表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/115

「貴方は先に行って」

「ホラホラホラホラホラァ!」

「ぐッ……!」


 マオの猛攻に、ジョンはたじろいでいた。

 マオの武器は、両足の靴に内蔵された、収納式のブレードだ。曲線を描くようなT字型の形状をしたその刃が、マオの足蹴と共に向かってくる。

 一発一発の攻撃力がそれなりにあるうえ、ブレードの周りに流れている魔力が、さらにその威力を増大させていた。リーチはやや短いが、その分を手数で大きくカバーしていた。

 更に厄介なことに、マオはとても身軽であり、ジョンの攻撃はなかなか思うように通らなかった。剣を振りかざし、下ろす、という一連の動作の間に、二つの行動を挟まれる、といった感じだ。


 ――マズイな、天敵かもしれない。


 ただでさえ戦闘力の低いジョンだが、マオと自身の相性の悪さが露骨に加わり、なかなか形成をひっくり返すことができなかった。

 近接戦闘用の魔法である爆炎フレアを使おうにも、軽々避けられてしまう。大体、何度も使えるほど魔力の消費量も優しくない。


 さて、どうするか。

 割と真面目に詰んでる気がするぞ。


「くっそおおおおおお!!」


 ジョンは、自身の気持ちを鼓舞するために、雄たけびを上げた。

 自身の弱さがなんだ。

 相性の悪さがなんだ。

 気合で乗り切るんだ。

 それが男ってもんだ。


「俺はジョン・アークライト! こんな逆境簡単に――」

「遅い!」


 ガキン! とジョンの剣とマオの右足のブレードが衝突した。間一髪だった。武器の攻撃力自体はジョンの方が優っているため、そのままマオを跳ね返すことに成功するが、依然として状況は劣勢だった。

 ジョンは体制を立て直しつつマオに軽口を飛ばす。


「ンだテメエ……。人が喋ってんのに割り込んでくるなって教わらなかったか……?」

「ふーんだ、男なら拳で語れえ! 君の拳はその剣でしょ。グダグダ抜かしてんじゃないよ!」

「ったく、ぐうの音も出ねえなア!」

「まだまだいくよッ!」


 マオはジョンに向かって疾駆する。15メートルほど手前で飛び跳ね、変則的な突撃を開始する。あのままあと1、2回は地面に着地できる距離だ。軌道も読みにくい。どうする、どう防ぐ。


 ……いや、そもそも防ぐ前提の考えが致命的だ。何か打開策は無いか。この状況をひっくり返すことはできないか。

 そう考えている間にも、マオはジョンに接近する。ジョンはマオの動きを、目をかっと開いて観察し、軌道を先読みした。


「ここだァ!」

「にゃッ……?」


 ガキン、と衝撃と共にジョンの剣とマオの右足のブレードが衝突した。ジョンの読みが当たったのだ。

 まだ読み勝てたとはいえないが、逆転の糸口が見えた。


「――にゃんてね?」


 マオは、右足を突き出したその体制から、左足のブレードをジョンの大剣の内側に引っかけた。――そして、そのまま自身の体をジョンの体に引き寄せて……。


「ズレんなァ!」

「ぐッ!」


 ジョンの顔面めがけて右足を振り上げたが、間一髪のところで体を後ろ側に逸らし、避けた。

 そのままマオの右足を掴むか考えたが、ジョンは瞬間の判断で、そこから退くという選択肢を取った。

 マオはジョンの剣を足場に跳び、身体を後方に一回転させ、地面に降り立った。ジョンも地面を踏みながら、雪をブレーキ代わりにしていくらか後退した。


「ふーん?」マオは余裕綽々といった様子で両手を腰に据えていた。「なかなかやるねえ。さっすが会長さん」

「当たり前だろ。こんなとこでくたばれるかよ」

「ま、でも実力の差は明確みたいだけど~? あと何分持つかな?」

「もって5分くらいってところかな」

「えらく弱気だねえ」

「確かにな。でも実力をちゃんと見極めてると思うぜ?」


 ジョンはマオを指さして言う。


「本当は3分でカタをつけたいんだがなあ!」


 ジョンの挑発に、マオはカチンときたようだ。

 猫のように目を細くして、怒りに震えながらも笑顔を作る。


「……言って、くれるじゃん」

「アンリミテッド・サークルの会長を、ナメんなよ」

「そっちこそね! 私の力を――」


 ガキン、と金属音が唐突に響いた。見ると、マオが、自分に向かって飛んできた黒くて大きな鎌を蹴り上げていた。

 ジョンはその大鎌に見覚えがあった。


「エリーゼ……!?」


 鎌の飛んできた方向を見ると、雪上にはエリーゼが一人佇んでいた。

 彼女は右手を掲げたまま、自身の大鎌を自分の手に呼び戻した。


「他の奴らは!?」


 ジョンの質問にエリーゼは済ました顔で答える。


「あの相撲取りなら、首を斬ってやったわ。タケシはいま逃げてる。レオンとモニカが行方を追ってるわ」

「へえ、ゴンゾウを倒したんだ、やるじゃん」マオは無表情に言った。「でも挨拶がなってないね、貴族のくせに。君の家ではこんにちはの代わりに鎌を投げるように教わるの?」

「ええ、そうよ」こくりとエリーゼは頷いた。「憎き相手への私なりの礼儀よ」

「そうなんだ、非常識な家族もあったもんだね」

「照れるわ」

「褒めてないからね?」


 それからエリーゼは、ボロボロに傷ついたジョンの元に歩み寄った。

 その胸元まで近寄り、腕や腹についた傷を愛おしげになぞる。その表情はひどく悲しげだった。


「……ごめんね、遅れてしまって。私としたことがあんな奴らに手間取るなんて……」

「いや、お前が謝ることじゃねえけど……」


 謝らなければいけないのは、むしろ、相手に対して劣勢なジョンの方であろう。しかしエリーゼは、ジョンをこんな危険な目に遭わせてしまったことを深く悔い、恥じていた。


「でも、もう私が来たからには大丈夫よ。……照れくさいけれど、それでも言わせて頂戴。


 ここは私に任せて、貴方は先に行って」


「……」


 ……本当に、照れくさそうに、エリーゼは言った。

 まったく、こんな場所で、こんな台詞を、乙女チックに言われるだなんて。

 ジョンは頭をポリポリと掻いた。


「……どうしたの、お前。そんな奴だったっけ?」

「吊り橋効果とでも思って頂戴。大丈夫、本音だから」

「そうかよ」


 ジョンはあえて吐き捨てるように言い、エリーゼから離れ、そして背を向けた。

 ――正直、この場にエリーゼ一人を残すのは、どうにも心にしこりが残るような思いだったが、しかし一方で、自分ではマオを倒せないことくらい分かりきっていた。エリーゼにこの場を託すのは、確かにベターな選択肢といえる。

 ベストと言い切れないのが、なんとも悲しい話ではあるが。


「……じゃあ、頼んだぞ」

「貴方もね」


 エリーゼのその言葉を背に、ジョンはその場から走り去った。瞬く間に吹雪で行方をくらましてしまう。

 その様子を見たマオは、ヒュー、と口笛を吹いた。


「アツいねー。見てるこっちが恥ずかしくなりそうだよ」

「そのまま溶けてしまいなさい。なんならキスでもすればよかったかしら?」

「冗談でもやめてよね、そういうの。これから倒すってのになんだかいたたまれないじゃん」

「あら、倒されるの間違いではなくて?」

「いうねえ、そういう威勢良いの、好きだよ」


 マオは前かがみになり、両足に力を貯めるが、それをエリーゼに中断させられる。


「……ねえ、マオ、一つ聞いていい?」

「なに、エリーゼ?」

「貴方はなぜ、メアリーに加担するの?」

「決まってるじゃん、友達だからだよ」

「貴方、この魔術、霧の女王(ホワイトアウト)がどういうものか知っているでしょう? どれだけ凶暴で、凶荒で、凶悪な魔術か……。それを見過ごしていいの?」


「……知らないよ、そんなの。

 メアリーの魔術に、そんな悪いものがあるわけない」

「現実を見なさい、おバカな子猫ちゃん。現に大会は中止に追い込まれているわ。そんなものが本当に素晴らしい魔術なの?」

「それがメアリーの力だよ。メアリーの凄さをみんなが思い知るでしょう? とっても素敵なことじゃない」


「それが、人を不幸にする魔術であったとしても?」


「……なんだよ、それ」

「貴方は、友人が、人を不幸にする魔術を利用しているのに、止めようともせず、かえってそれを助長している。そんなんでいいの?」

「いいんだよ、別に! それでメアリーが喜ぶんだから」

「メアリーの目的はなんなの? こんな風に人に迷惑をかけるために、霧の女王(ホワイトアウト)を生み出したの?」


「……違うよ、ぜんぜん違う! メアリーは……、メアリーは、魔術の素晴らしさを証明するために、霧の女王(ホワイトアウト)を書いたんだ! どうしてそれが分からないの!?」

「こんな状況、誰が素晴らしいって言うの?」

「だって、どう考えたって凄いでしょ。こんな魔術が扱える人間なんてそうそう居ないよ。メアリーの魔術にみんなが驚き、感動するよ! ああ、魔術ってこんなにも強いものだったのかって! メアリーを褒め称え、皆が魔術を勉強し始めるよ! それでいいじゃないか!」


「違う! こんなの……、誰も喜ばない。むしろメアリーは貶されるわ。大会を中止に追い込んだ張本人だって!」

「そうじゃないよ! 悔しかったらこの魔術を止めてみろ! それができないってことは、自分たちが魔術に負けたっていう証明じゃないか! メアリーの凄さが分かるってもんでしょう!?」

「だから! これを! 友達である貴方が! 止めるべきでしょう!」

「止めないよ! メアリーが苦労して作ったこの魔術、誰にも止めさせない!」

「この分からず屋!」

「君こそ! メアリーを馬鹿にするな!」

「その原因を作っているのは……!」


 エリーゼは鎌の柄を強く握り、叫ぶ。


「馬鹿にされる原因を作っているのは! 貴方の方でしょうがァ!!」

「!?」


 目にも留まらぬスピードでこちらへと急接近したエリーゼに、マオはたじろいだ。度胆を抜かれた。彼女、どこにこんな脚力が。

 マオは自分の両脚に自信があった――実際、脚力という一点においてはマオの方が優れているだろう――が、エリーゼの脚力も、マオに引けを取らなかった。


 なにこれ、とマオは一瞬、頭が真っ白になった。

 タケシは……こんな化け物と、戦っていたのか。

 学年一位って――こんなに凄いのか!?


「クソォ!!」


 マオはそう叫び、エリーゼの攻撃を対処せんと両足を屈めた。エリーゼが鎌を振る動作をしたため、そこから右に跳び、素早く避けようとした。

 が。


「!!」


 マオのもとに、エリーゼの鎌が飛んできた。だがマオにも、ここまでの攻撃は予想できた。さきほど、ジョンと話している最中に、マオのもとに飛んできた鎌と同じ挙動をしていたからだ。

 だから、その対策もちゃんと考えていた。


「手に戻すんでしょ! だったらァ!」


 マオはそのエリーゼの鎌の柄を素早く掴んだ。


「これで! 君は! 使えない!」


 エリーゼは、唯一の武器の鎌を掴まれ、手持無沙汰となってしまった。攻め手がなくなったかと思ったが、しかしエリーゼは表情を変えずに、とある魔法を行使した。


黒羽クロハネ


 瞬間、エリーゼの鎌の柄から、黒い何かが迸った。マオの手を高温のそれが打ち付ける。


「にゃにゃッ!?」


 たまらず柄を握る手を離すマオ。


 ――エリーゼめ、こんな対策を施していたとは。


 鎌を自分のもとに呼び寄せ、そして再度掴んだエリーゼ。マオは右手を雪に突っ込んで覚ましていた。攻撃用として使える魔法ではないが、エリーゼの弱点を確実に潰していた。


「熱い……!」


 マオは地面に積もった雪の塊を握った。徐々に冷えていき、代わりに刺すような冷たさがマオの体に染みた。

 エリーゼはマオに向かってゆっくりと歩き近づいて行く。

 マオの表情に、恐怖がありありと浮かぶ。


「なんだよ、いったいなんなんだよ……!」


 マオは、エリーゼの顔を眺めた。

 エリーゼの眼は、普段の何倍にも、紅く光っていた。普段からその両眼は目を引くが、今はさらに、禍々しい輝きを有している。

 その眼に宿るものは、憤怒か、はたまた。


「まだまだ……終わってないよ……!」


 雪から手を抜いたマオは、エリーゼをキッと睨み付ける。その眼光にすら動じない。


「なんだよ……なんか言えよ……、怖いよ……」


 あまりの実力差に弱気になりそうなところを、マオは堪える。ここで退いたら負けだ。メアリーに申し訳ない。

 大丈夫だよ、メアリー。

 心の中で、そう伝える。


「絶対に勝つからァ!!」


 マオの青い髪の毛が、苛烈に逆立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ