「ドリルはお好き?」
「マオ……!」
驚愕の表情をマオに向ける、ジョン。
マオは、ふだんの快活な様子からはかけ離れた、沈痛な面持ちでジョンを見ていた。
やがて、涙を零し、悲痛に呟く。
「……ごめん、ジョン」
「……」
……ジョンは、驚きを隠せなかった。目を見開いて、現実を受け止める。
――まさか、こんなにも早く、マオがやられるなんて……!
ジョンの頬に、一筋の汗が伝う。途端に、巨大な焦燥感が押し寄せてきた。
――どうする、俺。
――この危機をどう乗り越える?
ジョンの鬼気迫る表情を見たマオは、両肘を抱え、カプセルポッドの中に蹲った。
「……守れなかった……!」
――掠れた声で、マオは、そう、呟いた。
先に生徒会に倒された他のメンバーたちも、マオのあまりにも早すぎる退場に、驚愕を禁じえなかった。
「……マオ」
「!……」
――ジョンに、名を呼ばれた少女は。
――肩をビクンと震わせた。
恐る恐るジョンを見る、マオ。彼の表情は真に迫っていた。
ジョンは眉根を寄せ、重苦しい空気を隠そうともしていなかった。
マオの自責の念が頂点に達する。それでも泣かなかったのは、女の意地であろうか。
悲しむマオに、ジョンは一言、告げる。
「よくやった」
「!……」
――その言葉を聞いた、マオは。
――堰を切ったように、涙を流し始めた。
しゃくり上げながらも、ジョンに本音を吐露する。
「……ごめんね、ジョン……。こんなにも早く、やられちゃって」
「心配すんな」ジョンは、無理に笑顔を作る。「お前がやられたくらいで破たんする計画なんか練ってねえよ」
「……でも……」
「いいから、ゆっくり休めよ」ジョンはなおもマオを励ます。「やられた直後だ、本当は立ってるのも辛いだろ?」
「……ごめんね」
マオは、最後に一言、そう謝り、出撃室の隅にとぼとぼと歩いて行き、腰を下ろした。
室内に暗澹たる空気が蔓延する中、エリーゼは小声でジョンに訊ねる。
「……で、どうなの、実のところ?」
「だいぶヤバい」
「……でしょうねえ……」
――分かってはいたが、やはり相当危機的な状況に陥っているようだ。
エリーゼの顔に、青い線が幾つも垂れ落ちる。どうにも憂心が抑えきれない。
「マオが脱落したってことは……2階が手薄になるってことだな。
……正直、陥落するのは時間の問題だ」
「それに、1階のメンツが3階へ上がるのも難しくなる……。さっきまで2階にいた奴らが1階に降りてくるわけだから」
「……キッツイなあ……!」
ジョンは頭を抱える。マオが2階から退散してしまったことによる損害は、相当なものだった。
やはり生徒会の攻撃は熾烈だったのか。エリーゼは現在の無限の同好会の構成に、無力感に似たものを感じていたが、ふと疑問が胸中に湧き上がり、ジョンに問うた。
「……ねえ、ジョン、一つ訊いていい?」
なんだ? とジョンはエリーゼに訊き返す。エリーゼは慎重に尋ねた。
「……その、ジョンはマオがすぐにやられたことを意外に思っているようだけれど、実のところ、マオはどれくらい耐えると思っていたの?」
エリーゼの質問に、ジョンは苦い顔をした。
「……正直言うと、あと15分くらいは耐えてもらう予定だった」
「ぜんぜん足りないじゃない……」
「甘かったか……!」
ジョンの希望的観測は、無慈悲にも打ち砕かれた。
しかし、悲嘆に暮れている暇は無い。ジョンはバングルから表示されるウィンドウを操作し、アレックスへと通信を繋いだ。ほどなくして、彼と通信が繋がる。
『やあ、ジョン、戦況はどうだい?』
「……マオがやられた。2階側からの生徒会からの攻撃がヤバくなる」
『それは……手ごわいッ、ね!』
ドン、という鈍い音が通信越しに聞こえた。どうやらアレックスも戦闘を行っているようだった。
「そっちは?」
『3階かい? 絶賛戦闘中だよ。正直……マズイ、かもッ!』
☆
「ほらほらほらほらァ! 足腰なってない!」
生徒会副会長、カナエ・ミモリが、自慢の杖を斧のように振り回す。見た目は魔法のステッキなのだが、そこから繰り出される数々の攻撃(主に物理)は強烈だった。
更にその後方からの支援魔法も相次ぐ。スズカ・ハツシロによる魔法投射に、ユイ・アマガサによる魔力の込められた弓矢。ついでに前線には、女たらしで有名なタクミ・エンドウが槍を振り回していた。生徒会役員の半分が3階での戦闘に参加していることになる。これで戦いが楽なはずがない。
無限の同好会も最大限の戦力で応戦しているが、押し負けそうなのが本音だった。
「正直……場を持たすので精いっぱいだねえ……!」
『マジか……、くっ』
ジョンの悲痛なため息が、通信越しにアレックスに届いた。
ジョンがなんとかこの場を切り崩す案を必死に練っている頃、アレックスの後方から、更に絶望的な情報が届く。
「アレックス!」メンバーが大声で叫ぶ。「2階の奴らが3階に上がって来たぞ! 下はどうなってだ、マオはァ!」
「マオはやられた! まだ立てない!」
「はあ⁉ なんだそれ!」
あからさまに困惑している声が聞こえた。無理もない、マオの戦闘力は学校内ではそれなりに有名だったのだ。そんな彼女があっさりと倒されてしまったとなっては、動揺も無理からぬ話である。
「クッソ、敢えて1階に下りずにこっちに来たってことは、主力側を先に潰してから出撃室へ乗り込もうって魂胆か!」
「生徒会役員が4人も居る状況で劣勢になんてそうそうならねえからな……! ったく、ただでさえキツイってのに!」
「そ、そんなわけで……、かなりヤバい状況だね……!」
『くッ……、分かった!』
☆
「……3階もキツイの?」
エリーゼが胸を抱きながらジョンに問う。ジョンは「ああ」と暗い顔で頷いた。
「あそこが正念場だからな、ある程度戦力を分散させたうえで主力を突っ込む作戦だったんだが……。 ……迂闊だったな……」
「……とはいえ、貴方の出した案以上の名案なんて、無いだろうけど」
「……」
ジョンは地図とにらめっこして考え込む。……何か、何かいい案は無いか。
真に迫るような表情をしたジョンの横顔を眺めていたエリーゼは、胸中にわだかまっていた本音を吐露する。
「……やっぱり、ナターシャに作戦を伝えたのは失敗だったわね」
「……」
――ジョンの表情が、いっそう険しいものになる。
エリーゼは、非常に言い辛そうな顔をしていたが、それでも、伝えずにはいられなかった。
「2階の西側を捨てるっていうのは本当に名案だったわよ。モニカたちがどれだけ耐えられるかは分からないけれど、少なくとも、3階の攻防は今より楽なものになったのは間違いないわ。3階にいる生徒会の勢力が分散されるのだから。
……そこまで、ナターシャに伝える必要があったとは、どうしても思えない。ナターシャが裏切ると分かっていたのなら、なおさら」
それでも、なんとか事態を好転させようと思案するジョンであったが。
「……!」
ふと、ジョンのバングルに通信が入る。送信主はモニカだった。ジョンは急いで通信を繋いだ。
☆
『どうした、モニカ、何が起こった?』
「……すみません、ジョンさん」
――重苦しい声が、聞こえる。
ジョンの肝が、冷えた。
「……みんな……頑張ってるんですけれど……、もう、限界みたいです……!」
『限界って……!』
どういうことだ、……そう、口にしようとして、ジョンは口を噤んだ。
なにが限界なのか、ジョンには痛いほど分かっているから。
「2階から降りてくる勢力が多すぎます」
モニカの声は、まだ諦めている風ではなかったが、どうにもならない無力感を感じさせた。
「レオンさんも、メアリーさんも、ゴンゾウさんも、みんな必死に戦っていますが……、……ここを突破されるのは、時間の問題です。そしてそれは、そう遠くない」
『……あとどれくらいもつ?』
「頑張って、あと3分……!」
『!……』
……モニカの冷静な分析が、ジョンを絶句させる。
「こちらには、忍者みたいな『ショウ』さんが来ています。とても手練れで……、しかも、生徒会側の人数もさっきより増えています」
――マオがやられたからだ、とジョンは瞬時に悟る。
「ジョンさん……」
モニカは震える唇で問う。
「……どうすればいいですか?」
☆
「お前の言ったとおりだな、ナターシャ」
生徒会室にて。ジョンと同じように指揮を執っていたリクトは、ニヤリと笑った。
「……まったく、ジョンもジョンだ。まさかナターシャが裏切らないとでも思っていたのか?」
「……」
弾んだ声音のリクトとは対照的に、ナターシャの顔は暗かった。
――本当に、これで良かったのだろうか。
胸中に湧いた仄かな疑問を、消せずにいた。
「どうした、ナターシャ?」
ナターシャの表情が優れないのを見たリクトは、心配そうに声を掛ける。
リクトに気遣われたナターシャは、少しだけ顔を上げたが、またすぐに、視線を落とした。
「……?」
――なにか、ナターシャの様子がおかしい。
リクトはナターシャの異変に気付いていたが、その原因が判然としなかった。
――ジョンたちに同情しているのか?
「……まさかな」
小声でそう、呟く。第三校舎の各地で繰り広げられる爆音で、その言葉はかき消された。
ナターシャはリクトを一瞥し、ポツリと告げる。
「……ちょっと、休んでくる」
☆
「どうすればいい……⁉」
……ジョンは、無言で地図を眺めていた。
何も作戦が思い浮かばない。
どうすればいいか、見当がつかない。
あの作戦はどうだ、この作戦はいけるんじゃないか、……そんなアイデアが、浮かんでは、すぐに消え去っていく。
頭に浮かんだどの案も、この事態を進展させるに足らないのだ。
――諦めない。諦めたくない。
――だが、どうすれば……!
『ジョン、ヤバいよ……、本当に押し切られそう!』
『兄貴ィ! もう少し援軍は来れないんスか⁉ さすがにあの量を4人で捌くのは無理があるッスよ!』
「分かってる!」
――分かってるけど!
――どんな一手を打てばいいのか!
明らかに戦力が不足している。生徒会の布陣を甘く見ていた。
……最悪の場合、ジョンが全ての責任を負い、無限の同好会のメンバーを助けてやるという案も考えていた。
……が、それはあくまで最終手段であり、その可能性を考慮すること自体、この作戦を諦めることに他ならない、そんな気がした。
だが、それを決断するのが遅くなればなるほど、仲間たちの今後が危うくなる。
最後まで自身の意地を貫いて、それで彼らを犠牲にすることは避けたかった。
――どうする?
――進むか、退くか?
ジョンは究極の決断を迫られていた。
そのとき。
ジョンのバングルに、通信が届く。
その発信者を見たジョンは。
――我が目を疑うほどの衝撃を受けた。
ジョンは急いでウィンドウを操作し、通信を繋いだ。
ノイズ混じりの音声が聞こえる。
通信相手はジョンに問う。
『ドリルはお好き?』
☆
「耐えろ、耐えるんだモニカァ!」
「そんなこと、言ったって……!」
モニカは何枚もの盾を形成し、攻撃を防いでいたが、それももう既に限界に近付いていた。
――無茶苦茶だ。生徒会の数が多すぎる。
ジョンにこの1階南西、無限の同好会の部室前を任されたときは、無茶だと思いながらも、守り切るつもりでいた。
――だが、現実はそう甘くなかった。
絶え間なく襲ってくる生徒会の戦闘員。
彼らは統率こそとれていなかったものの、個々の戦闘力が半端ではなく、国立第四魔法学校一般生徒の精鋭でもっても、守り切るので精いっぱいであった。
メアリーが要所要所で魔術を発動し、生徒会を攻撃するものの、そう簡単に当たるものではない。ゴンゾウが前線に立ち、レオンが周囲を牽制、こちらに突っ込んできた生徒会をモニカが防御する、という作戦を取っているが、効果的だったのは最初だけで、あとはジリ貧を強いられていた。
おまけに、マオが陽動していた2階の生徒会戦闘員が1階に来てしまったのもあって、崩壊はすでに秒読み状態だった。
「あーったく、次から次へとォ!」
「持ちこたえろ、レオン! 無限の同好会が勝つまで!」
「言われなくてもォ!」
「甘いわァ!」
ギュン! と、ゴンゾウの横をすり抜けて、モニカの元へと疾駆する戦闘員が居た。
「あっ、クソッ!」
レオンがその戦闘員に向けて銃を乱射するが、素早い身のこなしで次々と躱していく。
「ヤバい、モニカ!」
「――ッ」
――モニカの瞳孔が、開く。
パリン、と、モニカの形成した魔法の盾が割られ、突破される。
――あ、どうしよう。
――終わった。
モニカは眼前の光景を、スローモーションのように眺めていた。
生徒会の戦闘員が、すぐそこまで迫っている。
――ここで自分がやられたら、ジョンさんたちのいる出撃室に通すことになる。
それだけはなんとしても阻止せねば。
分かっている。分かっているし、ありったけの力を込めて、盾を作ろうとしている。
――だが。
――間に合わない!
刹那。
ゴガァ!
心の臓を揺らすような、地鳴りにも似た響き。
そして次に目にしたのは、校舎の床を形成していたであろう瓦礫の残骸と。
巨大な――ドリル。
『⁉』
無限の同好会のメンバーはもちろん、生徒会の戦闘員すらも呆気に取られていた。
やがて土煙が晴れ、その衝撃の正体が判明してくる。
巨大な黒いシルエットは、徐々にその姿を現す。
「……重機?」
異様な光景を眼前にしていたゴンゾウが、ふと、そう呟いた。
「重機⁉ 重機なんで⁉」
モニカさえも、我を忘れて取り乱していた。
「いったいどこから……」
国立第四魔法学校のどこに、こんなドリルタンクが潜んでいたというのだろうか。……いや、そもそも、これは学園の備品なのか。
周囲にいた者達が一様に唖然とする中、その重機の扉が開き、中から一人の少女が姿を現した。
――少女というには、その長身の体躯も、豊満な胸も、細い顔立ちも、なにもかもが大人びていたが。
「いやあ……、死ぬかと思ったわー」
天然ものの金の長髪を振り撒く少女は、まったく深刻さを感じさせない口ぶりで、そう呟いた。散弾銃を片手に頭を掻いてる。
少女は、ガンマンを思わせるような、赤と茶色を基調にした衣服を身に纏っている。ところどころに金色があしらわれているところに、多少のお嬢様のような気質を感じさせた。
「まーったく……、ジョンってばなーんも言わずに飛び出して行っちゃうんだからなーもう……」
ぶつくさと文句を垂れる金髪の少女。瓦礫の山の上に身を乗り出した彼女は、その廊下の両側に、魔導装甲を装備した者たちが大量に控えているのを見て、「んー……」と間延びした声を出す。
少女は、その片側――モニカたちの居る方角――に向けて問いかける。
「あんたら、ジョンの仲間? あの……なんだっけ、アンリミテッドサイクリングだっけ?」
「アンリミテッド・サークルです」
呆然としていたモニカも、言い間違いには瞬時にツッコんだ。彼女にとってその点は譲れないらしい。
「ふーん」と少女は息を吐く。「ま、なんでもいいけどさ」
少女は更に、反対側を向き、そして問う。
「……ってぇことは、あんたらがその……リクトが会長の生徒会?」
「そうだが……」
生徒会の戦闘員たちは、おどおどしつつもそう答えた。その言葉に、少女は「なるほどねえ」と手を叩く。
「事情はよーく分かったァ!」
「説明らしい説明してない気がするんですけど……」
「なんかもうだいたい分かってた感があるよな」
「とにかく!」
モニカとレオンのツッコみを力技で流し、少女は無限の同好会に威勢よく告げる。
「ジョンの同好会がドンパチやってるって聞いちゃあ黙ってらんねえ! この私も助太刀しようじゃないか!」
「そもそもお前は何者なんだ!」
いきなりの闖入者に、ゴンゾウは耐え切れずツッコむ。生徒会側も彼女の正体については気になっていたようで、「よくぞ言った!」という感じのガッツポーズをしていた。
「よくぞ聞いてくれた!」
そのセリフを言いたいがために素性を隠していたんじゃないかと邪推してしまうほどの乗り気で少女は叫ぶ。
「私はアシュリー・J・エンフィールド!」
――と、少女は、聞き覚えのある名を告げた。
「世界の変革を目にする者だ!」
そう言って、アシュリーと名乗る少女は、銃を構えた。




