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「あの憎たらしい黒ずくめの女は?」

たぶんあとで挿絵追加します。

 ジョンがレオンに勝利した祝賀会として、アンリミテッド・サークルの4人は学生食堂にケーキを食べに行くことに決めた。ザックは教員としての仕事が残っているそうで、演習場で別れた。


 演習場から校舎方面に向かう。カフェテリアはその近くに位置していた。

 ふだん昼食を食べるときに利用する食堂とは違い、花が咲く庭園のような通りにそのカフェは存在する。


「兄貴たちはあそこに行ったことあるんスか?」


 レオンの質問に、ジョンは首を横に振る。


「そういや行ったことねえなあ、あの喫茶店」

「そういえば私も行ったことないわね、喫茶店……というよりもアイスクリームショップみたいな雰囲気らしいけど」

「へえ、なんでしょう、オシャレなんですかね?」


 のほほんとした口調でモニカは言った。年頃の少女らしく、甘いモノには目が無いらしい。


「騒がしいのは嫌いよ」


 エリーゼは憎まれ口をたたくが、その声はふだんより幾分か弾んでいるように思えた。彼女も彼女でケーキが楽しみらしい。


「エリーゼはあれだよな、おやつ感覚でケーキ食ってそうだよな」

「えっ? ケーキってそういうモノじゃないの?」

「素で言うかよ……。まあいいけど。

 俺んとこは、それこそ何かのお祝いのときくらいしか食えなかったなあ。そんなポンポン食えるもんじゃなかった」

「兄貴の住んでたところの複雑な事情が垣間見えますねえ……」

「単に貧乏なのよ、コイツ」

「じゃあ今日はあれっスね! たらふく食いましょう!」

「うふふ、胸が高鳴りますねえ」


 エリーゼの毒気をレオンとモニカが打ち消していった。

 エリーゼはしかめ面をするが、パーティとしては案外良いバランスなのかもしれない。


 色とりどりの花が咲く石畳を、四人は歩いていく。日は照っているが、まだ気候は春に入ったばかりで、寒さを感じなかった。


「兄貴はおやつっていったら何を食ってたんスか?」


 レオンがジョンに問う。ジョンは僅かに上を向いて思い出すように答える。


「んー、ケーキみてえなシャレたモンは食ってなかったなあ。スナックバーとかビスケットとか、まあ、スーパーで買ってきたいわゆるジャンクフードだけど。

 あとは、友達と出かけたときなんかはアイスクリームを売店で買ったりして。

 ……そうそう、親がたまにカップケーキを焼いてくれんだよ。今度帰省(かえっ)たとき食ってみるかなあ」

「イイっスねえ。お袋の味ってヤツッスか」


 レオンが感慨深げに語った。エリーゼはツッコむのを放棄したようで、ムスッと口を閉ざしていた。


 そうこうしているうちに、目的のカフェへとたどり着いた。確かに、エリーゼの言う通り、喫茶店というよりはアイスクリームショップと言った方がイメージが伝わりそうな派手な外装だ。きっと中身もあんな感じなのだろう。


「兄貴の国の輸入ッスかね? このテラスの国にしては珍しい外観ッス」


 レオンの言う通り、白とピンクを基調としたこの外観は、このテラスの国ではあまり例を見ない。

 テラスでは建物の色はだいたい白、そうでなくても、赤か青色くらいしか使わない。それも彩度を落とした色合いばかりだ。


「スイーツショップ『ベリー・ベリー』。……なるほどな、直訳すると『とっても甘い』ってところか。そのまんまだな」

「……なんでこの国、ダイナの言葉まで輸入してるのかしら。自国の言葉だけでなんとかしなさいよ」

「お前のその『漆黒の妖精(ブラック・フェアリー)』っつーのだって元は俺らの国の言葉だぞ?」


「仕方ないじゃない、私の言葉だと誰も一発で理解できないんだもの。『シュバルツ・フェー』って言ってなんのことか分かる?」

「フェーって、なんか間の抜けた言葉だな」

「はあ……。なんでこの国の言葉が公用語になったのかしら。漢字なんてまどろっこしい、とんでもなくナンセンスだわ。まだ貴方の国の言葉の方が理解できた」


「昔はそうだったみたいだよ。俺の国、ダイナの言葉が公用語だったらしい。この国の言葉が公用語に採用された背景としては、確かに難しいけど、これ以上ないくらい豊富で美しい表現ができるっていうのがあるらしい。『もったいない』って言葉があるの、この国だけらしいぜ? 俺の国にも似たような言葉があるけれど、どちらかというと『浪費』とか『無駄な』っていうニュアンスだし。

 物を大事にしようとするこの国の人間らしい言葉だなって、俺、すっげえ感動したよ」


「そうッスねえ。なんかこう、響きが良いんスよね。『兄貴』っていう、こう熱くてノリのいい感じが」

「私もこの国の言葉、好きですよ。『可愛い』って言葉ひとつとっても、『美しい』『愛くるしい』『可憐』『素敵』『チャーミング』とか……。それぞれ微妙にニュアンスが違っていて、……確かに使おうとすると難しいですけど、喋る分には文法とか適当でもなんとか通じますし、とても良い言語だと思います」

「『チャーミング』はダイナの言葉だけどね」

「それにお前だって、……なんだっけ、『魔導装甲(ウォースパイト)』を召喚するとき、めっちゃ難しい語彙使ってたじゃんか」

「……まあ、その、使わないのは勿体ないし……」


 三人から賛辞の言葉を四面楚歌のように浴びせられたエリーゼは、どうすることもできずに、赤面して俯いた。

 エリーゼの強大な負の力をも押しのける正の力、見事である。


「ま、まあ、とりあえず、中に入りましょう、ね?」


 若干キョドり気味にエリーゼは一行を催促した。ジョンはエリーゼの対応に内心ほくそ笑んでいた。

 そんなこんなで中に入る。


 ケーキショップ、ベリーベリーの内装は、外と同じく派手だった。目がチカチカするというほどでも無かったが、ダイナの人間であるジョンはともかく、モニカとレオンはその光景に目を瞬かせていた。


「お、お洒落ですねえ……」

「鮮やかさも行き過ぎるとこうなるんスね」

「まあ、俺の故郷もわりとこんなかんじの店多いから、気になんねーけどな」


 ジョンは店内を見回した。なるほど、自分の国から輸入されてきたといわれても違和感がないし、事実そうなのかもしれない。

 ケバケバしい数々のスイーツに、ジョンの腹の虫がこっそりと鳴いた。ジョンは若干逸るような気持ちで、エリーゼに催促した。


「なあ、まずは席取ろうぜ。入り口で立ち止まっても邪魔なだけだろ」


 しかし、エリーゼは動かなかった。凍ったように動かず、ジョンの言葉など届いてない風であった。ジョンは首を傾げ、後ろからエリーゼの肩を揺すった。


「おーい、エリーゼさん、聞いてる?」


 ジョンがエリーゼの耳元でそう言うと、やっと彼女は気づいたようで、ジョンの方に顔を向けた。


「どうした?」


 そうジョンは問う。エリーゼはなんとも気まずそうな、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。エリーゼは震えながら一言。


「……帰りましょう」


 掠れるような声で、そう言った。


「は? なんで?」


 ジョンはエリーゼの突然の提案に驚いた。なんだ、急に腹でも壊したのだろうか。


「気分悪いのか?」

「……ええ、そうね、悪いわ、とっても」

「大丈夫か? ちょっと救護班呼んでもらうよう頼むか?」

「い、いいから! 早く出ましょう、この店!」

「いったい何が……」


 エリーゼの態度の急変を訝しんだジョンであったが、ほどなくして、その理由に気づいた。


「……あ」

「……あ」


 ジョンと、ジョンの目の前に居た少女が、同時にそう漏らした。


「……メアリーじゃんか、お前らケーキ食いに来たの?」

「わ、悪い?」


 メアリーがキッとキツイ目でジョンを睨む。ジョンはいきなり喧嘩を吹っ掛けられたような気がして面食らった。


「なに怒ってんだよ、俺らだってケーキ食べに来たのは同じだし」

「俺『ら』……?」


 メアリーはジョンの言葉から、ジョンたちが他にも仲間を連れていることを読み取った。

 メアリーはジョンの背後を見る。そこには、緑髪の、頭の中がお花畑みたいな少女と、金髪のいかにもガラの悪そうな少年と、それと……。


「……あれ、あの憎たらしい黒ずくめの女は?」

「ここ」


 ジョンはそう言って、自分の背中をくるっと回した。どうやらエリーゼは、ジョンの背中にしがみつくようにして張り付いていたようだ。

 エリーゼはとても気まずそうな表情で、顔を真っ赤にしつつジョンから離れた。


 エリーゼはメアリーと向かいあう。メアリーの方がエリーゼよりも身長が高いので、自然とエリーゼはメアリーを見上げる形になる。そのことがたまらなく屈辱的のようだった。

 おまけに、巨乳というほどではないが、それでもメアリーの方がいくらか胸があった。そのこともまたエリーゼの気分をどす黒く染めていった。逆恨みってやーね。


「……あーら、これはこれは、前時代の産物に縋ってるメアリーさんじゃないの。ケーキのヤケ食いでもしに来たの? 醜いことこのうえないわ」

「さっきまで男の背中に隠れてたヤツが何を言う!」


 メアリーが思いっきりエリーゼに言い返した。彼女は言葉のナイフでも刺さったように胸を抑えていた。


「ぐっ……! 言わせておけば……!!」

「いや、正論だろ」

「正論っスね」

「正論ですね」

「なによもう! 違うの! あれなの! ちょっとこの店内空調が効きすぎてたからジョンの背中にしがみついて温まってただけなんだからね! 別にあんたに会いたくなかったわけじゃないんだからね!」

「妙なツンデレを発揮されたうえにまったく言い訳できてない!?」

「つーかここむしろ暖かいくらいだろ!?」

「むしろ恥ずかしいことになってるッスよ!」

「エリーゼさん、それ以上墓穴を掘らないで……!」

「うがああああああああ!!」


 エリーゼは頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。メアリーはしかめっ面をしてエリーゼを見下した。


「なーに、私に勝てないからって彼氏に縋ってんの? しかも微妙に惚気て……!」

「惚気てねーよ! 彼氏でもねーし!」

「え、そうなんですか?」


 モニカが意外そうな顔をした。


「てっきりあれだけ仲が良いから付き合ってるものかと……」

「おいちょっと待てモニカ!? アレのどこが仲が良いんだ!?」


 モニカの言葉に逆に驚くジョンであった。モニカは「えっ?」とそれまでのことを振り返る。エリーゼもモニカに反論する。


「そ、そうよ、モニカ! 私たちむしろ仲悪いわよ! 超険悪!」


 エリーゼはそうモニカに詰め寄るが、彼女にもそう言うだけの根拠があるようだった。


「だ、だって、エリーゼさん、ジョンさんと喧嘩するっていいながらプロレスごっこしたり、……ジョンさんが顔を近づけてもなにも言いませんし……」

「ぷ……プロレスごっこォ!?」


 エリーゼが顔を赤くした。


「プ……プロレスごっこって、おま……! バッキャロー!!」

「あれ、違うんですか? 私のお父さんとお母さんもよくやってましたよ? 親愛の証だとか言って……」

「あれか! あれのことか! 私がジョンに馬乗りになってジョンを殴ったことか! あれプロレスごっこじゃなくて単なるプロレスだから! 正真正銘のガチバトルだから!」

「ああ、そうだったのですね!」


 モニカは合点が行ったというように納得した。エリーゼは顔が火照って止まらなくなっている。メアリーもアンリミテッド・サークルの赤裸々な内情に若干顔を赤くしていた。


「……あんたら学校で何やってんのよ」

「すまねえメアリー。いかがわしいことはしてないんだが反論もできない」

「あう……あう……」


 エリーゼは頭から湯気が出るほど燃え上がっていた。肩を上下させて息を吐いている。

 そこで唐突に、メアリーの背後から声が聞こえた。


「ねー、メアリー、なにやってんのー?」


 少女の声だった。ジョンはその声の主が誰だか分からなかった。

 メアリーの傍までぞろぞろと人が寄って来た。といっても三人だったが。ジョンはその誰の顔も知らなかった。どうやら別のクラスの生徒であるようだ。


「ああ、ごめんね、マオ。ちょっと憎き宿敵と遭遇エンカウントしたものだから」

「宿敵? あー、それってエリーゼってヤツのことでしょう!」

「私がなにかあ……?」


 若干恨みの籠った口調でエリーゼは応答する。マオと呼ばれた少女はエリーゼの前に躍り出た。


ギャグ大目に書こうと思ったらギャグだけで2話使っちゃいました。

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