「アイツを止める方法は無いのか」
「みんなー! 聞いて聞いて! 新しい魔術が完成したのー!」
「お前ら頭伏せろ! どれだけの範囲が爆発するか分からん!」
「もー、なによー、今度は失敗しないからー!」
「お前そう言って結局これで3回目じゃねえか‼ さすがに今回は俺も逃げるぞ!」
「そんなこと言わずにさー! 大丈夫これぜったいうまくいくから大丈夫ぜったい私を信じて‼」
「もうダメだ……おしまいだあ……‼」
☆
経過を説明しよう。メアリー率いるマジョリカメンバーがアンリミテッド・サークルを占拠……じゃなかった、入会してから早や一週間の月日が流れた。
メアリーたちの謹慎処分も解かれ、これでまた学業に復帰できる――と、誰もがわくわくするような心持ちでサークルの更なる興隆を期待したのだが……。
事件はそこから起こった。
メアリーは魔術の実験と称して、日夜さまざまな魔術を編み出してはジョンたちに披露している。
ジョンも当初は、そんなメアリーの健気な姿を応援するつもりでいたのだが……、そんな温かい気持ちは開始数秒で爆ぜ散った。
いや、比喩表現ではなく、本当に爆ぜた。ボッカーンって。
メアリーの魔術の腕はこの学校随一である。
さすがは、元から理論が構築されていたとはいえ、あの霧の女王を編み出した才女である。それもアレステッドの娘である証左だろうか。
それ以後も、メアリーはいくつもの魔術を考案しては魔法紙にガリガリと魔力ペンで書きこんでいった。
――だが、全部が全部成功するとは限らない。
というかマジョリカで新しい魔術を開発していた頃はだいたい失敗していた。
ジョンたちが知らなかっただけで。
メアリーは幾度もの失敗にもめげず、魔術を編み出し続けていったが、もともと魔術とは非常にデリケートな所作を要するシロモノである。少し記述を間違えただけで、たちまち不発に終わる。
いや、不発に終わるだけならまだいい。
メアリーの魔術は、なぜか知らんが暴走する。
大抵は爆発オチに終わるが、術の作成者であるメアリーはまだしも、毎回その被害に遭うジョンたちは堪ったものではない。今もこうして恐怖に震えている。
部室近くのグラウンドの一角で、メアリーの魔術を試していたのだが、当のジョンたちはそれを知らされずに来た感じだ。
モニカとレオン、そしてタケシが、恐々とその様子を見守っていた。
ちなみにエリーゼはいなかった。
どう見ても敵前逃亡です。本当にありがとうございました。
「クソッ、アイツを止める方法は無いのか⁉」
ジョンが悲痛な叫び声を上げた。
いかんせんメアリーは人々の役に立つような魔法を創ろうと燃えているから、ヘタにそれを止めるわけにもいかない。
しかし彼女をこのまま放っておくと自分たちの生命に関わる。
非常に由々しき事態だった。決して遊んでいるわけではない。ホントダヨ?
「大丈夫だって! 今度は成功するから!」
メアリーが興奮を抑えきれない様子でジョンたちを説得した。
しかしそんな簡単にメアリーのことを信じることも出来ない。ジョンは堪らず反論する。
「いや、だってお前もう魔法紙から変な煙がもくもくと上がってるじゃねえか! この状況でお前の何を信じろって言うんだよ!」
「三度目の正直って言葉知らないの⁉」
「二度あることは三度あるって言葉知らないの⁉」
ジョンとメアリーが終わりの見えない口論をする。
その間にも、机上で展開されたメアリーの魔術は止まることなくどんどん処理を開始していく。
途中で記述エラーが発生してくれればいいものの、なまじメアリーの記述能力が長けているために、そういった偶発的な不良も望めなかった。
「来てる! これは来てるよ! 今度こそ絶対成功するよ!」
「ち、ちなみに何の魔術なんですか……⁉」
せめてもと、モニカがメアリーに尋ねる。
「よくぞ聞いてくれた!」
メアリーは両腕を組み、モニカの質問に自信満々に答えた。
「大量の電気を発生させる魔法!」
「そ、それは凄い!」
モニカは一瞬その魔術に感心したが、ふと疑問を抱き、メアリーに質問した。
「と、ところで、その発生した電気をどうするんですか……?」
「ふっふーん! それはねえ! えーっと……」
メアリーは意気揚々と答える姿勢に入ったが、その口から次なる言葉が出てこなかった。
メアリーの表情から徐々に余裕がなくなっていき、しまいには頬から汗を流しつつ言った。
「……どうしよう?」
『うおおおおーーーーーーーーーーい‼』
メンバー総出で突っ込まれた。
「コイツ……、発生した電気をどこに収めるかとか変換するかとかまったく考えてなかった……!」
「え、え、え、じゃ、じゃあ、あれ、どうなるんですか⁉」
「ど、どどどどどうなるもななな、ないよ! は、はやく逃げ――」
――一瞬、ジョンたちは、煌めく閃光を見た。
そして、遅れて、ギュン! と耳を劈くような音がジョンたちの鼓膜を貫いた。
遅れて起こる、爆発。そして衝撃。メアリーの魔術が魔法紙もろとも吹き飛んだ。
グラウンドの木々が葉を鳴らし、大地が揺れ、膨大な量の電気が弾けるように霧散した。
ジョンたちはなかよく吹っ飛んだ。
「うおおおおおお⁉」
「た、たす、ぼすけっ」
悲鳴も空しく、ジョンたちの体を爆風が襲った。
致命傷にはならないまでも、かなりの風圧に、ジョンたちは体を持っていかれそうになった。
爆発が収まり、数秒後。
ジョンは周囲に危険が無いのを確認し、身を起こした。
隣でくたばっているモニカの背中が見えた。胸があるせいか、じゃっかん体が浮き上がっているように見えた。
ジョンはその背中をゆする。
「おーい、モニカー、生きてるかー?」
「生きてますか……?」
「俺に聞かれても……」
まあ、返事ができるということは一命を取り留めたということなのだろう。ジョンは安堵し、続いてレオンとタケシにも声を掛けた。
「おーい、レオン、タケシ、そっちはどうだ?」
「な、なんとか無事ッス……」
「し、死ぬかと思った……」
メアリーの魔術を何度も経験しているであろうタケシも青い顔をしている。
今回はいつもより多めに爆発していたらしい。
そんな気遣い要らない。
「で、……当のメアリーは……?」
「ここだよー……」
膝立ちで様子を伺うジョンの背後で声がした。
振り向くとそこには、おそらく爆発の影響であろう、服をところどころ焦がしたメアリーがうつぶせの姿勢からなんとか上半身を起こしていた。
「無茶しやがって……」
「死んでないです」
メアリーはいかにも不満げに体を起こした。頭を掻いて状況を把握する。
「んー、途中まではうまくいったと思ったんだけどなあ……。電気が発生した後にどこに収めるか、あるいは変換するか頭に無かったわ……。失敗失敗」
ま、とメアリーは気分を切り替える。
「失敗は成功の母っていうしね?」
メアリーはそうジョンにウィンクをしたが、対するジョンは険しい表情を緩めなかった。
ジョンはわりとぶっきらぼうではあるが、根は優しい少年である。
だからこそ、こうして怒ったような表情になるときは、さすがのメアリーも頬に汗を流した。
ジョンはメアリーを睨んだまま、軽めのゲンコツを食らわせた。
「いたっ」
メアリーはそう声を上げた。唇を尖らせながらもジョンを見る。
ジョンは鼻から息を吐いて、それから言った。
「お前な……、魔術を開発するのはいいけどよ、もう少し周りのこと考えろ」
「うー……」
メアリーはなにか反論をしようと思案したが、ジョンの言うことがまるっきり正論であったため、言葉とならずに口の中で霧散した。
さらにジョンは言う。
「お前の魔術はこれからも応援してやる。だが危険な目に遭うようなものは控えような。お前が怪我しちゃ元も子もねえだろ」
「……」
……その言葉を受け、メアリーは、先ほどまでのモヤモヤとした気持ちが、俄かに晴れるのを感じた。
「……えへへ」
「なに笑ってやがる」
説教をしたはずなのに、かえって笑顔になったメアリーを見て、ジョンは目を丸くした。
メアリーは上目づかいに言う。
「……そう言って怒ってくれる人、いなかったからさ、ちょっと新鮮」
「無神経で悪かったな」
「あんたはそういうキャラでしょ。それに、本当に嫌なところまでは踏み込まないし」
「どうだかね」
よっ、とジョンは立ち上がり、それからメアリーに手を差し伸べた。
メアリーはその手を掴み、倣って立ち上がる。
その様子を見ていたレオンとタケシ、それとモニカは、三人とも複雑な心境を語っていた。
「いやあ……、青春だなあ。……ちょっと寂しいけど」
「て、手なんか繋いじゃって……! べ、別に羨ましくな、なんかね、ねねねえけど……」
「なんでメアリーさんあんなにナチュラルに繋げるのかしら……。私なんか決死の思いだったのに……」
モニカはわずかに頬を膨らませた。メアリーに嫉妬しているのだろうか。
いやあ、青春ですねえ。
「ところでさ」メアリーはジョンに問う。「このサークル、わりかし有名になってるんだって。知ってた?」
「えーそれどこ情報ー? それどこ情報よー?」
「なーんかクラスの方で噂になってるらしいよ。そりゃねー、私の最強魔術、霧の女王を打倒したとなりゃあ、有名になるのも無理からぬ話よねー!」
「こいつぜんぜん反省してねえな」
ジョンは呆れた調子で肩を竦めた。
まるでジョンとメアリーが魔法で鎬を削ったような会話だが、その実はメアリーの蛮行を必死に食い止めた感じである。
こいつ自らの悪行を美化しようとしてますよ。
ジョンは「んっ」と伸びをして、大きく息を吐いた。衣服に付いた土ぼこりを掃い、腰に手を当てて言う。
「さあて、新型魔術も失敗に終わったことだし、部室戻るかあ」
「さらっとディスってんじゃないわよ。はーあ、結果は散々だしジョンはうざいし、コンビニで焼けプリンでも買いますかねえ」
「俺ティラミスで」
「紅茶ジュレ頼むッス」
「私はチョコケーキで」
「い、いちごパフェで……!」
「なにお前らしれっと私をパシってんの⁉ しかも地味に高いやつ!」
メアリーがコンビニ行く宣言をしたのをいいことに次々と注文をするアンリミテッド・サークルメンバーたち。
日々の教育の賜物である。
「……ん」
ふと、自分のバングルに通信が入ったことに気付いたジョンは、バングルを起動し、通信に応じた。
相手はエリーゼだった。ジョンは軽口を叩く。
「おーう、エリーゼ、敵前逃亡は楽しかったか?」
どう考えても、メアリーの魔術が失敗することを恐れて逃げたとしか思えないエリーゼの行動。
まあ適切といえば適切なのだが。
ジョンは飄々(ひょうひょう)とした態度でエリーゼに問うたが、返ってきたのは以外にも切迫した回答だった。
『……ねえ、ジョン、あんた、なんかやらかした?』
「はあ?」ジョンは聞き返す。「なんかって、なにを?」
『恍けてんじゃないわよ。部室の前が大変なことになってるわよ?』
「は? なんで」
ジョンは首を捻った。
エリーゼの言っている意味、それ自体は分かるのだが、心当たりがなかったからだ。
いや、あるにはあるのかもしれないが、それにしたってなぜこのタイミングで、との疑問が浮かぶ。
とりあえず、とジョンは思いついたことを述べていく。
「マジョリカのメンバーを受け入れたことに文句言ってるのか? まあ霧の女王に恨みを持っている奴なんざそこらじゅうに居るだろうしなあ。なにせ大会ぶっ潰しちまったんだし」
「蒸し返さないでよ……。反省してるんだから」
メアリーが顔を暗くして俯いた。本当に悪く思っているらしい。
ジョンは一週間前に開催された登山大会のことを思い返した。
タケシの自白と現場の証拠で、犯人がマジョリカであることはすぐに知れ渡ったのだ。
それゆえに、マジョリカの怒りの矛先がアンリミテッド・サークルに向いてしまっている……という話なら納得できる。
それならそれで話を聞くなり議論するなりしようというものだ。
『まあ……、確かにそれが大きな理由ではあるだろうけれど。現状はむしろ逆ね』
「逆? 怨嗟じゃなくてむしろ逆って……、歓迎されてるってこと?」
「マジョリカが歓迎されてるってこと?」
メアリーがバングル越しにエリーゼに問いかけるが、それすらも違うと否定する。
『とにかく来て頂戴。実際に見たほうが早いわ』
 




