一
長く真っ直ぐな一本道の廊下。
真っ白なコンクリート壁の他に装飾らしい物は一つとしてなかったが、壁には蜘蛛の巣のように赤茶の筋が縦横に走っており、またカビのにおいが鼻につき、殺風景と言うには少々古くささが勝ちすぎていた。
低い天井の、かちかちと不安定に瞬く青白い蛍光灯に照らされた、紫色の髪をした少年が、赤い赤い鮮血の滴るナイフを両手に握っていた。
足許にはマシンガンやらライフルやらショットガンやらの凶悪な武器を握った黒服の男どもが、口をあんぐりと開き、首筋、心臓、それ以外から絶え間なく赤い赤い血を流し、ぽっかりと間抜けに瞳を見開いたまま寝転がっている。
紫髪の少年は、ふうっと面倒臭そうにため息をついて、億劫げな仕草でナイフを振って、滴る血を払い落とす。髪が紫であることと、背が小さく目鼻立ちが幼くどこかかわいげがあること以外は、黒服に身を包み凶悪な武器を携えている点で特に転がっている連中と大差は無い。
爪先の尖った墨色で光沢のある靴を動かすと、ぴちゃぴちゃと赤い溜まりが波打った。
廊下の向こう側から聞こえたのは、カツカツと早足の靴音。かちゃかちゃと金属構造が擦れ合う音。
少年は迷いなく、その音がする方へと、すっと、ナイフを投げつけた。何かに中ったような湿った音。どさり。がやがや、がやがや……。
その騒ぎ立てる方へ向け、立ち止まることなく、カツカツカツと靴を鳴らした。
動揺の音の後、すぐに弾丸のがなり声。
少年はしかし、姿も見えない向こう側から迫り来る凶弾を前に、カツカツカツと自分のペースを崩さずに歩き続け、悠々ナイフでその弾丸を撫でるように逸らす。
しばらくそのようにして弾丸を避けていたが、不意に、面倒そうに溜息をつくと、ぐっと膝を曲げ地を蹴る。今度は少年の方が弾丸となって、翔ぶ。空気を切り裂いて進む。横殴りの鉛玉の嵐の合間を縫い突き進む。
相手方――つまりは弾丸の産みの親――との距離が詰まる。自然、弾幕の密度が上がる。少年はそれでも前へ前へと走り続ける。
その先に楽園が待っているかの如く、急ぐ、急ぐ。
見えた。大小様々な銃を持つ、黒服姿の男ども。
にやり。少年の頬が緩む。
捉えた。
捕らえた。
ダン、と力強くコンクリートを蹴飛ばしてジャンプ、そして天井に蛙のようにへばりつく。
ほの暗い蛍光灯に照らされるその少年の姿が、黒服どもの目に映る。お互いがお互いの姿を確認する。動揺する黒服ども。
少年は天井を蹴った。
「これが……〝紫鬼〟……? 最強の――」
その言葉を発した男の首は、既に胴体と離れていた。紫髪が鎌鼬の如く黒服どもの間を縦横無尽に縫うと、コンクリートの白壁に囲まれた四角ミミズの胴体のような廊下に、次々首無しモニュメントが飾られて、一斉に朱色の噴水を上げた。
少年はそんな光景を日常であるかのように目もくれず、血の飛沫を背中だけで受けていた。鼻腔を微妙にくすぐる鉄のようなにおいも、彼に何の感動も与えなかった。
カツカツカツ。カツカツカツ。
紫髪の少年。くりくりと大きい瞳と低くツンと少し上を向いた鼻、きめ細かい肌と長いまつげ。少し尖った我が儘そうな唇。どれもかわいらしさを引き出しているが、血の滴るナイフがすべてを台無しにしてしまっている。
その両手の真っ赤なナイフを二本、惜しげも無く廊下の先目掛けて投げつける。どさり。どさり。あら不思議、ふたつ同時に死体ができあがり。
カツカツカツ。カツカツカツ。
寝転がった二つの間抜け面の眉間にはそれぞれ、ナイフが一本ずつ正確に突っ立てられている。
黒服男が一人、その死体を左右に置いて、腰を抜かしへたり込み体を震わせてガチガチと歯を鳴らしながら、瞳を見開き少年を見つめている。そんな男に一瞥もなく、少年は両側の死体からナイフを引き抜く。ビクンビクンと死体は痙攣する。カツカツカツ。カツカツカツ。少年は黒服男の横を通り過ぎる。
カツカツカツカツ。
男の体の震えが俄に止まる。
ゴトリ――。
重力に負けた額がコンクリートに叩きつけられて、いつもの通り血の溜まりを作る。




