「貴方は先に行って」
「ホラホラホラホラホラァ!」
「ぐッ……!」
マオの猛攻に、ジョンはたじろいでいた。
マオの武器は、両足の靴に内蔵された、収納式のブレードだ。曲線を描くようなT字型の形状をしたその刃が、マオの足蹴と共に向かってくる。
一発一発の攻撃力がそれなりにあるうえ、ブレードの周りに流れている魔力が、さらにその威力を増大させていた。リーチはやや短いが、その分を手数で大きくカバーしていた。
更に厄介なことに、マオはとても身軽であり、ジョンの攻撃はなかなか思うように通らなかった。剣を振りかざし、下ろす、という一連の動作の間に、二つの行動を挟まれる、といった感じだ。
――マズイな、天敵かもしれない。
ただでさえ戦闘力の低いジョンだが、マオと自身の相性の悪さが露骨に加わり、なかなか形成をひっくり返すことができなかった。
近接戦闘用の魔法である爆炎を使おうにも、軽々避けられてしまう。大体、何度も使えるほど魔力の消費量も優しくない。
さて、どうするか。
割と真面目に詰んでる気がするぞ。
「くっそおおおおおお!!」
ジョンは、自身の気持ちを鼓舞するために、雄たけびを上げた。
自身の弱さがなんだ。
相性の悪さがなんだ。
気合で乗り切るんだ。
それが男ってもんだ。
「俺はジョン・アークライト! こんな逆境簡単に――」
「遅い!」
ガキン! とジョンの剣とマオの右足のブレードが衝突した。間一髪だった。武器の攻撃力自体はジョンの方が優っているため、そのままマオを跳ね返すことに成功するが、依然として状況は劣勢だった。
ジョンは体制を立て直しつつマオに軽口を飛ばす。
「ンだテメエ……。人が喋ってんのに割り込んでくるなって教わらなかったか……?」
「ふーんだ、男なら拳で語れえ! 君の拳はその剣でしょ。グダグダ抜かしてんじゃないよ!」
「ったく、ぐうの音も出ねえなア!」
「まだまだいくよッ!」
マオはジョンに向かって疾駆する。15メートルほど手前で飛び跳ね、変則的な突撃を開始する。あのままあと1、2回は地面に着地できる距離だ。軌道も読みにくい。どうする、どう防ぐ。
……いや、そもそも防ぐ前提の考えが致命的だ。何か打開策は無いか。この状況をひっくり返すことはできないか。
そう考えている間にも、マオはジョンに接近する。ジョンはマオの動きを、目をかっと開いて観察し、軌道を先読みした。
「ここだァ!」
「にゃッ……?」
ガキン、と衝撃と共にジョンの剣とマオの右足のブレードが衝突した。ジョンの読みが当たったのだ。
まだ読み勝てたとはいえないが、逆転の糸口が見えた。
「――にゃんてね?」
マオは、右足を突き出したその体制から、左足のブレードをジョンの大剣の内側に引っかけた。――そして、そのまま自身の体をジョンの体に引き寄せて……。
「ズレんなァ!」
「ぐッ!」
ジョンの顔面めがけて右足を振り上げたが、間一髪のところで体を後ろ側に逸らし、避けた。
そのままマオの右足を掴むか考えたが、ジョンは瞬間の判断で、そこから退くという選択肢を取った。
マオはジョンの剣を足場に跳び、身体を後方に一回転させ、地面に降り立った。ジョンも地面を踏みながら、雪をブレーキ代わりにしていくらか後退した。
「ふーん?」マオは余裕綽々といった様子で両手を腰に据えていた。「なかなかやるねえ。さっすが会長さん」
「当たり前だろ。こんなとこでくたばれるかよ」
「ま、でも実力の差は明確みたいだけど~? あと何分持つかな?」
「もって5分くらいってところかな」
「えらく弱気だねえ」
「確かにな。でも実力をちゃんと見極めてると思うぜ?」
ジョンはマオを指さして言う。
「本当は3分でカタをつけたいんだがなあ!」
ジョンの挑発に、マオはカチンときたようだ。
猫のように目を細くして、怒りに震えながらも笑顔を作る。
「……言って、くれるじゃん」
「アンリミテッド・サークルの会長を、ナメんなよ」
「そっちこそね! 私の力を――」
ガキン、と金属音が唐突に響いた。見ると、マオが、自分に向かって飛んできた黒くて大きな鎌を蹴り上げていた。
ジョンはその大鎌に見覚えがあった。
「エリーゼ……!?」
鎌の飛んできた方向を見ると、雪上にはエリーゼが一人佇んでいた。
彼女は右手を掲げたまま、自身の大鎌を自分の手に呼び戻した。
「他の奴らは!?」
ジョンの質問にエリーゼは済ました顔で答える。
「あの相撲取りなら、首を斬ってやったわ。タケシはいま逃げてる。レオンとモニカが行方を追ってるわ」
「へえ、ゴンゾウを倒したんだ、やるじゃん」マオは無表情に言った。「でも挨拶がなってないね、貴族のくせに。君の家ではこんにちはの代わりに鎌を投げるように教わるの?」
「ええ、そうよ」こくりとエリーゼは頷いた。「憎き相手への私なりの礼儀よ」
「そうなんだ、非常識な家族もあったもんだね」
「照れるわ」
「褒めてないからね?」
それからエリーゼは、ボロボロに傷ついたジョンの元に歩み寄った。
その胸元まで近寄り、腕や腹についた傷を愛おしげになぞる。その表情はひどく悲しげだった。
「……ごめんね、遅れてしまって。私としたことがあんな奴らに手間取るなんて……」
「いや、お前が謝ることじゃねえけど……」
謝らなければいけないのは、むしろ、相手に対して劣勢なジョンの方であろう。しかしエリーゼは、ジョンをこんな危険な目に遭わせてしまったことを深く悔い、恥じていた。
「でも、もう私が来たからには大丈夫よ。……照れくさいけれど、それでも言わせて頂戴。
ここは私に任せて、貴方は先に行って」
「……」
……本当に、照れくさそうに、エリーゼは言った。
まったく、こんな場所で、こんな台詞を、乙女チックに言われるだなんて。
ジョンは頭をポリポリと掻いた。
「……どうしたの、お前。そんな奴だったっけ?」
「吊り橋効果とでも思って頂戴。大丈夫、本音だから」
「そうかよ」
ジョンはあえて吐き捨てるように言い、エリーゼから離れ、そして背を向けた。
――正直、この場にエリーゼ一人を残すのは、どうにも心にしこりが残るような思いだったが、しかし一方で、自分ではマオを倒せないことくらい分かりきっていた。エリーゼにこの場を託すのは、確かにベターな選択肢といえる。
ベストと言い切れないのが、なんとも悲しい話ではあるが。
「……じゃあ、頼んだぞ」
「貴方もね」
エリーゼのその言葉を背に、ジョンはその場から走り去った。瞬く間に吹雪で行方をくらましてしまう。
その様子を見たマオは、ヒュー、と口笛を吹いた。
「アツいねー。見てるこっちが恥ずかしくなりそうだよ」
「そのまま溶けてしまいなさい。なんならキスでもすればよかったかしら?」
「冗談でもやめてよね、そういうの。これから倒すってのになんだかいたたまれないじゃん」
「あら、倒されるの間違いではなくて?」
「いうねえ、そういう威勢良いの、好きだよ」
マオは前かがみになり、両足に力を貯めるが、それをエリーゼに中断させられる。
「……ねえ、マオ、一つ聞いていい?」
「なに、エリーゼ?」
「貴方はなぜ、メアリーに加担するの?」
「決まってるじゃん、友達だからだよ」
「貴方、この魔術、霧の女王がどういうものか知っているでしょう? どれだけ凶暴で、凶荒で、凶悪な魔術か……。それを見過ごしていいの?」
「……知らないよ、そんなの。
メアリーの魔術に、そんな悪いものがあるわけない」
「現実を見なさい、おバカな子猫ちゃん。現に大会は中止に追い込まれているわ。そんなものが本当に素晴らしい魔術なの?」
「それがメアリーの力だよ。メアリーの凄さをみんなが思い知るでしょう? とっても素敵なことじゃない」
「それが、人を不幸にする魔術であったとしても?」
「……なんだよ、それ」
「貴方は、友人が、人を不幸にする魔術を利用しているのに、止めようともせず、かえってそれを助長している。そんなんでいいの?」
「いいんだよ、別に! それでメアリーが喜ぶんだから」
「メアリーの目的はなんなの? こんな風に人に迷惑をかけるために、霧の女王を生み出したの?」
「……違うよ、ぜんぜん違う! メアリーは……、メアリーは、魔術の素晴らしさを証明するために、霧の女王を書いたんだ! どうしてそれが分からないの!?」
「こんな状況、誰が素晴らしいって言うの?」
「だって、どう考えたって凄いでしょ。こんな魔術が扱える人間なんてそうそう居ないよ。メアリーの魔術にみんなが驚き、感動するよ! ああ、魔術ってこんなにも強いものだったのかって! メアリーを褒め称え、皆が魔術を勉強し始めるよ! それでいいじゃないか!」
「違う! こんなの……、誰も喜ばない。むしろメアリーは貶されるわ。大会を中止に追い込んだ張本人だって!」
「そうじゃないよ! 悔しかったらこの魔術を止めてみろ! それができないってことは、自分たちが魔術に負けたっていう証明じゃないか! メアリーの凄さが分かるってもんでしょう!?」
「だから! これを! 友達である貴方が! 止めるべきでしょう!」
「止めないよ! メアリーが苦労して作ったこの魔術、誰にも止めさせない!」
「この分からず屋!」
「君こそ! メアリーを馬鹿にするな!」
「その原因を作っているのは……!」
エリーゼは鎌の柄を強く握り、叫ぶ。
「馬鹿にされる原因を作っているのは! 貴方の方でしょうがァ!!」
「!?」
目にも留まらぬスピードでこちらへと急接近したエリーゼに、マオはたじろいだ。度胆を抜かれた。彼女、どこにこんな脚力が。
マオは自分の両脚に自信があった――実際、脚力という一点においてはマオの方が優れているだろう――が、エリーゼの脚力も、マオに引けを取らなかった。
なにこれ、とマオは一瞬、頭が真っ白になった。
タケシは……こんな化け物と、戦っていたのか。
学年一位って――こんなに凄いのか!?
「クソォ!!」
マオはそう叫び、エリーゼの攻撃を対処せんと両足を屈めた。エリーゼが鎌を振る動作をしたため、そこから右に跳び、素早く避けようとした。
が。
「!!」
マオのもとに、エリーゼの鎌が飛んできた。だがマオにも、ここまでの攻撃は予想できた。さきほど、ジョンと話している最中に、マオのもとに飛んできた鎌と同じ挙動をしていたからだ。
だから、その対策もちゃんと考えていた。
「手に戻すんでしょ! だったらァ!」
マオはそのエリーゼの鎌の柄を素早く掴んだ。
「これで! 君は! 使えない!」
エリーゼは、唯一の武器の鎌を掴まれ、手持無沙汰となってしまった。攻め手がなくなったかと思ったが、しかしエリーゼは表情を変えずに、とある魔法を行使した。
「黒羽」
瞬間、エリーゼの鎌の柄から、黒い何かが迸った。マオの手を高温のそれが打ち付ける。
「にゃにゃッ!?」
たまらず柄を握る手を離すマオ。
――エリーゼめ、こんな対策を施していたとは。
鎌を自分のもとに呼び寄せ、そして再度掴んだエリーゼ。マオは右手を雪に突っ込んで覚ましていた。攻撃用として使える魔法ではないが、エリーゼの弱点を確実に潰していた。
「熱い……!」
マオは地面に積もった雪の塊を握った。徐々に冷えていき、代わりに刺すような冷たさがマオの体に染みた。
エリーゼはマオに向かってゆっくりと歩き近づいて行く。
マオの表情に、恐怖がありありと浮かぶ。
「なんだよ、いったいなんなんだよ……!」
マオは、エリーゼの顔を眺めた。
エリーゼの眼は、普段の何倍にも、紅く光っていた。普段からその両眼は目を引くが、今はさらに、禍々しい輝きを有している。
その眼に宿るものは、憤怒か、はたまた。
「まだまだ……終わってないよ……!」
雪から手を抜いたマオは、エリーゼをキッと睨み付ける。その眼光にすら動じない。
「なんだよ……なんか言えよ……、怖いよ……」
あまりの実力差に弱気になりそうなところを、マオは堪える。ここで退いたら負けだ。メアリーに申し訳ない。
大丈夫だよ、メアリー。
心の中で、そう伝える。
「絶対に勝つからァ!!」
マオの青い髪の毛が、苛烈に逆立った。




