「譲れねえもんがあるんだ!」
その少女には、普通の人間には無い特徴があった。なんと、人間の耳がなく、代わりに猫耳が生えていたのだ。
エリーゼはその種族がなんであるかがすぐに分かった。
「あなた……リーゼンベルグね?」
エリーゼの言葉に、少女はやや不機嫌そうな面持ちで頷く。
「うん、そうだよ。私はマオ・リー。セントラルタワー出身で、クラスは1年蒼組。この、メアリーが会長を務める同好会、『マジョリカ』のメンバーなの」
青い髪の少女はそう言って、誇らしげに胸を張った。
彼女のたわわに実った胸が大きく揺れる。エリーゼはそれを見てさらに不機嫌になった。
「あーら、バカっぽく大きな胸をぶら下げてなんのご用かしら?」
「うっわー、エリーゼ、君とっても性格悪いね。巨乳=バカとかそんなの小学生でも言わないよ」
マオの「性格悪い」という言葉に一同が思わず首を縦に振ってしまった。なかば反射的な感じであった。もはや共通認識である。そのうち性格悪い人間の代名詞になりそうな勢いである。
「エ、エリーゼ……!」
胸を抑えるようにして彼女の名を呼んだのは、猫背で、全身を黒でつつみこんだ少年だった。
「あ、タケシじゃない」
「ぼ、ぼぼ僕のことは、だだだだだダークネス・ソードナイトとよよ呼べと言っただルォ!?」
「え? なに? 聞こえない」
エリーゼは目を大きく開いて素晴らしくムカつく顔つきで訊き返した。
噛みまくりだったタケシも悪いが、それをおちょくるエリーゼもエリーゼである。
「で、暗黒の刀剣遣い(笑)がなんだって?」
「わ、わざわざ『かっこわらい』って発音しなくてもい、いいだろ!」
タケシがエリーゼに抗議する。ジョンもエリーゼの煽りに反論した。
「っつーか漆黒の妖精も人のセンス笑えないだろ。むしろ暗黒の刀剣遣いの方がネーミング的にはストレートじゃね?」
「ぼ、僕のセンスを認めてくれる人が……!」
タケシはジョンの言葉に感動したようだった。
「50歩100歩なんだし仲良くしろよ」
「上げて落とすのか! そうですか!」
「タケシうるさい」
「ご、ごめんよメアリー……」
タケシがへこへことメアリーに謝った。なんだコイツ、というような視線を周囲から受ける。
「ていうかタケシ、貴方なんでマジョリカなんて同好会入ってるのよ。貴方魔術に興味あったっけ?」
「く、黒魔術というものを、き、君はし、知らないのか」
「カエルとヘビとコウモリをグチャグチャに混ぜてグイッといくあれ?」
「偏見っていうかもはや悪意だそれ!」
「今更だろ」
「今更よね」
「今更っスね」
ジョンとメアリーとレオンに総出でツッコまれた。
「ふん、悪意と悪徳と悪逆の権化と言われた頃が懐かしいわ……」
「それ褒められてないぞ、エリーゼ」
「思い出は美化されるっていうけど美化を通り越して歪曲してるわね」
「なんだろう、ちょっとカッコいいと思ってしまった自分が憎い」
「やっぱり50歩100歩じゃないか(呆れ)」
「……ま、あんたがこの同好会に入った理由なんて、たかが知れてるけど?」
エリーゼはタケシと目を合わせて言う。
一応、……一応、エリーゼは美少女なので、タケシは顔を赤らめて目を背けてしまった。
エリーゼは嗜虐趣味全開でタケシに言う。
「どーせ、メアリーとマオに誑かされたんでしょう。そうよねー、モテない貴方が女の子に入ってくれって言われたら行かない手はないもんねー」
「ち、ちがっ……!」
「んー? なに? 何か言い返したいなら言い返しなさいよ。それこそ男ばかりの魔術サークルを結成したら私も見直すけど? ほれほれ、違うと言うならやってみなさい」
「メ、メアリーの魔術は随一だから……!」
「まー、メアリーはともかく、マオはそれなりに可愛いしね。おまけに巨乳だし。貴方が夢中になっちゃうのも無理ないわー」
さすがのタケシも言われてばかりなのは嫌だったようで、エリーゼに言い返した。
「ふ、ふん、そうだな。お前みたいなチビで貧乳の女よりはマオの方が魅力あるな!」
「黙れ童貞!!」
「ヒィッ!?」
エリーゼに反撃したその勇気は見事だが、いかんせん言葉のセレクトが悪かった。
エリーゼのもっとも触れてはいけない部分を刺激してしまった。
「フン、クソ童貞が。こんど言ったらち○こちょん切るからな」
「お前だって処女だろうが」
ジョンにツッコまれるが、エリーゼは居丈高な態度を崩さない。
「なに言ってるの。童貞と処女は対極にあるのよ。処女は高潔・純粋の証。赤子の柔肌のような、触ったら壊れてしまいそうなほどの初々しさを内包する清らかさが処女にはあるの。女を口説く勇気も無い愚の骨頂である童貞と一緒にするんじゃないわよ」
「なるほどな、お前処女だからそんな面倒なんだ」
「ジョン、貴方も童貞なの? あら可哀想、今まで一人も貴方に身体を許してくれる女の子が居なかったのね。せいぜい死ぬまでに卒業できるといいわね。ウフフ」
「もうあんたら一緒に卒業しちゃいなさいよ」
『誰がコイツと』
メアリーの提案に対し、ジョンとエリーゼが同時に互いを指差してそう言った。
エリーゼは心底驚いたようすだった。
「ちょっと、ジョン、貴方、私とやりたくないって言うの?」
「なにお前、そんな自分のこと可愛いと思ってんの? イヤやわ~。自信過剰過ぎてやんなるわ~」
「貴方こそ調子乗ってんじゃない? 私とやりたくないって、貴方どんだけハードル高いのよ。そんなんじゃいつまで経っても彼女なんかできないわよ」
「悪ィな! 俺はおっぱいデカい子が好みなんだ! お前みてーなつるぺたじゃピクリとも立たん!」
「あーもう! 出たよ! お前らホントそう! そんな巨乳が好きなのか! あんなの脂肪の塊じゃん! そんな脂肪が好きなら相撲取りと結婚しろ!」
「俺はホモじゃねえ!」
「なに相撲取り=男って勝手に決めつけてんの!? ジョン、貴方、男女平等という言葉に真っ向から背く気!?」
「小学生かあんたら」
「こんな小学生嫌です……」
メアリーのツッコミにモニカがげんなりとした表情で応答した。さすがの彼女もだんだん疲れてきたようだ。正にノーガードの殴り合いである。
「……なあ、もういいか」
メアリーの背後に居た大柄な男がそう言った。会話の流れについていけなかったようだ。
「ごめんね、ゴンゾウ。ちょっと色々ゴタゴタしちゃって。最終的には内戦に落ち着いたけど」
「オチはついても落ち着いてないだろう、それ」
ゴンゾウと呼ばれた男は、屈強な見た目をしていた。こんな男も魔術に興味があるのか、とモニカは意外に思った。
ゴンゾウはメアリーに忠告する。
「あんまりここに長居していると、霧の女王が完成しなくなってしまうぞ? もう登山大会まで日が無いというのに……」
モニカは「!……」と目を開いた。ゴンゾウの口から洩れた『ホワイトアウト』という言葉に聞き覚えがあったからだ。どこで聞いたかは忘れてしまったが。
メアリーはバツが悪くなった。
「分かってるわよ。こんなところで熱くなったって意味ないのに。……反省してる」
「……貴方たちも、登山大会に出るの?」
先ほどまでジョンと喧嘩していたエリーゼが言う。メアリーは、先ほどまでゴンゾウに向けていた顔をキュッと締めて言う。
「ええ、そうよ。貴方たちのサークルも参加するの?」
「ええ」とエリーゼは僅かに頷いた。マオは「おっ?」と楽しげに二人の間に顔を覗かせた。
「いいねえ、二つのサークルの鍔迫り合いだ! 負けるわけにはいかないね!」
「鍔迫り合い? 笑わせんじゃないわよ、マオ。そっちの刀がすぐ折れるに決まってるじゃない」
「なに言ってるのよマオ、そもそも鍔迫り合いにすらならないわよ。むこうは私たちと会う前にやられるわよ」
「なんですって?」
「なにか?」
エリーゼとメアリーが互いを睨んだ。この二人、本当に喧嘩しかしない。
マオはジョンを見て口を開いた。
「君の話も聞いてるよ。ジョン・アークライト。アンリミテッド・サークルの会長だよね」
「おう! お前らがあのマジョリカのメンバーか! 言っとくが、俺らのサークルは強いぞ?」
「なに言ってんのさ、こっちもめっちゃ頑張ってるんだよ! 特にね、メアリーは凄いんだよ! 霧の女王っていって、なんか……、よく分かんないけど、とにかく凄い魔術を作ってるんだから! それがあれば無敵だね!」
「言うじゃねえか! 確かにこっちに魔術は無えが、メンバーはみんな強者揃いだ! 簡単にやられたりはしねーよ!」
「楽しみに待ってるよ!」
「望むところだ!」
互いに腕組をして張り合うジョンとマオ。エリーゼとメアリーのやりとりを見た後だととても健全で清々しいものに見える。人柄が出ますね。
ちなみに、残るメンバーはというと……。
「……ふ、ふん、なんだよ、あのエリーゼってヤツ。ジョンってのも、へ、変人だし……。あ、アンリミテッド・サークルっていうのは、ど、動物園なのか? 野蛮過ぎて、は、離しにならないよ」
「あ? テメエ誰に向かって口きいてやがんだ?」
レオンが物凄い形相でタケシを睨んだ。思わず彼は委縮してしまう。
「言っとくがな、俺らの会長バカにしたらただじゃおかねーからな」
「な、なにを……」
「言いてえことがあんならハッキリ言えや! ボソボソ喋ってねーでよォ!!」
「す、すみません……、なんでもないです……」
最終的にはタケシがペコペコと平謝りを繰り返していた。親に見せられない姿である。
そして、モニカとゴンゾウはというと……。
「……なんか大変なことになってるみたいですね……」
「ああ、そのようだな。ウチの会長が血気盛んですまない。悪い奴じゃないんだが……」
「さっきのは、エリーゼさんに非があったように思います。エリーゼさん、本当はとってもいい人なんですけどね。すみませんでした」
「いやいや、こちらこそ、無駄に騒ぎ大きくしてしまった。先に止めるべきだった。すまない」
「いえいえ、今後ともどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします……」
……なんというか、顧問同士の会話みたいになっていた。えらくのほほんとしている。
「とにかく!」
メアリーはジョンたちに向かって宣言する。
「私たちマジョリカは、あんたたちの同好会を含めた全ての団体のいずれにも後れを取らない! そして必ずや、魔術の有用性を証明してみせる! 分かったか!」
「望むところだ!」
アンリミテッド・サークルの会長、ジョン・アークライトは、メアリーの宣戦布告を真正面から受け取った。
「俺らだって譲れねえもんがあるんだ! いい勝負にしようぜ!」
「大会が楽しみね!」
ジョンとメアリーは共に自身満々の様子でそう宣言した。
「……ねえ、君たち」
と、そこで、ジョンたちは何者かに声を掛けられた。
「なんだよ、いまいいとこなのに!」
ジョンは威勢よく言い返すが、相手を見て表情が固まった。ジョンたちに声を掛けたのは、このケーキショップ、『ベリー・ベリー』の店長だった。
「……君たちね、出禁になりたい?」
『すみませんでした』
――両同好会の必死の謝罪の結果、なんとか出禁を喰らわず、ケーキを喰らうことができた。




