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「誰が君の手なんか借りるか」

「第三演習場って、どんなところですか?」


 演習場に赴くための林道の道中、モニカがジョンに訊いた。

 ジョンもそのことに関してはあまり知らないようで、「んー」と首を捻った。


「なんでも、室内での戦闘を想定し作られたのが第三演習場らしいんだが……、実際には見たことねえな」

「室内での戦闘ねえ。映画なんかではよく使われる舞台だけれど、実際の戦闘ではあまり見られないわね。魔法使いというのは基本、人里から遠く離れた場所で戦うものだから」


 基本的に、「都市」というものは、危険をできるだけ減らすために、強固な警備と自治組織によって厳然と運営されている。

 でないと、一般市民の平和を維持できないからだ。

 都市の「中」を警備するのも多くが魔法使いであるが、魔法使いは基本的に、その「都市の中」に危険因子を入れないようにするために戦闘を行う。

 故に、建物内での戦闘というのは、相手の基地に忍び込んだ際に起きる事故か、もしくは、自領域内に敵が攻め込むという最悪の事態が主だ。

 この国立第四魔法学校(クロフォード)にも、そういった「建物内での戦闘」を想定した演習場は存在するが、そもそもの機会が稀であるため、なかなか利用されることはない。

 比較的空いているともいえる。


「なんでも、強化コンクリートの壁と床に、大きな柱と壁が設置してある部屋らしい。部屋の周りにはカメラが埋め込まれていて、そこから試合を観戦することができるんだとか」

「閉鎖空間での戦闘ね。近距離型も遠距離方も強みを生かせる、と……」


 早くもエリーゼは、ジョンがどう戦うという作戦を考えていた。

 話を訊いていたモニカがそれに対してコメントする。


「ナターシャさんはどんな作戦で来るんでしょうね。彼女の武器を見たことあるんですか?」


 モニカの質問にジョンは答える。


「なんだか杖のような斧を持っていた記憶があるな……。あとは……そうだな、鎖を使った魔法が得意だったと思う」

「鎖……ですか?」

「彼女の二つ名の由来でもあるッスね」レオンが口を挟む。「『氷雪の鎖縛(アイスエイジ)』……、それが彼女の二つ名ッス。『鎖』の『呪縛』と書いて鎖縛さばく……。妙な言葉遊びっすね」

「確かに彼女、氷の魔法を主に使っていた気がするわ。ジョン、案外貴方、彼女と相性いいんじゃない? それを見越していたの?」

「頭に無かったわけじゃねーけど、そんな単純な相関でどうにかなるほど、アイツは弱くねえよ。勝機を見出したのはもっと別の理由」

「別の理由ねえ……」


 どうせ教えてくれないんだろうな、とエリーゼは思い、それでも少しでもヒントを得んと、エリーゼは当てずっぽうの質問をした。


「彼女が手加減をしてくれるとか?」


「わりとそこに賭けている」


『……えっ?』


 ……三人が三人とも、一様に驚いた。


「……え、ジョン、貴方マジで言ってるの……?」


「ほ、ホントですかジョンさん……⁉ そんな出鱈目な賭けに挑むんですか?」

「ま、まあ兄貴のことッスから、手加減してくれるだけの根拠があるんスよね?」

「ホントかしらあ……? ナターシャのヤツ、スゴイ怒ってたわよ? とてもじゃないけど手を抜くような感じには見えないわ」

「……ま、あとはやるだけやるのみだ。なんとかなるさ」


 あくまで飄々とした態度を崩さないジョン。

 恐らく、今までの経験上、こんな風を装っているときのジョンには、ある程度の確信があるのだろうが、振り回される彼らにとっては不安で仕方ない。

 ジョンもジョンで、そう簡単に語れないだけの理由があるのだろうが……。

 そうこうしているうちに、演習場のあるドームまでたどり着いた。

 中に入ると、既に多くの人間が観戦に来ていた。


「なんだなんだ」ジョンは驚いて声を上げた。「誰か有名な奴でも戦ってんのか」


 生徒会メンバーが演習をするとなれば、国立第四魔法学校(クロフォード)の生徒ならば少しでも観たいと思うだろう。

 ジョンは背伸びをしてモニターを見たが、……しかし、そこには誰かが戦闘をしているような映像は流れていなかった。

 ……というか、周囲を見て気付いた。この演習場に集まっている人々が注目しているのは、他ならぬジョンとナターシャの試合だった。

 ちょっと待て、とジョンの額に汗が伝う。いつの間にこんなに広まってやがったんだ。


「うわあ、こんなに観客が集まってるんですねえ」


 呑気なモニカにジョンがツッコむ。


「いやいや待て待て、おかしいだろ。誰が試合の情報を漏ら(リーク)したんだ?」

「私だ」

「お前かよ!」


 ジョンはずっこけた。

 ジョンの前に名乗り出たのは、他でもないナターシャだった。

 いったいコイツ、何を考えていやがる、とジョンは怪訝な顔をする。


「君が負ける姿を多くの人に見てもらいたくてね」


 そうすれば幻想も消えるでしょう、とナターシャは冷淡なことを言う。

 ジョンはその言葉に逆に燃え上がった。


「面白えじゃねえか。その言葉そっくりそのままお前に返してやるぜ!」

「その強がりがどこまで続くか見ものだね」


 更なる毒を吐くナターシャ。

 いつもより余裕が無い気がするのは気のせいだろうか、とジョンは訝しんだ。


 ――ある意味では、確信でもあったのだが。


「なにアイツ、感じ悪いわね」

「そうだな。お前とどっこいどっこいだな」


 ガブリ、と左腕を噛まれるジョン・アークライト氏。

 わりとマジで痛くてちょっと涙が出た。


「テメエ痛ってえなァ!」


 堪らず叫ぶジョン。そこへ更に。


「……あむ」


 更に右腕を噛む者が居た。モニカ・エイデシュテット嬢だった。

 思いもよらぬ奇襲に、ジョンは面食らう。


「……あの、モニカさーん?」

「……ふがふが」


 何か抗議をしているようだが、ジョンの腕を噛んだままなのでうまく伝わらない。

 しかもエリーゼと違い、わりと甘噛みなので、痛いというよりもくすぐったかった。

 両腕を少女に噛まれ、どうしたもんかと首を捻っているところに、助け船、……かどうかは分からないが、見知った人物が現れた。


「……あんたらなにしてくれてんのよ」


 しかめっ面で現れたのは、メアリー・ギブソンであった。

 後ろを見れば、タケシ、マオ、ゴンゾウの三人も居る。


「あー、スマン、紆余曲折あって生徒会書記と戦うことになった」

「どう紆余曲折を経てもそこにたどり着くのは至難の業だと思うのだけれど」


 ハア、とメアリーはため息を吐く。


「せっかくこんな良い活動場所を手に入れたのに……、手放すことになるなんて」

「おい」とジョンはツッコむ。「まだ負けたわけじゃねえだろ」

「マオー、新しい活動場所探しに行きましょー。見るだけ無駄だわー」

「止めてちょっと! 悲しくなるから! 大丈夫だって! 勝つ可能性だってほら、まだ捨て切れたわけじゃないじゃん! いやマオ、お前も『あいあいさー』じゃなくて! ねえ! とりあえず観るだけ観てこ⁉ ね⁉」

「えーだって、ナターシャとなんて敵うわけないじゃーん、ばいばいびー」

「待ってホント! 帰らないで! ポテチつまみながらでいいから」

「ねえタケシー、ポテチ買ってきてー」

「それ仲間にパシるの⁉」

「え、えと、何味がいいの……?」

「そしてお前聞いちゃうの⁉」

「まあまあ、どうせ後でジョンが負けたあとにお別れパーティとかやるから」

「ゴンゾウお前まで⁉」


「んー! ふあふあ!」

「モニカお前いい加減俺の腕噛むの止めろ! せめて口を離してから抗議して⁉」

「ま、冗談はさておき」

「サークル一覧表を広げながら冗談って言われても説得力無い!」

「……ま、あんたならなんとかなるでしょ。なんたってこの私の珠玉の力作魔術、『霧の女王(ホワイトアウト)』を止めたんだも……、ん、あれ、なに、みんな、なんで私の方を見るの? あれ?」

 霧の女王(ホワイトアウト)という言葉を聞いた途端、一斉に視線がメアリーの方へ移動した。メアリーは青ざめてジョンに助けを求めた。

「ジョン! な、なんかみんなが私のことを……!」


「さーて、気合入れて頑張るかー!」

「わー! 待って! 分かったから! ホントマジでさっきの冗談だったの! ホント! 許して! 助けて!」

「この試合終わったあとは祝賀会やるかー! 楽しみにしてろー!」

「もがもがー!」

「ふがふがー!」

「んあんあー!」

「おいレオン、テメエは別に噛んでないだろ! 輪に加わんなくていいから!」

『ふがー!』

「頼むから日本語喋って⁉」



「遅かったね」


 第三演習場には、既にナターシャが降り立っていた。

 魔導人形に意識を転送するためのスーツに身を包んだナターシャは、ジョンを見るなりそう言った。


「悪ィな、ちょっとメンドイのに絡まれて」

「……本当に君の交友関係大丈夫?」

「ほっとけ」


 ジョンはそんな科白を吐く。「つーか」とナターシャに質問する。


「お前の方こそどうなんだよ、友達居るのか?」


 馬鹿にしくさったジョンの質問。

 ナターシャの毒に対する意趣返しのつもりだったが、しかし、予想以上に、ナターシャを戸惑わせてしまったようだった。


「……分からない」

「分からないって……、なんだよ」


 ナターシャは天井を見上げて言う。

 一般的なビルを意識した、無機質な図形の繰り返しが目に入った。

 左右を見れば巨大な柱。長方形の室内の一辺には、強化ガラスで覆われた窓が見え、そこから演習場の外の景色――といっても森林だが――が望める。既に演習場の全容は把握しきっていた。

 室内はそれほど広くないので、ジョンもすぐにおおよその把握は出来た。


「……私には、リクトが居れば十分だから」


 ……その回答が、本当に苦し紛れの反論にしか聞こえなくて。

 予想通り過ぎるほど予想通りの答えに、ジョンの眉根が僅かに寄った。


「そうかよ」ジョンは肩を竦めた。「……ま、人の事情にとやかく口を挟むほど、俺は無粋じゃねーよ」


 ナターシャは無言でジョンを睨んでいた。その表情にも、どこか焦燥感が見え隠れした。


「ただ」


 ジョンは言う。


「変えたくないか?」


「うるさい!」


 カッ! とナターシャは叫んだ。今まで見たことのない表情に、ジョンは驚いた。

 ……が、引いたりもしなかった。


「俺にキレたって仕方ねえだろ。お前の問題なんだから」


 でもな、とジョンは突き刺す。


「変わりたいってんなら、いつでも手助けするぜ?」

「誰が君の手なんか借りるか……!」


 ナターシャは歯噛みした。自身の感情の混迷に決着がつかないようだ。

 それを振り切るかのように。

 彼女は叫ぶ。


「私の鎖は……! 私を縛るためのものじゃない!」


 彼女は喘ぐ。


「私の鎖は……! 他を縛り、自を律するもの!」


 彼女は吠える。


皐月さつき! 参る!」


 ドン! と彼女の周囲が揺れた。

 そして出てきたのは、彼女の魔導装甲『皐月』。

 そして、魔導人形を使用するためのスーツが剥がれ、防具が構築されていく。

 深いエメラルドブルーの肩だしワンピースに、手が見えなくなるほど袖の長い、薄手の白のモッズコート。

 シルバーのあしらわれた黒いロングブーツを履き、そしてなにより印象に残るのは、胸元で煌めく、鎖の形のペンダントだった。


「しゃらくせえなあ」


 そう言いながらもジョンは、左腕を掲げ、叫ぶ。


「俺の『ロアノーク』で消し炭にしてやる!」


 瞬間、ジョンの周囲の時空が揺れ、魔導装甲が召還される。

 自身の体験を手にしたジョンは、周囲の柱と壁の位置関係、および自身の大剣の寸法を計算しながらも、決してナターシャから注意を逸らさなかった。


「行くよ」

「受けて立つ」


 ジョンが言い終わると同時に、ナターシャが駆けた。


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