十一
自室のベッドで彼は考えた。自分はどれ程のヒトを殺めてきたのか。自分はどれ程のヒトを、自分の意思で殺めてきたのか。
今回が初めてのことか……? 否。そんなはずはないだろう。
怖い。恐い。コワイ。
カンカン。開廷。裁判長がハンマーで机を叩く。
「裁判長、今まで被告人ニギは罪もない人々をバッタバッタと切り刻んできました。これは紛うことなく〝黒〟ではありませんか。弁明の余地などありましょうか。いいや、ありません。あろうはずがございません」
「異議あり。裁判長、被告人ニギが殺してきたのは《秘宝》に関わる者ばかりであります。《秘宝》に関わっているというその時点でその者は死と隣り合わせであります。〝《秘宝》と関わりを持つ者、その命無き者と思え〟とは、この世界の不文律でございましょう。罪もない人々だと? 馬鹿馬鹿しい。《秘宝》の守人とは皆即ちその甘美なる誘惑に負けた罪人でございます」
「裁判の場で弁護士が〝不文律〟などと言葉にするとは! 裁判長、被告人ニギは今まで、殺す必要のない者までも不必要に切り刻んで参りました。これは、どう考えても重罪でしょう」
「殺す必要のない? 馬鹿馬鹿しい。それこそ詭弁ではございませんか。被告人ニギは、人を殺してこそ生きるものなのです。人を殺さぬニギは生きている価値などございません。人を殺さねば生きてゆけぬ、謂わばそういう獣なのです」
「殺さねば生きていけぬだと? 何故、そんなものが生きているのです。生きる必要があるのです。生きる価値があるのです」
「生きる価値などありゃしませんよ。いやはや、今までいったい何を勉強してきたというのか。生きる価値のある者などこの世界にはございません。居るはずがございません。そんなもの殺したところで罪になどなりましょうか。皆、死ぬほか無いのです」
「裁判長! 裁判長!」
「裁判長などおりませぬ。諦めなさい」
「ああ、なんたることか。それではこの罪人はいつまでも罪を贖うことができないと言うことではございませんか。なんたる悲劇でしょうか」
「何を仰るのやら。誰しもが罪人であり、それが許される。死とは、赦し以外のなにものでもございません」
「然し此の罪人は裁判長を待っているのです。裁きを望んでいるのです」
「ははは、それこそ馬鹿馬鹿しい。そんなものありゃしないのですよ、はじめから。ひたすらに己の死を待つほか無いのです」
「裁判長! 裁判長!」
「はははははは! これはいい! 愉快だ! 愚かだ! 世界は何と美しいことか!」
がんがんがんがん。持ち主の居ないハンマーが赤黒い血塗れのニギの頭をいつまでもいつまでも殴り続けた。
「おーい、ニギー……って、ありゃ、寝てんのかい」
夕の日差しに焼けたニギの部屋にとぼけた表情のトカゲ頭がのっそりと姿を現した。
「うお。おいおい暖炉も点けずに裸で寝て。まー。この寒いのに。体壊すぞオイ」
上半身裸でベッドに俯せに寝そべるニギにランダは甲斐甲斐しく毛布を掛けた。
自己満足じみた半端な優しさが鬱陶しかった。ニギは精一杯不満げな表情を浮かべて、
「起きてるよ」
とぶっきらぼうに応えた。しかしランダにはまったく伝わっていないように、
「起きてるよ、じゃないよ。まったく起きてんだったらちゃんとしたらどうだよ。あーあー、こんなに冷えやがってまァ」
ランダがぺたぺたと半裸の体を叩いた。
「ひゃっ!?」
ニギは驚き飛び跳ねた。
「おいランダ! お前ェ、お前の体の方がずっと冷たいだろうが、この変温動物!」
「けっけっけ! これだから恒温動物は情けねえ。半端に温もり求めやがってまァ」
ランダは舌をチロチロ出して独特な笑い声を出した。
「トカゲならトカゲらしく冬眠してろよこの野郎!」
「けっけ! トカゲはトカゲでもこっちは口うるさいトカゲさぁ。鳴きもしねぇ這いつくばってばっかりの奴らと違って、不平不満はいくらでも口を衝く」
「訳の分からねえコトばっかり言ってこの野郎!」
「けっけっけ! なんだなんだ、珍しく大人しく辛気くせえ面してっと思いや、威勢の良さはいつも通りのようだなァおい」
「……うっせーよ馬鹿野郎」
露骨な気遣いに内心嫌気が差した。アドナのことを無視して突っ伏していると、彼はニギの背中をまたぺちぺちと叩き始めた。鬱陶しくて仕方が無い。
「……なあ、あんま無理はすんなよ、な? 折角今の今まで生き延びてきたんだろ。死んじまったら元も子もねえよ」
ランダの言葉が一々彼を苛立たせた。分かったような口を利きやがって。お前に何が分かるんだよ。
死んだら元も子もない? 元々生きたって仕方が無い命じゃないか。単に惰性で生き延びているだけ。
単に、惰性で殺しているだけ。
明日か、明後日か、何年後か、いつ死んだって何が変わるって言うんだよ。生き延びたって何があるって言うんだ。
ぼくには何もないよ。
ランダ……。お前だって……そうじゃないのか? お前は違うのか? 自分ばっかり特別だって言うのか?
「ニギ……お前にだってよぉ、《拾い主》が居たわけだろ?」
その優しげな言葉に、ニギは忽ち頭を沸騰させた。体を勢いよく起こした。
お前に何が分かるって言うんだ!
そう叫んで飛びかかっても不自然じゃなかった。彼にとってはそれが自然だった。
しかし声は出なかった。代わりに涙が頬を伝って嗚咽が喉を塞いだ。格好付かない涙目でランダを睨みつけた。彼はとぼけたような瞳でニギをじっと見つめるだけだった。
ニギは布団にもう一度突っ伏した。もう何を言われたって何も応えないと心に決めて。
ランダが二言三言何か声を掛けたかも知れない。ニギは強いて何も聞こえないようにした。
「あーあ、悪かったって。……ま、温かくして寝ろよ」
ランダは溜息をついて、ニギに布団を掛けて出て行った。ガチャンと芝居がかった扉の閉まる音がすると、我慢できなくなった。本当なら大声を出して泣き喚きたかったが、彼は懸命に、薄い壁の向こうへ声のひとつも漏らさぬように押し殺し、一晩中泣いていた。




