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「今さら、そんな大切なことに気づくなんて」

「……?」


 メアリー・ギブソンは、霧の女王(ホワイトアウト)の僅かな変化を感じ取っていた。

 何かが、おかしい。その気配を察したが、具体的にどうなっているかまでは、さすがのメアリーも判別がつかなかった。


 ――なんだか、弱くなってない?


 ……そう、霧の女王(ホワイトアウト)の勢いが、微細ながらも落ちているように感じるのだ。

 氷龍ガストの製造効率や、雪の噴出量などが、発動したときと比べて、ほんの少しだが、少なくなっているように感じる。


「……まさか……」


 危険を察したメアリーは、ダメ元でタケシに連絡を取る。通信を繋ぐと、タケシはそれに応答した。


『め……、めめメアリー!? なんで、いったい……!』

「あーもう、あんたに頼らなきゃいけない日が来るとはね……!」

『のっけから憎まれ口叩いてなんだよ……!』


 タケシは不満げに息を吐いた。メアリーは「あーもう!」と髪を掻く。


「単刀直入に訊くわよ! あんた、霧の女王(ホワイトアウト)に変なことしてないでしょうねえ!?」

『へ、へへへ変なこ、ここことってどどどどどういうこと!?』

「なに動揺してんのよ! やっぱり何かやらかしてるんだ! そうなんでしょ!?」

『べ、べべべべつつつつに、そそそそんなことやる……うえッゲホッ』

「……大丈夫?」


 あまりの撹拌に、タケシは噎せたようだった。さすがのメアリーも容態を心配した。


『べ、ほ、本当に……なにもやってないって……!』

「ホント? タケシ、嘘つくとあとで酷いわよ?」

『い、いやいやいや! マジだって! マジ! ね!? 僕を信じてホント! なにもやってないって!!』

「っかしーわねー。その割には霧の女王(ホワイトアウト)の様子に違和感があるんだけど。タケシがなにかしてないってんなら他にどんな原因が……?

 ……タケシ! ホントあんた何もやってないの……?」

『だから言ってるだろ! なにもやってないって!!


 周囲のゲートの魔法陣を解除する以外は!!』


「ふーん……」


 メアリーはタケシの言葉を口を尖らせつつも聞いていたが、わずかなタイムラグの後、


「…………………………………………え?」


 ……と、タケシの現在行っていることの重大性に気づいた。


「そ……そ……そ……!」


 ショック過ぎて、狼狽を隠せないメアリー。メアリーは混乱しているのと違わぬ精神状態でタケシを罵倒した。


「それが一番重要じゃないのよーーーーーーー!!」


 ――メアリーの言葉は、タケシに届いたが、しかし、返答することはなかった。



「タケシ! やっぱりお前の言った通りだな!」


 タクミが意気よくタケシの背中を叩いた。リクトもタケシを称賛する。


「ゲートの魔術を解除するための方法をよく知っていたな、タケシ!」

「ま、まままま、き、聞かされてましたからね、メアリーに……!」


 仮にも魔術サークルに入会しているタケシである。メアリーの言った「ゲートの魔術の解除方法」はタケシにも理解できていたようだ。タケシはリクトに告げる。


「こ、これであ、あの霧の女王(ホワイトアウト)の勢いは多少はよ、弱まるはず、です……! こ、根本的な解決にはなりませんが……!」

「それで構わん」リクトは冷静に答えた。「今は被害を最小限に食い止めることが最優先だ。その後で霧の女王(ホワイトアウト)を止める方法を模索すれば良い話であろう」

「そ、そそそ、そうですね!」


 タケシは内心心臓をバクバクと跳ね返らせながらも頷いた。

 あとでメアリーになんと言われるか。――いや、そもそも魔術サークル自体が存続できるかどうか、それすら怪しかった。


 ――それでも。

 ――それでも、タケシは、この霧の女王(ホワイトアウト)をこのままのさばらせておくわけにはいかなかった。


 それほどまでに、恐ろしい魔術だったから。

 だからこそ、霧の女王(ホワイトアウト)に吹き飛ばされた先で遭遇した生徒会に、助力する決意をしたのであった。

 それが、あのボンクラ会長、ジョン・アークライトとの約束でもあったから。

 この物語の主役にはなれそうにないが、与えられた自分の役割くらいは全うしよう。タケシはそう心に決めていた。


「それに、コイツのおかげで、ゲートが移動したカラクリも解けた!」


 タクミは揚々と叫ぶ。リクトもしたり顔で頷いた。


「中央のゲートから、演習場に広がる塔に魔法陣を飛ばし、地面ごとすくい上げ持ち上げる……。

 ゲートの位置座標が固定であるのと、ゲート自体が大量の魔力を有しているからこそ可能な術だな」

「これが城とかビルとかだったら分からねえがな! 塔ならギリギリ持ち運べる!」


 リクトの予想は当たっていた。塔それ自身が、自身の持つ魔力を使い、メアリーの魔術で浮き上がらせたのだ。

 こうなってしまえば、あとは早い。

 リクトは威勢をあげる。


「なんとしても、霧の女王(ホワイトアウト)を止める!」

「当たり前だろう!」タケシの独り言のような決心に、リクトが答えた。「私を誰だと思っている! 誇り高きクロフォードの生徒会長、リクト・スドウだぞ!!」

「私も忘れないでね」ナターシャがリクトとタケシを見て言う。「氷雪の鎖縛(アイスエイジ)の二つ名を持つ、アナスタシア・ヴィクトロヴィチ・フルメヴァーラ、私も居るんだから」

「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜえ!」タクミもそれに乗っかる。「俺だってこの事件解決に全力を注いでんだ! 生徒会会計、タクミ・エンドウの本領発揮だぜ!」

「みんな……!」


 タケシは感涙した。これだけのメンバーが居れば、霧の女王(ホワイトアウト)を確実に止めることができる。そう確信した。



「バーーーーカ! お前ら! バカバカバカ! バカばっかり!!」


 メアリーは霧の女王(ホワイトアウト)内で地団駄を踏んだ。


「なんだよみんなして! そこは褒めるところだろ! こんなにも魔術は凄いのかって感心するとこだろ! だったら俺も魔術を勉強してみようって、そう考えるところだろ!

 なんでみんなして、……みんなしてええええええええ!!」


 メアリーは激しい怒りのぶつける場所に悩んだ。このやり切れないほどの憤怒の情をどこへ送ればいい? なにに当ればいい? 分からない。

 分からない。分からない。分からない。

 どうすればいいのか、なんにも分からない。


「チクショウなんだよ! もういいよ!」


 メアリーはヤケクソ気味に叫ぶ。本当はここまでするつもりは無かったが、気が変わった。


「全部お前らが悪いんだからな! 私はもう知らないから!」


 言うやいなや、メアリーは魔法陣が張り巡らされた倉庫から飛び出した。倉庫に魔術で封のような鍵を閉め、霧の女王(ホワイトアウト)の内部を上へと飛んでいく。

 魔女の家系に生まれたメアリーは、魔法で空を飛ぶ才能に優れていた。他の人間を運べるほどには出力が安定していないが、自分1人が飛ぶ程度ならお手の物だ。

 箒に跨り、霧の女王(ホワイトアウト)の頂上を目指す。程なくして、霧の女王(ホワイトアウト)の、女王の姿を模した頭頂の往還部分まで辿り着いた。メアリーはそこで箒から降り、フィールド内を一望する。

 ホワイトアウトと呼ばれる現象が起きていて、ほとんど遠くは見渡せないが、うっすらと通過地点(チェックポイント)であるゲートの影は見つけることができた。

 あのゲートのうちのどれか一つは、恐らく機能停止に陥ってしまっている。


 ――せっかく、この霧の女王(ホワイトアウト)から魔法陣を飛ばして、巨大な魔法陣へと仕立て上げたのに!


「悪いのはお前らだ……!」


 メアリーは犬歯を剥きだしにして吠える。


「人の気も考えず、ただただ見下して! 私のことなんかなんにも――」


 ……と、ふとそこで、メアリーはバングルに通信が入っていることに気づいた。


 ――マオから、だった。


 途端、メアリーの顔が明るくなった。マオはメアリーの魔術に理解を示してくれる数少ない同志だ。

 メアリーは、まだ通信もしていないのに、励まされた気分になった。

 すぐさま応答するメアリー。マオからの通信が魔法により直接鼓膜に響く。


『……メアリー?』


 マオの声は、いくらか不安げだった。……まあ、タケシが霧の女王(ホワイトアウト)に帰って来た段階で、特別吉報は期待していなかった。

 マオもアンリミテッド・サークルの奴らに負けてしまったのだろう。


 ――そんなの、どうだっていい。

 ――この魔術に理解を示してくれれば。


 そして。

 その思いは、瞬く間に、崩れ去ることとなる。


『……ねえ、もうやめよう?』


 ……マオは、そう言った。メアリーの心が固まった。

 メアリーは放心状態に陥りそうになったが、気絶するのを堪え、震える声でマオに問う。


「……ねえ、なに言ってんのよ……。やめよう、って……。霧の女王(ホワイトアウト)をやめようってこと……?」

『……』


 マオは、いくらかの逡巡を見せたが、その後、はっきりと頷き、告げた。


『……そうだよ。霧の女王(ホワイトアウト)なんて悪い魔法、もう終わりにしよう』

「!!……」


 メアリーは、胸が締め付けれられていくのを感じた。


 ――なんだよ、みんなして。


 なんで、なんで、なんで……!

 メアリーの唇が、赤く染まっていく。泣きたい衝動を堪え、必死に噛んでいるからだ。


 ――そして、更に。


『……聞こえる? メアリー』


 ――エリーゼの声が、聞こえた。


 なんで、とメアリーは気が動転する。どうして彼女がマオと一緒に居るのか。

 ひょっとして、マオはエリーゼに脅されて、霧の女王(ホワイトアウト)を止めようなどと言い出したのか。

 だとしたら、許せない。あるまじき暴虐だ。

 しかしエリーゼの声は、どこか申し訳なさを含んだものだった。

 そして、彼女の口から、予想だにしなかった言葉が飛び出す。


『……ごめんなさい』


 ……そう、エリーゼは謝った。

 メアリーは、思わず、「へっ?」と拍子の抜けた声を出した。エリーゼはメアリーへ謝罪の言葉を述べた。


『……ごめんね、メアリー。覚えてるわよね、貴方、私があの魔法学の授業で、魔術をさんざん馬鹿にしたこと……』

「……そん、な……」


 ――覚えてるも、なにも。


 あのことがあったから、メアリーは、いっそう、霧の女王(ホワイトアウト)の開発に勤しんだのだ。

 忘れるわけがない。

 忘れることなんてできない。


『……あのときの私は、変なことにムキになって……。貴方の気持ちを考えず、屁理屈を並べ立て、魔術をこき下ろした……。……でもね、後になって、それが間違いであることに気づいたの。本当に馬鹿よね、こんなの。今さら、そんな大切なことに気づくなんて……』

「……」


 ……メアリーは、うまく言葉が出せなかった。


 ――なんだよ、なんで今さら、そんなことを言うんだよ。


『メアリー、貴方の魔術を大切にし、復興を願う気持ちは分かったわ。だからこそ、霧の女王(ホワイトアウト)を発動した。それも分かる』


 ――でも。


『これは、間違ってるわ。霧の女王(ホワイトアウト)なんて、こんな……発動しちゃいけない代物なのよ。

 だから、お願い。あのときのことは精一杯謝罪する。だから、ね、メアリー。もうやめましょう。


 お願い。霧の女王(ホワイトアウト)を止めて。


 もう……終わりにしましょう』

「……」


 メアリーは、どうすることもできなかった。


 ――なんだよ。

 ――みんなみんな、揃いも揃って、都合のいいことばっか言ってんじゃねえよ。


「そんなこと……言ったって……!」


 メアリーは途方に暮れる。私にどうしろというのだ、と、深い悲嘆に陥った。

 メアリーは何も言わずに、マオとの通信を打ち切った。それから、空を見上げる。


「……ホント、何なんだよ……」


 ……そう、口にした、その瞬間。

 メアリーの両目に、予想外のモノが映った。


「……あれは……。


 ……龍?」


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