「案外、あるかもしれないわね」
ガキン、と、ジョンの大剣とナターシャの斧が衝突する。
魔力を帯びた刃と刃がぶつかり、激しい閃光が煌めいた。
ジョンの魔力とナターシャの魔力、それぞれ二つが他方を押し出さんと反発する。
「ぐッ……!」
ジョンは両足を踏みしめ、ナターシャに押し負けないように踏ん張る。
普段の戦闘とは違い、下は凹凸のない地面のため、両足が滑りそうだった。
「ゥラァ!」
「――ッ!」
ジョンが右回りに押し返し、ナターシャの斧を弾く。
重量的にはナターシャの武器である斧の方が重いが、ジョンの腕力がそれをカバーした。
ジョンから見て、両者の武器が共に右方向に振り払われた格好となる。
――このまま突っ込むか、それとも退くか。
ジョンは瞬間的に思案した。
今、ナターシャの懐は無防備状態となっている。
更に、ジョンは弾くようにしてナターシャの斧を押し出したため、武器と相手との距離はジョンの方がやや有利だった。
このままナターシャの方に剣を振れば、ナターシャがそれを自身の武器で防ぐ前に斬りつけることができる。
ジョンにアドバンテージがあるのは明白だった。
かといって、相手がそれを簡単に許しくれるかはどうかは未知数だった。
相手はあのナターシャだ。ジョンの力量をどれほど見積もっているかは分からないが、自身の武器が押し返されることなど想定し尽しているだろう。
なにか、自身を守る奥の手があるはずだ。
とはいえ、この状況からジョンが不利になることは考えられない。
ナターシャがどのような手を使っているかは分からないが、奥の手があるならあるで、早いとこそれを見、対策を練る方がよいとジョンは判断する。
――行くか!
ジョンは勝負を仕掛けることにした。
ナターシャがどんな手を使ってくるにせよ、……そう、ジョンがカウンターで倒されるような、そんな手段を持っているにせよ、ここでナターシャを斬りつけることができれば、ジョンの勝利は確定だ。
ジョンの大剣は、その巨体相応の重量ゆえ、小回りが利かないというのが弱点だった。
しかし、短所があれば長所もある。
それは「リーチ」と「威力」だ。その大剣の重量に、ジョンの数少ない取り柄である「腕力」を足せば、容易には撥ね退けることのできない巨刃と化す。
要するに、相手に当たる状況さえ作ってしまえば、たとえ防がれたとしても、ジョンに大幅な有利が働くのだ。
ジョンは斜め右に振られている大剣を、力任せに引き戻し、そして。
「ッぞオラァ!」
ナターシャに向かって左回りに振り斬る!
「……!」
ナターシャは、斧に体を引きずられながらも、視線はジョンから離していなかった。
当然、状況的にも、ジョンの身体の動きから見ても、ナターシャの方に大剣が来ることは予測できた。
故に、その対応策も早くから練っていた。
ナターシャは、未だ自分の元へ戻らぬ斧を強く握り、魔力を込めた。
斧に内臓されている魔法石が発光し、魔力を増幅させる。
魔法使いの持つ武器は、それが例え剣や銃や、もちろん斧であったとしても、魔力を行使するのに最適な回路を生成するという、旧来の魔法使いが利用した杖と同等の能力を持っている。
もちろん、そのまま杖の形をした魔導杖もあるが、そちらは魔法を行使するのに最適な構造となっており、普通の武器以上に魔法の使用に特化している。
ナターシャの斧が魔力により急速に稼働する。そして、ナターシャの魔力を、より高威力で発動させる。
「玖鎖璃」
ナターシャが小声で詠唱する。瞬間。
「ぅおッ⁉」
ナターシャの身体の前面に、氷で出来た鎖が生えた。
……そう、それは正に「生えた」というしかない現象だった。
ナターシャの足元の地面が凍り、円錐のような氷の突起物が生成された。……かと思うと、その突起物から、氷の鎖が飛び出し、天井に結ばれ、そして氷結した。
その数、三本。
特に攻撃の意図は見られなかったが、しかし。
「――ぐッ」
――ジョンの大剣が、封じられた。
「なんだその技ァ⁉」
驚いてジョンは叫び問う。
もちろんナターシャは答えなかった。
この氷の鎖が、果たしてどれほどの強度なのか、どれだけの熱で溶けるのかは分からなかったが、とにもかくにも、ジョンの攻撃が押しとどめられたのは確かだ。
右向きに切り払った剣を左向きに振り返したため、ナターシャの魔法で上下に伸びた鎖の効果は絶大だった。
ナターシャは表情を変えず、斧を振りぬく。
わずかに歯を見せ呼吸し、ジョンに斧を振るう。
ナターシャの細い腕からは考えられないような速度で、ジョンに斧が向かってくる。
ジョンの大剣は鎖に押しとどめられたままである。
ナターシャの攻撃の方向は読み切りないが、恐らく今からジョンが剣を振り返したところで防げるようなルートに斧を振ることはないだろう。
さて、どうするか。
こんな状況になっても、ジョンは冷静であった。
(しゃあねえ!)
あまり手の内を見せたくはなかったが、このままではやられてしまうと判断したジョンは、自身の得意属性である「火」を利用した魔法を使用する。
身体に内蔵された魔力を発露し、そして叫ぶ。
「爆炎!」
ギュン! と空気が燃焼し、ジョンの身体から炎が振り撒かれた。
「――⁉」
ナターシャが目を剝く。
ジョンという劣等生からこのような魔法が飛び出してくるとは予想外だった、……ということだろうか。
ナターシャは瞬間的に、ジョンへの攻撃よりも、この魔法の回避の方を優先すべきだ、と悟った。
……普通の炎ならまだしも、魔法使いの放つ炎である。
そこにどんな副次効果が付随するか分からない。リスクは避けるべきだ。
ナターシャはジョンに向けて振り上げていた斧を、振る方向を急速に下降させることによって地面に突き刺し、その反動でもって自身の小柄な体躯を浮かせ、ジョンから放出される炎を間一髪のところで躱した。
「……ッ!」
ジョンの正面には氷の鎖、そしてその横にはナターシャ。
ナターシャが炎を躱す頃には、ジョンはもう回避の姿勢に入っていた。
ジョンとナターシャの視線が交差する。
ジョンはいったんナターシャと距離を取らんとバックステップした。
ナターシャも様子を見るため、斧を引き抜きつつ後退する。
ジョンとナターシャは、互いの身体の動きを睨みつけながらも、頭を回転させ、その後の戦いの戦略を練った。
(どうするか……)
ナターシャの実力を垣間見たジョンは、それをどう打開するか、必死に策を講じていた。
それにしてもあの少女、あの小さな身体でとんでもない力を発揮する。
単純なパワー自体はジョンの方が上なのが唯一の救いか。
しかし、その身体能力を生かした柔軟な動きと、自身の才能であろうか、繊細かつ強力な魔法にどう打ち勝つか、早くも難題にぶち当たっていた。
彼女がどれだけの種類の魔法を使えるか不明だが――まあ、少なくともジョンより多くの魔法を扱えることは間違いないだろうが――あの「玖鎖璃」と呼んだ魔法だけでも十分ジョンにとって脅威だった。
ナターシャがあの魔法を使ったとき、どう見ても、ナターシャは斧を左回りに振っていた。
その体制からナターシャの前面に氷の鎖が出現したところを見ると、おそらく、斧の起点を媒介せず、直接、あるいはナターシャの身体のどこかを起点として発動できる魔法であろう。
そのことを悟ったとき、ジョンは歯噛みをした。
チクショウ、近接攻撃を早々と封じられるとは、と悔しがる。
いわば、ジョンの爆炎と同じく、「相手の近接攻撃を封じる」タイプの魔法だ。
ジョンの攻撃で打ち破れる魔法かどうかはまだ不確定だが、あの魔法の存在のせいで、ジョンの攻撃手段がだいぶ限られてしまったのは事実だ。
そのハンデをどう取り返していくか。
(あの魔法……、ナターシャの『足』から生えたよな……?)
ジョンは先ほどの一瞬の攻防を思い返した。
先ほどの魔法、見間違いでなければ、ナターシャの足元を起点とし、そこから氷が生成され、鎖が生えたように見えた。
――ということは、もしや……。
ジョンは考える。もし、先ほどの氷の鎖が、ナターシャの足元からしか生えないのであれば……。
(……そこに勝機があるかもしれない)
ジョンは剣を構え直し、そして、腰を屈めた。
☆
会場は早くも大熱気に包まれていた。
観客席で駄弁っていた他の生徒たちも、たちまちにジョンとナターシャの決闘に目が釘づけとなっていた。
それもそのはずだ。なにせ、相手がナターシャという超大物であるのに加え、正直そこまで強くないと評されていたジョンが、ナターシャの攻撃を持ちこたえたのだから。
あんな新人、最初の一撃でナターシャに屠られてしまうだろうと誰もが思っていたからこそ、この善戦は予想外だった。
称賛と興奮が入り混じる場内。
アンリミテッド・サークルのメンバーもモニター越しにジョンに手を振っていたが、エリーゼの表情だけは依然として厳しかった。
「浮かない顔ね」メアリーが尋ねる。「彼氏が頑張ってんのよ? 応援してやんなさいよ」
「彼氏じゃないわよ」
言いつつも、エリーゼの表情は依然ほどその言葉を苦としていないようだった。
エリーゼは深くため息を吐く。エリーゼは、顔をモニターに向けたまま、メアリーに言う。
「……なんか、おかしくない? ナターシャの様子」
「んー? 私はあの子の戦い見たことがないから分からないけど……、違和感があるの?」
「私も彼女と直接対峙したことはないけれど……。登山大会のとき、氷の龍を退治するために一緒に戦ったことがあるの。そのときのナターシャとは……、なんか、違うように感じるわ」
「手加減している?」
「明らかにね。でも、その理由が分からないのよ。だって、これはナターシャの望む『アンリミテッド・サークルの解散』を賭けた真剣勝負なのよ? 普通なら、有無を言わさずジョンをぶっ倒して終わらせるはずじゃない?」
「そうねえ。ジョンがナターシャの弱みを握ってる系?」
「そんな単純な話だったらいいのだけれど。でも、ジョンはそういった諸所の事情を全て見通している気がするの。じゃなきゃそもそも、こんな勝負受けないもの」
「そこにナターシャの弱さがある……ねえ。でもそれってなんなの?」
「分からないわ……。なにか取っ掛かりがあればいいのだけれど」
「んー」メアリーは暫し思案したのち、それから口にした。「案外、負けたがってたり?」
「そんなこと……!」
エリーゼはメアリーの案をすぐさま否定しようとしたが、その考えがどうにも引っ掛かり、口を閉ざしてしまった。
ややあって、地を睨みつつ呟いた。
「……案外、あるかもしれないわね」
 




