「怒ってくれて、ありがとうな」
カチン、と乾いた音が響いた。
モニカもエリーゼも、その様子を肩を強張らせて見ていた。
目が、離せなかった。
「……」
「……」
ジョンもレオンと思われる少年も、どちらも無言で、相手を目を見つめていた。
銃口が押し付けられたジョンの顎からは、血もBB弾も落ちなかった。
不発――だったのだろうか。
少年は、「チッ」と舌打ちした。
「……不発か」
表情を変えずに、ただそれだけ言った。
「違うな」
ジョンは言った。
「最初から、弾なんて入って無かったんだろう?」
少年はジョンをギロリと睨んだ。先ほどよりも更に鋭い眼光がジョンを射抜く。
「――気づいていたのか?」
「結果論だよ。あんだけ銃の扱いが上手いんだ、詰まるなんて考えらんねーだろ。しかも初弾だぜ?
普通に考えて、そんな奇跡を信じるよりも、初めから『一発目には弾を込めてなかった』と考えるのが妥当だろう?」
「……」
少年はジョンから目を離さなかったが、しかし、その表情には、警戒と、ジョンに対する興味の両方が仄かに浮かんできた。
コイツ、今までとは違う――。
そんな思いが沸いたのだ。
「――お前は、俺が銃を突き付けてから、引き金を引くまで、まったく逃げようとしなかった。おまけに、引き金を引くときは、瞬きすらしなかった。弾を受けるなら受けるで、歯を食いしばったりしてもいいはずなのに、それすらなかった。
怖くなかったのか?」
「怖いもなにも、『引き金を引く』ことはあっても、『撃たねえ』ってことは分かってたからな」
「予知でもしたのか?」
「信じただけさ」
少年は目を細めた。
信じる? それはいったいなんだ?
「どっちみち、こんな何も抵抗しないような人間を撃つような戦力、俺はいらない。他を当たるよ」
「……」
少年は、フッと息を吐いた。目は閉じず。あくまでジョンを睨みながら。
「――フン、お前を試すつもりが、逆に試されていたとはな」
「無限の同好会入会試験、合格おめでとう」
最後は笑いながら言ったジョンであった。あくまで会話の流れから生ずるジョークとして流してほしいというメッセージだ。
しかし、少年の険しい表情は変わらない。
「仮に俺がお前を撃ったら、どうするつもりだったんだ?」
「俺の顎に傷が出来る。下手したら貫通して、口の中まで届くかもな」
「怖くないのか?」
「そんなことが怖くて、世界を変えられるかよ」
「……」
――世界を、変える。
確かに、この男はそう言った。
それはどういう意味だ?
この男は何を見ている?
少年には、ジョンが何者なのか、掴めなくなっていた。
「えらく肝が据わっているようだな」
「男は気合いでしのいでなんぼだろ?」
「馬鹿馬鹿しい」
ジョンは少年に言う。
「……なあ、そろそろ、その銃を下ろしてくれてもいいんじゃないの?」
ジョンの言葉に、少年は僅かに後方を見るように目を動かして、そして答えた。
「――この女が刃を戻したらな」
「女? エリーゼのこと?」
「……」
ジョンは、銃口を押さえつけられたまま、少年の背後を見た。
少年の背に隠れて全貌は分からなかったが、どうやらエリーゼが、魔法で作られた刃を少年の首筋に当てているようだった。
「……なにやってんの、お前」
ジョンは冷や汗を垂らしながらエリーゼに言った。銃口を向けられているよりもむしろそっちの方が気がかりなようだった。
ジョンの方からは、レオンの陰に隠れ、その表情までうかがい知るできないが、彼女は本気で、少年を殺す気でいた。
その赤い眼は普段よりいっそう赤く、ギラギラと輝いており、相手の一挙一動を見逃すまいという気魄で見開かれていた。
「……この女、俺がお前に銃を向けた、その瞬間、俺の背後に回り込み、刃を押し当てやがった」
「マジかよ……」
ジョンもエリーゼの行動に引いていたようだった。「ないわー」みたいな感じで眉が八の字に曲がっている。
「エリーゼ、ほら、エリーゼ、止めんさい」
かなり軽い感じでエリーゼを宥めるジョン。エリーゼは少年の後頭部を睨んだまま、ゆっくりとその場から引いていった。
エリーゼの右手から伸びていた魔法のナイフが、シュン、と消失した。青白い光を伴って泡沫となり霧散する。
「……エリーゼさん……」
モニカが驚愕の表情でエリーゼを見つめていた。彼女は何も言わず、居心地わるそうにそっぽを向いた。
――それだけ、ジョンが大事だったのか。
少年は銃口をゆっくり下ろしつつ、エリーゼの気持ちを察した。
デーベライナー一家の血が垣間見えた瞬間だった。
少年はフウと息を吐いた。身体から緊張を解く。どうやら、追い詰められていたのは、むしろこの少年の方だったらしい。
観念して、少年は名を名乗る。
「俺はレオン。レオナルド・カルデローニ。出身はロアーノだ」
――ビンゴ、だった。やはり彼が、かの有名な狙撃の名手らしかった。
「……それで、あんたらは?」
レオンがジョンと共に来訪した2人の少女に問うた。まずエリーゼが自己紹介する。
エリーゼは、先ほどのレオンの行いを根に持ちながらも、一応、形式的に挨拶をした。
「初めまして、私はエリーゼ。アンリミテッド・サークルの会員よ」
「エリーゼって、……入試成績1位の?」
「あら、私のこと知っているのね、光栄だわ」
「驚いたな。……なぜ、こんな阿呆なサークルに入っている?」
「罰ゲーム」
「ちょっと待てや!」
慌ててジョンがツッコむ。
確かにジョンの戦いに負けたから入っているという意味では合っているが、その言い方はあんまりではないか、とジョンは思った。
第一、エリーゼはあのあと、このサークルには自分の意志で所属している的なことを何度か言っていた。
というか、それすら反故にするつもりなのか。このサークルに入ったことを罰ゲームだと言うならば、先ほどレオンにしたことはいったいなんだったのだろうか。単なる腹いせか。
ジョンのげんなりした顔を見て、エリーゼは「うふふ」と微笑した。
「冗談よ。私はこのサークルの活動理念に共感したから入っているのよ。決して成り行きや強制などではないわ」
ジョンは、エリーゼがそこまで言い切ってくれたことに感動した。
普段ならばここで何かオチを持って来るエリーゼだが、今回はそれすらもなかった。どうやら本音であるようだ。
ジョンは内心、「かーらーのー?」とボケを待っていた。幸か不幸かその先は無かったが。
続いてモニカが自己紹介をする。
「初めまして。私はモニカです。モニカ・エイデシュテット。出身はヴァルネアです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるモニカ。レオンは「ん、ああ、よろしく」と、僅かに首を縦に振った。
「とはいえ」
モニカは柄にもなくレオンを睨んで言った。
「さっきのは酷いと思います。恨みます」
「恨んで結構。こっちもお前らのサークルに入りたいだなんて一言も言ってない。ただ、試しただけだ」
ふーん、とレオンは唇を突き出した。
「えらく愛されているようだな」
「仲間だからな。俺だって、エリーゼやモニカが同じことされたら、キレるだろうよ。エリーゼほどではないけど」
「もう少し会員の礼儀作法の指導を徹底した方がいいんじゃないか?」
「善処するよ」
レオンは下を向いて鼻を拭い、それからジョンに言った。
「サークルメンバーを募集している――そう言ったな」
「考えてくれるのか?」
「お前は今まで俺を誘ったどの奴とも違う。興味がある。――あとは、あんたが本当に力があるのか、それとも単なる馬鹿なのか、見極めるだけだ」
「一戦交えるか?」
「話が早くて助かる。第二演習場で待ってる」
そう言って、レオンは射撃場から去って行った。その後ろ姿を見ていたジョンに、エリーゼとモニカが苦言を呈す。
「……あいつ、嫌い」
「私も……あの人と仲良くできそうにありません」
2人の言葉を、ジョンは「んー」と顎を撫でながら聞いていた。
「……でも、さ、結果的にアイツ、撃たなかったじゃん」
「だから言ってるでしょう、それは結果論だって!」
エリーゼは床をダンと踏んだ。
「あんなことする、それ自体が許せないの! 軽口叩くのとは違うのよ!」
……本当に悔しそうに、エリーゼは歯噛みした。あんな男に頼らなければいけない自分が情けない、そう言いたげだった。
そんなエリーゼの頭を。ジョンは。
「!……」
――優しく、撫でた。
エリーゼは、驚いて、ジョンの顔を見上げた。
ジョンは慈しむような表情で、エリーゼを見ていた。
「……怒ってくれて、ありがとうな」
「……」
「お前みたいなヤツがいて、……俺のことを思ってくれるヤツが居て、すっげえ嬉しいよ」
「……そんなこと……言ったって……」
……言葉を紡ぐ、その最中、エリーゼは言葉を失った。
――ジョンは、泣いていた。
エリーゼの優しさに、泣いていた。
普段、憎まれ口しか叩かない、ジョンをイライラさせてばかりのエリーゼであったが、それでも、いざとなったときは、自ら罪を背負ってでも、ジョンの仇討ちをするつもりでいた。
それが、ジョンには、堪らなく嬉しかった。
ジョンは、自らを鼓舞するように言う。
「……じゃあ、行こうぜ、エリーゼ、モニカ。アイツを仲間に入れて、大会を勝ち抜くんだ」
エリーゼもモニカも、両手を強く握り、前を見据えた。
「……ええ、行きましょう」
「そうですね、第二演習場へ」
「ようし、いっちょやるかあ!」
ジョンは両手をパンと叩いた。
サブタイのシーン書いてるときちょうどテレビで相棒やってました。




