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「私たちは見世物じゃないのよ」

「ねえ、レオン」エリーゼは問いかける。「ジョン、どこに居るか知らない?」

「なんか部屋戻ったらしいよ」

「……そう」


 エリーゼはわずかに声を落とし、部室のソファに静かに座った。

 部室には、レオンとエリーゼの二人以外の姿は無かった。

 もうみんな帰ってしまったのだろう。

 あんな珍事が起これば当然だが。


 河原での生徒会との一件を思い返していたエリーゼは、半ば成り行き的に無限の同好会アンリミテッド・サークルと生徒会が対決することになってしまったことに対する見解をジョンに訊ねたかったのだが、男子寮に戻ってしまったのなら仕方ない。

 普段、豪胆で恐れるものなど何もないという風な彼だが、今回ばかりはイレギュラーが起きすぎた。

 これからの進展をどうするのか、熟考する必要があったのだろう、とエリーゼは解釈する。

 ……なにより、ナターシャとの死闘を終えた直後の出来事だ。休息も必要であろう。


 エリーゼは緩慢な動作で周囲を見やる。

 レオンがなにやらモデルガンの整備をしているが、あの銃が生徒会との戦いで役に立つことはない。魔導具ではないからだ。

 故に、その行動は、ライフワークとか、頭を働かせるための手遊びだとか、その程度の意味合いなのだろう。


 ジョンが居ないこの部室は、エリーゼにとってあまり価値の無いものだった。

 このまま、自分の寮へと帰ってしまってもよかったのだが、なんとなく、その気になれなかった。

 何かをしなくてはという焦りにも似た不安感と、何もすることがないという手持無沙汰な感覚がどうにもせめぎあい、結局、ただボーっと壁を眺めていた。


 ――耐え切れなくなって。


「……ねえ、レオン」


 エリーゼは、彼の名を呼んだ。


「んー?」


 レオンは顔を上げずに声だけで返事をした。

 以前ならば声を掛けただけで睨まれたことだろう。

 だいぶ丸くなったものだ、とエリーゼは変化を感じた。


「今度の生徒会との戦い、どう思う?」

「不安なのか?」

「……」


 一瞬、エリーゼの表情が固まる。


 ――図星、だった。


 レオンめ、なんて無遠慮に、曖昧な感情に決着ケリをつけるのか、とエリーゼは八つ当たり気味に咎めるような視線を投げた。


「貴方、いつもそういう調子なの? もう少し相談に乗る姿勢を見せてくれてもいいんじゃない?」

「だからテメエの相談に応じて質問したんだろうが」

「女の子が相談するときってね、明確な回答を求めているわけではないのよ。不安や心配を和らげるために相手に同意してほしいのよ。共感を欲しているの。決して『いや、それはこうすればいいんじゃないの?』って直接的な回答をしてはいけないの。分かる?」

「せやな」

「うっわあすっげえムカつく……!」

「テメエがとりあえず同意しとけって言ったんじゃねえか!」

「違うの! なんか貴方の感じは違うの! 同意っていうかただ単に流してるようにしか聞こえないの!」

「あーもうめんどくせえな!」


 レオンはたまらずモデルガンをエリーゼに向けた。

 それを見た瞬間、丸腰のエリーゼの表情が固まった。

 反射的にハンズアップ。


「ま、ちょ、ま、ストップ! ストップ! プットオフ!」

「お前自分が情けなくないの……?」


 先ほどまで居丈高に振る舞っていたエリーゼが急に慌てふためく姿を見たレオンは、うんざりした表情で銃を下ろした。


「なんつーかお前、『残念系女子』を体現してるよな」

「『暴力系男子』を実践してる貴方に言われたくないわ……」


 こちらに発砲されないことを悟ったエリーゼは、よろよろとソファに沈んだ。

 不安な気持ちを紛らわそうとレオンに声を掛けたが、逆効果だったかもしれない。

 これなら部屋に帰ったほうがよかった。


「それで」レオンはエリーゼに問う。「何が不安なんだ?」


 一応、レオンは質問に乗ってくれるようだ。

 以前の冷徹なレオンからは考えられない姿だった。

 今までであれば、ジョン以外の人間とは、急を要する連絡以外、言葉を交わさない冷ややかな少年だったから。

 エリーゼは驚きつつも、一人の淑女として、冷静に言葉をまとめる。


「……この戦い、ジョンの意図したものなのかなって、そう思って」

「どうだろうな」レオンは伸びをして頭をかく。「俺は兄貴じゃねえからな。兄貴が何をどこまで考えてるのか、明確な答えは出せねえや」

「……」


 ……その答えを、しばらく熟考した後。エリーゼは続けて問う。


「貴方だったら、この戦い、受ける?」


 その質問に、レオンは多少の時間を経て答えた。


「……受けざるをえない状況というものがあるかもしれない」


 レオンはそこまで言った後、再び、何かを考えるように口元に指を当てた。

 ややあってから、彼は答える。


「まあ、でも、『受ける』か『受けない』かで言えば、俺だったら『受けない』」

「……それは、どうして?」


 エリーゼの質問に、レオンは分解した部品を拭きながら答える。


「単純にパワー不足なんだよ」


 レオンはそこで、顔を上げ、エリーゼの顔を見た。


「何かに例えるまでもないくらい分かりやすく、厳然として存在する実力差。こっちには圧倒的に、何もかもが不足している」


 レオンは忌々しげに手を握る。彼も、彼なりに、生徒会のやり方に不満を抱いているのだろう。


「奇策すら打てないほどの公平なフィールドでの、力の有無がモノをいう正々堂々の真剣勝負。……そんなのに、勝機を見出しているのか?」

「それは……」


 何かを言おうとして、……しかし何も思い浮かばず、視線を落とすエリーゼ。


 ――ああ、また諦めようとしている。

 ――私の悪い癖が、また。


 ネガティブ思考になって、未来を悲観的に捉えようとする。エリーゼの長年の経験によって培われた、どうしようもない性。


『……けれど』


 ……と。

 二人は、ともに、その言葉を放った。

 驚いて、二人は互いの顔を見やる。


 ……どうやら、考えていることは同じだったみたいで。

 エリーゼとレオンは、二人して苦笑した。


「……まさかハモるとはな」

「そうね、貴方と心を同じくするなんて、絶対に無いと思ってた」

「そうだな」


 レオンは顔を伏せ、整備をしていたモデルガンのパーツを床に置いた。


「俺とお前の性格は、……まあ、正反対ってほどではないが、それでも相容れないものだ」

「現に、さっきがそうだったしね」エリーゼはおどけて言った。「危うく撃たれるところだったわ」

「それでも」


 レオンは、滅多に見せることのない、はにかんだ表情で。


「兄貴を……、ジョンを信じる気持ちは、同じだったってわけだ」

「ホントね」


 エリーゼも、レオン相手に、滅多に作ることのない微笑みを見せる。


「私としては大変不本意であるけれど、こればっかりはしょうがないわね」

「ああ、まったくだ。こればっかりはどうしようもねえ」


 レオンとエリーゼは、それから、真剣な眼差しで、しかしどこか嬉しそうに告げた。


「俺は兄貴についていく。何があろうとな」

「ええ。例えこの戦いに負けたとしても、私はジョンを信じてるわ」


 そう誓う両者の瞳は、純粋で、真摯だった。



「お前ら、覚悟はいいか?」


 そう、ジョンは会員メンバーに向かって問うた。

 生徒会との決戦を迎えた当日。同好会サークルの面々は緊張した面持ちでジョンの指示を仰いでいた。

 まあ、メンバーがメンバーなので、幸か不幸か、緊迫するには至らなかったが。

 同好会サークルの会議の結果、生徒会との対決には、元から無限の同好会アンリミテッド・サークルの会員だった、ジョン・エリーゼ・モニカ・レオンの四人と、彼らと死闘を繰り広げた、メアリー・マオ・タケシ・ゴンゾウの四人を合わせた計八人で挑むことになった。

 事前の取り決めで、両組織ともに八名ずつで戦うことになっていたので、ちょうどよかった。


 試合を眼前に控えた現在、ジョンたちは選手控室で最終調整を行っていた。

 バングルを起動し情報を整理していたジョンに、タケシが恐る恐る問うた。


「ほ、本当に、生徒会に、か、勝てるのかよ……?」

「なに弱気なこと言ってんのよ、マヌケ」


 メアリーがタケシの背中をバンと叩いた。「うぐっ」と呻くタケシ。


「そ、そうは言ってもさ、メアリー。相手はあの生徒会だよ? 僕らに勝機なんてあるの?」


 オドオドと口にするタケシに、メアリーは鋭い視線を送った。


「勝機が無い……、って言ったら、どうするの?」

「それは……」


 タケシは回答を下せなかった。

 勝機があっても無くても、どちらにせよ、戦いに赴く未来は変わらないことを悟ったからだ。

 メアリーの言葉につられて、マオも、猫耳を揺らしてタケシを笑い飛ばす。


「そうだよタケシ! 当たって砕けろだよー!」

「砕けちゃダメだろ……」

「ていうか負けるの前提で話すの止めてくんない?」


 呆れたように言うエリーゼ。しかし彼女も、勝敗の行方に関しては不安を抱えていた。

 昨日のレオンとの会話で、多少なりとも和らいではいたけれど、やはり、圧倒的な実力差を見て見ぬふりなんてできない。

 取り留めのない不安がボツボツと湧くなか、ジョンはただひたすらに黙って作戦を練っていた。その様子が、他の会員にとって違和感があったのも事実である。

 そうして、時は過ぎ、やがて。


「時間だ」


 ジョンがおもむろに、そう呟いた。

 会員の表情に、緊張が走った。



 魔導人形に意識を転送した無限の同好会アンリミテッド・サークルの面々を待ち受けていたのは、圧倒的な歓声だった。


「にゃふっ⁉」


 思わず、頭を抑えるようにして耳を塞ぐマオ。

 リーゼンベルグである彼女の聴覚が、敏感に反応していた。

 それを見たジョンは、ぽつりと呟く。


「なんつーか、本当にそこが耳なんだな」

「触ってみる?」

「いや」


 誘うように笑みを浮かべるマオだったが、ジョンは手のひらを見せ制した。

 モニカとエリーゼが小さくガッツポーズを浮かべてた気がするが気にしない。


「なんつーか、すごい観客ッスね」


 レオンが率直な感想を述べた。恐らく人工物と思われる障害物が点在する演習場、その外周に、同じく魔導人形を使用しているだろうと思われる生徒たちが集まっていた。

 彼らは口々に声援や罵倒を叫び、会場を盛り上げていた。


「だいぶ温まってるわね」


 エリーゼが顔をしかめた。エリーゼのこの態度は予想できる反応であったが、一応、ジョンは訊ねる。


「気に入らないのか?」

「私たちは見世物じゃないのよ」

「見せつける気はあるけどな」

「言うじゃない」


 エリーゼは目を伏せ笑った。しかし、再び開いたその眼に、愉快さは見えない。

 それからややあって、演習場に生徒会役員八名が並び立った。

 瞬間、会場の歓声が雪崩のように沸き立った。

 生徒会の面々の人気が見て取れる。

 ジョンは牽制のように軽口を飛ばす。


「随分と遅い御到着だなァ?」

「早く着いてしまっては、せっかく来てくれた生徒たちに申し訳ないだろう?」


 意味深なことを言うリクトであったが、真意はすぐにわかった。


「さて、何分もつかな?」


 挑発的に笑うリクト。

 それから、生徒会役員達(かれら)は、バングルをかざし、魔導装甲を召還した。


「生徒会会長 リクト・スドウ」

「生徒会副会長 カナエ・ミモリ」

「生徒会書記 アナスタシア・ヴィクトロヴィチ・フルメヴァーラ」

「生徒会会計 スズカ・ハツシロ」

「生徒会庶務 タクミ・エンドウ」

「生徒会会計 ユイ・アマガサ」

「生徒会書記 カズマ・サイトウ」

「生徒会庶務 ショウ・ユキムラ」


『推して参る』

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