表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/115

「君より強いことは確かだけどね」


「……くッ!」


 ジョンは演習場の柱の影を渡る軌道を取りながら、ナターシャの様子を伺いつつ走った。

 ナターシャの強さは、普通の生徒とは比べ物にならないほどだった。

 依然、アムスティアに向かった際に出会った空賊、アレステッド・ブロウに勝るとも劣らない実力。

 ひょっとしたら単機で勝ててしまうかもしれないとすら思わせた。


 そんな相手に、ジョンは果たして勝てるだろうか。


 結論から言えばノーだ。傷一つ負わせることすら困難を極めるだろう。

 では、どうするか。ジョンは今、その対策を練っているところだった。


(キッツイなあ……!)


 胸中で愚痴をこぼしつつも、その双眸はしっかりとナターシャを捉えていた。

 ナターシャはジョンの姿を補足し、絶えず隙を伺っていた。

 このまま走って様子を伺い続けるのはナンセンスだ。

 いくら体力面ではジョンに分があるとはいえ、そんなことをしていたらすぐにスタミナが切れてしまう。

 そうしたらナターシャに対抗できる手立ては軒並み消えてしまう。

 ここで足を止めるのは相応のリスクが伴うが、仕方ない。ジョンはナターシャに意識を向けつつも、柱に体を隠すようにして立ち止まり、ナターシャの隙を伺った。


 ――その瞬間。

 ――ナターシャは、動く!


 パキン、と、ナターシャに対してジョンの後ろにあった壁に、ナターシャの氷の鎖が撃ち込まれる。

 かと思えば。


「――うおッ⁉」


 ナターシャは、その鎖をワイヤーのように引っ張り、ジョンに急速に接近した。

 ジョンの横を通り過ぎようとしたところで氷のワイヤーを解き、地を蹴る。


「――覚悟」

「やらせない!」


 ナターシャの斧とジョンの大剣が衝突した。

 ジョンはナターシャの斧を弾きつつ、後退。

 そこにナターシャが追い打ちをかけるように疾駆する。


 ナターシャがジョンに迫り、再び刃と刃が響き合う。

 ジョンは剣を斜めに構え、ナターシャの斧を防いだが――。

 そこにナターシャの足が、トドメとばかりに襲い掛かる。

 バン! とジョンの身体が吹き飛ばされる。

 なんて威力だ、と驚愕したのも束の間、ナターシャは更にジョンへの攻撃を仕掛けた。


 ジョンは地を転がりつつも、ナターシャへの注意を逸らさない。

 ナターシャが巨大な斧と共に地を蹴り、跳び、ジョンに襲い掛かる。

 ナターシャが躊躇なくジョンに斧を振る。

 ガン、と鈍い音が鳴った。ジョンはナターシャの攻撃をすんでの所で躱したのだった。


「――!」

「こっちだってェ!」


 仰向けの体制のまま、ジョンはナターシャの右足に蹴りを食らわせた。

 典型的な足払いだ。

 しかしナターシャには効果があったようで、右足を弾かれたナターシャは、もともと攻撃をしたときに左足を上げていたのもあってか、体制を崩した。


 斧を支えにしてなんとか体制を立て直そうとするナターシャに、ジョンはすかさず反撃を加える。

 倒れた体制のまま、ナターシャの身体に向かって、剣を振り上げた。

 ナターシャはそれを足で防ぐ。その反動で、ナターシャの身体が斧を中心に左方向へ回転した。

 ジョンは剣を地面に叩きつけ、剣を支えに起き上がる。


 ジョンは再び距離を取り、ナターシャの様子を伺った。

 かなりの切迫した攻防を展開していた両者であったが、間一髪、といった様相を呈していたジョンとは違い、ナターシャはまだまだ余裕がありそうだった。

 あくまで必要最低限度の動き、ということだろうか。

 せいぜい、口を開けて呼吸している程度で、バテている様子は見られない。


「……なかなかやるね」


 努めて冷静を装うナターシャ。わざわざ注釈を付けずとも、あくまで「学年123位の割にはなかなかやるね」という意味だと分かる。


「テメエこそ……、なかなかやるじゃねえか」

「それほどでもないよ」


 髪をかきあげ余裕を見せつけるナターシャ。

 それが演技であることをジョンは見抜いていた。


「……まあ、君より強いことは確かだけどね」

「そうだな、それについては同感だ」

「……」


 ナターシャが苛立ちの籠った眼差しでジョンに視線を刺した。

 ジョンは相変わらず飄々とした態度を崩さない。

 それもまた、演技であるが。

 ……だが、ナターシャに対して、ある種の達観を持っていたのも、また事実であった。


 ジョンは、戦う前から、もっというと、ナターシャが「アンリミテッド・サークルの解散」の話を持ち掛けていた頃から、既に疑問を持ち始めていた。

 当初、ジョンはその疑問の正体に気付かず、いったい何が引っかかっているのだろうかと思案していたが、彼女、ナターシャと話をしていくうちに、疑問が仮定に変わり、やがては確信に変わっていった。


 ナターシャに対する違和感の正体を、ジョンは見破ることができたのだ。

 だからこそ、この無謀とも思える戦いを提案するに至った。


 言ってしまえば、ジョンにとってこの戦いは、自身の推測が当たっているか外れているかの勝負であったのだ。

 当たっていれば、ナターシャは「どうしてもジョンに勝てない」し、外れていれば、ナターシャは「有無を言わさずジョンに勝つ」。

 故に、この段階で、ジョンは勝利を確信していた。


「……なにを笑っているの?」


 ナターシャが怪訝に尋ねる。

 ……そう、ジョンは、あくまで劣勢を強いられているはずなのに、不思議にも笑みを零していた。

 ナターシャはその態度に、柄にもなく感情的になったようだ。

 その大きな理由としては、ナターシャ自身、ジョンに「勝てない理由」に「気付いていない」ことが挙げられるだろう。


 ――気付いて、いなくとも。

 ――己の直感が、負けることを強いているのだ。


 ジョンは笑う。

 ナターシャを過度に刺激しないことを意識しつつも、表面的にはナターシャを挑発していく。

 いわばこれが、ジョンの勝負、彼の得意とする権謀術数であった。


「……いやぁ、面白いんだよ」

「面白い?」ジョンを責めるような口調でナターシャは言う。「もう今にも負けそうなのに? 自分の同好会(サークル)が解散させられそうなのに?」

「ああ、そうさ」ジョンは決して退かない。「お前と戦うのが、めちゃくちゃ楽しいんだよ」

「……」


 ――ナターシャの表情が、僅かに揺らぐ。


 ジョンとナターシャとの距離は、およそ8メートルほど。走れば一瞬で詰められる距離だ。

 観客も、いつナターシャがジョンに刃を振り下ろすのかと、瞬きを忘れて見守っている。

 ナターシャは武器を持つ手を震わせながらも、問うた。


「なにが……楽しいの?」


 ナターシャの声は、震えていた。それが果たして、怒りなのか、それとも悲しみなのか。

 ジョンはハッキリとは判別できなかったが、少なくともこの時点で、相手が不意打ちを狙ってくる可能性は無いと言えた。


(さーて……)


 ジョンは深く息を吸う。

 ここからは小細工抜きだ。

 俺も感情的になってやる。


 ――心と心の、ぶつかり合いだ。


「ナターシャ、俺はテメエに訊きたいことがある」

「聞きたい……こと?」


 ナターシャの鋭い目は、いつしか戸惑いの色を浮かべていた。

 ジョンの攻撃に対する迎撃態勢は整っていたが、それはあくまで物理の刃だけで、心の刃への耐性は持っていなかったようだ。

 ジョンは、ナターシャを指さし、ハッキリと告げる。


「俺さ、お前とデートしてるときからずっと思ってたんだけどさ……。


 ――本当は、無限の同好会アンリミテッド・サークルを潰したくないんだろ?」


「!……」


 その、言葉を口にしたとき。


 ――ナターシャの両目が、ハッキリと揺れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ