「キスでもしてくれば?」
「ごめーん、待った?」
「2分と30秒くらいかな。でもまあ誤差だよね分かってる」
「ごめんごめん、ちょっとお前とデートするってことが知られた途端、男性陣と女性陣に詰め寄られちゃってさあ」
「ごめんね、皆の前で言うのはデリカシー無かったね、反省してる。というか女性陣にまで詰め寄られたんだ。君の交友関係大丈夫?」
「いや別に女性問題で悩んでるとか全然ないし。ただちょっと『貴方いつの間にナターシャを誑し込んだの?』とか『ジョンさん……、私たち遊びの関係だったんですね』とか根も葉もないこと言われたりしただけだし」
「そう誤解させてるだけで十分女性問題と言えるんじゃないかな。節操のないふしだらな男って見られてもしょうがないよ」
「もう俺帰っていい?」
「ダメー」
ナターシャはベーッと舌を出した。
それはジョンが初めて見た彼女の女の子らしい姿だった。
いやだってホント鉄面皮だもん。
☆
ナターシャに「デート……するんでしょ?」と全く記憶に無い予定の確認をされてから、そりゃあもう一悶着も二悶着もあった。
なにせナターシャといえば、現生徒会の書記であり、あのリクト生徒会長の秘書を務めているといわれる実力者だ。
そんな、いわば高嶺の花が、ジョンといういち生徒にデートの確認をするなんて、前代未聞だった。
ぶっちゃけ現実味があるぶん「俺は、世界を変える」と豪語したこと以上に驚かれている。
ナターシャにデートの確認をされた瞬間、ジョンには先ほどまでとは違った色の視線が注ぎこまれた。
なぜ、こんな男が、あのナターシャとデートするというのだ?
そこにあったのは、嫉妬ではなく畏怖だった。先ほどまではけっこう軽い感じでジョンに接していたが、実のところはそれが恐ろしくなるくらいのスゴイ人間だったのではないか、という思いが、アンリミテッド・サークルに入会せんとした者たちの間で渦巻いた。
……そして。
……当のジョンはというと。
(……帰りてえええええええええええええええ‼)
……全力で渋っていた。
何度も言うが、ジョンはナターシャとのデートについて全く知らされていなかった。
それをさも両者の間の決定事項として扱い、しかもそれを確認するという大胆不敵な犯行に出たナターシャを、ジョンは心底恨んだ。
何のあてつけだよ、と。
当然、サークルメンバーからの視線は厳しくなる。モニカなんて世界の終わりみたいな顔をしていた。そんなに俺がデートするのが意外か。それはそれで悲しいぞ。と、ジョンは胸中で泣いた。非モテの悲哀である。
とりあえず、自身の記憶にナターシャとのデートの約束が無い以上、ナターシャ本人にことの真相を聞いてみないことには話は纏まりそうにない。
ジョンは周囲の視線を振り切るように急いで自身の学生寮に戻り、騒ぎが大きくならないうちに余所行きの服に身を包んだ。
そして、ジョンがクローゼットを開き、わずか数着しかない春物のジャケットを吟味しているとき、ふと、自身とナターシャとを結びつける存在があることに気付いた。
「……もしかして」
ジョンは呟き、それから慌てて自身の机の引き出しを漁った。
机の二段目の引き出しに、「それ」は無造作に埋まっていた。
ジョンはその存在を確認した途端、大急ぎでページを捲った。
――なにか、今日のデートを示唆するメモは無いか。
ページの端から端まで目を通すつもりでジョンは探したが、答えは案外すぐに見つかった。
ブルーハーロンの火を持って来いと命じられた任務の翌日。
病室で眠るジョンに、ナターシャは、一冊のグラビア雑誌を寄越したのだった。
それが果たして、「さして重要ではない」というカモフラージュだったのか、もしくはジョンがどういう物を求めているか熟考したうえでのセレクトだったのか(有難迷惑)、はたまた、生徒会室に置いてあったものから適当に選んだのか、真相はこの際どうでもいいが、当時のジョンは、どうせナターシャの最大級の嫌がらせだろう、と気にも留めなかった。
だが、ここに来て、この雑誌がこんな重要な役目を果たすことになろうとは。
ナターシャの見舞い品であったグラビア雑誌には、一通の封筒が挟まれていた。
妙に達筆で「ジョン・アークライト様へ」と書かれているので、ジョンに宛てて書かれたことは明白であった。
ジョンはその封筒を恐る恐る開ける。
彼女の趣味なのだろうか、可愛らしい便箋に、えらく無機質な文字が書かれている。
手書きであるところが、彼女なりの最低限の愛嬌、といったところだろうか。
ジョンはその便箋を眺める。
今日を示す日付と共に書かれていたのは、第四魔法学校の外周に広がる街のとある場所に来る旨の文言だった。
なんか取ってつけられたようにハートマークが書いてあるのがムカつく。
コイツ絶対彼氏作るとき苦労するな、とジョンは謎の上から目線になった。
まあジョンも彼女いないのでおあいこですね。
とりあえず、とジョンはその手紙をジャケットの内側のポケットに仕舞い、最低限の荷物と共に部屋を出ようとした。
そのとき、ドアの向こうに立っていた人物から声が掛かる。
「……あ、ジョンじゃないか。どうしたの?」
ジョンに挨拶したのは、同じ部屋で寝泊まりするクラスメイト、アレックス・エッジワースであった。
ジョンは軽く手を挙げる。
「生徒会の書記に呼び出されちまってな。悪いことした覚えはねえんだがな」
「ああ、ナターシャのこと? 学校中で噂になってるよ」
「マジで?」
なんでこの学校は変な噂に関しては異常に早く浸透するのだろうか、とジョンは額を抑える。
「なんか誤解とかは広まってない?」
「そもそも一生徒がナターシャに呼び出されること自体、前代未聞だからね。どうやってナターシャを誑し込んだんだ、とか、弱みでも握ったのか、とか、それくらい」
「……まあ、それでいいや。変な尾ひれが付くよりは」
今のところ「ジョンがデートに誘った、もしくは誘われた」、という噂に留まっているようだ。
尾ひれというのはそれに付随する憶測が膨らむことで醸成されていくのだが、そのときはそのときだ。第一の情報はそこまで的外れというわけではないので、早急に事態を解決する方向へ動くことにする。
「サンキュな、レックス。ちょっくら行ってくるわ」
「キスでもしてくれば?」
レックスは笑って言った。
冗談じゃない。
☆
「はい、ジョン、あーん」
「あー……」
……そんなこんなで、学園都市に降り立ったジョンとナターシャは、二人でパフェを食べていた。
なんというかめっちゃ気まずい。ヤバい。KYですらも裸足で逃げ出すレベル。超ヤバい。
まず無表情。なんかもう能面にだってもう少し感情があるだろってくらい無表情なの。超真顔。楽しいのかそうでないのかわずかな眉の動きとか声のトーンとかで察するしかないの。どんな苦行だよ。
しかもそんな無表情なナターシャがまるでカップルみたいに「あーん」とかやってくるの。もうこっちも真顔になるしかない。ヤバい。ナターシャさん無表情すぎてヤバい。逆に変な笑いがこみ上げてくるレベル。
しかもナターシャさんあれだからね。こんなカップル紛いのことやってるくせにジョンが口を付けたスプーンしれっと拭いてるからね。無表情で。しかもそれが当然だとばかりの顔してるからね。泣きそう。
というかそもそもカフェテリアが超ガラガラ。さっきまで満杯だったのにジョンとナターシャが入店したとたん蜘蛛の子散らすように出ていったからね。あまりに居たたまれなくなったので野外で食べてます。ナターシャ超ヤバい。噂もだいぶ広まってる。
こんな超ヤバいナターシャと一緒に居て精神が崩壊しないジョンをみんなもっと敬うべきだと思います。
もっと頑張れ。超がんばれ。
「美味しい?」
小首を傾げて尋ねるナターシャ。
これが彼女の本心であったならば多少は心も癒されようが、ジョンとナターシャは本来敵対関係である。
いや、別にデートしてはいけないような間柄ではないが、無限の同好会と生徒会なんて水と油ではないか。
この、なんというか、大人チックな敵対観が、ね。
ジョンは初夏の日差しを感じながらも、脳内は至って冷静に努めていた。
いったい何の因果でこうなってしまったのか、そろそろ訊く頃合いだな、とタイミングを見計らった。
第一、この事態、リクト会長はご存知なのだろうか。
まさかナターシャがここまで大胆不敵な単独行動は起こさないだろうとジョンは踏んでいるのだが、真相やいかに。
「……なあ、ナターシャ」
「なに?」
透き通るような声で返事をするナターシャ。
ジョンは「あー」と頭を掻いたのち、正直な思いを告白した。
「……こんなデートごっこ、いつまで続けるつもりだ、ナターシャ?」
「……」
ナターシャは、アイスクリームを掬うスプーンを静止した。
それから、ジョンに尋ねる。
「……やっぱり、気付いてた?」
「当たり前だろ。お前、俺との交友なんてほとんどないだろ。そんな状態でデートするって言われても戸惑うだけだ」
「私が君のこと、『好き』って言っても、疑う?」
「悪ィが疑わせてもらうぜ。その結果に至るだけの理由が無い」
「……そう。残念」
ナターシャは目を伏せた。チクリ、とジョンの胸が痛む。
……ひょっとして、ナターシャは、ジョンにそこはかとない好意を寄せていたのだろうか。
さすがに告白するに至るほどの恋には発展していなかったとしても、登山大会で共にやり合った仲だ。
ジョンに真っ向から「疑う」と申告されて、多少なりとも彼女を傷つける結果になってしまったのではないか、と心配した。
さすがにデリカシーが無かったかな、と反省する。
「私が好きっていえばみんな落ちるって聞いたのに」
「おいテメエふざけんな」
ジョンは思わずテーブルを叩いてしまった。
ガシャン、と周囲のものが揺れる。
危なかった。少しでも同情した俺がバカみたいだった、と額を抑える。
「……じゃあ、なに、俺をデートごっこに誘った理由っつーのはつまり、こうして二人っきりで話してえことがあったから、……そういうことか?」
「ご明察」ナターシャは目を伏せ肯定した。「他の人が来ると、面倒だから」
「デートごっこって言った方がよっぽど面倒な事態になってるんだが……」
「まあ、うん、なんとかなるよ。たぶん」
「完全に他人事だ……!」
ジョンは顔を伏せた。
まったく、なんで自分の周りには肝心なところで適当に投げる女子しかいないのだろうか、と苦悩する。
主にエリーゼとかエリーゼとかエリーゼとか。
どっかでクシャミが聞こえた気がしたが気にしない。
「……まあ、なんだ」ジョンは顔を上げる。「このデートごっこがくだらねえ遊びだってことはよーく分かったからよ、お前の真意を聞かせてほしいもんだな」
「真意、ね……」
ナターシャは口元に指を当てる。その黙考の意味は、果たして。
「……とっても言いにくいこと」
「分かってるよ、んなこと。でもそれを伝えるために俺を呼んだんだろ?」
「そう、だけど……」
ナターシャは口ごもる。今まであまり見せることがなかった、気まずい表情。
なんだよ、そういう顔だってできるじゃん、とジョンは場違いに思った。
「……その、ジョンに、お願いがあるの」
「お願い……ねえ」
ひょっとして、依頼の類だろうか?
登山大会でのアンリミテッド・サークルの活躍を見たナターシャが、直々にジョンに頼みごとをしに来たとか……?
可能性としてはだいぶ低いが、こうやってデートの申し込みをしてきたのも、そういった頼みにくさの裏返しとも取れる。
「……さっきのデートも、その償いだった、……というわけか?」
「……そう、かもね」曖昧な返事をするナターシャ。「無意識だったけど……そういう気持ちもあったかもしれない」
「それほどまでに頼みにくいことか……。いいぜ、聞いてやるよ」
「……」
ナターシャは、眉根を寄せ、僅かながらも申し訳なさそうな顔をする。
それほどまでに、ナターシャを追い詰めているものとは。
ナターシャが、口を開く。そして、ジョンに伝える。
「あのね……」




