「パパが家を出たときに置いていったものなんだ」
そんなこんなで、モニカが服を選び終わると、ちょうど店の奥からユウゾウ氏が帰ってきた。
「ほほう、けっこう大胆なのを選んだねえ」
「わりとみんなこんな感じじゃないですか?」
「いや、その、キャラのイメージというのがあってね」
ユウゾウ氏もなにか言いたいようだったが、色々と深い事情があるのを察して、それ以上は言わなかった。まあ彼女の趣味だし、似合ってないわけではないしね。
「それで、ユウゾウさん。私の魔導装甲は?」
「ああ、そうだったね。とりあえず3つ選んでみたから、試しに使ってみてほしい」
そう言ってユウゾウは、3つの武器を地面に置いた。どれもが杖だった。
「刃は付いてないんですね」
モニカの感想に「おや」という調子でユウゾウが尋ねる。
「欲しいのかい? 人を傷つける武器が」
「……いえ、いいです」
モニカは首を振った。ユウゾウは、先ほどのモニカとの会話から、モニカは人を傷つけることを望んでいないことを読み取ったのだ。
「……君は言っていたね。暴力は嫌いだ、人を守りたいと。だからこそ私は、君の思いを存分に発揮できる、この3つの武器を選んだんだ。剣や銃がほしいなら、持ってこよう。だが君がそれを使えるかと言ったら、私はそうは思わない」
モニカは、ユウゾウの言葉を聞いて、胸から込み上げてくるものを感じた。
――そうなんだ。
――私は、人を守りたい。
――だからこそ、魔法使いになる決意をしたんだ。
アンリミテッド・サークルに入ったのも、ジョンの男気に感動し、ジョンの恩に報いようと思ったからであるが、それ以上に、ジョンの目指す場所が、モニカの望みと合致したのが大きな理由である。
「回復職という言葉を聞いたことがあるかな? 補助魔法に長け、後衛として仲間を助ける役職の中でも、とりわけ仲間の傷を癒し、仲間を攻撃から守ることに特化した役割だ。君にはそれが一番似合うと思う。この武器はそのために作られたものだ。もちろん、攻撃魔法も練習すれば使えるようになるがね」
モニカは眼前に置かれた3つの武器をそれぞれ手に取っていった。一つは、魔法席を中心として、それを6本の流線型の柱で囲んだような形状のもの。一つは、円盤のようなものの両側に角が生えたような形状のもの。おそらくは、この3本の中でも比較的攻撃魔法が使いやすいものだろう。そして最後は……。
「……これ、いいですね」
モニカが指差した最後の杖。それは、まるで太陽のような形をしていた。八角形の七辺に、上から順に大きさの違う七本の、西洋の剣の形をした突起が付いている。モニカは、その見た目が気に入ったようだ。
「それか、なかなかいいね。手に取ってごらん」
モニカは、杖の柄を握った。瞬間、彼女の体に熱いものが血管を通して流れ込んでくるような、そんな感触を覚えた。モニカの体内に流れる魔力と、武器の波動が共鳴しているのだ。
ドクン、とモニカの心臓が大きく脈打った。モニカの握る杖が、彼女の心臓と直接つながったような、そんな感覚だった。
「……なるほど、ピッタリだね」
ユウゾウは言った。
「……この子、なんて名前なんですか?」
モニカは尋ねた。ユウゾウは嬉しそうに答えた。
「川内」
「せんだい……」
モニカはその名前を反復する。次の瞬間。
モニカに、翼が生えた。
「!?」
一瞬の出来事で、モニカは思わず跳ねた。周囲を見ると、皆、予想通りの展開に笑っていた。
「な、なんで笑うんですかあ……」
モニカは赤くなり、口を膨らませた。悪ィ悪ィ、とジョンは謝る。
「やっぱり驚くよなあ、それ。俺もびっくりしたもん」
「どういう、ことですか?」
「モニカ、貴方、魔導装甲を召喚したのよ。武器が貴方をマスターだと認めた証よ」
「召喚……ですか」
モニカは、自分の握る武器を見つめた。それから、顔を綻ばせ、こう言った。
「……よろしくね、川内」
モニカの武器が、ひときわ大きく、光を放った。
☆
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
……部屋の奥から、そんな声が轟いてきた。マオとゴンゾウが買い出しに出かけている今、部室にはタケシの他にはメアリーしか居ない。タケシがぎょっとして振り向き、部屋の奥を見ると、そこには息を切らしたメアリーがいた。
「やったって……、な、なにが……?」
恐る恐るタケシが訊く。メアリーは、今まで見せたこともないようなご機嫌さで、タケシに行った。
「なにって、分かんないの!?」
「ま、まさか……」
このタイミングで、メアリーがここまでの喜びを示すということは、思い当たる節は一つしかない。タケシは目を見開いた。
「も、もしかして……、魔導装甲が、か、か、完成したの……?」
メアリーは大仰に頷いた。
「そのまさかよ」
親指をグッと突き出して言う。体をギュッと縮こまらせ、それから全ての念を発散させるように体を広げ、そして言った。
「霧の女王の魔法陣んんんんんんんんん、完成いいいいいいいいいいいいい、いいいいいいいいたしまあああああああああしたあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお凄ええええええええええええええええええマジでええええええええええええええええええええええ!!!!?????」
タケシも同じように驚いていた。長かった。とても長かった。まあ正直なところタケシはつい一週間ほど前にこのサークルに入ったばかりなので、その魔術がどれだけの苦労でもって書き出されたのか分からないが、それでも大いに感動していた。
「す、すすす凄いじゃないかメアリー! あれを完成させるなんて!!」
「ふっふーん、嘘だと思ってるでしょ。なんなら見せてあげても言いわよ?」
「べ、別に嘘だなんて思っては……」
「いいから来なさいよ!」
そう言って、メアリーはタケシの首にラリアットが如く腕を回し、そのまま自分の研究部屋に連行して行った。
「なんでそんなテンション高いの!?」
「いいからいいから♪」
メアリーは過去に例を見ないほど上機嫌であった。タケシは、ふだん喋るだけが精いっぱいな女の子に、こうして絡まれ身体的接触をしているおかげで、別の意味で興奮していた。、まあメアリーにとってはこの喜びを共有できる相手がいれば誰でも良かったのだが。
「じゃじゃーん!」
と、メアリーは部屋の中の自分の机を指した。数十枚にも及ぶ魔方陣が机に積まれていた。どうやら本当に書き上げたようだ。このうちの一枚を起点として魔力を流すことで、他の魔法陣に命令が伝わり、連鎖し、巨大な魔法となる。
タケシは上に乗っかった魔法陣の束を十枚ほどとり、一枚一枚眺めていった。詳しい術式は分からないが、それでも巨大な魔術であることくらいは分かった。タケシは感嘆の声を漏らす。
「なるほど……、こ、これがこ、ここに繋がってこう……。……ひええ、メアリー、よ、よくこんなのお、思いつくねえ……」
「でしょでしょ!? めっちゃ綺麗なコードでしょう!」
「あ、ああ、ととと、とってもスマートな術式だよ。ひ、必要最低限の命令だ。見ればた、た、単純な術式の集合だけど、これをいい一から考えるとしたら、た、大変な労力だよ……」
「もっと褒めてもいいのよ?」
メアリーは胸を張った。エリーゼよりは幾分豊かなバストがそこにはあった。タケシはメアリーの女性的魅力もそうだが、彼も一応プロの魔法使いを目指す少年であるためか、今はそれよりも組み上げられた魔法陣に夢中だった。
「なるほどね、これがこ、こうなってこう連鎖して……」
タケシはそう言いながら、更にもう一束、魔方陣の書かれた紙を取り出し、頭の中で繋がりを分析していく。タケシがぶつぶつと独り言を呟く間にも、メアリーは両手を広げ、さながら大きな作戦を成し遂げた軍師のように語りだした。
「パパの遺した研究所には、どういう理論でこの魔法が動くかは書いてあったけど、じゃあ具体的にどう魔方陣を組めば実現できるかは書いてなかったの」
「僕も、よよよく聞くよ。あ、あれだろ、く、く車の例え」
「そう! 車ってさ、どう動くかは分かるじゃない。エンジンがあって、ガソリンが燃えて、そのエネルギーが動力に伝わってタイヤを回す……。そんな感じの理論は書いてあったのだけれど、じゃあ具体的に、エンジンはどう作ればいいのか、ガソリンは何を使用すればいいのか……。ギアの大きさは? 構造は? そんなことまでは書いてなかったのよね、パパの研究書には。だから、私はそれを読んで、じゃあ実現させるためにはどうすればいいのか、必死に考え、研究・考察・試行し、ここまで辿り着いたのよ」
そう言って鼻を鳴らすメアリー。タケシも、読めば読むほど、これは確かに誇ってもいいレベルのものだぞ、と興奮した。そして同時に、自分がこんな魔術を作り上げた同好会の一員であることに、自慢げな思いを抱いた。
どうだ、見返してやるぞ、と言いたげな心情だった。
……だが。
ふと、タケシは、魔方陣を読み込んでいくうちにふと違和感を覚えた。
――あれ。
――ちょっと待って、これ。
……本当に、発動していい代物なのか?
「……そういえば」
と、タケシは、メアリーにある質問をする。
「この魔方陣を遺した、メアリーの父さんって、だ、誰なの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
メアリーは首を傾げたが、まあいっか、とタケシに言った。
「私のウチね、実は離婚していて、再婚しているの。この魔術は、パパが家を出たときに置いていったものなんだ」
「そ、そうなのか……」
サラッとメアリーの家の複雑な家庭事情が見えた。だが、今はそんなこと、重要ではない。
――いや、ある意味それは、重要な問題だった。だって、それは、とある可能性の存在率を上げてしまうものだから。
「……で、そ、その元のパパの名前は……」
震える声でタケシは問う。
メアリーは誇らしげに答えた。
「アレステッド・ブロウ」
「!!……」
タケシは、耳を疑った。瞬間、この魔方陣がどれだけヤバいものなのか、すぐに察してしまった。
冷や汗を流すタケシに、メアリーは無邪気に追い打ちをかける。
――できれば、人違いであってほしかった。
だが、そんな望みはあっけなく瓦解した。
彼女は言う。
「私のパパ、世界的に有名な空賊なの」
……その言葉が、決定打だった。
 




