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「私の夢を踏みにじったんだぞ」

「全く、お前には本当に驚かされてばかりだな」

「呆れてる?」

「ああ、呆然としているよ」


 ジョンは、国立第四魔法学校(クロフォード)の校舎からやや離れた場所にある野原で、ザックと組み手をしていた。

 ふだんは大剣を用いるジョンであっても、素手による格闘は戦闘力を養う稽古として重要だった。

 相手との間合い、視線、筋肉の張りつめ方、そしてなにより魔力の流れ、その一々を仔細に観察し、見極め、受け流し、拳を放っていく。

 ジョンはこの国立第四魔法学校(クロフォード)に入学する以前から、こういった組み手による訓練を欠かさず行っていた。魔導人形を使用せず、己が肉体を鍛え上げるのがポイントである。


「――にしてもっ」


 ザックが拳をジョンに打ち付ける。ジョンは左手でそれをいなし、すかさず右手をザックへと振った。


「よく俺が組み手をしていることに気付いたなァ!」

「あんたの身体を見れば――ねッ!」

「いい度胸だ!」


 ザックが筋骨隆々な戦士であることを見切ったジョンは、入学して間もなく、彼に組手の特訓を申し出た。ザックはそれを快諾し、以来、今日に至るまで、時間を見つけては拳を交えていた。

 一通りの訓練が終わったところで、ジョンはザックから半歩は慣れて手を上げる。


「……今日はこれくらいにしよう」

「うん? 今日は早いな」

「明日はちと大事な用があるんでね」

「なんだ、デートか?」

「ああ、そうさ」


 ジョンはニヤリと笑って肯定する。それを見たザックは、顎鬚を撫でた。


「また良からぬことを考えているな?」

「また、は余計だよ」

「なんだ、お前らしくもない、奸計か?」

「向こう方が実力行使で来たんでね」


 ジョンは軽妙な空気を作りながらも、その鋭利な視線を隠さなかった。どこか遠い目をしながら語る。


「俺だって、ちょっとくらい、無茶したくなることもあるさ」

「無茶ねぇ……」


 ふーむ、とザックは腕を組んだ。ジョンは普段から無茶ばかりしているような気がしないでもないのだが、改めて「無茶をする」と言われると猛烈に不安になる。

 先ほども、「また」という言葉は否定しても「良からぬこと」ということに関しては否定しなかった。


 ――学校の規範ルールを破るつもりか。


 ザックは一瞬、ジョンに鋭い視線を向けたが、すぐにそれを緩めた。今ここで止めろと言ったって、聞かないだろう。


 ――だから。

 ――せめてもの、忠告を。


「退学だけは勘弁しろよな」

「善処するよ」


 ……善処する。つまり退学前提の妙案を抱いている、ということだ。


 ――まったく、誰に似たんだか。


 ジョンは芝生の上で運動後のストレッチをしていた。朱い夕陽が野に差し、鮮やかなグラデーションを煌めかせる。

 筋肉を伸ばしながら、ジョンは沈みゆく太陽を横目で睨む。


 ――さあ、最後の総決算だ。


「努力は天才に勝つってとこ、見せてやる」


 ――その言葉は、果たして誰に向けたものなのか。



「へっくしょい!」


 生徒会室にて執務を行っていたリクトが、とつぜんくしゃみをした。

 結構デカいくしゃみだったので、室内に居た者たちは一様にリクトの方を向いた。


「風邪ですか?」

「いや、鼻に何か入った」


 スズカの心配を制し、鼻をかむリクト。


「誰かが噂してるのかもね?」

「どうせ下らぬことだろう」


 カナエの下世話な話を一笑に付すリクト。

 ナターシャはそんな彼らの談笑を、横目で眺めていた。

 なにやら、落ち着かない調子で。


「どうした、ナターシャ。朝から元気がないようだが」

「ひょっとして恋煩いカナー?」

「え、ナターシャさんが!? 誰にですか!?」


 カナエの下世話なツッコミに反応したのは、やはりというかなんというか、スズカだった。リクトは呆れて物も言えない、とでも言いたげにため息を吐いた。


「そんなつまらぬ心配をするよりもやることがあるだろう?」

「へーい」

「すみません……」


 カナエとスズカがともに頭を下げる。ナターシャは依然として口を開こうとしなかった。

 ふむ、とリクトは顎を撫でる。ナターシャはいったいどんな悩みを抱えているのだろうか。

 体調が悪い……という風には見えない。むしろ、よそよそしいというか、漠然とたが不安を抱えているように思えた。

 ナターシャは普段から素っ気ない態度を取るが、それは周囲への無関心から来るものであり、今のように「何かを意識して」無口になるのは、リクトの記憶では数えるくらいしかなかった。


 フウ、とリクトは息を吐く。

 それから、珍しく、他者を安心させようという意図でもって口を開く。


「大丈夫だ、ナターシャ」リクトは視線をナターシャへ向けた。「いかなることがあろうとも、無限の同好会アンリミテッド・サークルがお前に危害を加えることはない。そこに理由があってもなくても、捻りつぶしてしまえばいいのだ」

「……」


 ――リクトの言葉に、ナターシャは反応した。


 それから彼女は、口を開きかける。

 そのときだった。


 コンコン、と生徒会室に、扉をノックする音が聞こえた。

 瞬間、生徒会役員全員が、臨戦態勢に入った。


「入れ」


 リクトは短く告げる。

 ゆっくりと、しかし確実に、生徒会室の重壮なドアが開けられる。

 ドアの隙間から顔を出したのは。


「――モニカ」


 リクトが、短く呟いた。

 緑のボブカットを持つ少女が、生徒会室へと入室した。

 役員全員の表情が、険しくなった。



「モニカ、うまくやってるかしら……」

「おそらくな」


 エリーゼの不安に、ジョンが生返事をした。

 モニカが生徒会室に入った同時刻。ジョンとエリーゼは、現在、国立大四魔法学校(クロフォード)の出撃室にて待機していた。先頭に参加するほとんどの生徒は各自配置についており、後はモニカの報告を待つのみとなっていた。

 エリーゼは現状の不安にやきもきしていたが、ジョンは作戦計画の洗練ブラッシュアップに余念が無いようであった。

 ジョンは通信で各地に配置されている戦闘員たちに連絡を取り、現状報告の内容を共有しあっていてた。


「とりあえず、ナターシャの言った通り、この出撃室は明日まで使う予定は無いようだな」

「鍵も私たちが持ってるから、よほどの強硬手段、――そう、魔導人形を使用して力づくでこじ開けでもしない限り、ここは安全ね」


 だな、とジョンは苦笑した。天井を見上げ、リラックスするように両腕を伸ばす。


「なんつーか……、背水の陣、だな」

「この国の言葉?」


 エリーゼの質問に、ああ、とジョンは頷く。


「後戻りできないくらい自分たちを追い詰めて、仲間を奮い立たせる。……今の俺たちはまさしくそれだ」

「試合に勝っても勝負に勝てるかまでは分かんないけどねー」


 自虐的にエリーゼは笑う。学校の規範ルールを破ってのこの作戦、たとえ成功したとしても、その後、ジョンたちにどんな処分が下るか分からない。


「なにせ、丸腰の生徒会室に魔導人形で攻め入ろうっていうんでしょ? 正気じゃないわ」

「正気で勝てるくらいだったら苦労しないよ」

「スマートじゃないわね」

「相手方が傍若無人だからな」

「まったくだわ」


 エリーゼはくすくすと笑った。いつもこんな風にしてればお嬢様っぽいのになと思ったのはナイショである。

 それからエリーゼは、深く深呼吸をした。

 今まさに始まらんとしている大舞台に、緊張と興奮で胸の高鳴りが抑えられない。


 ――嗚呼、どうしよう。

 ――体が火照って仕方ない。


「今日ばかりは、無礼講(ステューピッド)で行きましょう?」

「せっかくだ、思いっきり暴れてやれ」



「ようこそ、生徒会室へ」


 リクトは両手を広げ、モニカを歓迎した。

 ……少なくとも、その素振りは見せた。


「今日は何の用かな、モニカ・エイデシュテット?」


 リクトは慇懃な態度を取るが、対するモニカの表情は険しかった。


「失礼します」


 モニカは一礼し、それから、再度、室内を眺める。

 部屋のある一物を見つけたモニカは、目をわずかに開く。


 ――ああ、本当にあった。

 ――ジョンさんの言った通り、「扉」がある。


 それからモニカは、粛々と、しかし毅然とした態度で生徒会室の中へと足を踏み入れた。

 そして、リクトの正面に立つ。

 生徒会長の机を挟んだ対面。リクトは余裕のある表情で、しかし決して気を緩めることはなくモニカを観察する。

 周囲の生徒会役員が殺気立った眼差しで見守る中、モニカは口を開く。


「端的に言います」


 モニカの視線が、リクトの両目を射抜く。

 対するリクトは冷静であった。

 むしろ、モニカの、その鬼気迫る様子を楽しんでいるかのように思えた。

 そしてモニカは告げる。

 生徒会長に対し、有り得ない要求を。


無限の同好会アンリミテッド・サークルの解散を、取り下げてください」


「なんだとォ⁉」


 生徒会室に居た役員の一人、タクミ・エンドウが食って掛かった。椅子から立ち上がり拳を強く握る。


 ――が、しかし。


「――おやめなさい」


 対面に座っていた、同じく生徒会役員であるユイ・アマガサが、タクミを制した。


「……チッ」


 タクミはそう舌打ちし、それから自席に戻った。どっかと横柄な態度で椅子に腰かけ、足を組む。どうやら血の気の多い性格のようだ。

 その一部始終を見ていたリクトは、静かに嗤う。


「……だいぶ肝が据わっているようだな、モニカ?」

「……」


 リクトは椅子から立ち上がり、机を回ってモニカの横へとたどり着く。

 視線は合わさず。しかし意識はモニカの方へ向けて。

 リクトの声が、モニカの背中に刺さる。


「モニカ。君は今、タクミがまさに殴らんとしたときにおいても、まるで微動だにせず、静観していたな?」

「それが……なにか?」


 モニカはリクトを見ずに返答する。少し視線を移動し、ナターシャを視界に入れる。

 ナターシャはわずかに、しかしはっきりとモニカから視線を逸らした。その様子にモニカは些末ながらも疑問を抱いた。……が、しかし、後方のリクトへの注意を逸らすことはできなかった。


「いや、構わんよ。むしろその豪胆さは大物の証だ。

 聞けば君は、あのアレステッドに対しても、同じように、強い口調で決意を叫んでいたそうじゃないか。結構結構」

「……回りくどい話は止めませんか」


「貴様こそ、そのような卑劣な手段を講じるとはな」


「――ッ」


 モニカの強気な表情が、わずかに崩れる。


 ――あれ、もしかしてこれ……。

 ――バレちゃってます?


 モニカは、リクトに気取られないように、慎重にナターシャを観察した。

 ナターシャは、申し訳なさそうに目を逸らしたままだった。


 ――も、もしかして……。


 ナターシャさん、作戦バラした?


「はっはっはっは!」


 リクトは呵々大笑した。その行為が、モニカの推測を確信に変える。


 ――間違いない、ナターシャさん、絶対に会長にバラした。


 無限の同好会アンリミテッド・サークルが、魔導人形を使って、総出で攻め込むってこと。

 じゃなきゃ――この反応はありえない。

 ウソの情報を流して生徒会の足止めをするという作戦が――不意になってしまっている……!

 モニカの頭に血が上る。ナターシャに対してだけではない、生徒会役員全員に対して、憤然とした怒りがこみ上げてきた。


「あなた達は――ッ!」


 堪えきれず、モニカは叫ぶ。

 せめて、……伝えたくて。


「ジョンさんが何をしていたか知らない!」


 涙ながらに、彼女は語る。


「どれだけ苦労して、無限の同好会アンリミテッド・サークルを結成して……!」


 彼に、その思いを届けたくて。


「あんなに頑張って、霧の女王(ホワイトアウト)を収束させて……!」


 頬を伝う涙を拭うことすら、忘れて。


「それなのに……、アレステッドを、あの空賊を脱獄させたという、それだけで解散に追い込んで……ッ‼」


 溢れ出る感情は、もう止めることはできない。


「間違ってるとまでは言わない! あなた達は学校の規範ルールに則っているかもしれない! でも……、でも……!

 生徒を救えなくて、何が学校だ!

 思いを尊重できなくて、なぜあなたはトップに立つ!

 そんなクソッタレな学校を変えたいという思いをなぜ理解できない!」


「小娘がッ‼」


 モニカの切実なる思いを、リクトが一蹴する。


「知ったような口を聞いて! 我々の思いも知らずに!」


 リクトはナターシャに詰め寄った。


「お前の何倍も、俺はジョンを知っている! だのに、貴様はそれまでも否定しようというのか!」

「なにを……!」

「アイツは、アイツは……!」


 リクトは、今までどの生徒会役員にも見せたことがないほど、感情をむき出しにして告げた。


「アイツは……私の夢を踏みにじったんだぞッ‼」


「なっ……」


 なにを……いったい……!


「貴様が感情で訴えるのならば、私にだって言いたいことはある! 貴様のような部外者に何が語れるというのだ!

 ジョンを出せ!」

「ジョンはいつだってあなたの目の前に居るんですッ! あなたがそれを見ていないだけですッ!」

「知った口を!」

「知ってるんだよッ!」


 モニカはピシャリとリクトを一喝した。


 ――一瞬ではあったが、リクトは怯んだ。


 その間隙に、モニカは。

 ありったけの想いを、ぶつける。


「あなたがジョンの何を知っていたって関係ない!

 私は『現在いまのジョン』の話をしているんだよッ‼」


「――ッ!」


 リクトの表情が苦渋で滲む。

 そこへ。


「ああもう、言わせておけばァッ!」


 タクミが立ち上がり、モニカへ突っかかろうとした。

 そのときだった。


 ドン、と扉の奥で爆発の音が聞こえた。


 瞬間、生徒会室に衝撃がズンと来る。


「なんの音!?」

「分かりません、でも爆発が!」


「動くなッ!」


『――!』


 生徒会役員の動きが止まった。

 モニカは、自身の上着を開き、シャツに覆われた自らの上半身を見せていた。

 タクミは思わずその豊満な胸に視線を吸い寄せられたが、それ以上の衝撃がタクミを襲った。


 ――モニカの上着の裏に、びっしりと魔導符が貼ってあった。

 ――爆弾の正体だ、と誰もが気づいた。


 そしてモニカは、躊躇なく告げる。


無限の同好会アンリミテッド・サークルの解散処分を取り下げなければ――、いま、この場で、この爆弾を全て起爆します」


「なッ――!」


 タクミが歯を見せ叫んだ。さすがのカナエも同様を隠し切れない様子で叫ぶ。


「なんで!? ホントに死ぬよ!?」

「そこまでして――無限の同好会アンリミテッド・サークルを守りたいんですか!?」

「当たり前でしょう!」


 スズカの問いに、モニカは答えた。

 文字通り、決死の覚悟であるようだった。

 モニカは更に、彼らに告げる。


「――10、数えます」


 ――その言葉の意味は、聞かずとも分かる。


 モニカが爆弾を起爆させるまでの、タイムリミットだ。


「10……」

「お願い、やめて!」


 カナエが必死に叫ぶが、モニカはまるでカウントを止めようとしなかった。


「狂ってやがる……!」


 タクミが呟く。この覚悟、もはや狂気だ。


「なぜ、あなたが特攻なんて……」


 スズカの問いに、モニカは答えない。

 彼女はなおもカウントを続けた。


「7……6……」


 モニカはリクトを睨みつつ数え続ける。

 ナターシャはハラハラとそれを見ていた。周囲の視線を探るが、誰もそれを止めようとはしない。

 耐え切れず、ナターシャは叫ぶ。


「リクト!」


 ――その声に、反応したリクトは。


「――フン」


 ……と、どこからともなく召喚した剣を振りかざし。

 モニカを――斬り裂いた。


『……‼』


 生徒会役員たちが、総出でもってリクトを見る。


 ――いま、なにをした?

 ――一人の少女を……斬り殺した?


 自身の体が左右に分裂していくのを眺めるモニカ。

 彼女は一瞬驚いたように見えたが。


 わずかに、頬を歪ませ。

 それから、青白い炎を上げつつ消滅した。


「……えっ?」


 思わず、カナエはそう声を漏らした。

 モニカの身体から赤い血は吹き出なかった。……ということは……。


 ――今のって……魔導人形?


 カナエの困惑をよそに、リクトは「フン」と鼻を鳴らした。

つい先ほどまでモニカが居た空間を眺めていたリクトは呟く。


「……下らぬ道化だ」

「……」


 目の前の出来事を咀嚼していたナターシャは、体の力が抜け落ちそうになるのをなんとか堪えていた。

 その直後。

 リクトのバングルにおびただしい量の通信が入った。

 そしておぼろげながらも、校舎中から怒声や爆発音が轟くのを耳にした。

 予想以上に予想通りの結果に、リクトはその通信をいちいち確認する気になれなかった。


 はあ、とため息を吐き、それから魔導装甲を召喚する。

 リクトの背に翼のようなユニットが生えた。

 それを見ていたスズカは、おずおずと尋ねる。


「……いったい、なにが始まるんです?」


 リクトはまるで面白そうに告げる。


学校戦争(スクールウォーズ)だ」


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