「最大限の努力の結果だ!」
「貴様は、アレステッドを脱獄させたな」
「!……」
――瞬間、ジョンの目が、驚愕と共に開かれる。
途端に、ジョンの周囲がざわついた。
それもそうだろう。アレステッドといえば、泣く子も黙る世紀の大空賊、極悪人だ。
ジョンたちの手柄により、アレステッドは遠方の刑務所、「ブラック・ウィング」に収監された。
その脱獄をジョンたちが手伝ったとは、いったいどういう了見か。
「……それは……!」
ジョンは言葉を詰まらせた
。反論のしようはあるにはあるのだが、そう簡単にこの論を崩せるような明瞭な回答は浮かばなった。
……というか、無いに等しかった。
どう言葉を取り繕ったとしても、ジョンがアレステッドを自発的に解放したのは、紛れもない事実であるのだから。
しかし、とジョンは考え直す。アレステッドを逃がした事実はであるが、そこから同好会の解散へと持ち込むのは、無理があるとは言えないが、なかなか飛躍した論理ではないだろうか。
――その隙を突けば、あるいは。
ジョンはそう目算し、少しでも同好会解散の正当性を減らすためのアドバンテージを積む作戦に打って出る。
「リック、一つ訊いていいか?」
言ってみろ、とリクトは催促した。
ジョンはあくまで平静を装い、問う。
「アレステッドは、ブラックウィングに居ないのか?」
その質問に、リクトはわずかに眉根を動かした。
……どうやら、ジョンの質問はいい線を行っていたようだ。
これだけで同好会の解散が免れるとは思えないが、この方向性で攻めていく価値はあるとジョンは踏んだ。
「アレステッドは」リクトは答える。「……まだ、ブラックウィングに留まっている」
「そうか」ジョンはそれを確認した後。「じゃあもう一つ訊くが、俺たちがアレステッドの脱獄を手伝ったと言える、その証拠は?」
その証拠を問うことは、ジョンが不利になってしまう材料を用意してしまうことにもなりかねなかったが……。
どうせ後で出されるのだ、だったら今、生徒会側が僅かにでも揺れているときに確認してしまった方がいい。
リクトは冷静な様子であったが、彼も頭をフル回転させ、無限の同好会を解散させるための理論を必死に練っていることだろう。
――いったいなぜ、そこまでこの同好会を憎んでいるのか。
「貴様らがアレステッドの脱獄に協力したと思われる、その証拠はハッキリと残っている」
リクトはそう言うと、徐にバングルを起動し、一つのビデオクリップを可視化させ、ジョンへと見せつけた。
その映像を見たジョンの表情は、更に険しくなった。
――撮っていたのか……!
ジョンは拳を握った。野郎、ここまで用意周到だったとは。
リクトが見せたビデオクリップには、登山大会の日、メアリーの霧の女王に吹き飛ばされた後にたどり着いた刑務所、ブラックウィングで、モニカと共にアレステッドを解放させた、あの光景が映し出されていた。
考えてみれば、当然のことでもある。
あの刑務所は、犯罪人の中でもとりたてて悪行を重ねてきた重罪人を収監する監獄なのだ。監視カメラも無しに放り込んでおくわけがない。
そのことについて、ジョンは危惧しなかったわけでもないのだが、しかし、いざこうして証拠として提示されてしまうと、なかなかキツイものがある。
――だが。
――これは、逆にチャンスだ。
「……確かに、このビデオは真実だよ」
ジョンは声を落として肯定する。
しかし、むしろこのビデオを利用し、逆にリクトに言い返す。
「……てことは、俺たちがなぜ、アレステッドを解放したのかも、テメェには分かるはずだよなァ?」
「……」
リクトの表情がいっそう険しくなる。どうやら効いているようだ。
――ここから攻めれば!
ジョンは拳を握り、そして捲くし立てた。
「俺たちがアレステッドを解放した理由。それはもちろん、あの登山大会で出た不祥事、霧の女王を収束させるためだ! 決して悪事を立てたわけではない。学校のためを思って行動した、俺たちなりの最大限の努力の結果だ! 確かに最善の行動とは言えないかもしれない。アレステッドは重罪人だからな。だからこそ、俺たちはアレステッドが『脱獄できない』ようにちゃんと策を練って、それでもってアレステッドを解放し、『霧の女王』の収拾に協力させた!」
ここまでで、アレステッドを解放させたことが「やむを得ない」ことであったことを告げた。そして更に抗言する。
「俺たちはナターシャに頼まれて霧の女王の収拾に協力したんだ。ナターシャがそれを望んだということは、『学生である』以上、俺たちには『霧の女王の収拾に協力する必要』がある! その点を無視して、『アレステッドの解放を手伝った』という一点のみを抜粋して突きつけるなんて、生徒会としてあるまじき行為だと思うぜ?」
「……だが、その霧の女王を生み出したのは、貴様の同好会の会員、メアリー・ギブソンだぞ?」
「!……」
――その言葉に、身を震わせたのは。
――他でもない、メアリー自身だった。
メアリーは思わず両手を胸に抱いた。
周囲からの視線に体を強張らせ、どうすることもできずに立ち尽くしている。
しかしジョンは、まだまだ引き下がらない。
むしろ本領発揮だとでもいいたげな態度で臨んだ。
「へえ、今さらそれを蒸し返すのか?」
ジョンは小馬鹿にしたようにリクトを嗤った。
リクトは「なんだと?」と声を荒げた。
「だってそうじゃんかよォ」ジョンはメアリーを一瞥する。「メアリーがなんで自身の魔術サークル、『マジョリカ』を解散させられたか、知らねえはずがねえよな? 『霧の女王を召還』し、『登山大会を中止に追い込んだ』から、その『罰として』同好会の解散に至ったんだ。
つまり! メアリーはその罰を受けた時点で、『引け目』はあったとしても、責められるべき『罪責』は無いんだよッ!」
「……」
ジョンの反論にリクトは無表情だったが、心なしか引きつっているようにジョンには見えた。
――それが、果たして、指摘が図星だったからなのか、それとも、あまりの論点のズレた反論に怒りをなしているのか。
どちらともとれるリクトの反応。だが、その感情の行く先があまりよくない方面であることは、疑いようがなかった。
――かといって、後悔もしていなかったが。
「――フン、面白い」
リクトは怒りに震えていた自身を制し、眼鏡を直した。どうやら動揺していたのは確かなようだ。
それが憤慨なのか狼狽なのかは未だ明らかではないが。
周囲の生徒会メンバーは、リクトの、普段とは違う取り乱した姿に驚いた。
完全無欠とまで言われているほどのリクトにここまで張り合えるこのジョンという少年は、いったい何者なのだろうか、という戸惑いが生まれた。
もちろん、それは計略とハッタリの賜物なのだが。
リクトは何を考えていたのだろうか、あちらもあちらで好戦的な態度を示した。
「貴様らの言い分はよく分かった」
……と、リクトは、まさかの肯定の意を示した。
その言葉に、新入会員は目を見張ったが、無限の同好会の面々、特にエリーゼの表情は険しいままだった。
だって、相手はあのリクトなのだから。
この程度の抗議で、そう易々と決定事項を撤回するとは思えない。
そう、ちょうど、同好会を作ろうとしたときと同じように。
「貴様の言うとおり、アレステッドの解放という、ただその一点のみを取り上げて解散処分を下すのは不当であること、私にも理解できた。即時解散は早計だな」
「じゃあ……!」
ジョンはすぐさまその発言から解散取り消しを余儀ないものにしようとするが。
「ただし」
……ジョンの気も空しく、リクトは言葉を挟まさせなかった。
小さく舌打ちするジョン。
リクトは人差し指を挙げ、ジョンに提案した。
「勝負をしよう」
「勝負……?」
リクトの急な提案に、ジョンは面食らう。
いったい何をするつもりだ、とジョンは構えた。
リクトの提案する勝負は、単純明快なものだった。
「ルールは簡単だ。私を主将とする生徒会役員8名と、そちらの無限の同好会の選抜メンバー8名が競技場で戦い、先に他方を全滅させた方を勝利とする。
その戦いに勝てば、無限の同好会の解散処分は取り下げよう。
……ただし、負けた場合は、分かっているな?」
「……」
――ジョンの両頬に、汗が浮かぶ。
この勝負、果たして受けるべきか否か。
状況としてはこちらが圧倒的に不利だ。なにせ、相手の生徒会メンバーは、誰もが選りすぐりの尖鋭だ。小手先の小細工は通用しないだろう。
はっきり言って、勝てる見込みが存在しない。
ブルーハーロンの火を持ってくることの何倍の難易度が想像されるだろうか、という次元だ。
いまこの状況で受けるのは分が悪すぎる。
――ここは退くべきか。
ジョンは焦りつつも必死に頭を回す。
――落ち着け。ここが正念場だ。なんとか突破の糸口を探すんだ。
とりあえず、リクトの方からアレステッドの件での情状酌量は認めてもらえた。この認可は揺らがないだろう。
そのアドバンテージがある分、多少無茶な論理展開をしても大丈夫な基盤は――
「おうおう、やってやろうじゃねえか!」
「!……」
――ジョンの後方から、そんな声が聞こえてきた。
思わずジョンは振り返る。しかし、声の主が誰なのか、咄嗟には分からない。
分かったのは、無限の同好会の新入会員の誰か、ということだけだ。
更に、その声に触発されたように、ジョンの周囲にいた者たちが、一斉にリクトに向かって叫んだ。
「そうだよ、やってやるよ! こっちが正しいってこと見せつけてやる!」
「ジョンがお前らみたいな卑怯者に負けるわけねーだろうが!」
「無限の同好会だってエリーゼやレオンみてえなツワモノがいるんだぜ! 負けるはずがない!」
「ジョンさん、遠慮せず一発ぶちかましてください!」
「無限の同好会は、生徒会なんかに屈しねえからなあ!」
「……なッ……!」
ジョンの動悸が、早まる。
周囲の鼓舞が、ジョンの心臓を激しく打ち付けているようだ。
――なに言ってんだよ、お前ら。正気なのか?
ジョンは無限の同好会の新入会員にすぐさま「落ち着け!」と怒鳴りたかったが、しかし、その声はあまりにも大きすぎて、ジョンだけでは収まりそうにない。
誰が誰だか分からない、有象無象の集団の歓声は、瞬く間に暴力的な扇動を行った。
ジョンはエリーゼやモニカの姿を探すが、しかし、雑踏に紛れてなかなかその姿を見つけることはできなかった。
彼は、彼女は、いったいどんな気持ちでこの喧騒を眺めているのだろうか。
「……決まりだな」
リクトはしたり顔でジョンを見下ろした。その目はこれ以上ないくらい笑っている。
本当に、愉快なのだろう。
無限の同好会を、この手で叩き潰せることが。
ジョンは激しくリクトを睨む。
――やるしか、ないのか。
――この戦いに臨むしかないのか。
……かくして、無限の同好会は、生徒会役員との勝負を受けることになった。
 




