「その償いだった、……というわけか?」
「なーにあいつら、ベタついちゃって……」
「ホントッスねえ、ジョンさんも隅に置けないッスね」
「演技ですよね、演技。そうだ、演技に決まってる……」
エリーゼはムスっとした表情で、レオンは興味津々な様子で、モニカは死んだ魚のような目でジョンとナターシャのデートを見守っていた。
ジョンがナターシャとのデート場所へ赴くところを、こっそり後をついて来たのがこの三人組だった。
どうやらまだ、ジョンにもナターシャにも気付かれていないらしい。
ちなみに旧マジョリカメンバーは置いてきました。面倒くさいことになるので(確信)。
物陰からコッソリとカフェテリアの一角を探る。
どうやら、ジョンとナターシャが入店するやいなや、ほとんどの客が出て行ってしまったようだ。
影からの監視は、他の無関係な人間がいるほど隠密性が増すので、やや面倒な事態となってしまっていた。
それでも、ジョンとナターシャの会話を聞きもらすまいと、三人はギリギリまで例の二人の傍に近づいていた。
もちろんレコーダーで音声を録音しております。良い子は真似しないでね!
エリーゼとレオン、そしてモニカの耳から、マイクを通して音声が聞こえてくる。
さすがに声が聞こえるところまで近づくことはできなかった。
遠方から様子は確認できるが、基本的には音声頼りだ。
「なんか『あーん』してる声が聞こえてくるんスけど……」
小声でレオンが二人に伝える。エリーゼは歯噛みした。
「クッ……、忌まわしきカップルの風習ね……。爆ぜればいいのに」
「……そんなにジョンがデートするのが気に食わないんスか」
「当たり前じゃない。なんでアイツがあんなモテるの? おかしくない?」
「まあ少なくともエリーゼより性格良いのは間違いないッスよね」
「お前あとで覚えてろ……」
エリーゼがレオンをギロリと睨む。嫉妬というかSHITみたいな感じでした。
「ま、エリーゼは予想通りの反応ッスけど……、問題は……」
レオンはモニカの方を見る。
彼女は彼女で、普段の天真爛漫なようすからは考えられなほどのどす黒い瘴気を放出していた。
なんかもう、ね、目が怖いの。めっちゃギラギラしてる。ビームとか出そう。
「モニカさーん、大丈夫ッスかー?」
「……嘘ですよね、ジョンさんがナターシャさんとデートなんて……」
「さっきっからそればっかじゃないッスか」
どうやらジョンがナターシャとデートすることがそれだけショックみたいである。
この感情の正体は当のモニカ自身でも判別つかないようだった。
「……やっぱりあれですか。痩せてる女の子が好みなんですか。スラっとしたモデル体型が好みなんですか」
前言撤回。メッチャ分かりやすかった。というか声に出してた。
「……モニカも太ってるってほどじゃあないと思うんスけどね」
レオンが気休め程度の慰めをする。しかし残念ながらモニカの耳には届いていないようでした。
まあたぶん放っときゃ治るだろ、とレオンは再びデートの会話に集中した。
「まーったくもー……、ジョンもなんであんな女の所に行っちゃうかなー。性格悪いなー」
エリーゼがぶつくさと文句を垂れる。
レオンは苦いものでも噛んだかのように渋い表情で応対する。
「エリーゼはとりあえず自分の性格直すところから始めたほうがいいと思うッス」
……それに、と、レオンは真剣な表情になる。
「……どうやら、これ、デートじゃないっぽいッスよ」
「ほ……」
「ホントですか⁉」
ガシャン、とスピーカーから激しい音が聞こえた。
と同時に、エリーゼが必死にモニカの口を押える。
モニカも目を丸くして必死に口を噤む。
気付かれたか⁉ とレオンは二人の様子を目視で探るが、どうやら向こうが何かトラブルを起こしたようだった。
雑音で細かい音は聞き取れないが、とりあえずジョンがナターシャに説教してるっぽいことは伝わる。
エリーゼは肩で息をしつつモニカを小声で叱る。
(モニカ! 貴方なにやってんのよ! 危うく気付かれるところだったじゃない!)
(ごめんなさい……!)
モニカは両手で頭を覆った。エリーゼはフンと鼻息を立てた。呆れてものも言えない、といった様子である。
モニカはしゅんと縮こまったが、それでもレオンに確認したいことがあったらしく、か細い声で尋ねた。
「……それで、その、これがデートじゃないって、どういうことですか?」
んー、とレオンは頭を掻く。
「いまいちよく聞き取れねえから分かんねえッスけど……、二人はなにやら交渉をしているみたいッス」
「……つまり、どういうこと? デートをしようっていうのは他人を近づけさせないためのカモフラージュで、実のところは、ナターシャがジョンに相談を持ち掛けたってこと?」
「脅迫されているようには見えないッスからね……。途切れ途切れに聞こえる会話も、そういった節は見られないッス」
「……とりあえず、デートの線は薄れた、と……」
「無くなってもいないけどね」
「エリーゼさん……!」
僅かな希望を見出したモニカの心を全力でへし折っていくエリーゼ。流石である。
「ま、ともかく、詳しい話はあとで聞けるだろうし、一先ずは安心してよさ、……は、……はっ……」
ハックション! とエリーゼはクシャミをした。
レオンとモニカが目を丸くする。
ずずず、と鼻水を啜るエリーゼ。
まるでヒロインっぽくない立ち振る舞いにその場に居た二人は驚愕した。
「え、え、エリーゼさん……!」
「なにやってるッスかエリーゼ! ここで気付かれたらお終いッスよ!」
「ごめん、ちょ、ほんとごめん……」
さすがのエリーゼもこればかりは平謝りしていた。
気付かれてないのが奇跡と言えるほどのグダグダっぷりである。
「……ま、まあ、その、ね、あれよ。モニカにさっき叫んだことに対する罪悪感を与えたくないから、ほら、あれ、私も一緒に罪を被ることによって相対的に罪の意識を減らすという……」
『そういうのいいから』
レオンとモニカが口を揃えて手を振った。エリーゼは赤面して顔を埋めてしまった。よっぽど恥ずかしかったらしい。
『その償いだった、……というわけか?』
ちょうどいいタイミングで、エリーゼの耳にジョンの声が届く。
環境音でノイズが酷いが、その声はハッキリと聞くことができた。
なんとまあ、ジャストタイミングというか、エリーゼの心情を代弁しているというか。
エリーゼは居たたまれない気持ちになり、小声でモニカに相談した。
「……ねえ、もう帰らない? このままここに居ても、正直神経を擦り減らすだけだと思うの」
「そうかもしれないですけど……、もしかしたら、このサークルの未来を左右することになるかもしれないですし……」
「そんなことあるわけ……」
「そうかもしれないッスよ?」
レオンがエリーゼとモニカに伝える。二人は驚いてフッと振り向いた。
「どういうこと、それ?」
「俺に訊く前に二人の会話に耳を傾けてほしいッスね。いますっごく大事な場面ッスから」
レオンに言われ、渋々、魔法で鼓膜を刺激する音に注意する。
雑音交じりで聞こえにくいが、しかし、途切れ途切れの言葉を補完していく中に、一言、ハッキリと、衝撃的な言葉が聞こえた。
……そう、それは。本当に。
――このサークルの未来を左右しかねない言葉だった。
「無限の同好会を、解散してほしいの」




