「困ってる人を助けたいんです」
挿し絵頑張りました。
「ここが魔導装甲を扱うお店、ですか……!」
モニカは、目の前に建つ店を見て、そう感嘆した。
ケーキショップで起こったメアリーとの騒動から2日が経った。もう、登山大会まで残りわずかである。各々のサークルが切磋琢磨し最終調整に臨む。それはアンリミテッド・サークルも例外ではなかった。
ジョンたち一行は、そのような中、モニカの魔道装甲を購入しに、学園を下り、その周辺に栄える都市群へと入っていった。
クロフォードは、いわゆる学園都市と呼ばれるような環境になっている。
魔法使いを育成することに特化した政策を採り、そこに軒を連ねる多くの店も、半分以上は魔法使いに向けた品揃えを構えており、生徒はもちろん、プロの魔法使いも広く利用していた。
クロフォードの興隆と同時に商いの場として発展し、この小さな島国である「テラス」において、それなりに有名な商業都市として名を馳せている。
とはいえ、クロフォードの内部にも、学生生協や、許可を得て進出してきた一般商店も多くあるため、そこまで頻繁に利用するということもなかった。ただでさえクロフォードは広大であり、また、そこまで気軽に行ける距離でもないため、ちょっとした旅行気分である。
「……にしても、デッケーなあ」
ジョンは魔導装甲を専門に取り扱う店、「魔導工房:五月雨」を見てそう感想を述べた。
「そういえば」
エリーゼはジョンに言う。
「貴方、こういう店に来たことないわよね」
「そうなんスか?」
レオンは疑問を抱いた。
「兄貴、自分の魔導装甲、持ってるじゃないっスか。名前は……えっと、なんでしたっけ」
「ロアノークな。まあ、覚える必要もないけど」
「ジョン、貴方にとってもこういうお店は新鮮なんじゃない? なんせ購入せず、自作したっていうんだから」
「え!? ちょ、マジっスか、兄貴!?」
「まあなー。俺が作ったんじゃねえけど、一応ハンドメイドではある」
「うひゃあ、兄貴の強さの秘訣がそんなところに……!」
「まあ、アマが作ったものだから、実際の精度は分からないけどね」
「ま、それでなんとかなってるし、大丈夫だろ」ジョンは伸びをした。「第一、俺、魔導工房なら何回か来たことあるし」
「あら、そうなの? 冷やかしに?」
「ほら、あれ、魔導装甲ってさ、人によって最適なモノって違うじゃん。でもさ、さすがに素人の俺らにはその辺の機微までは分からないわけよ。だから……」
「……ま、まさか……」
エリーゼが途端に目を細めた。嫌な感じの汗を垂らしている。
ジョンは「そのまさかだよ」と笑った。
「買うフリして自分に合う魔導装甲を分析した」
「冷やかしよりもタチ悪い!」
「あれッスか、服の寸法だけ測ってもらって後は自分で縫うみたいな感じッスか」
「そうそう、いやー、さすがの俺もちょっと気が引けたわー」
ジョンはけらけらと笑ったが、エリーゼはもちろん、レオンも引いていた。
モニカもなんとなくとんでもないことをしたのだろうなと察し、愛想笑いを浮かべた。
「あ、兄貴……、なかなかやるッスね……」
「店にとってはホント迷惑よね……、その度胸が羨ましいわ」
「俺もさすがにどうかなって思ったんだ。でも買えないもんはしょうがねーし。それにさ、素直に事情を説明したら、店のオヤジが感激しちゃって。魔導装甲の設計図をコピーして俺にくれたんだよ。頑張って作れよ、って。それがあのロアノーク」
ジョンの過去が思わぬところで明らかになったが、正直、聞かないほうがよかった気がする、とエリーゼは思った。レオンもどうコメントしたらいいか窮した。
「け、結果オーライとはいえ、真似したくないわ……」
「第一、魔導装甲が作れる人間なんてそうはいないっスからね。学校の美術レベルじゃどうにもなんないス」
「よく分からないですけど……、ジョンさんの破天荒さは伝わりました」
「破天荒というよりも厚顔無恥って感じよね」
「ま、それはともかく、さっさと中に入ろうぜ」
ジョンに催促され、4人は店の中へと入っていく。
入店して、まず目に入ったのは、まるでブティックのような内装だった。
流行の着合わせを紹介するように、マネキンには防具と魔導装甲がセットで飾られており、それが至るところに配置されている。
茶色い壁や板張りの床が厳かな武器屋の風景を想起させ、それでいて、高級ブティックの様な独特のお洒落感を醸し出していた。
まるでTシャツを積むかのごとく、様々な防具が置いてあり、ショーケースの中には、魔法石や、伝説の勇者「テルー」や女騎士「エリザ」の使っていたとされる武器のレプリカ、はたまた世界各地で名を轟かせている魔法使いの使用している物と同じ規格の武器など、多くの魔法使いにとって憧れである製品が展示されていた。
「やっぱり、わくわくするわね、こういうの」
あのエリーゼですらも心が弾むほどの空間であった。ジョンもこの店の製品をじっくり見て試したいという衝動に駆られたが、気分を落ち着け、モニカに言う。
「モニカ、お前、魔導装甲って使ったことあるか?」
んー、とモニカは記憶を辿る。
「あるにはあります。でも、お母さんの装甲を試しに使ってみたくらいで、自分の魔導装甲というのは持ってませんでした。何が合っているかというのも正直よく分からないです」
「そっか。じゃあ、ほら、店員さん居るから聞いてみようぜ」
ジョンたちは、どの魔導装甲が使用者に適しているのか見極める、いわゆる「ソムリエ」と呼ばれる人間に声を掛けた。こういう魔導装甲を扱う店には必ず一人はいるものである。とくにこのクロフォードのソムリエは、それなりに有名な大都市であるということもあって、多大な人気を誇る人間も多く居た。
この魔道工房・五月雨にてソムリエを務めるのは、ユウゾウ・キタガワラという老人だった。白髪で、顔には深い皺が刻まれているやせ気味の男である。顔はいかにも厳しそうだが、声をかけてみると、思いのほか優しそうなおじいちゃんだった。
「いらっしゃい」
ユウゾウは言う。
「誰のを見てほしいんだい?」
「私です」
モニカはぺこりとお辞儀をして言う。
「モニカ・エイデシュテットと言います。クロフォードの生徒で、これから登山大会があるんです」
「クロフォードの生徒か……」
そこで老人は、「ん?」とふと疑問が湧いたようで、モニカに尋ねた。
「クロフォードの生徒さんなら、入学前に魔導装甲を購入するもんじゃないか?」
「それは……」
ユウゾウにそう問われ、自身の複雑な経歴を話すべきか、モニカは迷ったが、そこにジョンは助け舟を出した。
「編入して来たんです、この子」
ジョンがそう言うと、「ほう」と老人は顎を撫でた。
「じゃあ、まずは寸法を測るから、こっちへ来なさい」
そう言って、老人はモニカを別の部屋へと連れていった。
☆
マジョリカの部室で、メアリーは机に突っ伏し、寝息を立てていた。その様子を、友人であるマオは、自分が淹れたインスタント・コーヒーを啜りながら眺めていた。
先ほどまで死に物狂いで魔方陣を書き続けていたメアリーであったが、限界が来たらしい、電灯の明かりすらも温もりに感じられ、気づけば夢の中へと誘われていた。
マオはメアリーの体の具合を心配したが、彼女のことを古くから知る手前、安易に「休憩しよう」とも言えなかった。ケーキショップへ行ったのは彼女の案だが、あれでもマオなりに決断しての行動だったのだ。
天然を装っており、実際天然なのだが、それでも、メアリーと接するときだけは、良き友人であり、母のような思いを起こさせるのであった。
「……ホント、メアリーはいつもそうだよね。誰も頼らず、無茶ばかりして……」
マオは過去のことをうっすらと思い出した。
リーゼンベルグ。このテラスの国ではいわゆる「猫又」と呼ばれていた妖怪。マオの種族はそれとは少し違い、猫に変身することは出来ないが、どういう種族かを説明するときの分かりやすい表現としてよくそう例えられる。リーゼンベルグとは正式な種族名だ。
猫のような耳と尻尾を生やし、猫のように柔らかくしなやかな動きをし、猫のように俊敏で強烈な戦闘を得意とする。マオはその種族としての特徴を恥じていた。なぜ、自分は他人と違うのだろうと悩んでいた。周囲はそのことをあまり気にしていなかったが、例えば、それは一人だけ身長が図抜けて高い少女のような、肥満体型の少年のような、そんなコンプレックスを抱えていた。
それらを全て受け入れてくれたのが、メアリーだった。マオはその容姿から、周囲の男子に苛められることが度々あった。マオが自身のそれを深く恥じていたのもまた、苛めの対象となる原因だった。しかしメアリーは、マオに、何も恥じることはない、堂々と生きろと言った。それからも幾度となくメアリーにマオは助けられた。それが大きな心の支えとなっていた。実際、マオが自分の種族故の特徴を隠さなくなったとき、自然と苛めらることも無くなったのだ。
それゆえに、マオはメアリーに大きな恩義を感じていた。
だからこそ、マオはメアリーに力を貸そうと必死だった。
恩義というと堅苦しいが、友人として、そして恩人として、メアリーのことを深く思っていた。
メアリーは霧の女王と呼ばれる、……マオにはよく分からないがとても強大な魔術を使って、登山大会で魔術の有用性を証明しようとしている。
メアリーの父親――今は生き別れているらしい――が自身の研究として遺した魔術。1から10まで理論づけはされているが、あまりの難解さ故に、解読作業を必要としたほど複雑なものだった。
メアリーは、父の意志を受け継ぎ、魔術の力を証明しようとしている。
マオも、そこに全力で力を貸す所存だった。
「……ん」
と、メアリーは声を漏らした。どうやら起きたようだ。
「おはよう、メアリー」
「……マオ、おはよう」
ふわあ、と欠伸をするメアリー。頭がぼんやりしているようで、目も半開きだ。
マオはメアリーに言った。
「コーヒー、飲む?」
メアリーは薄く笑い、そして言った。
「ありがと」
マオからコーヒーを受け取り、口をつけ、すすった。
☆
モニカが寸法を測り終えたようで、店の奥から出てきた。老人は居なかった。エリーゼが口をひらく。
「おかえり、モニカ。あのオッサンは?」
「ただいまです。ユウゾウさんは、私の魔導装甲を探すと言って、店の奥に行っちゃいました。寸法を測っているときに、世間話みたいに色々と聞かれて……」
「俺も聞かれたなあ、いろいろ。好きなスポーツとそのポジション、将来の夢や学校に入ったら何がしたいかとか。あとは普段の生活とかな。ああいうので本当に分かるんだな」
「私も聞かれました。君は、魔法を何のために使いたい? とか。だから私、答えたんです。暴力は嫌いだけど、それでも大切な人を守るためには魔法を使わなきゃいけない。だから私は魔法使いになって、困ってる人を助けたいんです、と」
「なんだか魔法少女って感じッスね」
「昨今の魔法少女は色々とブラックな方向に進んでるけどね……。マンネリとかで」
なぜだかエリーゼの表情が微妙に暗くなった。何を嘆いているのだろうか。
「それで、幾つかの魔道走行を持ってくるから、その間に、自分の防具を選んでおいて、と言われました」
「そうねえ、モニカ、貴方どういうのが好きなの? ワンピースとか似合いそうだけど」
「そうですねえ……。んーと」
モニカはウキウキとした気持ちで防具を選んでいった。
「こういうのとか、好きですね」
モニカはハンガーに掛けられてあった服を2着ほど取ってジョンたちに見せた。
「か……、カットソーか……。しかも肩だしの」
モニカのイメージとはややズレた露出の高い服に、エリーゼは驚いた。更に彼女はスカートを見せる。
「……まあたえらく裾の短いのを選んだわね」
「え? 可愛いじゃないですか?」
モニカは素でそんなことを言うが、これを合わせて着るとなると、なかなかセクシーな見た目になりそうだ。
「いま、俺の中でモニカ像が急速に崩れて行ってるッス」
「んー、まあ、でもモニカってば、最初に会ったときもなんだかんだ短いスカート履いてたからな……。そういう好みなんだろうな。体育座りのときパンツ見えそうだったし」
「……見たの?」
「見てねーよ」
ジト目で問うエリーゼにジョンは渋い顔をして首を振った。
更にモニカのセレクトは彼女のイメージと違う方向に行く。
「それで、このスカートに、このベルトを合わせます」
「なんでよりによってそんなワイルドなブツを?」
「元気っぽくて可愛いですよね?」
「よく分かんない」
エリーゼは困り果てたようだ。もはやそんな子供じみた言葉しか出せなかった。
「あとは、このマントを羽織って……、完成です!」
「上はいいから下の露出度を抑えなさいよ……!」
「っつーかせっかく肩出したのに隠しちゃうんスか」
「風でマントが舞い上がったときに肩が見えるのがいいんですよ」
「モニカの口からそんな言葉が出るとは思わなかったわ……」
「あ、そうだ、あとこのブーツも欲しいです」
そう言って、くるぶしの長さのブーツを持ってきた。下半身の露出度はあまり低下していない。
「モニカの趣味が結構ギャルっぽい感じだったことに驚きを隠せないッス」
「ぜったい長めのワンピ着ると思ってたのに……!」
「わりとこんなもんだろ、女の子って」
ジョンだけは平然としてた。
おまけ
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