表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/115

「チートじゃない! 覚悟の差だ!!」

「ふふふ……、我ながら完っ璧な魔術だわ……!!」


 薄暗い部屋で、一人ほくそ笑んでいるのは、霧の女王(ホワイトアウト)を造り上げた少女、メアリー・ギブソンである。

 彼女は部屋に誰もいないことをいいことに、高らかな哄笑をもって、自身の魔術の完成度を自賛した。


「あっはっはっはっはっは!! いいわ! すっごくイイ! これこそ魔術の真骨頂! 皆が時代遅れだと貶す古代の術の恐ろしさよ! さあひれ伏すがいいわ! あっはっはっはっはっはっはっは!!」


 メアリーは両手をあげ、ただひたすら笑っていた。

 その行使の際の煩雑さや、使用環境が限定される不便さから、現代ではあまり使われなくなってしまった「魔術」。

 その不便さから多くの魔術師は離れていき、代わりに、魔法使いの持つ魔力を最大限に生かし、「魔法」を駆使した戦闘を行うことができる「魔導」というものが主流となった。


 そこまでは、メアリーも理解できた。人々が便利なものに流れてしまうのは、いわゆる時代の流れと呼べるものであり、仕方のないことであると。


 だが、時が経つにつれ、「魔術」の「煩雑さ」ばかりが取り上げられ、「時代遅れ」というレッテルが貼られ、貶され、謗られ、中傷されることに、メアリーは我慢ならなかった。


 まったく、魔術をまともに勉強してもいないくせに、何を言っているのだ、とメアリーは日々苛立っていた。

 魔術とは、極めれば、魔力が心もとない者でも、魔法をうまく扱うことのできない人間でも、強力な魔法を使うことができる魅惑の術であるというのに。

 そう、今まさに、こんな風に。


 「魔法」というある程度先天的に優劣が決まってしまうものなんかより、努力次第でどうとでもなる「魔術」の方が、学校で学ばれて当然のものであるのだ。


 少なくとも、メアリーはそう思っていた。

 だからこそ、エリーゼの言葉が許せなかった。


 今までメアリーに対し、遠回しに、魔術を勉強するのは不毛であると言ってきた人間はいたが、あそこまで露骨かつ過激に魔術を扱き下ろしたのは、エリーゼが初めてであった。

 今でもあの憎たらしい顔を思い出すたびに、憤激がこみ上げてくる。

 しかもエリーゼは、口ではああいうくせに、いざ自分の都合が悪くなると、すぐ彼氏の背中に隠れてしまう。その臆病さもメアリーの苛立ちをさらに助長させていた。ぐうの音も出ない正論である。


「あーん、もう、エリーゼのやつー! まさか誰かにやられてたりしないでしょうねえ……?」


 現在、メアリーにとっての一番の危惧は、エリーゼが既に他の団体に倒されてしまっているのではないか、ということだった。

 いくらエリーゼが入試成績学年1位かつ歴代11位の実力を持つとはいえ、魔法使いの戦闘にアクシデントは付き物である。

 万が一、この術、霧の女王(ホワイトアウト)の威力を見せ付ける前に倒されてしまっていたのでは、討つべき仇がいないという、どうにもモヤモヤする状況となってしまう。


 そうなったらせめて、大会が終わったあとに精いっぱいの語彙でもって鼻で笑ってやろう、とメアリーは決めていた。


 メアリーは、スノウティアの大会フィールドの、第4ゲートの内部に居た。指揮系統を乗っ取る必要は無かったし、

 ゲートの内部に入るための扉は、メアリーの魔術とゴンゾウの腕力でこじ開けた。あとはこのゲートの中に魔方陣を張り巡らせるだけで十分だった。


 メアリーの居る小部屋――おそらく倉庫だろう――には、至る所に魔法陣の紙が貼られていた。

 まるで、カマクラの内部を作るかのように、内側からペタペタとそこらじゅうに魔方陣を展開していったのだ。

 それらが相互に作用し、影響しあって、最終的に霧の女王(ホワイトアウト)という魔術が発動する。


 メアリーの元父親、アレステッド・ブロウの魔術書に書いてある仕様通りの魔術が動いた。ゲートの無尽蔵とも思われる魔力を元に、次々と雪が噴き上がり、龍が飛ぶ。まさに意図した通りだ。


「さーてと、マオの方はどうなってるかしら……?」


 メアリーは、エリーゼ討伐に出かけたメンバーの行く末を知りたくなった。手持ちのバングルを操作し、マオに通信をかける。

 何回かコール音が鳴ったが、マオは出なかった。


「……?」


 メアリーは首を捻った。もしかして、もう戦闘が始まっているのだろうか。だとしたらなんとしても、戦況が知りたいのだが。


「まあ、いっか。えーっと、タケシは……?」


 メアリーはタケシに通信を呼びかけた。ややあって、メアリーの耳に直接声が届く。


「ハロー、タケシ、いまどうなってる?」

『……ど……』

「……?」


 タケシの切羽詰まった声が聞こえた。荒い息が聞こえる。どうやら何かに遭遇したようだ。

 メアリーは口をつぐんで、タケシの更なる報告を待った。タケシは声を荒げて、メアリーに叫んだ。


『どど、どどどどどどうなってるじゃねえよッ!!』

「!?」


 タケシの勢いにメアリーは驚いた。慌てて聞き返す。


「ど、どうしたのよ、タケシ! 誰かと会ったの!?」

『ああ! 会ったさ!! アンリミテッド・サークルの奴らとね!!』

「! そうなの!? じゃあエリーゼは……!?」

『ももももちろんい、いたよ! い、いたけど……、な、ななななんなんだよアイツ!!』

「なんなんだって……!? 何が……?」


 タケシの声は、絶望に染まっていた。タケシがここまで恐怖する、その原因とは。

 ある程度、メアリーは予想がついたが、タケシの悲痛とも言える叫びが、メアリーの不安を更に煽った。


『なんなんだよ……なんなんだよアイツ……!』


 彼は、非常に端的な言葉で、その状況を表現した。


『強すぎる!!』


 その鬼気迫る語調に、メアリーは背を冷やした。



「これで潰す!」


 ゴンゾウがエリーゼに向かって駆けた。エリーゼは立ち止まり、大鎌を構えつつ、その様子を観察する。

 ゴンゾウの後方に居たタケシは、そこに加勢したかったが、モニカとレオンのペアがそれを許さなかった。


「モニカ! サンキュな!」

「いいんです、これくらい! タケシさんを狙って!」

「お任せ!」


 パン、と音が響いた。瞬間、タケシの脇腹を銃弾が掠める。

 わずかに血が迸り、激痛が体中を駆け巡った。


「グッ!」


 タケシは痛みを堪え、自身の武器である長大な魔導銃のトリガーを引いた。

 無駄だと、分かっていても。


 レオンに向かって発射された光弾は、どうやってもモニカの盾に防がれてしまう。

 モニカの盾の前で虚しく爆発する自身の武器を見て、完全に手詰まりであることをタケシは悟った。


「無理だろこんなのォ!」

「泣き言もらいッ!」


 更にレオンは銃を放つ。タケシは間一髪、その攻撃を避けた。

 タケシは頭を回転させて、レオンとモニカへの対処法を練るが、どうにも答えが見つからない。


 モニカが銃弾を防いでしまう以上、残る選択肢は接近戦か魔法である。接近戦は論外として、あとは魔法による攻撃であるが、この状況を打開できる魔法をタケシはまだ使えなかった。八方塞がりである。

 苦し紛れに、タケシは言い放つ。


「ず……ずず、ズルいぞこんなの! 2対1なんて! 女に守ってもらって恥ずかしくないのか!」

「だったらメアリーを呼べばいい! そうすりゃ4対4だ!」

「来れないよ! 霧の女王(ホワイトアウト)の中にいるもん!」

「じゃあ諦めろッ!」

「ひえええええええええええ!!」


 チクショウ、どうしたらいい。

 ゴンゾウはエリーゼと戦っているし、マオもジョンって奴と戦っている。この場を離脱してマオと合流し、ジョンを倒してからレオンとモニカを相手にする……。

 それが一番現実的な策に思えるが、果たして成功するのか。


 そうこうしている間にも、エリーゼとゴンゾウは熾烈な戦闘を続けていた。

 その様子を見ると、どう考えてもエリーゼが優勢で、ゴンゾウは負けが確定しているようにしか思えなかった。


「クソ、やっぱり3対4なんて挑むべきじゃなかったんだよ! そうすりゃまだ勝てたかもしれないのに! ボンクラだと油断していた! なんだよアイツら! ボンクラなのはジョンだけじゃないかッ!」

「手前もだろうが――よッ!!」

「ヒィ!?」


 ズン、とタケシの元に飛んできたのはゴンゾウだった。どうやらエリーゼに吹き飛ばされたらしい。

 こんな巨大な図体を有する大男を軽々飛ばすとは、エリーゼという少女はどれだけ戦闘力が高いのか。


「なんなの!? なんなのアイツ!? 意味わっかんねえ! 強すぎだろォ! チートだチート!」

「チートォ!?」


 遠くに居たエリーゼが、ゴンゾウの元に向かって疾駆しつつ言った。

 大会前は、その小さい身体(と胸)を馬鹿にしていたが、いまこうして、実際に戦ってみると、恐怖と絶望感しか抱かなかった。


 なにが漆黒の妖精(ブラック・フェアリー)だ。

 妖精なんて似合わない。悪魔だ。獣だ。黒き魔獣だ。


 エリーゼは、タケシの野次に答える。


「当たり前だろ! 私はエリーゼなのだから!」


 視界の晴れた雪山を駆け、そして高く跳ぶ。


「愛する者のために血を浴びる! それがデーベライナーなのだから!」


 ゴンゾウの首に鎌を掛ける。

 いかに頑強な男といえど、可動部を硬く固めることはできない。単純に、動かせなくなってしまうからだ。エリーゼはそこを狙った。


「チートじゃない! 覚悟の差だ!!」


 エリーゼは、鎌を強く引き抜いた。ゴンゾウの首がスパッと斬れる。

 一瞬、エリーゼの体に青い液体がパンと飛び、ゴンゾウの身体が瞬く間に、青白い光の柱となって霧散した。

 その一部始終を見ていたタケシは、恐怖のあまり体をガクガクと震わせていた。


 なんだこれ。

 強すぎる。

 これが……デーベライナー一家……!!


 エリーゼは肩で息をしつつも、鋭い目でタケシを睥睨していた。

 恐ろしく低い声で、タケシに告げる。


「次は……お前だ」

「う、うわああああああああああああああ!!」


 タケシは大口を上げてそう叫び、一目散に駆け出してしまった。


「なっ……! あいつ足早ッ!」


 レオンが叫んだ。逃げ足に関していえば超一級である。モニカもその様子に唖然としていた。

 一方的に勝負を挑んできて、いったい何がしたかったのだろう、と。


「……どうしようかしら……」

「まァ、追うしかねえだろうな。面倒なことだが……」

「そうですね」モニカも頷いた。「それにマオさん、言ってましたよね、自分たちの周りだけ、雪が降らなくなるって。逆に考えれば、雪の降らない場所が、タケシさんを追う目印になります。そこを探せば……」


「そうね……。それに、アイツがいれば、ちょっとは霧の女王(ホワイトアウト)に近づきやすくなるでしょ。仲間なんだから、龍の攻撃が弱まるって可能性も考えられるし」

「メアリーがアイツを見捨てる確率は?」

「十二分にあるわね」


 自分たちにとって不利な状況になるかもしれないのに、エリーゼは笑ってそう予想した。

 霧の女王(ホワイトアウト)にたどり着けないことよりも、タケシが更なる絶望に陥ることの方が気になるようだ。まったくもって性格悪い少女である。


「……というか、レオン。貴方、敬語じゃないわね」

「兄貴がいねえからな」


 レオンは全く悪びれずに言った。エリーゼは「ふーん」と下唇を突き出す。


「ま、いいけど。……それより、ジョンは?」

「マオさんと戦ってます。だいぶ苦戦しているようでした」

「……そう」


 エリーゼはそう確認したかと思うと、すぐさまジョンの元へ走って行った。レオンは慌てて呼び止める。


「お、おい、エリーゼ!」

「先にタケシを追って! すぐ捕まるでしょ!」


 レオンたちの方を振り向かずに、エリーゼはそう言い残し、瞬く間に雪の中に消えていった。

第一章ではわりとピンチの連続だったエリーゼですが、さすが学年一位というだけあって、相当強いです。次回、エリーゼ無双、お楽しみに! と無責任に書いてみる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ