「逃げてばかりでは、進みませんから」
「……やったのか、アイツが」
モニカの話を聞き終えたアレステッドが、確認をとるように呟いた。モニカは頷く。
「メアリーさんのご友人から伺ったので間違いないです」毅然として言い放つ。「貴方の種が花開いたのですよ。臨んだ形かどうかは知りませんが」
「……」
アレステッドは口元に指を当てた。何を思案しているのだろうか。
「……それで、俺にどうしろと?」
アレステッドは問う。この牢獄にぶち込まれている状態でどのような対策を講じればいいのか、そう尋ねた。
ジョンはそこに、ある種の諦念にも似た傲慢さを感じた。
自分には関係ない、という無責任な姿勢ではない。
だが、かといって、助力する義理も無い。そんな態度。
モニカは、先ほどまでの気弱な殻を脱ぎ去ったかのように、毅然とした態度でアレステッドに詰め寄る。
「霧の女王を止める方法を教えなさい、アレステッド」
「誰に向かって口を聞いている、小娘」
アレステッドはモニカを睨んだ。モニカはたじろがない。
「世紀の大空賊、悪逆のアレステッド、あなたに物申しているのです。聞こえませんか」
「えらく強気だなァ、嬢ちゃん。死ぬことはないからと調子に乗っているな?」
「ええ、そうですね、多少の安心はあります。
ですが、……それだけで、果たしてここまで攻撃的になれるとお思いですか?」
「はっ、面白い」
アレステッドはカカッと笑った。
檻の中にその身を投げ込まれてもなお、その闘志は潰えぬようであった。さすがはアレステッド、といったところか。
もっとも、誰も、称賛の言葉など、口にしなかったが。
「まァ、確かにそうだなあ」アレステッドは、まるで面白いものを見つけた風に嘲る。「勇敢なのか、あるいは馬鹿なのか」
「どちらもジョンさんには及びませんよ」
「なんかさらっと馬鹿にされた気がした」
「馬鹿と天才は紙一重と言うではありませんか」
モニカはくすくすと笑った。アンリミテッド・サークルに居ると皮肉の技が自然と身に付くのだろうか。まったく教育によろしくないですね。
……しかしそこに、ジョンを嘲笑するようなニュアンスは感じなかった。
「皆は馬鹿だと嗤いますが、私は天才だって信じてますから」
「……ああ、そうかい」
不意打ちのように褒められて、ジョンは不貞腐れたように顔を背けた。
アレステッドはモニカの変わりようにいささか驚いたようだ。
「……もう、親の死を忘れたのか、はたまた乗り越えたのか」
似ているようで、決定的に違う二つの言葉。しかしモニカは、そのどちらにも首を振った。
「……忘れてはいませんし、乗り越えてもいません。……ですが、向き合わなければいけない現実というものがあるのです。逃げてばかりでは、進みませんから」
モニカの目は、まっすぐとアレステッドに向いていた。
本来であれば、その姿を見るだけで、泣き崩れたり、あるいは瞋恚を露わにしてもいいはずなのに。
モニカは、努めて冷静だった。
――冷静さを努めていた。
「貴方なら分かるでしょう、霧の女王の止め方が。それを訊いているのです、アレステッド」
「……フン」
アレステッドは鼻を鳴らした。
だが、同時に、そこに拒否を示すような色も感じなかった。
「……本当に、メアリーが発動させたのか、霧の女王を?」
「彼女自身が言っていたことですし、現在、フィールド内で起こっていることを見れば一目瞭然でしょう。貴方が家に遺した魔術書から、必死に魔方陣を組み上げたのです」
「……いつかはやるとは思っていたが……、こんなにも早く……。まだ、善悪の区別も付かないこの時期に」
「それくらいは付くだろ」ジョンが口を挟んだ。「お前のためだよ、アレステッド。お前を想う気持ちが、メアリーにそうさせたんだ」
「……まったく、とんだ豚児だ」
……そう、メアリーを評するアレステッドの顔は、紛れもなく、父のそれだった。
「モニカ」アレステッドは問う。「怖くないのか、この俺が?」
モニカは、ふと悲しげな表情を見せた。
こうしてアレステッドと向き合っているのも、精神的にかなりの無理をしてのことなのかもしれない。
モニカは、素直な心情を語る。
「……怖いですよ。怖いし、近づきたくないし、顔も見たくないです。声も聞きたくないし、その名すら、一生耳にしないで生きていたいです」
「そのお前が、よくもまあ俺に助力を願ったもんだ」
アレステッドは、――それが本心であるか定かではないが――感心したように頷いた。それだけ、モニカのこの態度はアレステッドにとって意外だったのだろう。
「――それでも、頼まなくちゃいけないときだって、あるんです」
「……」
モニカは語る。胸中にどれだけの思いが渦巻いているのか、ジョンには計り知れなかったが、両手をギュッと握りしめ、唇を噛むような仕草をしているところをみると、やはり、未だにアレステッドを前にするのは厳しいことなのだろう。
――だからって。
――逃げたところで、それがなんになる。
「私の両親を殺した、憎き宿敵、アレステッド。私はあなたに願います。なんなら頭を下げましょう。霧の女王を止めてください」
「――そうまでして、霧の女王を止めたい理由は?」
アレステッドはモニカに問うた。
「考えてもみろ、お前には霧の女王を止める必然性がないだろう。あんなの、プロの魔法使いに任せておけばいいのだ。下手したら俺に借りを作ることになるぞ?」
「……ええ、そうですね」
アレステッドの論理は納得のいくものだった。
モニカだって、こんな屈辱的なこと、避けられるのであれば避けたいだろう。
だが、それでも。
モニカの姿勢は変わらない。
「あなたは私に、罪責がある」
モニカは言う。
「私の心に、罪跡がある」
詰め寄るように言う。
「その罪は、罰か、あるいは奉仕で償うべきだ」
その罪科の所在は。
「貴方に親を殺された私には、それを責める権利がある」
――それに。
「私には義理があるのですよ、アレステッド。この学校に、この同好会に、そして……、ジョン・アークライトに。親殺しの罪の一部を帳消しにしてでも、守りたい場所があるのですよ。ジョンやエリーゼ、レオンに会わなければ、今の私は無いのだから。そして……、世界を変えるこの同好会に、私は名を連ねることができないのだから」
――モニカの覚悟は、本物だった。
だからこそ、モニカは、厳然と言い放つ。
「お前に親を殺された、ヴァルネアの魔法使い!」
自らを契約の証として、捧ぐ。
「モニカ・エイデシュテットが命じる!
霧の女王の阻止に、協力しろッ!!」
「いいだろう!」
アレステッドは力強く頷き、そして立ち上がった。その狂喜の笑みには、燃え上がるような志気が滲み出ていた。
「愉快だ! 愉快だぞモニカ・エイデシュテット! その心意気、気に入った! 天晴だ!
よかろう、ならば我が身を使うといい! 薄汚れたこの罪人を、お前の夢への踏み台にするといい! 我が愛すべき愚かな娘の悪戯を阻む、その手伝いをしてやる!
モニカ・エイデシュテット! 今日この場に於いて、俺は貴様の手であり足だ! なに、戸惑うことも躊躇うこともない! 心して利用するがいいわ!!」
アレステッドは快活に笑った。呵々大笑した。その迫力には、さすがのジョンも若干引いた。それから、ハッと笑った。
「ったく、面白えオッサンだなァ!」
「まだまだ若いモンには負けんよ!」
威勢よくアレステッドは返答する。それからジョンに尋ねる。
「小僧、魔法紙は持っているか?」
「あ?」ジョンはポケットから、くしゃくしゃになった魔法紙を取り出した。「こんなもんでいいか?」
アレステッドは満足げに頷いた。ようは文字が書ければいいのだ。破れていたりしなければ多少の傷は気にしない。
「今から俺が、この牢の錠を解く魔方陣を教えてやる。聞き漏らすなよ?」




