「龍、だと思うんですけど……」
「ゲートが、移動している……!?」
その報せを聞いたリクトは、耳を疑った。まるで意味が分からない。いったいどこの指揮系統をハックされたのだ?
リクトはタクミに更なる状況説明を求めたが、それ以上の状況は分かりそうになかった。
「……ねえ、リクト、ゲートが移動してるって?」
カナエが問う。
「そんなこと、ありえるの?」
「――詳しい状況は分からないからなんとも言えない。中枢部分が乗っ取られたと考えるのが一番妥当だが……」
「妥当……だけど、そんなことできるの? この学校のゲートの警備系統って、そんなヤワなものじゃないでしょう? いま、登山大会に誰が居るのかは分からないけれど……。少なくとも、そんな簡単に乗っ取れるようなものじゃない。このゲートを造った人ってんなら別だけど……」
『そうだぜ、リクト会長。あのゲートの中に入ることならまだしも、そっから操縦するための扉をこじ開けるなんて、普通の奴にはできるはずがない。事件の匂いがプンプンするぜぇ……!』
「……」
リクトは、通信を聞きながら、必死に現在の状況を探り当てようとしていた。ただ黙って、なにをどうすればそういう結果になるのか考える。
しかし、現段階においては果てしなく情報不足のようだ。この段階で解を求めたところで、事実とは全く異なった結論に辿り着くことは避けられないだろう。
「……考えている場合ではないな」
リクトはそう呟き、椅子から立ち上がった。事態を収拾し、解決の道へと導くためには、まず動くことが重要であると悟った。事件の真相を探るべく、なにをどうしたらいいのか、頭をフル回転させる。
とにもかくにも、やるべきことは現状把握だ。様々なところから情報を集め、解決策を導き出さなくては。
リクトは、タクミとの回線を保ったまま、メニューウィンドウを操作し、次々と回線を通信し、連絡を取っていく。
こういった事態に強いザック・ディクソンを筆頭に、クロフォード卒業のプロの魔法使い、更に他の教員にも働きかけ、校長に現状を報告する計算である。その間にも、他の生徒会役員と連携を取り、情報を収集していく予定だ。
リクトは、目的を定めるやいなや、次なる一手を一刻も早く打たんと急いだ。その様子を見たカナエは、感嘆の思いでため息を吐く。
「……ほんと、会長ってば凄いなあ」
――リクトは、生徒会役員という、あくまで生徒という立場でありながら、その権力は学校内外を問わず強力に広がっていた。
これが、入試成績歴代1位にして、2年生でありながらも圧倒的票数で生徒会長の座に君臨した、純白の迅雷の実力である。
……一方、その頃、アンリミテッド・サークルの面々は……。
☆
「うっわー、なんだこの雪、正気かよ。親のカタキみてーに降ってくんなあ……」
「ホントよね、リクトのヤツ、なんて所に送ってきたのかしら」
「え、このフィールドってリクトが選定したの?」
「……いや、知らないけど……」
……相変わらず、ボヤいていた。
アンリミテッド・サークル一行は、現在、第二ゲートに向かって歩いていた。第一ゲートが見つからない今、この場からどう動こうかと迷っていたが、とりあえず第二ゲートの方まで向かえば、どこかで壁に衝突するだろう、と考えたからだ。
「第一ゲートと第二ゲートの間には境界線があるのよね? 網みたいなの」
「ああ。地上からは侵入できないし、仮に上空から侵攻しようにも、どっちみちバングルに倒した証が記録されてないから、ゴールゲートに入れない。無理に破ったらその時点で失格だ」
「……と、いうことは、どこかに境界線のネットがあったら、逆にそのネット伝いに歩いて行けば、チェックポイントである通過地点に辿り着ける……というわけですね?」
「一応な。方位はブレる気配がないから、恐らくはこの方位通りに俺たちは進んでるんだろうけど……、この雪だし、ここ、山岳地帯だからさ、てんで検討違いの場所に行っちまってる可能性も否定できない」
「それはないんじゃないスか?」
レオンが口を挟む。
「この豪雪が主催者の意図通りだったとしても、さすがにそこまでの妨害は大会の意義に反すると思うんスよ。それこそ、もし方位計すら役に立たないなんてことになったら、ブーイングモノッス」
「……と、いうことは、考えられるのは、この豪雪が主催者の想定内で、ゲートがサプライズ的に別の場所に配置されてるか……、もしくは、方位、もしくは現在地の推定そのものが間違っているか……。といったところね」
「どっちにしても面倒くさいことには変わりねえなあ。目の前なんも見えねえしよお」
そんな感じで、不満をブツクサ垂れ流しながらも、アンリミテッド・サークル一行は雪の降りしきる山中を一歩ずつ着実に歩いていた。このような厳しい環境の中でも、ジョンのやる気は衰えない。ただ、これで果たして大会になるのか、という不満があるだけだ。
何も考えてない、というわけではないと思う。ただ、その意図するところが不明瞭なのだ。毎年、厳しい環境下での戦闘をするというが、これがそういうことなのだろうか?
「分かんねえなあ」
そうボヤきつつも、足は止めない。
そして、大会開始から15分が経過した頃。
「……ん?」
ジョンは、遠くから、悲鳴のような声と、魔物が蠢くような気配を感じた。
「……なんだ、この音」
違和感を抱くやいなや、ジョンはすぐさま後方でジョンに続いて歩いていたメンバーに指示を出した。
「皆、ちょっとしゃがんでくれ」
「敵ですか?」
モニカは屈みながらもジョンに問うた。
「分からない」
前方の様子を探りながらもジョンは応答する。
「普通に考えれば、対抗サークル、あるいは同好会なんだが……、様子がおかしい」
「もっと危険で、禍々しいものが向かって来てる。……そう言いたいの?」
「この雪山だ、主催者が魔獣を放っていたとしてもおかしくない。……んだけど、とりあえず様子見した方が――」
――そう、指示を出していた合間の出来事だった。
ジョンが、全てを言い終わらぬうちに、異変は起こった。
聞こえてきたのは、大地を揺り動かすような呻き声。
続いて響いてきたのは、おそらく参加者のものと思われる悲鳴だった。
「た、助けてくれええええええええ!!」
「ヒイイイイイイイイィィィ!!」
そんな声が、ジョンたちの元に届いた。
「何の悲鳴!?」
エリーゼが驚く。明らかにそれは、参加者同士が戦闘しているような状況ではなかったからだ。
「なにか異常事態が起きているのか!?」
ジョンは独り言のように叫ぶ。モニカは迫りくる脅威に青ざめていた。
「……なんですか、これ」
「なに、モニカ、知ってるの?」
「知らないですけど……、とっても怖いものが、来る感じがします……」
「とっても怖いものって……、人ではなくて?」
「人じゃないです。人なわけないです、こんなの……。なんだろう、思考を剥奪されて、ただ目の前のものを食らいつくせって、そう、命令されているような、魔物……!」
「モニカ、なにか分かるのか!?」ジョンはモニカに詰め寄った。「お前が何かを感じ取れるってことは、龍なのか!? 龍が来ているのか!?」
「龍、だと思うんですけど……」
「龍、だけど……?」
「……」
ジョンは更にモニカから得体の知れない何かの情報を引き出そうとするが、モニカはそれきり黙ってしまった。単に分からないのか、それとも、口に出すことすら恐ろしいほどの怪物なのか。
「……兄貴、どういうことッスか」
レオンがジョンに尋ねる。
「モニカは龍の存在を感じ取れるんスか?」
「まあ、半分当ってる、ってとこかな。正確には、モニカは龍と会話をすることができるんだ。モニカは普通に、この国の言葉を喋るだけなんだが、それで意志疎通が取れちまうんだ」
「……マジっすか」
「マジなんだ、これが」
レオンは驚いてモニカを見た。まさかこの少女に、そんな力があったとは、思いもよらなかった、という顔だ。
ジョンとエリーゼだって、初めてその力を目の当たりにしたときは、今のレオンと同じような気持ちになったものだ。
「……だからこそ、さっきの呻き声が、龍のものだと分かって……」
「そうね、それでモニカは恐怖しているのでしょうね。あまりにも異質だから」
「異質って……どういうことッスか」
「さあてね……、モニカにしか分からないけれど、彼女、それ以上は喋ろうとしてくれないから……」
「……その……」
三人に急かされたからか、それとも、気持ちの整理が付いたのか、モニカは口を開いた。
それから、ゆっくりと、その違和感の正体を語った。
「……まるで、生きている感じがしないんです」
……と、モニカは言った。
「生きてる感じがしない? それって……」
「つまりは無生物、機械かなんかで出来てるってことか?」
エリーゼとジョンがモニカに尋ねるが、それも違うと彼女は言う。
「……すみません、たぶん、人工物ではあるんでしょうけど、これ以上のことは分からないです。……ただ、一つ言えるのは……。
……この龍たち、とっても悲しそうです」
「……悲し……そう……?」
エリーゼがモニカの言葉を反復する。モニカは、それきり口を閉ざしてしまった。悲哀に包まれた瞳で。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
そう、地鳴りのような声が轟いた。おそらく、龍が咆哮したのだろう。
続いてジョンたちが目にしたのは、閃光。遅れて雷鳴のような轟音が響き、地響きのように周囲が振動する。何者かが龍と戦っているようだ。
「応戦するッスか?」
レオンがジョンに問う。
「明らかに競技やってる雰囲気じゃないッスよ。第一、対人を想定した戦いに魔物を送りこむこと、それ自体が間違ってるッス」
「ええ、そうね」
エリーゼもレオンの意見に便乗した。
「大会に参加するのは60の団体。それに対してゲートは六つ……。ただでさえ第5・第6ゲートに辿り着ける団体は限られるというのに、加えて魔物の妨害もあったんじゃ、ゴールゲートに辿り着ける団体がゼロになってもおかしくない。順位自体はつくかもしれないけれど、色んな観戦者を呼んでの大会で、そんなことするはずがないわ。
……10メートル先も見えないこの吹雪といい、第一ゲートが移動していることといい、明らかに何か想定外の事態が起きているとしか思えないわ」
「ジョンさん、どうします? 進みますか?」
メンバー三人がやる気であることを見て取ったジョンは、その希望に答えることを決意した。
「――そうだな、何が怒っているか分かんねえが、ここで立ち止まってるようじゃあ、アンリミテッド・サークルの会長の名が廃るってもんだ!
いいか、お前ら! どんな事態が発生しようと、ゴールゲートに辿り着いて、このサークルの名を学校中に広めるまで、絶対にくたばんじゃねえぞ!」
『おう!!』
ジョンの気勢に、全員が覇気をもって頷いた。
 




