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「大事なことを忘れてるような……」

『参加者の皆様ー、そして観客の方々ー、おまたせ致しましたー!

 ただいまを持ちまして、クロフォード登山大会の開催を、ここに宣言したいと思いまーす!

 準備はいいですかー? できてなくても始めちゃいまーす!

 それではー、レッツ、ゴー!』


 スノウティアのフィールド内に、放送部による陽気なアナウンスが流れた。

 その開催の合図と同時に、おそらく観客のものであろう歓声がスピーカー越しに流れた。

 生徒会庶務であるタクミは、高台からフィールド内のようすをうかがっていた。

 タクミのバングルからも同様の音声が流れ、それが直接タクミの耳に届いたが、そんなものを気にしている場合ではなかった。


「いよいよ大会が始まるな……」


 そう、タクミは言った。


「……そうだね」


 そう、ナターシャは返した。


「……」

「……」


 ……会話が、止まった。


(どうしよう、これ……)


 タクミは頭を抱える。



 生徒会長であるリクトに頼まれ、登山大会の監視役となったタクミであったが、相方がまさかのナターシャであった。

 ナターシャといえば、生徒会の書記であり、リクトの秘書であり、そして……「氷雪の鎖縛(アイス・エイジ)」の異名を持つ実力者である。


 ――だからって、会話までも氷河期(アイス・エイジ)でなくたっていいじゃないか。と、タクミは泣きたくなった。


 別にナターシャは、悪い人間ではないのだ。

 むしろ、人の気を察することのできる、優等生といえる。


 ただ、会話が繋がらないだけで。

 すぐに会話がストップしてしまうだけで。


 先ほどからタクミは、なんとかナターシャとの会話を試みようとあれこれ模索し、彼女も彼女でコメントを返してくれていたのだが、それでも、なかなか会話が発展しなかった。

 どうしよう。

 どうすりゃいいんだ、こんなの。

 リクト会長ってばいつもこんな奴と一緒に居るのか。パねえわ。リクトマジパねえ。


 タクミは何度も心を折られそうになったが、しかしその度に、自らの気持ちを奮起させ、ナターシャとのコミュニケーションを試みた。

 現在の勝敗は33-4といったところである。しかも談笑といえるレベルの会話をした回数を数えるなら0と言える。


 ――クソが、俺は諦めねえぞ。なんとしてもナターシャと歓談してみせる。


 そうだ、容姿を褒めてみよう、とタクミは思った。見た目を褒められて嬉しくならない女は居ない。タクミは長い女性経験からそう確信していた。

 それに、このナターシャという少女、よく見れば本当に可愛い顔つきをしている。顔面偏差値だけでいえば生徒会役員の中で一番上かもしれない。可愛いだけで可愛げがないのが残念だが。


 ――そういう意味ではスズカの方が可愛い。あっちはちゃんと会話を広げてくれるし、自分から話題振ってくれるし。こっちの話をちゃんと聞いてくれて反応してくれるし。ああいう女の子がモテるんだよな、ホント。

 ああ、なんだかスズカのあの愛嬌のある表情が懐かしくなってきた。今度一緒に喫茶店行くか。ケーキは太るからヤダとか言ってたからカフェオレでも頼もう。あー楽しみだなあー待ち遠しいなあー。


「じゃなくてえええええええ!!」


 タクミは現実逃避をしそうになった自分をむりやり現実に引き戻す。いかんいかん、ついスズカに思いを馳せて我を見失ってしまうところだった。

 タクミはコホンと咳払いをし、ナターシャに言う。


「い、いやあ、ナターシャ、前から思ってたんだけどさ、やっぱりナターシャって、結構可愛いよね! 目元とかキリッとしていて、それでいて可愛げがあるんだもん! ほんと良いなあって思う! うん!」


 タクミは必死にそう告げたが、ナターシャは「んー」と考え込んで、それから言った。


「……へくちっ」


「……」

「……」


 ――くしゃみだ。くしゃみだった。


 しかも妙に可愛いくしゃみだった。

 なんだ、これ。どうすればいいんだ。

 俺はどういった返事をすればいいんだよ。

 あーもう知らねえ! そっから会話に繋げてやる!


「く、くしゃみしちゃったかあ! まあ仕方ないよなあ! ほら、さ、寒いもんなあ! アレ、ほら、雪降ってるし、……まあ、魔導人形使用してるから寒さはあまり感じないんだけどさ……。うん……。

 ……まあでも、ほら、気分的にね? 寒さが……なんか……ほら、ね?」


 後半はしどろもどろになり、最後は勢いで乗り切ろうとするタクミ。がんばれタクミ。男の意地を見せるのだ。

 そしてナターシャは、意外にも、タクミの言葉に返答した。


「雪……すごいね」

「お!? お、おう! そうだな! いやー豪雪地帯とは聞いてたんだけどさー、こんなアポリアかよって思うくらい降るとはさすがの俺も予想し――」


「……でも、この雪、ちょっと泣いてる」


「……え?」


 ――なにそれ、詩? ちょっとイタい感じの。


 タクミは頭を「?」で埋め尽くされたような思いだった。

 なおもナターシャは言う。


「……行ってくる」

「えっ」


 どこに? とタクミは聞こうとしたが、ナターシャは何も言わずに、彼の元を離れて行った。


「お、おい、ナターシャ!」


 タクミは後を追おうとするが、行く手を猛烈な雪に阻まれた。


「……なんだ、これ」


 タクミは茫然とする。

 タクミの目の前に広がっていたのは、雪景色どころではない、一面の白だった。


 ――なにか、おかしい。


 本能で、そう感じていた。



「わあ、本当に寒くないんですね!」


 モニカは、魔導人形の機能の凄さに感動していた。体の筋肉が凍らないように、魔導人形それ自身が発熱し、さらに温度を感じる感覚も、ちょうどいい具合に調整される。

 結果、モニカは見ているだけで寒くなるような薄着であるにも関わらず、彼女自身はまったくそんなことを感じていなかった。


「……しっかし、雪、強いわねえ」

「ああ、そうだな。こんだけ強いと『ホワイトアウト』が起きちまいそうだな……」

「!……」


 ――モニカは、その言葉にピクリと反応した。


 モニカの足が僅かながら止まったことに、ジョンは気付いた。


「ん、どうした、モニカ?」


 モニカは伏し目がちに話す。


「いえ、その……、その、ホワイトアウトって言葉、前にマオさんも言ってたんですけど、なんだか聞き覚えがあって……」

「そりゃそうでしょ」

 エリーゼは言う。

「一般的な用語よ」


 エリーゼの言葉にジョンが補足する。学識は豊かである彼の口から、するすると説明が出てくる。


「ホワイトアウト。大量の雪により太陽光が乱反射して、視界が前後不覚となる現象。ひどいときには自分の足元すら見えなくなるらしいな」

「まったく……、厳しい環境で戦うっていっても限度があるわよね……。まともに相手も見えないんじゃ勝負にならないじゃない」

「そういう状況下でも適応できる魔法使いが必要だってことだろ。天候は人間がどうこうできる問題じゃないんだから」

「それはそうだけど、だったらこういう状況に対処できる魔法をあらかじめ教えておくべきじゃない?」

「まあ、そうだけど……。……言われてみれば、この降り具合、確かにちょっと異常だな。

 こんなの、北国である『アポリア』でさえ滅多に見られない。山だから仕方ねえのもあるかもしれないけど……」


 ジョンとエリーゼが状況を分析するが、モニカは別のことに思い当たりがあったようだ。


「うーん、なんか違うんですねよね……。そうじゃなくて、えっと、なんだろう、なにか大事なことを忘れてるような……」

「大事なこと?」

 エリーゼが聞き返す。

「大会の勝敗のこと?」

「それもそうですけど……。……すみません、思い出せないです」


 なんだかモヤモヤする回答だった。思い出せないものは仕方ない、と、モニカはそれ以上の思考を諦め、前へと進んでいくことにした。


「で、ジョン、今はどこへ向かっているの?」

「とりあえずは、第一ゲートに向かってる。もしかしたら、そこに他の団体が潜んでいるかもしれない」

「なるほど、待ち伏せしてるってわけね。そこを叩くと」

「ああ、そのつもり……だったんだが、

 ……おっかしいなあ……」

「何が疑問なんスか、兄貴?」


 ジョンは、事前に配布された登山大会の地図データと、自身の地図に表示される座標を見比べながら言った。


「……変なんだよな、地図の更新は続いてるし、魔力波が届いてないってわけでもないのに……」

「……それって……」


 エリーゼは、ジョンの語る言葉から、彼が何を言いたいのか、おおよその見当がついてしまった。


「エリーゼ、たぶん、お前の考えている通りのことだ」


 ジョンは、立ち止まり、自身の足元を指さして言った。


「……ここ、第一ゲートの中心なんだよ」


『…………』


 ――全員の足が、ピタリと止まった。



「始まったな……」

「そうだねー」


 生徒会室で執務をしていたリクトは、部屋に置いてあるラジオ型の音声受信機から、大会が開催されたのを知った。

 リクトは気難しげな顔で、「いや、自分ぜんぜんそういうの興味ありませんから」的な雰囲気を必死に出しつつそのアナウンスに耳を傾けていた。


 その様子を見た3年生のカナエがニヤニヤと含み笑いをした。

 彼女は椅子の背もたれに対面するように椅子に跨り、背もたれの上に両腕を乗せていた。典型的な余裕綽々のポーズである。その状態からリクトに言う。


「気になってるんでしょ、リクト」

「なにが」

 リクトは若干の苛立ちを込めつつ聞き返した。

「私は現状把握に努めているだけだが」

「そんなこと言ってー、本当は気になるでしょ、ジョンのこと」

「なぜ、あの凡骨のことを」

「イイヨイイヨー、お姉さん分かってるから。嗚呼、友情とは斯くも美しきもの哉」

「さっきからなにをほざいている。寝言は寝て言え」


「ぶー、リクトくんそういうところ冷たいよねー。第一ワタシ3年生ですよ? お姉さんですよ? なんで敬意の欠片もないわけ?」

「貴様に対する敬意など出会って5秒で霧散したわ」

「そんな即ハメみたいに言わなくてもいいじゃないのさー。……まあいいわ、私もあんたに敬語使われても気持ち悪いだけだしねー。なに、今さらおべっか使ったって一緒に寝てなんであげないよ? みたいな! キャー!」

「すみません、カナエ様、大変目障りですので即刻黙るか退室してください」

「なーんでそういうときだけ恭しくなるかなー、もー! ドMになっちゃうぞ☆」

「罷免したい……」


 完全無敵のように見えて意外と弱点があるリクトさんでした。とはいえこの手が使えるのはカナエくらいなものである。決してマネしないように。

 カナエは跨る椅子を揺らしつつ窓の外を眺めた。空は相変わらずの快晴である。ふー、とぼやく。


「登山大会かー。確か今回はスノウティアでやるんだよね。あそこって冬は雪積もって大変なんでしょ? もう春になったからそこまで酷いことにはならないだろうけど……。見回りに行く人たちは大変だね」

「タクミとナターシャに行ってもらっている。ナターシャはともかく、タクミがちゃんと仕事をこなしてくれるかどうか不安だな。まったく、3年生にもなって女ったらしとは……」

「リクトってばタクミにも敬語使わないよねー。まあ、ポリシーっつーもんがあるんだろうけど」

「私のポリシーは先ほど言ったはずだが」


「いやー、コワいコワい。でもま、順当なところかな。先生とかにはスッゴイ礼儀正しいもんね、リクト。いいなー、先生。私も先生になろうカナー」

「貴様が教師になるなど世も末だな。モンペの餌食になるといい」

「えー、でもワタシ、子供とかけっこう好きよ? ナターシャちゃんとか可愛いよねー! ぺろぺろしたい」

「ナターシャを貴様の毒牙から守る私の気にもなってくれ」


「……リクトってさ、ナターシャにだけは甘いよね、あれか、惚れてるのか」

「たわけ」

「まーねー、あの子可愛いしねー、惚れちゃうのも無理ないわー。ヒューヒュー」

「いい加減にしないと本気で罷免するぞ」

「いいじゃんかよー、お姉ちゃんともう少し戯れてくれよー、暇なんだよ生徒会副会長ってのはー!」

「他の立候補者を軒並み蹴落としておいて何を言う」

「あ、じゃあさ、アレしよう、アレ、ラッキースケベごっこ! ここにバナナの皮置いとくから! あとは私の胸に突っ込んで!」

「なんだその頭悪い遊び」

「もういい! 脱ぐ! 惜しげもなく脱いでやる! ほら、休憩しよう、休憩! 一緒に寝よう! セクハラとかバッチコーイ! 寝バック上等だオラァ! ほら、せっかく二人きりなんだから、ほら、(屮゜Д゜)屮 カモーン」


「なんで毎回ネタが切れると下ネタ方面に突っ走るんだ貴様は」

「うわー、ミスクロフォードに選出されたこともある私にそういうクチをききますかリクトさん。うわー、ないですわー」

「あんな外見だけで人を判断する愚昧な行事に名を連ねたからなんだというのだ」

「えー、もー、つーまーんーなーいー!」

「私のせいじゃない」

「つーーーまーーーんーーーなーーーいーーー!」

「あ、ザック先生ですか、生徒会室に不審者がいるので全力で排除して頂きたいのですが。ええ、如何なる犠牲を払ってでも」

「やめて(迫真)」


 そんな茶番(コント)を繰り広げていたリクト生徒会長とカナエ副会長であったが、不意にリクトのバングルに通信が入ったため、いったん打ち止めとなった。

 永久に打ち止めになってほしいというのがリクトの望みではあったが。


 リクトはバングルを起動し、魔法で象られた半透明の長方形のメニューウィンドウから通話ボタンを選択、スライドする。

 一昔前まではスマートフォンなるもので利用されてきた技術である。もはや過去の遺産となりつつあるが。

 通話の送信主は、生徒会役員であるタクミであった。リクトはカナエと同じため口で応答する。


「どうした、タクミ。何かあったのか」

『ああ、リクト会長か。……すまんが大変なことになった』

「大変なこと?」

 リクトは眉をひそめる。

「妙だな、まだ大会は始まったばかりだろう? どんなトラブルだ?」

『トラブルっつーか、……ンまあトラブルなんだけどさ、三つもヤバいことが起きてる』


 いつになく、タクミは真剣な口調である。先ほどまでふざけていたカナエも、気持ちを切り替え、タクミの話に耳を傾けた。


「詳しく現状を報告してくれないか」

『了解。まず一つ目なんだが、……雪が濃い。アポリアでもこんなに降るか? って量だ。ましてやスノウティアだぜ? 明らかにおかしい』

「雪が……濃い、か……」


 リクトの頭の中で即座に計算が始まる。そしてすぐに、今日と昨日のスノウティアの天気、および明日の予報を調べる。リクトは目を皿のようにして原因を探った。

 しかし、スノウティアの天気は例年と同じ降雪量である。豪雪が降るような前線も確認されない。

 第一、タクミの言う通り、現在は冬を過ぎて春となっている。確かに異常だ。


「……了解、残る二つは?」

『あーっと、そうだな、なんでか分からねーが、ナターシャが急にフィールド内へ飛び出しやがった』

「……ナターシャが?」


 リクトは聞き返した。ナターシャがタクミを置いて単独行動すうとは。ちょっと普通では考えらない出来事だった。

 彼女は異常を察すると、事態を事前に収束しようと、強硬手段に出ることも少なくないが、逆に言えばそれだけ危機が迫っていることの証左でもある。

 おまけに、彼女、ナターシャは氷の魔法の使い手だ。こういった雪の降る場所の異常は彼女も感づきやすい。ナターシャが動いたということは、間違いなく何かが起きている。


「……ちょっと、ちょっとヤバいんじゃない? ナターシャが動いてるんでしょう? ただ事じゃないよ、これ」


 カナエも事態の深刻さに気付いたようだ。頬を汗が伝っている。さすがの彼女も緊張しているようだ。


「……それで、最後の一つは?」

「ああ、これが一番ヤバいことなんだが……」


 タクミの通信にノイズが混じっている。どうやら今も、事態を把握するために動いているようだ。


「その、俺、さ、とりあえずゲートに向かおうと思ったんだよ。あれだ、登山大会の通過地点になってるあのゲート。こっからだと第4ゲートが近いからさ、そこに。……けどさ、今も地図を頼りに歩いてるんだけど、その……、さ、


無いんだよ、ゲートが」


「……は?」


 リクトは、理解不能とばかりに眉をひそめた。

 ……ゲートが、無い?

 設置し忘れたのか?

 そんな凡ミスが、と自身の記憶を探った。


(……いや、会場設営には私も立ち会った。確かに、ゲートは目的の地点に設置したはずだ。無い、なんてことあるはずがない)


「……それって、つまり……」

「……ああ……」

『そうだな……』


 三人が三人とも、同じ結論に辿りついた。

 誰もが予想していなかった緊急事態が、現在進行形で起こっている。

 タクミの話から導き出される結論は、一つしか考えられなかった。

 一斉に、その可能性を言葉にする。


 ――ゲートが、移動している。


 ……それしか、考えられなかった。

 そしてそれは、まるで想定外の非常事態だった。


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