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「ここで俺たちを潰そうってわけか」

「……アレス……テッド……!」


「!?」


 ……なぜ、いま、この段階で、その名前が出てくるのか。ジョンにはまったくわけが分からなかった。


「どうしたの?」

 ジョンの後ろから、エリーゼが声を掛けた。レオンもその後方に居たようだった。ジョンは「分からねえ」と首を振りつつも、その後に答えた。


「モニカが、急に口にしたんだ。アレステッド、って……」

「アレステッド……!?」エリーゼは目を丸くした。「あのオッサン!?」

「アレステッドッスか!? あの、世紀の大空賊って言われてる……!」

「やっぱり有名なのか、ソイツ?」

「そりゃそうッスよ! 兄貴、知らなかったんスか!?」

「悪かったな、田舎モンで……」


 どうやら、以前、ジョンとアレステッドが対峙したときの言葉は、言い逃れではなく本当だったようだ。

 レオンはそこで、ふと些細な疑問が湧いたようだった。


「あれ、じゃあ兄貴はどこでアレステッドの名を知ったんスか?」

「知ったもなにも……戦ったから」

「マジッスか!?」

「あ、私も戦ったわよ、あのオッサンと」

「エリーゼまで!?」

「ついでにいうとねー、私とジョンとモニカの三人で戦って返り討ちにしたのよー!」

「ええええええええええ!?」


 レオンは、サラッと語られる壮大な過去に驚愕していた。普通に生活していれば、まずアレステッドのような悪人とは会わない。加えて彼はその実力も一流だ。出会ったらものの数秒で首を斬られてしまうだろう。

 レオンは、どうコメント返せばいいか分からず、ただただありきたりな言葉で讃嘆するのみだった。


「あ……、兄貴たち凄いんスねえ……」

「まーねー」


 エリーゼは得意げに鼻を鳴らしたが、ジョンはそれどころではなかった。モニカの方が心配だった。


「モニカ、すまん、辛いのは分かるんだが、その先を喋ってくれないか。この事件の解決の決め手になるかもしれない」


 ジョンは、本当はそんなことは思っていなかったが、しかし、モニカが語りだすその事情は、本当に事件解決の決め手になり得るものだった。

 モニカは動悸に苦しみながらも、言葉を紡ぎだす。


「その……えっと、霧の女王(ホワイトアウト)って……あるじゃないですか……」

「あ、ああ。メアリーが必死に作ってた魔術な。

 ……まさか……」

「そう、なんです……」


 モニカはぎこちなく頷き、答えた。


霧の女王(ホワイトアウト)って……、アレステッドが発明したもの、なんです……」

「!!……」

「そんな……!」

「マジッスか……!?」


 三人が三人とも、絶望に近い驚愕を色に示した。さらにモニカは告げる。


「私が……、その、空賊船に捕まえられてたとき、何度か耳にしたんです、その言葉を……。


 霧の女王(ホワイトアウト)。魔方陣を中心に巨大なモニュメントを造り出し、そこから大量の、雪や、ガストと呼ばれる氷龍を生み出す魔術……。

 供給する魔力が大きければ大きいほど、より力は強大になり、通常の戦争には向かないものの、ある程度恒常的に魔力が供給できる防衛戦においては、無類の強さを発揮する魔術……。


 たぶん、いま発表されたら、間違いなく禁術指定になります。

 とても難解で、とても危険で、とても凶暴な魔術です」


「ちょっと待て……」ジョンはあまりの衝撃に倒れそうになった。「メアリーは……そんなものを造っていたのか? あんな、あんな頑張って、清々しい顔をしていたのに……。裏ではこんな禍々しいものを造っていたのか……!?」


 ジョンは、おもわず額を覆った。モニカの話を聞いいただけでも、どう考えたって悪事を働くための魔術だと分かる。それを嬉々として書いてたのか、メアリーは。


 ジョンは悲嘆にくれた。それも仕方ない話であるかもしれない。ジョンはメアリーに対し、あくまでスポーツマンシップに則ったライバル意識を抱いていた。それが、こんな結果になってしまうとは。

 大会前、あそこまでの威勢でもって、ジョンに言い返していたメアリーだ。その表情を思い返すたび、やるせなさが胸にこみ上げた。


「……ジョン……」


 エリーゼは、歯をくいしばり、悲しみに震えるジョンを心配した。

 ジョンは、悲しみの涙でその顔を濡らしていた。どうにもやりきれない、といった様子だ。

 嗚咽交じりに、ジョンは語る。


「……なんだよ……、なんだよ、メアリー……! お前がやりたかったのは、こんなことなのかよ……! 魔術の有用性を実証するって、こういうことだったのかよ……! なんだよ、それ……。誰も幸せになれねえじゃねえかッ!!」


 ジョンは片足で地面を踏んだ。ジョンの足元に雪が舞い上がる。

 エリーゼも、なかば独り言のようにモニカに言った。


「……ねえ、モニカ。何かの間違いじゃないの、こんなの。こんな、メアリーが……。だって、アイツ、まだ一年生よ。魔法学校に入学したばかりよ? そりゃあ、小さいころから魔術を勉強していたかもしれないけれど……。それにしたって、こんな大きな魔術、本当に一年生なんかに実現できるものなの……!?」

「……それが、魔術の『凄いところ』なんです」


 モニカは伏し目がちに答えた。


「魔術は……、はっきり言って、今の戦争ではあまり役に立ちません。

 例えば物を燃やす魔法ひとつとっても、燃やす対象とそのXYZ座標、時間、効力、つかう魔法の種類、等々……、いちいちを記述しないと、発動しません。しかも、少しでも記述が間違えば、不発に終わるんです。

 そんなことするより、普通に魔法で燃やすか、もしくは、魔導符カードにあらかじめ記述して、すぐにでも使えるようにした方が早い。魔術が廃れた原因は、そういった行使の際の煩雑さにあるんですが……。

 ……それでも、その記述さえできてしまえば……、そして、発動の条件さえ揃えば……、できちゃうんです。

 どれだけ魔力が無い人でも、魔法の扱いが下手な人でも、それができる環境を用意し、その行使のための魔方陣さえ書いてしまえば……、誰でも、――こんな凶悪な魔術だって、使えるんです。本当に、誰でも。

 その『理論』があらかじめ構築されてあったのであれば、なおさら」


「……」


 エリーゼは歯噛みした。モニカの言うところにはまったく反論できなかったからだ。

 ジョンは涙を拭い、前を見据えた。地図情報から方位を確認し、この騒ぎの中心である第四ゲートの法を向く。


「……とにかく、こうしちゃいられねえ。どの道やることは変わらねーしな。なんとしても、霧の女王(ホワイトアウト)の発生源である第四ゲートに向かわねえと……!」


「そうはいかないよ」


 ――そう、ジョンたちに向かって言い放ったのは。


 メアリーの友人にして、マジョリカのメンバーである、マオ・リーだった。


「お前ら……!」

 ジョンは瞠目してその姿を見た。

 マオは、ジョンたちの後ろから、こちらに向かって歩いてきた。後方には、タケシとゴンゾウもいる。

 タケシはどうだ見たかとばかりにニヤニヤ笑いながら、ゴンゾウは石のように不動の様子で、その場に佇んでいた。マオがジョンを見据えて言う。


「君たちのことはメアリーも気にしてたよ。なんだか一目置いてるみたいでさ、直々に引導を渡してきなって」

「ようは、ここで俺たちを潰そうってわけか」

「そういうこと」マオはにこやかに頷いた。「私たちがアンリミテッド・サークルを倒したってメアリーが知れば、きっと喜ぶでしょう。そういうわけで、ここでやられてもらうね」

「そうか……」ジョンはマオを睨む。「だがこの吹雪だ。俺たちの姿が捕まるかぁ……?」

「そうだねえ、吹雪だねえ。でも、私たちには関係ないね」

「……なんだと?」


 ジョンは問い返す。

 周囲を見渡すと、なんと、雪が晴れていた。


「……なんだ、これ」

「これもメアリーの魔術だよ!」マオが嬉々として解説する。「魔法使いの目を奪うために雪を降らしているんだけど、私たちも見えないんじゃ不便だからね。私たちの周りだけ、こうして雪が晴れるようになってあるの。詳しい術式は分からないけれど。

 これもメアリーの魔術のおかげさあ!!」


 にゃっはっは! とマオは笑った。憤激収まらぬエリーゼは、耐え切れずマオをなじる。


「あんたらねえ……! 貴方たち、自分がなにやってるか分かってるの!? この魔術を誰が発明したか、知らないわけじゃあないでしょうねえ! あの極悪人、世紀の大空賊、アレステッド・ブロウが作ったのよ! そんなの、どう考えたって、ロクな結果にならないって分かりきってることじゃない! 知らないなんて言わせないわよ!」

「? 知ってるよ?」マオは平然と言った。「それがなにか?」

「じゃあ……! じゃあ……! さっさと止めなさいよバカ猫ッ!!」

「あーもう、うっさいなあ」


 マオは面倒だとばかりに頭を掻いた。それから、隣にいたタケシに支持する。


「タケシ、やっておしまい!」

「あ、あらほらさっさー!」


 言うやいなや、タケシは右手に携えていた長大な銃を構えた。

 そのゴツイ見た目からして、レオンの持つスナイパーライフルのような長距離射撃用のものではなく、かといって、ガトリング砲のような連射機構を持っているようにも見えず、ミサイルにしては装弾できるスペースが少ない。

 ……とすれば。残る選択肢を考えてみると。


「光学兵器かッ!!」

「撃てー!!」


 マオがタケシに支持した。タケシがトリガーを引くと、タケシの銃器から光の弾が射出された。

 ギュン、と高速で飛来するそれは、真っ直ぐにアンリミテッド・サークルのメンバーに向かった。そして、着弾。

 衝撃はそれほどでもなかったが、着弾した際に広がった爆発が、思いのほか強力だった。地面を抉る勢いで炸裂し、周囲の雪を大量に巻き上げる。


 アンリミテッド・サークルの面々は、皆がすんでのところで回避した。その威力を見たタケシは、震えながらも哄笑を上げた。


「あ、あはは、あははははアーー!! み、みみ見たか、エリーゼ・デーベライナー! メアリーの魔術とぼ、僕のき、機械技術があれば、こここんなこともで、できちゃうんだぜ!」


 エリーゼは雪に埋もれそうになりそうだったところを、必死に掻き分け、地上へと這い上がった。それから叫ぶ。


「なによ! 自分のことを暗黒の刀剣使いダークネス・ソードナイトって呼べとか言ってるくせにー!!」

「そうだそうだ!」ジョンも便乗する。「男ならそんな小細工に頼ってねえで、近接戦で勝負しろオ! お前の背にかかる剣はハリボテかァ!?」

「あれでしょ、タケシ! 自分は裸の女の子を前にしても自分の剣を抜きませんっていう自虐でしょ! そうなんでしょ!!」


 エリーゼが飛ばしたジョークに、ジョンは笑い転げた。危機感の欠片も無い。タケシは顔を真っ赤にし、怒声を上げた。


「う、うるさいうるさいうるさーい! ぼ、ぼぼぼ僕のは、はは発明を、ば、馬鹿にするなあああああああああああ!!」


 続けてタケシは武器を構えた。照準は一番弱そうなモニカに向けられていた。

 モニカも、自身が狙われていることを察し、自分の魔導杖、「川内」を構えた。


「喰らえええええええええ!!」


 タケシの武器から放たれる、魔法の光弾。モニカはそれを避けようとしなかった。

 モニカが杖に魔力を送り込む。瞬間的に形成される、魔法の盾。

 以前、アレステッド戦で披露した盾とは、大きさも強度も段違いだ。タケシの武器も、それなりの強さを持っていたが、モニカの盾がそれを上回った。


 モニカの盾に衝突し、光弾は爆発したが、モニカに被害は及ばなかった。


「チィ!」


 タケシは舌打ちする。


「クッソ、アイツは後回しだ!」

「遅いんだよクソ童貞!!」


 ガキン、と金属音が鳴り響いた。そして衝撃。

 眉間に深くしわを刻んだエリーゼが、タケシに接近し、自身の大鎌を振り下ろしたのだ。

 しかし、それをゴンゾウに止められた。


「なッ……、この感触……!?」


 エリーゼは目を見開いた。目の前でエリーゼの攻撃を防いだゴンゾウは、確かに屈強な見た目ではあるが、その大鎌を防いだ両腕は、どう見ても生身であったからだ。

 なのに、先ほどの衝突では、音も、感触も、どちらもまるで鋼を打ち付けあったようであった。


 ゴンゾウは多くを語らない。自身の魔法の内容や特徴を喋ることは、誤解の誘導(ミスリード)をするためならまだしも、たいていの場合は手の内をバラすことにほかならないからだ。

 だから、ただ、これだけ言った。


「強靱に鍛え上げられた皮膚と筋肉……。その姿。まるで。

 鋼の如し!」


 ゴンゾウは、常人の何倍にも大きく形成された(おそらく魔法であろう)右手を、相撲のツッパリのようにエリーゼへと突き出した。


「はっ倒す!」

「くッ……!」


 ゴンゾウの張り手が、直撃こそしなかったものの、エリーゼを吹き飛ばし、エリーゼは雪を巻き上げながら地を転がった。

 間髪入れずに、そこへのしかかり攻撃を喰らわそうと疾駆するゴンゾウ。


「押しつぶす!」

「させるか!」


 ガン、と、レオンの銃弾が、鋼のように身体を硬化させたゴンゾウに当たった。致命傷には至らなかったものの、大きく軌道をズラすことに成功した。

 身体に穴が空くその気配すらないほどの、ゴンゾウの頑強さに、レオンは驚愕した。


「反則だろ、その固さ!?」

「ぐぬぅ……」


 雪上を急ブレーキのように踏ん張り、体制を立て直すゴンゾウ。ゴンゾウはレオンの姿を確認したものの、その処理はタケシに任せんと目くばせした。アイコンタクトを確認したタケシは、恐怖で身体を震わせながらも、レオンに照準を合わせた。

 ゴンゾウはそれを最後まで確認することなく、エリーゼと目を合わせる。


「覚悟!」

「あんたこそォ!」


 エリーゼはゴンゾウに向かって走った。

 フィールド内は、一気に混戦と化した。


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