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「そんくらい笑い飛ばせ」

「……最初(のっけ)から問題を起こしてくれたね……」

「……すみません」


 ――あの自己紹介の、翌日。


 エリーゼは、さっそく校長室に呼び出され、校長よりお叱りを受けていた。

 国立第四魔法学校(クロフォード)の校長は、傍目に見ても若い、40過ぎの男性だった。

 お前は本当に日本人かと思うほどの、古代バロック時代の人間のような髪型。

 顔立ちは細く端正であり、左右に分かれた長い黒髪もよく似合っている。

 でも名前は「ソウイチロウ」である。

 もはや髪型含めてそういう芸風なんじゃないかと思う。

 いやまあこれで「ゴールドエクスペリエンス」みたいな名前だったらそれはそれでアレだけれども。


 こんなクールな見た目に反し、普段は温厚なナイスガイらしいが、今回ばかりは険しかった。

 それもそうだ、一歩間違えれば、ジョンを殺めていたのだから。

 魔導人形と呼ばれる、《《魔法使いを守るもの》》が発明されたとはいえ、魔法使いは死から遠い存在となったわけではない。

 だからといって、学校内で犠牲者を出すことを認めているわけではない。

 本学の校長、「ソウイチロウ・マナベ」は、「デーベライナー」というものに対して、歩み寄りというか、多少の理解を示そうと努力していた人物だけに、今回の件に関しては失望を露わにしていた。


 ――やはり、デーベライナーか。


 ……そう、口にこそ出さなかったものの、表情がそう語っていた。

 その顔色を窺うたびに、エリーゼの胸に、耐えがたい羞恥と、ジョンに対する憎しみがわいてきた。

 いわゆる逆恨みというヤツである。



「……失礼しました」

「もう二度と、呼び出されることはないようにな」

「重々承知しております」


 エリーゼは膝を前に出して一礼した。

 ソウイチロウ校長の、簡潔にして突き刺すような説教に、エリーゼはへとへとになっていた。

 だが、最後は、いくらか慈しむように見送ってくれた。

 エリーゼにとっては、哀れみのようで、あまりいい気はしなかったが。


「……ああ、そうそう」


 去り際、ソウイチロウはエリーゼに問う。


「父上は、元気か?」

「……今の私よりは」


 その返答に、ソウイチロウは苦笑した。



 牛皮の重々しい扉を開けると、エリーゼから見て正面の廊下の壁に、ジョンが背を預けていた。

 腕を組み、うつむいた状態で。

 彼の姿を認めた瞬間、エリーゼの眉間にしわが寄り、口が小さく開いた。

 ジョンは、エリーゼが退室したのに気づくと、たれ目を彼女に向けた。


「よう、待ってたぜ」

「……待たせた覚えはないわ」


 エリーゼはそう吐き捨て、ジョンには目もくれず、廊下をスタスタと歩いていく。


「待てよ、エリーゼ」

「あなたに喋ることなんて何もないわ。

 目障りだから消えてくれる?」

「ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」


 ジョンは駆け足でエリーゼに近づき、その肩を叩いた。

 エリーゼは肩を動かして、明確に拒絶の意をあらわす。


「……セクハラで訴えるわよ」

「お前は俺の友人ダチか」


 思わぬツッコみだった。

 なにこいつ、女友達がいるの? ……と、エリーゼは別の意味で不快になった。

 ――ほら、だって見るからにモテなさそうじゃん。

 仕方なく、渋々、エリーゼはジョンの方を向いた。


「いったい何の用よ。鎌を向けたことなら謝るわ」

「そのこともだが……用はそれだけじゃねえんだ」

「それ以外って……、まさか、愛の告白?」

「は?(笑)」

「うっわすっげえムカつく……!」


 エリーゼの右こぶしが、ぷるぷると震える。

 顔が怒りで真っ赤に染まった。


「じゃあなに、私を嘲笑いに来たの?」

「そんなことするかよ、お前じゃあるまいし」

「ひとこと余計!」

「っつーか、そんな陰気なことは嫌いだ。

 俺が話したいのはもっと別」

「もったいぶってないで、ちゃっちゃと説明しなさいよ」

「さんざっぱら話の腰を折ってきてよく言うよ」


 フー、とジョンは肩の力を抜いた。


 ――なにはともあれ、エリーゼが自分の話を聞いてくれる体勢ができあがった。


 ジョンはそれを確認したのち、彼女に告げる。


「俺と一緒に、同好会を立ち上げないか?」



「おい、見てみろよ、アイツ……」

「アイツが……なんなの?」

「知らないのかよ? エリーゼ・デーベライナー」

「デーベライナーって……あの?」

「やべえよ……やべえよ……」

「この食堂破壊すんじゃねえのか?」

「っつーかエリーゼと飯食ってるアイツだれ?」

『……さあ?』



 国立第四魔法学校(クロフォード)の学生食堂は、バイキング形式である。

 さまざまな国から生徒が訪れるため、料理も手広くそろえてある。

 日本人向けの料理が主であるが、肉やじゃがいも、パンやカレーなど、主要な料理は一通りあった。

 ジョンもエリーゼも初めての食堂であったため、多少の期待を胸に足を踏み入れたのだが……。


「すげえな、特等席じゃねえか」

「皮肉のつもり?」


 ――共に食堂に入ったジョンとエリーゼを待ち受けていたのは、周囲の奇異の視線だった。

 先ほどまで喧騒につつまれていた食堂は、エリーゼの姿を誰かが認めるや、とたんになりをひそめ、ひそひそとした小声の唱和に変わった。

 ジョンは最初、自身の田舎者然とした身なりが災いしたのかと思ったが……、すぐにそれは違うと分かった。


「……わたし、この学校、嫌い」


 エリーゼは今にも唾を吐きそうな渋面をつくっていた。


 ――なるほど、デーベライナー(こいつ)が原因か。


 ジョンとしては、自分がからかわれていようがなんだろうが関係がなかった。

 ただ、理由がわかった。そんな単純な感想しか無かった。

 ……それよりも。

 ジョンは鼻をひくつかせて呟く。


「あー……やっべ、いい匂いすんなあ」

「呑気ねえ。ひょっとしてKY?」

「周りを気にしてなんになる?」

他人事(ひとごと)だとおもって……」


 ジョンは腹の虫をいなしながら、ハンバーガーとポテト、そしてグラスに氷を詰めコーラを注いだ。

 申し訳程度にヨーグルトを皿に盛り、ブルーベリーを放り投げる。

 エリーゼはというと、ジャガイモに肉、そして野菜入りスープという分かりやすいメニューだった。

 両者は席に着き、それぞれのランチを口にする。


「……にしても」


 ジョンは周囲を見回して言う。


「やべえな、まるで雲の子散らすように席から離れていきやがった」


 ジョンの言う通り、エリーゼが向かう先々で、生徒たちはしれっと退いていった。

 まるで、エリーゼの周囲5メートルが炎で覆われているかのような有様であった。

 ジョンは当初、道が空いてラッキー、程度にしか思わなかったが、エリーゼが食堂の空いてる席に座るやいなや、周囲の生徒がお盆ごと避難してしまうのを見て、ようやくその異常性に気が付いた。


「そりゃあね」


 エリーゼは嘆息する。


「わかる? これがデーベライナーの呪いよ。だからこの学校に来るのが苦痛で仕方なかった」

「……なあ、自己紹介のときから気になってたんだけど、デーベライナーってなんなんだ?」

「……はあ」

「哀れむような目で見ないでくんない?」


 エリーゼはジャガイモを掴んでいたフォークを置き、スープを喉に流したのち、ジョンに説明する。


「あんまり説明したくないのだけれど……、仕方ないわね。教えてあげるから、耳をかっぽじって、椅子から降りて、地面に跪きながら物乞いのようにありがたく拝聴なさい」

「じゃあ話さなくていいです」

「デーベライナーっていうのはね……」

「けっきょく話すのかよ!」


 ジョンのツッコミをひらりとかわし、エリーゼは説明を始める。


「『ヘルズベルグのデーベライナー一家』……、この名を聞いて、恐れをなさない者はいないと言われているくらい、残虐で、非道で、残忍な家系として世界に名を馳せているわ」

「テロでもしたのか?」

「似たようなものね。敵を滅し、仇を討ち、隣の領主と戦い、ヘルズベルグ一帯を戦火に巻き込んだ……。

 ……私たちは必死に生きていただけなのに、気づけば、世界でも稀にみる陰惨な戦闘一族として、人々の脳裏に焼き付いてしまった。

 終焉戦争が終わって、国家間のいざこざも解消し、さあ平和な世界秩序を構築しようと動き出した矢先のできごとだったから、……なおのこと、ね」

「……でも」


 ジョンは口をはさむ。


「お前は、自分の一族を誇りに思っている」

「当たり前じゃない」


 エリーゼは目つきを鋭くした。


「……私は、父を、母を、家族を愛している。

 ……だからこそ、虚実織り交ぜて語られる私の一家の歴史を妄信し、恐怖し、罵倒する奴らが大嫌いなの。反吐が出るわ」

「ふーん……」


 ジョンは相槌をうったのち、ハンバーガーに被りついた。

 その態度に、エリーゼはイラッとする。


「人に質問しといて、その態度はないんじゃない?」

「ああ、ワリい」


 意外にも、ジョンは素直に謝った。


「なんか下らねえなーと思って」

「……あ?」


 前言撤回、あんまり反省してなかった。


「……私の苛立ちを『下らない』で済ますなんて……いい度胸してるわね」

「だってそうだろ?」


 ジョンはコーラで口の中のものを胃に流し込んだ。


「そんな奴ら、ほっとけばいいじゃねえか。しょせんその程度の(うつわ)だったってことだろ?」

「……」


 ――エリーゼは、目を丸くした。


「さんざん人のことを見下しといて、今さらなに小っちぇえこと抜かしてんだよ。


 調子に乗る(ちょっつく)んならそんくらい笑い飛ばせ」


「……」


 ……エリーゼの表情が、こわばる。


 ――まさか、こんな奴に諭されるなんて。


 一生の不覚だった。

 まさに、末代までの恥、ともいうべき事態だった。

 確かに、ジョンの言う通りだ。

 デーベライナー(こっち)の事情を深く知らずに、偏見だけでものを見て、嗤う奴らなんて、ほっとけばいいのだ。

 彼らの人間的器量の小ささに、構う必要なんかない。


 ――というか、むしろ。

 ――私も同類だったのかもしれない。


 目の前の男を見る。

 どう贔屓(ひいき)めに見ても、いいとこの育ちには見えないジョン。

 エリーゼは彼を、「田舎者」という括りで判断してしまっていた。


 ――私も、アイツらと、同じことをしていた。


 そのことに気づいたエリーゼは、瞬間、羞恥で顔を赤くした。

 ……なんて、愚昧な行為を。

 そう思わずにはいられなかった。

 恥ずかしくって、悔しくって、それでいて、ジョンには知られたくなくて。

 エリーゼは、苦し紛れに、話題を急転換させる。


 ……エリーゼの胸中に、ほのかに、ジョンに対する興味が沸いていた。


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