。

「こんなの……」

 ニギは何かしら言ってやりたかったが、一言として思い浮かばなかった。代わりに体が震えて涙が零れた。思考が纏まらない。

「ぼくは……助けてくれなんて……一言も言ってない……」

 必死になって絞り出したそれは、あまりにも子供の言い訳じみていた。

「ああ、一言も聞いていない。わたしが勝手にそうしたまでだ」

 コノハは凛々しく言い放った。

「……鼻血垂らしながら言ったって迫力無いわよ」

「……いや、だってさ……」

 コノハとサクラの小声のやり取りはニギには聞こえていなかった。サクラは溜息の後今一度ニギを睨みつけた。

「ニギ、あなたの担当はこの紡コノハです。そしてその配下であるフヨウが、あなたの監視担当です」

「まあ、わたしの配下なんて元々少ないし、歳が近いのがサクラとフヨウだけだから。サクラと一緒にして、間違いがあってはいけないと思いフヨウに頼んだのだが……こんなことになるとは思わなかったよ」

「真面目な話するっつったでしょ」

「真面目なつもりなんだけど……」

 コノハは眉を顰めて批難の眼差しをサクラに向けたが、睨み返されると目を逸らしてコホンと一つ咳払い。そして、やや柔らかい視線でニギを見た。ニギは涙目でそれを見た。拒絶するような瞳であり、縋り付くような瞳でもあった。

「……ま、正直お前をどうにかしようという意図は、わたしにはない。ここでなら、まあ暴れ回れたら迷惑だが、常識の範囲内で好き勝手やってくれて構わない。それに今後のこともお前で好きに選んでくれ……と言われても困るだろうか。とりあえず、休んだら屋敷の中を見て回ったらどうだ?」

 コノハは背を向けて部屋を出て行こうとした。

「待って」

 ニギの懇願するような声は、あまりにも弱々しかった。

「どうして、ぼくを助けたの?」

「なるべくなら、殺さずに済ませたい。それだけだ、あまり高尚な理由はない」

「ぼくは、殺されたって構わなかった」

「そんな顔はしていなかった」

「……いろんな人が、ぼくを〝死にたがり〟だって言っていた」

 コノハは障子をスッと開けた。

「それは、そいつらの見る目がないだけさ」

 タン、と閉められた。広い畳の部屋に、ニギとフヨウだけが残った。

 ……今後のことは好きに選んでくれ? どうすればいいなんて、分かるはずないじゃないか。

 フヨウは隣で静かに寝息を立てている。向ける相手の居ない怒りと悲しみを抱えて、ふて腐れたように俯せになるしかなかった。


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