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「それくらい分かりやがれ!」

「踏ん張れ、モニカァ!」

「ぐっ……!」


 腹の底からのレオンの叱咤。モニカは両足に力を込め、決死の思いで攻撃を防ぎきる。

 生徒会直属の戦闘員の攻撃は、アシュリーの介入によって多少和らいだものの、依然として厳しい情勢は続いていた。生徒会は、多くの軍勢を代わる代わる突入させているのに対し、無限の同好会(こちら)は、モニカ、レオン、メアリー、そしてゴンゾウの四人態勢なのだ。崩壊は秒読みの段階だった。

 モニカの、魔導杖を握る腕が痺れる。もはや感覚などとうに麻痺しており、両腕を流れる魔力の感覚でかろうじて握っていられるような状態であった。

 疲労はモニカだけではない。レオンの集中力も、ゴンゾウの体力も、メアリーの頭の回転も、どれもが限界に達していた。


 ――それでも。


 それでもなお、生徒会の侵攻を食い止めていられるのは、ひとえに、ジョンの役に立ちたい、無限の同好会アンリミテッド・サークルを存続させたいという強い想いがあったからであろう。

 モニカは歯を食いしばる。魔法の行使というのは、本来、体全体の体力を使う極地の所業である。ここまで長時間の連続使用に耐えられるモニカの精神力は、ただ感嘆の一言であった。


「こんな……、このくらい……!」


 モニカの引き締まった口元から、ひり出すように漏れる苦しそうな悲鳴。彼女の作る魔法の盾は、徐々に薄くなっていった。先の見えない戦いの行方に、彼女の心が陰りを見せる。


 ――やっぱり、私に、そんな力なんて。


 ジョンに褒められ、ザックに励まされた自身の力。しかし、しょせんはこの程度だったのだ、という無念の情が脳裏を過ぎる。

 そんなとき、だった。

 戦場に、一陣の風が吹く。


「ありがとね、モニカ」


 ――そう、暗くも優しい声音で、モニカを労う少女が居た。


 モニカは、盾の形成に全力を尽くしていながらも、その声の主が誰なのか、すぐに判った。

 刹那、モニカの盾の厚さが増す。体中に、力と、勇気がみなぎる。

 黒髪の少女の到来が、即、この戦闘の終結を予告していたからだ。

 モニカは、両目に涙を滲ませながらも、決して弱気な姿を見せずに告げる。


「遅いですよ」

「……そうね」少女は目を伏せ、しみじみと語る。「間に合って良かった」


 エリーゼは、駆ける。

 その黒髪を、疾風のごとくなびかせて。

 ギュン、とエリーゼは加速する。

 音速にも迫らんほどのその走力は、周囲に突風を巻き起こす。

 壁に激突してしまいそうなほどの勢いで、階段に到着。かと思えば、壁を蹴り、一気に2階、そして3階へと上る。

 あっという間に、生徒会室前の主戦場へと躍り出る!

 その姿を確認した無限の同好会アンリミテッド・サークルの面々は、一様に歓喜の声を上げる。


「やったァ、エリーゼが来たぞォ!」「やったぜ」「ぜったい、来るって信じてた!」「お前らァ、ラストスパートだァ!」「エリーゼを通せ! そうすりゃ俺たちの勝利だ!」


 無限の同好会アンリミテッド・サークルが勝利を確信するが、それを生徒会が簡単に許すはずも無い。


「行かせるかァ!」


 無限の同好会アンリミテッド・サークルのメンバー数人掛かりで抑え込まれていたカナエであったが、彼女は両腕をエリーゼへと突き出し、魔力を込めた。次の瞬間、高速の魔弾が、彼女の両手より射出される。

 エリーゼはカナエの攻撃に目を向けたが、大して臆することもなく、身体をひと捻りし、鎌を振る。たったそれだけの行動で、2発の魔弾を弾き返してしまった。


「なッ……!」


 カナエが驚愕の表情を浮かべる。常人には防ぐどころか、見切ることすら至難の魔法であるというのに。


「だてに奥の手(アンカー)やってない!」


 途端に飛び交う、エリーゼへの称賛。入学したての頃の悪口が、まるで嘘のように思えた。

 エリーゼは口角を上げる。決して余裕があるわけではないが、勝気な笑みを見せる。壁を蹴り、空を舞うように、生徒会室のすぐ目の前まで到達する。


 ――それは、まるで、漆黒の妖精(ブラック・フェアリー)が戯れているようで。


 リクトが部屋から押し出され、がら空きとなった生徒会室に、エリーゼは飛び込む。そのまま、わき目も振らずに、生徒会室右奥に位置する扉をこじ開けた。

 エリーゼの眼前にあるのは、書斎のような部屋だった。中は薄暗く、数々の魔法に関する書物やファイルが置かれている。気質が陰気なエリーゼにはなかなか好みな雰囲気を醸し出していた。

 エリーゼはナターシャから事前に与えられていた情報を元に、部屋の奥へと走った。


「……ここね」


 エリーゼは短く呟く。エリーゼの目の前には、魔法陣が幾重にも貼られた結界がそびえたっていた。大型の金庫のような丸い門扉の中央には、外部からの接触を遮断する魔法陣が貼られており、それを中心として、鎖のような文様が書き連ねられている。

 エリーゼは懐から、あらかじめ魔法陣が書かれた魔法紙を取り出した。メアリーお手製の術式。ナターシャの情報が正しければ、これで結界を解除することができる。

 エリーゼは躊躇なく、魔法紙に魔力を込め、扉に貼ってあった魔法陣に叩きつける。瞬間、眩い光と衝撃。バシュウウウウウウ、という音と共に扉の前の魔法陣が爆ぜた。良かった、メアリーの魔術がちゃんと効いたのだ。

 それからエリーゼは、鎖の模様が描かれた扉に手を伸ばす。


 ――瞬間、エリーゼの心中に轟く、光の波動。


 その扉には、リクトの濃密な光属性の魔力が込められていた。エリーゼの闇属性の魔力とはまるで相反する性質の魔力である。

 魔力を弾く、光の魔力。

 魔力を犯す、闇の魔力。

 リクトの最後の守り、彼自身の魔力の防壁を破れるのは、属性的にも、魔力の質を見ても、エリーゼただ一人しかいなかった。


「……いいわ、見せてあげる」


 エリーゼは武者震いを禁じえなかった。リクトの魔力が込められた扉の取っ手に手を伸ばす。

 エリーゼの身体を、激しい衝撃が襲う。……が、エリーゼはありったけの魔力を扉に注ぎ、その障壁を打ち破る!

 ……そして。

 パン、と激しい破裂音と共に、リクトの魔力が弾け飛んだ。

 扉の障壁が消え去ったのだ。

 扉が開けられる状態になったことを確信したエリーゼは、思いっきり、取っ手を回し、そして引く。

 重厚な門扉を開いた先には。

 ……エリーゼが、いや、無限の同好会アンリミテッド・サークルのメンバーの誰もが待ち望んだ、あの書類があった。


「……まったく」エリーゼは肩を竦める。「こんな書類のために、なんて守りをしたんだか」


 皮肉めいた嘲笑。部・同好会の解散宣告書を握ったエリーゼは、それを自身の黒炎で焼き払う。

 ちょうど、そのとき。


「……エリーゼぇ!」


 先ほどまで奮闘していたのか、カナエとタクミが息せき切って部屋の中へと侵入してきた。

 彼女らが表情に浮かべたのは、――失意。


「……あ、あ……!」

「……てめえ……!」


 カナエが力なく崩れ落ち、タクミは呆然と立ち尽くす。

 それもそうだろう。薄暗い部屋の中で、仄かに灯る明かりを見つけたかと思えば、それは他でもない、解散宣告書を燃す光であったのだから。

 カナエとタクミ、二人の生徒会役員の前で、儚く散ってゆく宣告書。

 暗闇の中で、かすかに、しかしはっきりと煌めくその炎は、あたかも、無限の同好会アンリミテッド・サークルの未来を暗示しているかのようであった。



「くッ……!」


 ジョンの攻撃をもろに浴びたリクトは、苦痛に顔を歪めながらも、まだ倒されてはいなかった。最後の気合で踏みとどまり、魔導人形の消滅を免れていたのだ。


「貴様ァ……!」


 リクトは地を這うような声で呻く。背中の激痛もそうだが、ジョンとナターシャ、自分よりも格下の相手にやり込められたという事実が、なにより、彼の誇りをズタズタに傷つけていた。

 リクトはおぼつかない両足で立つが、ジョンとナターシャも、同時に満身創痍の域に達していた。魔力をほとんど使い果たしていたのだ。特にジョンの疲弊は凄まじかった。なぜ意識があるのか不思議なくらいだった。


「……ぐっ」


 ナターシャは胸を抑える。酸欠にも似た症状。リクトを抑え込むための全身全霊の攻防が、彼女の魔導人形に、致命的なまでのダメージを与えていた。


「……リクト」


 彼女はそう、掠れた声音で、彼の名を呟く。


「……ごめん……」


 ……そして、琴切れるように。

 魔導人形を維持できるだけの魔力が無くなったナターシャは、青白い光と共に消滅した。

 その場に取り残される、ジョンとリクト。

 リクトは剣を握り、一歩ずつ、ジョンへと歩み寄る。ジョンはもう、剣を握ることすらできなかった。あの、機械仕掛けの太陽ライジング・オーバードライブに、持てる力を全て注いでしまったせいだ。

 リクトはジョンに剣を向ける。苦悶に顔を引きつらせながらも、外面はあくまで平静を装う。


「……なにか言い残すことは?」


 肩で息をするリクトに、ジョンは笑いかける。


「やりぬいた……俺『ら』の勝ちだ」


「……ッ!」


 リクトは、ジョンの腹に白き聖剣を突き刺した。


「ぐっ……!」


 ジョンは血反吐を吐くように、口から青い煙を漏らす。


 ――もう、限界が近いようだ。


「減らず口を……!」

「戯れ言なんかじゃねえよ……!」


 ジョンは、潰れた肺から声を絞り出す。


「努力は……才能に勝るんだよ」

「笑わせるな」


 リクトは吐き捨てる。


「努力は才能に勝る……、それは認めよう。


 ……だが、努力する天才には勝らない。


 貴様らと同じくらい、我々も、死ぬ気で努力しているのだ。

……なぜそれが分からない。どうしてそうも足掻く!」

「……なーに言ってんだ、お前……!」


 ジョンは瀕死のていで、それでもリクトを嘲笑する。


「確かに、個々の戦闘力じゃお前たちには敵わねえよ。


 だがな! 俺たちはチームプレイだ! 


 お前らが呑気に足し算やってる間に、俺たちは掛け算で、何倍も、何十倍も力を引き出してるんだ! それくらい分かりやがれ!」

「抜かしおって……!」


 リクトの憤怒は最高潮に達する。

 ……が、そのときだった。

 ピピピ、とリクトのバングルが鳴る。発信者はカナエだった。


「……なんだ、戦闘中に……」


 リクトは訝しみ、通信を受ける。もしもし、と応答したのもつかのま、届いたのは、悲痛な声。


『……ごめん、リクト……』

「……?」


 ――その声に、リクトの心は、ざわつく。

 まさか、と思う。

 しかし次の瞬間、はっきりと告げられる。


『解散宣告書……燃やされちゃった』


「……なん……だと……⁉」


 驚愕の表情を見せるリクト。急いで生徒会室へと踵を返そうとする。……が。


「よそ見してんじゃねえッ!」


 最後の力を振り絞って、ジョンが大剣を振りぬく。振り向きざま、リクトも応戦する。


「小癪なァ!」


 ガン、とジョンの大剣とリクトの聖剣が衝突。更にそこへ、リクトは追撃する。


「お前なんかああああああああアアアアアアアアアアア‼」


 リクトは涙を滲ませながら、ジョンの身体を右上から左下へ一閃!

 ジョンの身体が上下に分割され、魔力を帯びた青い液体が迸り、煙のごとく蒸発する。

 ジョンは、自身の魔導人形が消滅してくのを感じながら、最期の言葉を、告げる。


「……成長したなあ、リクト……」


 ……その言葉を最後に、彼は消滅した。



「……あれ……?」


 生徒会の猛攻を防いでいたモニカは、異変を感じた。急に、生徒会の攻撃が和らいでいったのだ。


「いったい何が……?」


 モニカの傍で狙撃を行っていたレオンも、徐々に弱まる生徒会の勢いに頸を捻った。


「……まさか……!」


 何かを悟る、ゴンゾウ。そのとき、その場に居た全員のバングルが、同時に鳴り出した。発信者はエリーゼだった。

 急いで、その場に居た全員が、バングルの通信を受け取る。生徒会も、もう、何も攻撃せず、放心状態となっていた。

 通信の発信者であるエリーゼは、一斉通信でもって、静かに語る。


『……こちらエリーゼ。ただいま、生徒会室の奥に隠された解散宣告書を……、たった今、燃やし尽くしました』

「……それって……」


 モニカの肩が、にわかに軽くなる。

 次いで、エリーゼは大音声でもって、結果を告げる。



無限の同好会(わたしたち)の勝利だあああああああああああ‼』



 ――瞬間。

 ――せきを切ったように、その場に居た全員から、涙が溢れた。


 3階から轟く歓声。モニカは、やっと目的が遂げられたことに、ただただ、胸元に雫を落としていた。


「モニカ!」


 校舎の北西側の扉から、メアリーが飛び出して来る。……かと思えば、モニカに抱き付き、互いをたたえ合った。

 メアリーの両目から溢れる思いが、モニカの肩に滴った。モニカも、目の前の存在をただただ感じ取っていた。


「よかった……本当によかった……!」


 メアリーは感極まって、他の男子たちも抱き寄せていた。


「……な、メアリー……!」

「あーもう、レオンあんた泣いてんの⁉」

「うっせバーカ!」


 そう悪態を吐きつつも、レオンの双眸は、硝子のように輝いていた。


「……ジョンさん……ありがとう……‼」


 モニカは、顔をくしゃくしゃにして、鼻水を拭っていた。



『うおおおおおおおおおおおおおおお‼』


 3階、生徒会室の前は、まるで乱恥気騒ぎのようであった。男も女も、肩を組み、抱き合って、互いの栄光を湛えあっている。


「……はあ~~~~~」


 アレックスは、脱力したように、床にへたり込んだ。


「……まったく、本当にやってのけちゃうんだから」


 アレックスはそう苦笑する。こんな馬鹿げた作戦を本当に達成してしまうなんて、いったい誰が想像しただろうか。


「ふー、終わったねえ」


 ふと気づくと、アレックスの隣には、金髪のガンマン、アシュリーが腰を下ろしていた。


「やっぱジョンってばカッケー」


 アシュリーはそうカラカラと笑う。アレックスはその飄々とした態度に、なんだかジョンと似たものを感じた。



「お、おおお、終わった……⁉」


 タケシは、ガクガクと震えていた両ひざを、ついに折ってしまった。

 長かった。一秒一秒が永遠に感じられた。

 2階の陽動役のほとんどが討ち取られてしまってからも、タケシだけは生き残っていた。生き残っていたというか、逃げ延びていた。やってることはカッコ悪いが、それでも、いくらか陽動としての役目は果たしていたので、十分称賛に値する戦果であろう。

 2階の廊下に、打ちひしがれたように仰向けに倒れるタケシ。ふと、バングルが鳴った。通信相手を確認すると、そこにはマオの名があった。タケシは、力なく倒れながらも、残る気力を振り絞って、マオの通信に応じる。


「マオ……やった」

『タ゛ケ゛シ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛イ゛イ゛!』マオは大声で彼を呼んだ。『ごめんね、タケシ! 本当にありがとう! 私……私……!』


 マオの号泣は、感激と申し訳なさの両方を含んでいた。タケシは頬をポリポリと掻く。


「い、いや、ま、まあ……、僕は逃げ回ってただけだから……」

『……ぐすっ、そうだよね、逃げのタケシだもんね……』

「なんか二つ名みたいな感じで言わないで⁉」

『まあ誰もタケシのことは忘れてると思うけど、なんか、こう……隠された伏線みたいな感じで後々評価されてくると思うから……、うん、たぶん』

「僕の活躍そんな扱いなの⁉」


 ぶっちゃけタケシのこと忘れてました、という方は正直に手を上げてください。



「……なんてことしてくれたんだ、お前……」


 タクミは恨みがましさ全開でエリーゼを睨む。理由は言わずもがなである。


「ふーんだ」エリーゼは子供のように笑う。「あんたたちが私のジョンに勝てると思ったら大間違いよ。足を洗って出直して来なさい」

「顔じゃねえのかよ」

「えー、っていうかエリちゃん、いま『私のジョン』って言ったー? え? なになに、どういう関係なのー?」

「~~~~~~~~~~ッ」


 エリーゼの心からの失言。皮肉を言ったつもりが、かえって反撃されてしまった。

 妖精は、ひどく赤面した。


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