表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/115

Second Impact

 私がダイナの国の母の実家、ダイアナおばさんの家にお世話になって、ちょうど一週間が経ちました。

 父からの電話によると、私の母の容体は日に日に快方に向かっていっているとのことで、もう間もなく退院できるだろう、とのことでした。とりあえずは一安心です。

 母の病気が治ったら、私は自分の国である日本に帰ることになります。

 そのときが、ジョンとアシュリーのお別れの日でもあります。

 当初は、自分の国の友人とは違う接され方、いわばカルチャーギャップに戸惑いましたが、今ではすっかり仲良くあります。

 ……だからこそ、その日が来るのが、少し寂しくもありました。



「ジョン、君は本当に、世界を変える気でいるの?」


 ダイアナおばさん付き添いのもと、私たち三人は、公園の遊具で遊んでおりました。

 他のジョンの友達は、今もキャッチボールやアスレチックなどで遊んでましたが、自分たちはその群れからやや離れておりました。

 深い意味はなく、単純に疲れていただけです。

 ジョンは鉄棒の上に座り、私に笑いかけました。


「当たり前じゃねえか、リック!」


 文字通り当然のように答えますが、私はそのことに関し、疑問ばかり抱いておりました。


「ま、眉唾よねえ」アシュリーは意地悪っぽく笑います。「世界を変えるだなんて、今どきテレビのヒーローだって言わないよ」

「なるほどなあ。じゃあ俺、もしかして、空飛ぶヒーローよりも凄いってこと?」

「本当にできたらね」


 私は呆れたように言いました。ジョンは私の皮肉にもまるで動じません。

 本当にやってのける覚悟でいるみたいです。


「第一……」私は問います。「世界を変えるって、漠然としすぎているじゃない。いったい世界の何を変えるの?」

「全部」

「それが漠然としてるって言ってるんだよ⁉」


 思わず私はツッコみました。アシュリーは大口開けて爆笑してました。

 ジョンは「んー」と頭を掻き、それから割と真面目に回答するモードに入りました。


「……正直さ、分かんねーんだよ、俺にも。世界の何を変えれば、もっとこの世の中をよくできるのか」


 だからさ、とジョンは私に問います。


「……あのさ、リック。ちょっと意地悪な質問するけどいいか?」

「いいけど……」


 ジョンは真っ直ぐな男であり、婉曲な話題や捻くれた考えを嫌います。

 口を開けば皮肉ばかり垂れ流すような人とは、きっと仲良くできないでしょう。

 それがどれだけかわいい女の子であったとしても。


 だからこそ、ジョンのこの事前確認は、彼にとって半ば反則気味の行為であり、珍しく、羞恥の面を見せたのでした。

 ジョンの横顔が、夕焼けで赤く染まります。鉄棒を強く握りしめながら、ジョンは私に問いました。


「リック、お前さ、金持ちと貧乏人の差って、どう思う?」

「ん……? まあ、仕方ないんじゃない? お金をいっぱい儲ける人がいれば、あんまり稼げない人だっているよ」

「俺もそれには同意だ。貧富の差はどうしたって生じるモンだと思ってる」


 たださ、とジョンは意見を述べます。


「上の奴らが下の奴らをこき使って、ひたすら働かせて、絞れるだけ搾り取って、使えなくなったらポイッと捨てる。……そんな世界、納得できるか?」

「それは……」


 ……納得なんて、できるわけがありません。

 そういった問題が、世界に充満していることは事実ですし、世界の人々はそれを甘んじて受け入れているように思います。

 ……ですが、それを「仕方ない」と割り切ることはできても、「よし」と肯定することは、私にはできそうにないです。


「他にもさ、あるんだよ。金を持ってるヤツはいっぱい勉強していい学校に入って、いい会社に就職して、さらに金を稼げるけど、金が無いヤツはその機会をとことん奪われる」


 ――現に俺みたいに。


 ……そう、ジョンが言ったわけではありませんが、おそらく、彼はそう言いたかったのだと思います。

 それを言ったら最後、言い訳となってしまうから、必死に胃に押し込めただけで。

 彼の精いっぱいの見栄、強がりでしょう。


「肌の色や種族だけで、人を差別していいのか?」

「よくないね」

「一族の穢れた歴史に引っ張られていいのか?」

「よくないね」

「難民をそのまま死なせといていいのか?」

「よくない、けど……」


「ほっとけないんだよ、そういうの」


「……」


 ……私は、ジョンの顔をまじまじと眺めました。

 彼、ジョンは、普段はふざけたことや間の抜けたことを言って、私とアシュリーを笑わせますが、根っこの部分は真面目でした。

 真面目すぎるが故に、……止まれないのかもしれません。


 ジョンは言いました。「世界を変える」と。

 その言葉の大ざっぱさや曖昧さに、私は最初、嗤いました。


 どうせ、戯言(ざれごと)だろうと。

 世界を知らない少年の戯言(たわごと)だろうと。


 でも、本当に世界を知らぬ者なら、逆に、もっと具体的に言葉を述べていた気がします。

 世界を知っているからこそ。

 ……いや、世界を知らずとも、そこに目を向けているからこそ。

 「世界を変える」という曖昧な表現にならざるを得なかったのかもしれません。

 私が驚きの表情でジョンを見つめていると。


「よせやい、照れるだろ」


 そういって、ジョンは私から顔をプイッと背けました。


 ――思えばこのときに、気づくべきだったのかもしれません。

 ――後に重大な問題を引き起こす、致命的な違和感に。


 まあ、いいや、と私はジョンに微笑みました。


「凄いね、ジョンは」

「当たり前だろ?」ジョンは歯を見せ笑います。「世界を変える男だぜ?」

「……君なら、本当にできそうな気がする」

「……ありがとよ」


 ……そういって、ジョンは私に手を差し伸べ。

 そして。

 ……ずるっと滑って、鉄棒から落ちました。

 ドン、と体を地面に打ち付けるジョン。

 ダイアナおばさんは「なーにやってんだか」と呆れておりました。

 ちなみにアシュリーは爆笑してました。

 おいおい。


「いてて……」


 ジョンは背中をさすり、ぽんぽんと衣服に付いた泥を落とします。

 アシュリーは口元を抑えつつも、ジョンの腕に手を回し、起き上がるのを助けました。

 私は鉄棒から降り、それからジョンに言います。


「……ねえ、ジョン」照れつつも、言います。「私、君の夢にとても興味がある」

「マジか」ジョンは驚きます。「笑わないの?」

「もうさんざん笑ったよ。でも、その気持ちが本気と分かっちゃあ、申し訳ないね」


 私は改めて、ジョンに手を差し伸べました。


「……私たち、またいつの日か、再会しよう」

「そんときまでに、俺はもっとビッグな男になってるぜ?」

「多少背伸びしてでも、君の顔を見て話したいな」

「私も忘れてもらっちゃ困るよーう!」


 アシュリーが慌てて自己主張。

 別に忘れていたわけじゃないですヨ?

 私とジョン、そしてアシュリーが、一様に手を伸ばし、重ねます。


「……私たちは、道は違えど、大いなる夢に向かい進む者」

「ま、なんだ、気張っていこうぜ」

「みんなでガンバローね、世界征服♪」

「だいぶ間違ってるような……」


 私は呆れました。この子、なにも考えてない……。


「リック」ジョンは両手を腰に当て、伸びをした後、尋ねました。「お前、これからどうするんだ?」

「そうだね……」


 私は空を見上げました。赤々とした夕空が広がっています。

 風を全身で受けながら、ゆっくりと深呼吸。

 落ち着きを取り戻したところで、ジョンに言います。


「私は、自分の国で、君と同じくらい、立派に成長を遂げる」


 そして。


「君とは別の舞台で、この世界を変える手伝いがしたい」



「なんでだよッ! どうしてなんだよッ‼」


 リクトは泣いていた。雨に濡れ、血を這い、泥まみれになりながらも必死に足掻いていた。

 地元の山林。土砂降りの中、それでも必死に守ろうとした。


 それなのに。……それなのに……!

 守れなかった……!


 そもそもの事件が起きたのは、リクトが山の中で武術の訓練をしていたときだった。

 日課のランニングを終え、林の中で木刀を振っていた頃。その事件は起きた。

 有体に言ってしまえば、難民が追われていたのだ。

 それを初めて見たとき、リクトは気が動転した。


 なぜ? なぜこんなところに難民が?


 そもそも、この国は他の大陸よりも大きく離れた島国であり、外国人が入国することがそもそも珍しかった。

 加えてそれが不法入国の民であるなど、前代未聞であった。

 少なくとも、リクトにとっては。


 木刀を振るリクトの目にまず映ったのは、必死の形相で逃げ惑う8人の男女。

 そして、その者たちを追う、ガラの悪い屈強な男たち。

 右手に剣を持ったその男たちは、難民と思しき人間たちを捕まえ、あまりにも犯行が過ぎるようであれば、殺していった。

 腹にナイフを突き刺され、悶絶して転がる老婆を嘲笑う男たち。

 気が狂っていると思った。

 正気の沙汰とは思えなかった。

 リクトは恐怖し、委縮し、その場から逃げ出そうとした。


 実際、その行動自体は正しい。賢明な判断だと言えるだろう。

 ……だが、そのとき、ふと、リクトの脳裏に、ジョンの勇姿が浮かび上がった。


 ――ジョンなら、こういうとき、どうするだろう?

 ――見て見ぬフリができるだろうか? 彼らを見過ごすだろうか?


 そのことに思い立ったとき。リクトは。

 踵を返し。決死の思いで。

 悪党共に立ち向かった。

 逃げ惑う老若男女さまざまな難民を、一人でも多く救わんと、自身の持てる力を全て駆使し、奮闘した。

 どうやら相手は魔法使いではなかったようで、魔導人形もしようしていなかったが、それでも、リクトにとって劣勢であることは変わらなかった。

 悪党どもを退けんと奮闘するリクト。

 だが、リクトの奮闘も空しく、一人、また一人と、難民たちは命を落としていった。

 そして、悪党どもが撤退した山林に残ったのは。

 見るも無残な死体のみだった。


「……あ……あ……」


 リクトは、その現状に気づくや、膝をつき肩を落とし、打ちひしがれた。

 雨は絶え間なく降り注ぐ。いっそこの身を押し流してくれとも思った。

 リクトは、泣いた。ただひたすらに、頬に悲しみを伝わせていた。

 救えなかった。

 彼らの運命を、変えられなかった。

 少年が背負うには、あまりにも重く、残酷な現実。

 このままここで息を引き取りたいとすら、リクトは思った。


 ――そのとき、だった。


「……ん……」


 一人残らず殺されたと思われた難民の中で、一人だけ、息を吹き返した少女がいた。

 リクトは、驚いて声の聞こえた方向を見る。

 ……そこには。

 土くれで泥だらけになりながらもなお、眩いばかりの銀髪と、蒼い両目が印象的な少女がいた。

 彼女は、リクトと同じように、現実に震えながらも、それでも、決して弱音を吐かなった。

 まるでぼうっとした態度を見せる少女。

 先ほどまでの惨劇が嘘だったかのように、超然と、彼女はそこに在った。

 リクトは、震える声で少女に問うた。


「き……、君は……」


 ……そう、リクトは問うた。

 少女はゆっくりと振り返り、リクトの方を向き、小首を傾げる。


「……私?」


 リクトはこくりと頷いた。少女は表情を変えずに、リクトに告げる。


「アナスタシア・ヴィクトロヴィチ・フルメヴァーラ」


「……」

 ……名前からして、おそらく、ルーシアの人間だろう。

 それから少女は、自身の憐れな身の上を哂うかのように、困ったような顔をしつつ、リクトに言った。


「もし、私の未来を変えられるのなら、私の手を取り『ナターシャ』と呼んで」


 少女は、精いっぱいの気力をもって、微笑んだ。


「そしたら私は、君のものだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ