表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/115

「俺は、世界を変える」

「おい、見ろよ。エリーゼがやってきたぜ」

「エリーゼって……、あの子? あの子がどうしたの?」

「アイツ……デーベライナーなんだよ」

「デーベライナーって……、『あの』デーベライナー? ベルクの国の……?」

「そう。俺も初めて見るが……、確かにただものじゃない気配を感じるな」

「何も問題を起こさなければいいけど……」


 ――食堂に足を踏み入れたエリーゼは、すぐさま後悔した。自身の悪評がそこかしこで飛び交っている。


 ……かといって、後戻りするのもそれはそれで腹が立つ。

 必死に怒りを押しとどめ、食堂の中を歩くが、既に我慢の限界が近づきつつあった。


 ――そもそもの始まりは、入学式が終わった後の、最初のホームルームの時間であった。



「君たちには、これから自己紹介をしてもらう」


 エリーゼのクラスの担任教師は、開口一番、そう言った。

 エリーゼの周囲の生徒たちは「ふーん(鼻ホジ)」くらいの感じで受け止めていたが、彼女に限って言えば、穏やかではないどころか、このまま教師を殺害するか、腕をクロスして窓ガラスをぶち破ってしまうか、どちらかを迫られていると錯覚するくらいに追い詰められていた。


 理由は明白である。

 「デーベライナー」という姓。これだけで、周囲の生徒から距離を置かれてしまうことは明白であったからだ。


「まずは俺からだな」


 エリーゼのクラスの担任は、最初に実演する形で、自身を指さした。


「俺は、『ザック・ディクソン』。まァ分かると思うが、これから一年間、このクラスを担任する。みっちり鍛えてやるから覚悟しとけよ?」


 彼がそうはにかむと、とたんに「えー」とか「マジかよー」とかいった愚痴がドッと沸いてきた。普段のエリーゼならば、(お前らはなんのためにこの学校に入学してきたんだ)と、胸中で悪態を吐くところであったが、今はそんなことすら考える余裕がなかった。

 ザックは、筋肉モリモリの、精悍な体つきをした屈強な男性だった。パッと見、巌のような険しい顔立ちをしているが、雰囲気としてはぜんぜんそんなことはなく、むしろ親しみやすい印象すら抱かせた。


 なお、頭は禿げている模様。

 スキンヘッドよろしくツルッパゲである。

 でも今のエリーゼには、そんなことすら眼中に置かれない。

 エリーゼの怨恨をまるで気にしないザック(まあ気にするほうが問題があるのだが)は、名簿を見て、姓ではなく名前順に生徒を指した。


「じゃあ次は君たちの番だな。

 まず最初、アレックス・エッジワース」

「はい、はいっ」


 アレックスと呼ばれた少年は、名前を呼ばれすっくと立ちあがった。

 天パ気味な金髪が特徴で、青いジャケットを着ていた。

 なんか頼りなさげな、なよなよとした男の子だ。背もちっちゃいし。

 アレックスは緊張しているせいか、つっかえ気味に言葉をつむいでいく。


「え、えと、ダイナの国のヨークムントから来ました、アレックス・エッジワースです。

 趣味はサッカーで、装備はロングブレードで、得意な属性は『いかづち』です。い、一年間よろしくお願いします!」


 妙に脈絡のない自己紹介が終わると、教室内にまばらな拍手が起こった。

 反骨の意を示すために、エリーゼはあえて手を叩かず、むすっとした表情で肘をついていたが、地味すぎる反抗はまるで効果がなく、ザックは次なる生徒を呼んだ。


「次、イクオ」

「はい」


 イクオと呼ばれた少年は、気のない返事をしたあと、ゆるやかに立ち上がり、気のない自己紹介を淡々と語っていく。

 イクオが座ると、次なる生徒が自己紹介を始めた。

 そうして、2人かの生徒が自己紹介を終えていき――。

 そして、ついに。


「それでは、次、エリーゼ」

「……」


 ――ついに、エリーゼの出番がやってきてしまった。


 エリーゼの両手は、強くにぎられ、汗でまみれていた。

 もう本当にこのままバックレてしまおうかしら――そんなことまでエリーゼは考えたが、そんなことをしても結果は同じだ、と少女は考えた。


「……ん? どうした、エリーゼ。具合がわるいのか?」

「いえ……」


 ザックはお決まりの文句でエリーゼに催促する。

 具合というか、自己紹介がすでに苦行なのだが。


 ――ああもう、どうにでもなれ。


 やけくそになったエリーゼは、椅子を後ろに押してゆっくり立ち上がる。


 ――瞬間、教室がざわめき立った。


 それまで、半分寝ぼけたようすで自己紹介を聞き流していた生徒も、周囲の喧騒ににわかに目を覚ます。

 それくらい、エリーゼの容姿は美しく、綺麗だったからだ。

 まるで、西洋の絵画から飛び出してきたような、そんな、神秘性と麗容さの両方を併せ持っていた。

 男子は口々に、「なに、あの子かわいい」とか、「やっべ、惚れたわ……」なんて、冗談とも本気ともとれる感想をつぶやきあう。女子ですら、嫉妬を通り越して「え、綺麗……」と見惚れるほどだった。

 周囲の羨望がエリーゼに向けられるが、それはエリーゼにとって、鋭い刃と同列にしか感じられなかった。


 ――なにせ、それらを一瞬にして破壊してしまうほどの事実を、彼女は語るのだから。


 覚悟を決め、エリーゼは口を開く。

 ある意味で、世界の禁句を。


「エリーゼ・デーベライナーです。ベルクの国のヘルズベルクから来ました」


『……』


 ――瞬間、教室の空気が固まる。


 エリーゼの顔が羞恥で真っ赤に染まる。


 ――だから、言いたくなかったんだ。


 ややあって、教室の空気が弛緩しかんすると、とたんに、先ほどとは別のどよめきが起こった。


「……え、デーベライナーって……あのデーベライナー?」「いや、待てよ、そうと決まったわけじゃない……」「で、でも、あの子、ベルクの国のヘルズベルクって言ったぞ?」「え、やだ……やめてよ」「あー、ダメだわ、終わった、俺ら死んだわ」「ウッソ、え、ちょ、まッ……やばくね?」「なんでこの学校に入学してんの? ふつう弾くだろ」「やべえ……とんでもねえ」「化け物が来ちまった……!」

「こら、静粛に!」


 ザック教師は大声で叫ぶ。ついで彼女に言葉を投げかける。


「……エリーゼくん、すまなかった」

「……べつに」


 エリーゼは短くそう告げて、そっぽを向いてしまった。

 教室がしんと静まりかえる。

 先ほどまで、それなりに和気あいあいとした雰囲気を醸しだしていた空間を、エリーゼが一瞬にして極寒へと変えてしまった。

 どれだけの屈辱だろう。

 それはエリーゼのみぞ知る、というところである。

 ザックは、この事態をどうするべきか迷い、慌ててエリーゼをフォローする。


「みんな、確かに彼女の出身については驚いただろう。無理もない。

 だが、彼女は素晴らしい逸材だ。なにせこの学校の入学試験を、成績トップで合格したばかりか、なんと歴代11位という好成績を残したのだからな! きっと立派な魔法使いになるぞ……!」


 ザックの必死のフォローもむなしく、生徒たちの嫌悪の色は変わらないままだった。

 エリーゼは肩が痙攣しそうなほどに体を強張らせた。もはやどんなサポートがあったとしても、今後のエリーゼの学生生活は暗澹たるを避けられないだろう。


 ――しかし。


(まあ――仕方ない、か)


 エリーゼは嘆息した。

 もともと分かり切っていたことである。この自己紹介の機会が無くたって、いつかは知られてしまうことだ。自身が「デーベライナー」の一族であると。


 殺戮と破壊を繰り返した、陰惨な一族であると。


 現在は更生(?)し、社会的にも存在を認められてきつつあるが、地元ですら、いまだそのレッテルをはがし切れていないというのに、ましてや遠方のこの「テラス」の国に、「もう大丈夫なんです、信じてください」と言ったところで、果たしてどれだけの人々が信じるだろう。

 ……それに。


 エリーゼは、「デーベライナー」という血筋を、誇りに思っていた。


 だからこそ、よけいに、忌避されるのはまだしも、バカにされるのは我慢ならなかった。隠すなんてもってのほかだ。

 これは、自分が望んだ結果である。エリーゼは、そう自分に言い聞かせ、飲み込ませ、偏見を受け止めていくと決意した。

 嗚呼、私の学生生活も黒歴史確定だわ。そんな、自嘲にも似た諦観を、エリーゼはいだいた。


 ――あの男が、腰をあげるまでは。


 それは、ある意味では、予想できたことだった。

 エリーゼは内心、ドキドキしていた。

 彼が自己紹介したとき、教室はどうなるのかと。

 気まずい沈黙の中に繰り広げられる、自己紹介という苦行。

 その中で、良くも悪くも空気を読まない人間が、一人。


「11番、ジョン」


 ――彼が、立ち上がった。


 ジョンと呼ばれた赤毛の少年が、椅子から立ち上がる。

 待ってましたとばかりに、自信満々な表情で。


「ダイナの国、サウスディグノ出身、ジョン・アークライト」


 ――そう、彼が宣った、その瞬間、教室がにわかに騒がしくなる。


「……え、いまなってった? サウスディグノ?」「サウスディグノって……、すっげー貧乏な地域だよね?」「ビンボーなんてレベルじゃねえよ、よくこの学校に入れたな……」「マジで? サウスディグノ? あの鉱山地域の?」「もしかしてボンボンなのかな……。地主とか」「でも服はそんなおぼっちゃまな感じしないけど」


 クラス内が、エリーゼのときと同じくらいざわめいた。それもそのはずである。

 彼が出身地であると言い放った「サウスディグノ」は、魔法石の採掘で生計をたてる鉱山地域であるが、ダイナの国では「貧乏の代名詞」のような様相を呈していたからだ。

 そんな場所から、魔法使いが生まれたのがまず驚きであるし、国立第四魔法学校(クロフォード)というエリート校に進学してきたのは、前代未聞とは言わないまでも、なかなかお目にかかれない珍事であることは違いない。

 地元の通りを歩いていたら、テレビでよく見る女優が歩いていたとか、そんなレベルである。


 彼がサウスディグノ出身であることに、クラスは驚愕した。……が。

 彼はさらに、とんでもないことを言い出した。


 ――いずれ、この世界に革命をもたらす、決定的な一言を。


「俺は、世界を変える」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ