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「世界を変える気はあるか」

「……なにこれ」


 本校舎よりやや離れた場所にある、部・同好会の部室塔である、いわば部活塔。

 その三階の隅っこに、ジョンたちの同好会、アンリミテッド・サークルがある。

 エリーゼに呼び出され、何事かと思って来てみれば、そこには異常な光景が広がっていた。


「お、ジョンだ! ジョンが来たぞー!」

「ジョン、今までなにやってたんだよ!」

「おい、見ろよ、ジョンが帰ってきたぞ!」

「ああ、あの人がジョンなんだ。初めて見た」

「おーい、ジョン、こっちこっちー!」


 ……端的に言えば、部室の前に百人を超える生徒が待機していたのだった。


「……どうすんだよ、これ」

「知らないわよ」

「うわあ、あんなに人がたくさん……。部室の扉すら見えないですねえ」


 モニカがつま先立ちをして人の頭のその奥を見ようと努力するが、女子としては平均的な身長であるモニカには、屈強な男子に阻まれ見ることができなかった。

 ジョンはとりあえずこの人ごみを掻き分けて部室へとたどり着きたかったが、なんというか、目の前の集団は異形な造形をしているというか、深く暗い執念を感じるというか。

 ぶっちゃけこの中に入りたくないのであった。

 痺れを切らしたのだろうか、レオンは声高に叫んだ。


「おうおうお前ら! 兄貴が通れねえだろうが! 黙って道を開けやがれッ‼」

「よさないかレオン」

「ですが兄貴!」


 ジョンはレオンが身を乗り出すのを抑えた。とにもかくにも現状把握がしたい。

 ジョンはエリーゼに通信を送った。

 ほどなくして、彼女に繋がった。


「もしもし、部室に入れないぞエリーゼ」

『私だって出られないわよ。貴方あなた会長でしょ、なんとかしなさいよ』

「無茶言うなって……」

『……ま、でも、大変なことになってるっていうのはよく分かったでしょ?』

「できればその解決方法も教えてくれればありがたいんだが」

『地道な努力とたゆまぬ精神』

「丸投げしてやがるコイツ……!」


 ジョンは頭を押さえた。そうやって会話をする間にも、ジョンを呼ぶ声は止まらない。

 ジョンは仕方なく、一番ジョンの近くに居た少年(といってもジョンより年上だろう)の肩を叩いた。


「すみません、周囲の人に、会長からの命令でグラウンドに集まるよう言われたって伝えてもらえませんか?」



 ジョンたち一行は朝礼台の上に立った。

 ちゃっかりエリーゼも着いてきたので軽くシメておいた。

 さすがに多少の罪悪感はあったのか、首に回る腕を振りほどこうとはしなかった。

 解放されたエリーゼは首元を抑えながら言う。


「……で、この集団はいったいなに?」

「俺が聞きてえよ。メアリー、お前なんかやったか?」

「私に聞かないでよ。霧の女王(ホワイトアウト)で大会を潰したくらいしか心当たりがないわよ」

「十分すぎんだろ」


 彼らが「メアリーを出せー!」と言ってきたなら躊躇なく彼女を生贄に捧げる所存であるが、彼らはジョンを出せと言ってきた。

 これが意味するところはなんだろうか。

 まあいい、仕方ない、と、ジョンは拡声器の電源をオンにして生徒たちに向かって言った。


『えー、静粛にー!』


 ジョンがそう言うと、その生徒たちの喧騒がにわかに止んだ。

 どうやら話を聞く気はあるようだ。ジョンは続けて聞く。


『代表者は誰だー!』


 ジョンはそう大声で尋ねた。ざっと見て二・三百人は居る。

 まずはこの騒動の首謀者と話がしたかった。

 いつもならばジョンがその首謀者側に回るのだが。

 ほどなくして、その集団の中から十数名の人間が前へと出てきた。

 ジョンは朝礼台から降り、右から順番に話を聞いていく。


「自己紹介を」

「あ、はい、2年黄組、タカヒロ・ムラタです」

「オッケ、上級生な。聞くけどさ、この集団はいったいなんなん?」

「んー、俺らと同じ感じか分からないけど、平たく言っちゃえば、アンリミテッド・サークルに入りたい人たちだね」

「は? なんで?」


 ジョンは首を捻った。

 タカヒロ氏は待ってましたとばかりに説明する。


「だってさ、君たち、あの登山大会で霧の女王(ホワイトアウト)を止めたそのメンバーでしょ! 学校中で噂になってるよ!」

「マジで⁉」

「マジマジ!」


 ジョンは目を丸くした。まさかそんな噂が広まっているとは。


「いつから?」

「そりゃあもう、登山大会が終了した日からね! 君、あれだろう、世界を変えるって豪語したんだよね?」

「そ、そうだが……」


 ジョンの気持ち自体に偽りはない。その野望は今なお燃え盛っている。

 ……のだが、ジョンはそれを公に表明した覚えはなかった。

 せいぜいクラスの自己紹介で語った程度だ。

 いったいどのツテでそこまで広がったのだろうか。


「学校中がその話題で持ち切りだよ。アイツは本当に世界を変えるのかもしれないなって」

「お、おう……」


 思いがけない称賛にジョンは面食らってしまった。

 悪罵・嘲笑の類は受けれども、褒められることはほとんどないジョンである。

 どう反応したかいいか分からず、そんな生半可な返事しかできなかった。

 そして、やがてタカヒロ氏の左どなりに居た生徒、そのまた隣に居た生徒も身を乗り出し、口々にジョンを称えた。


「すっげえよお前! エリーゼを仲間にしたって噂が流れたときはそんなバカなって思って、単にエリーゼに遊ばれてるだけだろって思ったんだけど、ここまで来たらもうその実力を認めないわけにはいかないね!」

「ホントだよ! 力なんか無くたって、ここまでのことができるんだって、なんか、感動しちゃってさ!」

「入試成績123位だからって甘く見ていた! お前のやる気はすげえよ、ホント!」


 ところどころ貶されてる気がするのは気のせいでしょうか。

 ジョンは「分かった分かった!」と両手で迫りくる者どもを抑えた。これ以上来ると、彼らの命が危ない。主にレオンとエリーゼが原因で。


「つまりあれか? お前ら、登山大会での俺らの活躍に感動して、この同好会に入りたいって、そう思ったわけか?」

『そういうこと‼』


 代表者十数名は口を揃えてそう言った。リハーサルでもしたんだろうか。


「目標達成、……ってところかしらね」


 いつの間にかジョンの横に並んでいたエリーゼがそう答えた。

 彼女がすぐ近くに居ることに気付くやいなや、ジョンと会談していた代表者十数名は三歩ほど後ろに下がった。

 そんなにデーべライナーが怖いか。怖いよね。


「ジョン、そもそも登山大会に参加した目的ってなんだっけ?」

「決まってるだろ。俺らの活躍を見せつけて、会員を集めることだ」

「なら、これ、望み通りの結果でしょ?」

「そうなんだが……。こんなに集まるとは思わなかった」

「そうね、私も予想外だわ。……あんまり、いい気はしないけど」

「どういうことだよ?」

「単なる感想よ」


 そう言って、エリーゼは髪を掻き分けた。日傘に隠れる彼女の心情は窺い切れない。


「とにかく!」ジョンは再び朝礼台の上にのぼって叫んだ。『お前ら! 世界を変える気はあるかあ⁉』


 ウオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーー‼


 ……と、生徒たちは両手を挙げて叫んだ。口笛を吹いている者もいる。


「マジかよ……こんなに」


 今のこの状況は、確かにエリーゼの言う通り、ジョンが望み、実現せんとした環境であるのだが、まさかこんなにも早く揃ってしまうとは思わなかった。完全に予想外であった。


 まあいい。条件・環境はいつ揃うか分からないものだ。

 ジョンだってバカではない。いつこんな事態になってもいいように、普段から演説とかそういう感じのイメージトレーニングを欠かさず行ってきた。

 こら、そこ、イタいって言わない。

 ジョンの両手が震える。

 体は燃えるように熱く、情熱の血潮は滾っていた。


「ほれ見ろ、言った通りだ、必ず俺に付いてくる奴は出てくるってよォ!」


 ジョンは拡声器を顔の前に持っていき、そして叫ぶ。


『ようし、お前らの気持ちは伝わった! 黙って俺に付いてこい! 一緒にこの世界を変えようぜ! 準備はいいかお前らァ‼』


 ジョンの気迫の籠った叫びに、生徒たちも大声でもって答えた。

 ジョンの望む同好会の姿がいよいよ現実味を帯びてきた。

 順風満帆……かは分からないが、これから問題が起こってきたとしても、真正面からぶつかり、解決していく決意をジョンはしていた。

 それくらいできなくて、なにが会長だ、という思いだった。

 なにはともあれ、全体の様子を把握しなくてはならない。

 ジョンは代表者たちに、ここにいる全生徒をリスト化してもらおうと計画した。

 そのときだった。


「……なんの騒ぎ?」


 ――突如として、それはやってきた。


「……お前は」


 ジョンは、そう声を掛けてきた人物に覚えがあった。

 アナスタシア・ヴィクトロヴィチ・フルメヴァーラ。

 ジョンにとって憎き宿敵、本学校生徒会の書記を務める少女であった。

 煌めくような蒼い銀髪に、水晶のように薄い肌。

 その目は鋭利で、見るものを委縮させる輝きを放っている。

 パッと見ればボーっとしているような印象を受ける少女であり、実際そうかもしれないが、ジョンは知っている。実際の彼女は、深い洞察力と冷静な判断力で、常に最善手を打ってくるやり手であると。

 さすがは、会長、リクト・スドウの秘書、といったところだろうか。

 ジョンは朝礼台から降り、ナターシャの眼前まで歩み寄った。

 こんなことができるのも肝が据わったジョンだからである。

 馬鹿ともいうが。


「なんの用だ、ナターシャ」


 ぶっきらぼうにジョンは問う。

 周囲の人間は、なんて命知らずな、とその様子を見守った。


「あなたがここに居ると聞いたものだから」

「それで、どうするつもり? 事情聴取でもするのか?」

「なに言ってるの?」


 ナターシャは首を捻った。

 それが本心なのか、はたまた演技なのか。

 彼女のポーカーフェイスを見破ることはできなかった。

 ジョンは内心、(参ったな……)と頭を悩ませた。

 傍から見れば、現在の状況は異常そのものだ。

 こんなに生徒が集まり、大規模な集会を行っているとなれば、即時解散の後、ジョンに尋問が入ることになってもおかしくはない。


 まあ、これくらいは想定内だ、と、ジョンは腹をくくった。

 珍妙な現状だが、なにも悪いことをしているわけではない。単に同好会の入会志望者が殺到しただけだ。

 しかも、「登山大会での活躍を見た」というちゃんとした理由あってのことだ。

 そう簡単にきな臭さを指摘されても困る。


 ジョンは一歩も退かない姿勢でナターシャを睨んでいたが、ナターシャがジョンに対して放った言葉は、他の誰にも予想の付かぬ言葉だった。

 ナターシャは、皆の見てる前で、ジョンに対し、こう言った。


「デート……するんでしょ?」


 ………………………………………………。


『は?』


 ……と、ジョンを含む全員が、そう、口にした。

 ナターシャだけが、平然としていた。


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