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「そんな境遇、無いのが一番だよ」

「ナターシャ! そっちの状況は!?」


 リクトがナターシャに通信で尋ねた。

 ナターシャは迫りくる龍の群れに苦戦を強いられていた。


『……酷いね。一匹一匹は大したことないんだけど、3匹も4匹も連帯で来られると、さすがの私も対処に困る、かな……』

「持ちこたえてくれ。他の大会参加者は全滅に近い状況だ。監視員も次々と龍に倒されてしまっている。なにぶん数が多すぎる」

「全く、無尽蔵にどんどん沸いてきやがんだもんなァ! キリがねえぜ、会長!」

「……ゲートに魔力を溜めすぎたのが仇となったか……!」


 リクトが歯噛みした。自分たちの戦力を逆手に取られるのはリクトの嫌うところである。


「アンリミテッド・サークルの面々はまだ帰ってきてないのか?」

『しぶとく生き残ってるみたいだね……。幸か不幸かってところだけど』

「フィールド内には残っているのか……。いったい何をしているのか」


 そう考察している間にも、氷龍(ガスト)は次々とリクトたちへ襲ってくる。

 四方八方から来るその一つ一つの攻撃に、リクトは冷静に対処していく。

 大量の雪と、氷龍の猛攻で、思うように目的の場所、第4ゲートへ進めない。

 他の監視員も、それぞれのゲートへ向かい、魔法陣を止めるために奮闘しているが、まだいい報告は聞けていない。


「ったく、こんなんじゃいつまで経っても中央に辿りつけねえよ!」

「弱音を吐くな、タクミ。必ず突破口はあるはずだ」


 ……とはいうものの、リクトも現在の戦況にいささか窮していた。

 なにか、戦況を変える一手は無いか、と模索する。

 他人の手を借りるのは癪だが、現在は急を要する事態であり、また量が量であるため、ハッキリ言って劣勢であった。


「まったく、世話を焼かせる……!」


 仕方ない、とばかりに、リクトは右手に携える刀剣に魔力を込めた。

 本来であれば、ペース配分を考え量を抑えるのだが、このまま戦っていたってジリ貧だ。四の五の言っている暇はない。


「私はリクト・スドウだぞ! こんなところで立ち止まっている暇は無いのだ!」


 リクトの剣に、バチバチと電撃による火花が散った。純白の迅雷(ライトニング・ボルト)の本領発揮といったところか。


「往くぞ金剛! 強行突破だ!」

「やるねえ、会長!」


 タクミもリクトの気魄に呼応する。自身の魔導装甲に魔力を込めた。

 トップギアまでは行かないまでも、この後の戦いがきつくなるのを覚悟で力をふるう。


「俺も負けてらんねえなァ! 出番だぜ、矢矧! 女を口説くだけがタクミじゃねえんだ! いっちょ暴れてやんよォ!」


 リクトとタクミが強行突破の姿勢を取る。二人の実力者が龍の大群へ駆けた。



「邪魔するぜ!」


 ドン、とジョンは刑務所の門を開いた。

 黒塗りの長方形の屋敷で、地下へと監獄が続く構造となっている。

 入り口(エントランス)となる玄関ホールはある程度明るかったが、それでも、一般的な公民館と比べると、だいぶ照明が絞られていた。


「お、お邪魔します……」


 ジョンに続いて、後ろでモニカが挨拶した。しかし、それに答える者はホール内には居なかった。

 受付も、事務室に居るのか、ホールの中には見当たらなかった。

 こんな刑務所にアポなしで来る人間はそういないだろうから、仕方ないといえば仕方ないが――、凶悪犯が収監される刑務所だ、不用心と思われても詮方ないだろう。


 ――いや、居た。

 ――正確には、受付ではなかったが。


「おいおい、マジかよ、生徒の魔術が暴走したって?」

「暴走かどうかは分からない。ただ、とんでもなく面倒な事態になってるみたいだ」

「プロの魔法使いでも手こずるとか、俺たちに太刀打ちできるのかァ?」

「フィールドではあのリクトも動いている。俺たちが行かないわけにはいくまい」

「ったく、厄介なことを」


 口々にそう言ってブラックウィングの廊下を走っていく、十名弱の職員たち。

 きっと、霧の女王(ホワイトアウト)の収拾に駆り出されたのであろう。

 それほどまでに、人員が不足しているということか。

 職員たちはわき目もふらずに玄関を抜け外へと飛び出していく。

 元々暗いホールだからか、ジョンたちの存在に気づくことはなかった。

 ジョンは職員たちに声を掛けようか迷ったが、止めた。どうせ自分たちの存在を知らせたところで、この刑務所からつまみ出されるのがオチだろうと思ったからだ。

 隠し事はジョンの臨むところではないが、今は事が事だ。後で大目玉を食らうのを覚悟で、牢獄内に忍び込むことにした。


「いいんですか、黙って入って?」

「よくねえよ。後でしこたま怒られるから覚悟しとけな」

「……分かりました」


 モニカは嫌な顔をせずに、むしろ腹を括ったように頷いた。そうでもしなければ、アレステッドに会うことは出来ないと悟ったようだ。この事態を収拾するための緊急手段だ、と。

 ジョンとモニカは、意を決して、ブラックウィングの中を歩いて行った。


「アレステッドはどこに居るんだろうな?」ジョンはモニカに問う。「なんか、感じないか?」

「アレステッドの魔力ですか? おぼろげながら、そんな気配を感じます。第何階層にいるかくらいなら掴めるかもしれません」

「こんな場所に閉じ込められてたんじゃ、魔力もだいぶ弱ってそうだけどな」


 ジョンとモニカは、階段を降り、下の階へと下って行った。

 一階下に行く度に、酸っぱいような臭気がだんだんと濃くなっていった。ジョンはそういった匂いに慣れていたようだが、モニカは徐々に顔を曇らせていった。


「……変な匂い」

「風呂も入ってないんだろ? 我慢だ我慢」

「ジョンさんは平気なんですか、このにおい?」

「まーな。俺、炭鉱育ちだからさ、何日もシャワーすら浴びてないオッサンと一緒に洞窟を掘るのとか、普通だったし」

「凄いですね……尊敬しちゃいます」

「そんな境遇、無いのが一番だよ」


 取りとめのない会話をしつつも階段を下っていく。

 4階層ほど降りたところで、モニカが何かを察したようだった。


「……ジョンさん」


 モニカが、更に下へと下ろうとするジョンの手を掴んだ。ジョンの左手の温かさがモニカへと伝わる。

 モニカは顔を赤くしながらも、努めて冷静にジョンに告げた。


「向こうから、アレステッドの気配がします。私が捕えられていたときと……似た魔力が」


 モニカに言われ、ジョンは地下4階の廊下の奥を見た。

 様々な禍々しい魔力が入り乱れており、正直、ジョンにはアレステッドの魔力というものの気配が掴めなかった。……だが、魔法使いの家系であるモニカが言うことは、それなりの説得力があった。


「……まあ、どっちにしろしらみ潰しだしな。居なかったら居なかったで」


 モニカはこくりと頷いた。ジョンの言葉に不快にならなかったのは、単純に、自身の感覚に確証が持てなかったからであろう。

 ジョンはある種無遠慮に監獄の廊下を歩いて行った。

 鉄格子の向こうには、過去に重大な悪事を働いたであろう極悪人が、死んだように壁にもたれかかっていた。もうどれだけそのような状態であるのだろうか。

 テラスの国は、例え犯罪を犯した人間であっても、それなりの人権を保障するようにしており、刑務所も比較的人間らしい生活が送られるような設備が整っている。

 だからこそ、この監獄の異質さ、罪人の恐ろしさが分かるというものだ。


 ジョンとモニカ、二人の人間の気を察したからか、牢獄のあちこちから、呻き声やすすり泣く声が聞こえた。

 ある者は許しを請い、あるものは鉄格子をガンガンと揺さぶっていた。辺りは暗がりに染まっており、それが更に不安感を煽った。

 その雰囲気に心細さを覚えたのか、モニカはジョンの手だけでなく、腕にまで抱き付くように、自らの身体を絡ませた。


「……怖いのか、モニカ」


 ジョンは問う。モニカは視線を落としながらも小さく頷いた。

 そして、5分ほど歩いた頃。モニカは不意に足を止めた。必然的に、ジョンも引っ張られるように立ち止まった。


「……あそこです」モニカはある一つの監獄を指差した。「……あそこに、アレステッドが居ます」


 モニカの指差した先。鉄格子の扉の奥に、更に鉄格子がある、――つまりは二重の鉄格子の向こう側に、赤い髪をした男が壁に背中を預けていた。


 ――思えば確かに、メアリーと髪の色が同じだ。


 その男は、モニカの声に気づくと、ゆっくりと顔を上げた。


「――てめえは……」


 男が口を開いた。ジョンもモニカも、その声には聞き覚えがあった。

 アレステッド・ブロウ。

 世紀の大空賊が、眼前に居た。

 その翼はもがれ、今は地下に堕ちていたが。


「モニカ――、それにその赤髪は……」


 どうやら、二人の姿が見えたらしい。ジョンは威勢よく挨拶する。


「俺はジョン・アークライト。アンリミテッド・サークルの会長だ。よろしくな」

「……何の用だ?」


 アレステッドは、皮肉も愚痴もなく、率直に要件を聞いた。

 事態は一刻を争うので、その方針にはジョンも賛成だった。

 モニカは、答える。先ほどまでの恐怖も、アレステッドという宿敵を前にして、自らを奮い立たせたためか、かえって和らいだようだ。


「単刀直入に言います」


 モニカは、親の仇、許し難き宿敵を前に、堂々と言い放った。


「力を貸しなさい、アレステッド」


 ――そう、モニカは、いつものふわふわとした雰囲気を微塵にも感じさせない凛とした調子で、アレステッドに告げた。


 当然、アレステッドは不快な気を露わにする。


「……なんのマネだ?」


 ふてぶてしい態度をとる、元、空賊の頭領。

 犯罪者に、力を借りるなど。それが貴様らの正義なのか。

 アレステッドはそう言いたげだったが、モニカたちにも、その手段を採るだけの理由があるのだ。

 アレステッドの責任も、少なからずあるのだから。


「貴方の娘さんが、人に迷惑を掛けています」


 モニカの口にした、「娘」という言葉に、アレステッドは反応した。動揺――とまではいかないものの、半ば闇に紛れているアレステッドの影が、目に見える形で揺らいだ。


「メアリーのことか。アイツがいったい――」

霧の女王(ホワイトアウト)を知っていますね?」


 間髪入れずにモニカは言葉を差し込んだ。

 今度はさすがのアレステッドも多少ではあるが狼狽したようだった。その口調に、僅かな揺らぎが見え隠れする。


霧の女王(ホワイトアウト)……? メアリーが完成させたのか?」

「ええ、そうです」モニカは首肯する。「貴方の作った魔術でしょう?」

「そう、だが……」


 アレステッドは口元に指を当てた。

 到底信じられない、といった調子だ。それだけ難解な魔術なのであろう。

 理論を構築したとはいえ、その実現には膨大な魔術の知識が必要だ。素人が読んだところで、建造物を構築する段階で匙を投げてしまう。ましてや完成させるなど、生半可な覚悟では遂げられない。

 数日前に、ジョンたちにモニカ強奪を邪魔されたときとは別の緊張感がアレステッドに纏わり付く。

 やや間を置いたのち、アレステッドはモニカに求めた。


「話を聞かせてくれないか」


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