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「帰りたい」

 ――上に……いる!


 目視をして確認するだけの余裕はない。

 しかし、相手の狙撃手は、十中八九、ジョン、ないしエリーゼを空中から攻撃せんとしていることに、ジョンは気づくことができた。


 どうする……? エリーゼに知らせるか?

 一瞬の思考。

 ここで、「上から来るぞ、気を付けろ!」と叫べば、エリーゼは目の前の敵を諦め、情報からの敵の迎撃に努めるだろう。

 だが……ここには、ジョンがいる。

 ジョンは、この場での自身の最善の選択肢が、エリーゼに上空の敵の存在を悟らせることではなく、自身がその敵に対処することであると、瞬時に結論づけた。

 なにせ、あのエリーゼだ。先ほどまでの戦果を見るだけでも、たとえ上空から奇襲を受けても、なんなく対処するであろうことは目に見えている。


 正しい選択肢であるか分からない。

 答えのあるものなのかすら不明だ。

 だからこそ、その場その場の判断(アドリブ)力が試される戦場においては、各局面において、自信を持って「これだ」と思える択を、「迷わず」選び取っていく決断力が必要となってくる。


 ジョンは、信じる。

 エリーゼの力量と、自分の判断を。


 ジョンの頭上から、エリーゼへと迫る魔刃。

 ややリーチに難はあるものの、身軽で、かつ強健な刃が、エリーゼへと振り下ろされんとする。

 その瞬間を、ジョンは見過ごさない。

 コンクリート製の橋を蹴り、自らの大剣を、再度振り上げる。


「――ッ」

(かかった!)


 エリーゼへと向かっていた敵兵が、ジョンの存在に気づいた。

 大声を上げ、こちらへ意識を向けることも考えたが、それだとエリーゼの行動を阻害してしまう結果となってしまうので、敵兵のこの反応はまたとない好機だった。


 ――斬らせてもらうッ!


 ジョンが、その思いと共に、踏み込んだ右足を後ろへと後退させる。

 敵兵は、刹那の判断の後、ジョンへと目標を切り替える。

 エリーゼへと向けていた刃を、ジョンへとスライドさせる。

 ……そして。


 ジョンの大剣と、敵兵の短剣が、衝突する。

 激しい金属音を伴った邂逅。

 ……そして、エリーゼは、というと。


「……あぐッ!」


 敵兵の悲鳴が、かすかに聞こえた。

 エリーゼは、バック転をした体勢のまま、鎌を引き、振り向きざまに敵を斬ったのだった。

 左右に分断される、大柄な男の魔導人形。

 すぐさまそれは消滅し、青白い光となって消滅を誇示した。


「なッ――!」

「よそ見ィ!」


 ジョンと対峙していた敵が、驚愕の声を上げた。

 まさか、こんな小さな少女に、ここまでの苦戦を強いられるとは――といった思いだろうか。

 目の前の男も、力量は浅いが、しかし、一発の攻撃の重みは相当である。

 ――国立第四魔法学校(クロフォード)の新幹線を奇襲するという、楽な任務のはずだった。

 ……しかし、蓋を開けてみれば、とんだ化け物がいたものだ。


 エリーゼは、敵兵を斬った後、残る二人に視線を合わせようとした。

 ――が、そこで、おかしなことに気づく。

 先ほどまで、エリーゼを執拗に狙っていた狙撃兵が、姿を消している。

 代わりに、一人の細身の男性(といっても、それなりの筋肉量は有しているようだ)が、ジョンと対峙していた。

 細身の剣を駆使し、ジョンの大剣としのぎを削っている。

 エリーゼは、鎌をの柄を握った体勢のまま、わずかに思考する。


 ――目の前の男、どうやら、先ほどまでスナイパーライフルを構えていた男のようだ。

 ――そして、周りに敵兵が確認できないことを考えると、目前の敵は最後の一人であるようだ。

 ――そして、ジョンは目の前の敵に苦戦している。ここは私が助太刀しなければならない。


 言語として意識されない思考。

 そこまでの事態を概念的に把握したエリーゼは、しかしそこで、ふと、さらに考える。

 ジョンは苦戦しているが、しかし、目の前の男が最後の一人であるならば、ジョンの安全を考えなくとも問題ない。

 つまり、何が言いたいかというと、目の前の敵さえ倒せれば、ジョンがやられてしまいようが関係ないのだ。

 エリーゼの、とっておきの魔法によって。


「ジョン、恨まないでね!」

「⁉」「⁉」


 ジョンと敵兵が、同時に疑問符を浮かべた。

 ……なんだ、なにをする気だ?

 両者の猛烈な不安をよそに、エリーゼは、自身の獲物である漆黒の大鎌に、魔力を込める。

 大鎌に埋め込まれた魔法石が、瞬く間に反応し、煌々とした闇を放つ。

 かと思えば、大鎌が駆動し、パーツの一つ一つが変形し、ただでさえ大柄であった大鎌が、さらにその体躯を伸ばす。

 やがて、その大鎌は、柄の太さは変わらずに、当初の1.3倍ほどの大きさに形を変えた。

 刃の部分も、説明に違わず巨大になっており、さらに、その曲線の魔鋼に、赤黒い瘴気(オーラ)が迸った。

 攻撃範囲(リーチ)にいる者を、敵味方問わず切り伏せる、敵にとっても味方にとっても迷惑極まりない、エリーゼの必殺技。

 その名を、エリーゼは、声を大にして叫ぶ。

 喜々として、狂乱気味に、鎌を振りぬく。


 その様子を見ていたジョンは、瞬時に悟る。

 ――ああ、これ、絶対俺を巻き添えにする技だ……。

 しかし、エリーゼの表情は凄まじく、今さら何を言ったところで止まるようには思えない。

 むしろ、先ほどの車中での一件も含め、憂さ晴らしでもするかのようにジョンをねめつけていた。

 ジョンは「おいやめろ」と言いたい気持ちでいっぱいだったが、周囲に敵がいない以上、エリーゼの「敵をジョンごと斬り裂く」という選択肢は、かなりの妥当性を持っていることを否定できなかった。


 ――仕方ない、腹を決めよう。

 ――恨まないでね? なに言ってやがる、上等じゃねえか。


「いいよ、来いよ!」


 ジョンの呼応に、エリーゼはさらにその勢いを増す。

 そして、叫ぶ。


大鎌威断ち(オオカマイタチ)‼」


 まるで、血の色をした風が、吹いているかのようであった。

 禍々しい紅い刃が、敵兵を、ジョンもろとも一閃する。

 そう、ジョンが敵と対峙していたことは、エリーゼにとって、絶好の足止めだったのだ。

 それを踏まえての、この攻撃。

 空気が焼け付いたような轟音。

 それでいて、切れ味はたいへんスマートであった。

 体を上下に分断された敵とおまけのジョンは、共に魔導人形を崩壊させ、光の柱を合わせて二つ、線路上に打ち立てた。

 青白く飛翔する魔法の粒子に、エリーゼは恍惚の笑みを浮かべる。

 勝利の余韻に、浸っていた。

 ジョンという、大いなる犠牲を伴ったが。

 ……まあ、生きているんですけどね。


「……ふう」


 エリーゼは息を吐き、新幹線の車体に、その小柄な体躯を預ける。

 わずか、十秒あるかないかというくらいの、瞬間の戦闘。

 魔導人形を使用した魔法使いは、戦いの際、意識を集中させることで、己が肉体や、周りの環境すらも緩慢に感じられるほどの、迅速な思考をすることができる。

 有体に言えば、脳がクロックアップしているのだ。

 もちろん、肉体の方も、飛躍的にその能力を向上させているのだが、頭の回転の早さはその上を行っている。

 いくら肉体が損耗しても関係ない「魔導人形」だからこそできる芸当といえよう。

 生身でこんなことをやっていたら、遠からず脳が崩壊する。


 一息吐いたエリーゼは、甘美なる勝利と、グラグラ揺れる視界に酔いながら、左腕に嵌められたバングルを操作する。

 魔導バングルと呼ばれるそれは、起動することで、使用者の目の前に、あたかもコンピュータの画面のような、魔導性のホログラムを浮かべることができる。

 エリーゼは、タッチ式のそれを操作し、エルナへと電話をかける。

 数回のコール音の後、エルナの声が応答した。


『エリーゼ様、ご無事ですか?』

「グーテンモルゲン、エルナ。こっちは大丈夫。悪い奴ら、みんな追っ払ったわ」

『ご苦労様です、エリーゼ様。状況はいかほどですか?』

「ジョンまで一緒にぶっ倒しちゃったけど敵勢力を退けたから関係ないよね」

『左様ですか』


 エルナの返事は素っ気なかった。

 おそらく疲れているのだろう。事後の対応とか色々なことで。

 続いて、エルナからの簡潔な状況報告がエリーゼに届く。


『現在、国立第四魔法学校(クロフォード)の船がこちらに向かっているようです。あと10分ほどで到着するかと』


 ふーん、と、エリーゼは気のない返事を返す。


「……まあ、早い方なのかしらね、対応としては」

『魔導人形を使用されての戦闘をされましたからね、体感時間が長く感じるのもしょうないですね』

「……そうね、ホント、頭クラクラよ」


 いかに強靭な魔導人形とはいえ、脳を酷使すればその反動は来る。

 人間を模した魔導具であるゆえの必然といえる。


『……それと、電車の乗客についてですが、幸い、軽症者はいたものの、とりたてて重傷を負った者はいなかったそうです。死人も出ておりません』

「……そう」


 エリーゼは、無感動に頷いた。

 その後、短い挨拶を交わした後、エルナとの電話を切る。

 本当ならば、ここで、自らの魔導人形を消滅させて、生身(ほんたい)へと意識を帰還させてもよいのだが、――なんとなく、まだ、こうしてボーっとしていたい気分だった。


 ――正直なところ、エリーゼに、乗客を救えた、という感激は無かった。

 ただ、自分以外に敵対勢力を退けることのできる人間は多くないと自負していたから、先んじて出撃室に赴いたまでだ。

 他の奴らに任せて、車内に敵が潜入してきては、自分の身が危うくなる。

また、必死に敵を退けたのも、独断で魔導人形を使った以上、やられて帰るわけにはいかないという、ある種の義務感を抱いていたからだった。


エリーゼは、このところ数年の、「デーベライナー」という血から来る圧迫に耐え兼ね、人を信じ、そして頼るという感情に乏しくなっていた。

それどころか、エリーゼを邪険にする奴らを、軒並み斬りたいとすら思っていた。


 エリーゼは、車体に体を預けたまま、空を見上げる。

 日本特有の淡い青空が、エリーゼの前に開けた。


「……帰りたい」


 エリーゼは、短くそう(つぶや)いた。


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