「美味しいとこは渡さねーから」
「ほう、登山大会か!」
ジョンに渡されたチラシを見たザックは、大口を開けて感心した。ジョンたちがこの大会に参加しようとしていることが、顧問として嬉しいようだ。
ジョンは、このチラシを見たときから感じていた疑問点を、ザックに質問した。
「結局のところ、この登山大会ってのは、どういう大会なんだ? ゴールした順位に応じて景品が出るってことは、やっぱりただのお散歩会ってわけじゃないんだろう?」
ジョンの質問に、ザックは「いい推理だ」とばかりに頷いた。
「ああ、そうだとも。名称としては分かりやすく『登山大会』とあるが、実のところは魔法を駆使した総力戦になる。
頂上目指して、抜きつ抜かれつのデッドヒート。相手を蹴落とし、ひたすら上へと這い上がる……!
どうだ、燃えるだろう?」
「最っ高に熱い大会になるんだな。面白え!」
ジョンとザックは共に男性特有の熱血感に溢れていたが、対する女子2名の反応は冷ややかだった。
「あらまあ、野蛮だこと。もっとスマートに行けないものかしら。泥臭いのは嫌いよ」
「ついさっきまでウルトラ野蛮なことやってたヤツに言われたかねえ!」
「うーん……、趣旨は分かるんですけど、あんまり暴力的なのは好きじゃないですね……」
モニカもモニカで、ザックの説明から苛烈な様相を思い浮かべ、若干引いていたようだった。
ザックは「まあまあ」と宥めるようにフォローする。
「要するに運動会みたいなものだと思えばいいさ。ただ、そこは魔法使い。ただ単に何か一つの能力を競うだけじゃあ面白くないだろ?
魔法使いに必要な、体力・知力・魔力の三つを駆使し、総合的に戦う、まあ、ぶっちゃけお祭りみたいなモンだ」
「ま、モニカの言うことももっともだけど、魔法使いっていうのは、本来血腥いものだからね。
……そういうことに免疫がないと、この先戦っていけないし」
ザックとエリーゼに諭され、モニカは徐々に考えを改めていった。
暴力沙汰や他人を蹴落とす戦いというのはモニカの臨むところではないが、彼女がこれから魔法使いとして、ジョンと共に世界を変えていくには、やはりそういったことは避けては通れないのかもしれない、と反省した。覚悟をしなければ。
モニカは「よし、やるぞ」と、小さく両の手を握った。そこには確かな決意があった。
と、ふとそこで、モニカはあることに気づいたようで、ザックに尋ねた。
「……あ、でも、頂上を目指して競争するのであれば、なにも戦わなくても、スピード重視のチームを組めば良いのではないですか?」
モニカは、戦闘を避けたいというわけではなく、純粋な疑問としてザックに訊いた。
「それくらい、ちゃんと考えてあるさ」
「ただ単に、速さを競うわけではない、ということ?」
「言っただろう。体力・知力・魔力の全てを駆使し勝ち抜く競技だと。
モニカの言う通りだと、それは体力、しかも走力という部分しか見れないことになる。それこそ運動会でやればいいと思わないか?」
「おまけに戦闘も無えしな。ただ走ってるだけじゃあ飽き飽きしちまうぜ」
「ジョンさんって、意外と荒っぽいんですか?」
「荒っぽいのは見たとおりでしょう」
「……で、結局のところ、ザック、ただ単に順位を競うだけではないって、具体的にどういう意味だ?」
「戦う舞台となる山の、要所要所にチェックポイントがあるんだが、これが中々に厄介モノでな。通る際には、一つのゲートを潜るたびに、一つのチームを倒した証が必要となる」
「証、ですか……」
モニカは、その単語を聞いて、戦国時代に象徴される、敵の首を斬って持ち上げて「敵将!打ち取ったりイイイイイイ!!」的なアレを想像した。
「あれ、でも魔導人形って、首を撥ねたらすぐ消えちゃいますよね?」
「待ってくれモニカ君、発想がぶっ飛びすぎててついていけない」
「モニカ、お前意外と野蛮なんだな」
「ふええ!?」
ザックとジョンの両名からツッコまれたモニカは目を丸くしていた。
彼女の境遇と、遭遇した事件について知っているエリーゼは、密かに笑っていた。
「モニカ、君が何を勘違いしているのか分からないが、単純な話だよ。相手の大将を倒せば、そのことがバングルに記録されるんだ。後は、先ほども言った通り、一つのゲートに付き、一つのチームを倒した証が必要となる。
例えば今回の大会のゲートが5つあったら、ゴールまでには5つのチームと戦い、勝たなければいけないことになるな。
あと、ゲートはそれ自体が要塞のような建築になっていて、膨大な魔力が内蔵されている。証を揃えずに強行突破しようものなら、すぐに八つ裂きにされるだろうな」
「ま、そんな裏道用意しとくはずねーよな。そこの対策だけをすればいいって話になっちまう」
「なるほどね……、それが、この大会が単なる『速さ比べ』ではない理由ね」
「しかも、トーナメント形式ではなくて、チームが各地に散らばった状態でスタートするから、奇襲だったり地の利を生かした攻撃もできるってわけだな。確かに頭も使いそうだな」
「おまけに、開催する場所は雪の吹きすさぶ雪原だったり、火山が流れる岩山だったり、滝の噴き出す渓谷だったり、とにかく厳しい環境下での勝負になるんだ。
エリーゼの言う通り、その地形でどういう風に進み、戦えばいいのか考える必要が出てくる」
「地形や環境が変われば、自ずと有効な魔法も変わってくるしね」
「な、なんだか難しそうですね……」
ジョンとエリーゼが作戦を組み立てていくのに、モニカはやや置いてけぼり感を抱いた。
ザック先生が話した情報はあまり多いとはいえない。それでも、二人はその情報を手掛かりに、大会の主旨、どういうモノが求められているのかを推測し、そこから自分たちのチームの立ち回りを計算していった。
特にジョンは、こういったことには頭が回る。個人の力は弱くとも、勝ち抜いていけるという自信があった。
「ところで」ザックは問う。「このサークルには、メンバーが3人しか居ないじゃないか。知ってると思うが、この大会は4人で1チームだ。このままでは参加できないぞ?」
「そう、そこなんだよ」ジョンがザックに訴える。「誰か居ねえかなあ。このサークルに入って戦ってくれるヤツ」
「ザック、貴方は出られないの?」
「何を言ってるんだ、エリーゼ。俺は教員だぞ? 出られるはずがないだろう」
「まったく、使えないわね」
「そういうこと言ってるとお前だけ焼けプリンの代金を請求するぞ」
「払うわよ?」
「意地張ってんなよ、エリーゼ」
ジョンは「ほら、すみませんでした」とエリーゼの頭を下げ、自身もザックに向かって謝罪の意を示した。ザックは「お前は父親か」とジョンの面倒見を笑った。
「ザック先生、誰かこのサークルに紹介できる人とか居ないんですか?」
「そうね、ザック。貴方が授業を受け持つクラスで、こういうのに乗ってくれる人とか居ないの?
この際、この大会の期間だけ入会してくれるって人でも構わないから」
「んー、世界を変えるって気持ちが俺はあれば正直誰でも構わないんだが……、敢えて言うなれば遠距離攻撃ができるヤツが欲しいかな」
「遠距離攻撃、ですか? 銃とか?」
「そうそう。魔法でも遠隔攻撃はできるんだけど、実際の戦闘で使える遠距離攻撃ってのは、飛距離が狙撃武器にくらべて短いものか、もしくは決められた座標にしか攻撃できない魔法陣とかぐらいなものなんだ。
それよりももっと小回りが利いて、なおかつ長距離で攻撃できる武器を得意とするヤツが欲しいなって、そう思っているところ」
「私もジョンも、どっちも近接型だからね。特にジョンは、中距離以上は何もできない能無しだし」
「サラッと酷いこと言うよな、お前」
「事実でしょう?」
「そうだな。お前の腹が漆黒なのと同じくらいな」
「照れるわ」
「褒めてねえからな!?」
「んー、遠距離武器か……」
ザックは顎を撫でながら記憶を探る。自分の知っている生徒に、遠距離攻撃を得意とし、尚且つジョンのサークルに一時的にでも入ってくれる人間はいないものか。
と、ふとそこで、ザックはある人物を思い出した。……のだが、すぐにその案を胸の奥にしまった。
ジョンもエリーゼも、その態度の微細な変化に目ざとく気づいた。
「……なあ、ザック、いま明らかに誰か思い当たっただろ」
「いや……うーん……、でもアイツはなあ……」
ザックは、その思い当たった人物を紹介してもよいものか迷っていた。大抵の奇人は笑って受け入れるザックが、これほどまでに思い悩むとは、どれだけ奇天烈な人間なのだろうか。
「なあ、ザック、心配する気持ちも分かるけど、とりあえずは会わせてくれないか? 話が出来ないくらい変な人間だったとしても、それならそれで納得がいくからな。
だが、このまま会わせてもらえないのはモヤモヤして嫌だぞ。そっから先は俺たちが決めるから気にすんな」
「そうよ、ザック。このサークルただでさえ得体が知れなくて誰も入りたがらないんだから、もう四の五の言ってられないのよ。早く教えて頂戴。
そこから先どうなろうと、それは私たちの責任なのだから」
「……言っとくが、アイツは相当な切れ者だぞ? なにするか分かったもんじゃない」
「コイツより変なのか?」
「んー、コイツって誰のことかしら~?
……ねえ、ちょっと、なんでモニカまで私のこと見るの?」
エリーゼがこめかみに血管を浮かべつつジョンたちを睨んだ。もはや恒例というか日常茶飯事のようなものなので、誰も気にしなかった。
ザックは観念した様子で、その例の思い当たった人物の名を告げた。
「レオナルド・カルデローニ。……って、知ってるか?」
「レオナルド?」
ジョンが訊き返す。エリーゼはその名を聞いて、おおよその出身地を推測した。
「ロアーノの国っぽい名前ね。レオン、……と呼んでいいのかしら」
「ご名答だ、エリーゼ。レオンはこの学校の1年黄組の生徒でな、パッと見は冷静な紳士なんだが、その実は自分の嫌いな物や考え方は一切認めないカタブツなんだ」
「ようは好き嫌いが激しいってことですか?」
「ものすごく見も蓋も無いことを言うね、モニカ。まあそうなんだが」
「授業を担当したことあるのか、ザック?」
「ちょうどそのときは、雪原地域に移動しての雪合戦をやったんだ。クラスを二つに分け、魔導装甲を用いない、生身の真剣勝負をな。そのときだったな、レオンの神髄を見たのは。
かねてから気難しい性格だと聞いていて、実際、その通りだったから、ここからどう他人と協調できる正確にしていこうかと考えていた矢先の出来事だった。いやあ、彼は大したものだよ」
ザックはそのときのことを、感慨深げに語った。
「とにかく、投げる球が相手に当たること当たること……。偏差射撃といって、相手が球を避けるために動く、その先を予測して、そう、避けた先に球が飛んでくるように投げるんだが、どうしてそこまで見えるのかというくらいの腕前だったよ。射撃の腕だけで言えばプロ級だな。
私も以前、プロの魔法使いと共に戦場に出たことが幾度となくあるが、初めて狙撃手の腕前を見たときと同じ興奮を覚えたよ。なんであんなに当るんだろうなあ」
「そいつぁスゲエや。是非ともウチのサークルに欲しいな」
「でも、それだけ凄い腕前を持ってるってことは、他のサークルのスカウトもあったんじゃないですか?」
「あったよ。あったらしい。彼が語っていた。でも、いくらかスカウトされたサークルに入ってみたが、自分には合わなかったらしくてな、仮入部もせずに見学だけで終わってしまったらしい」
「そうなのね。じゃあこのサークルにも入りそうにないわね」
「なに言ってやがる、エリーゼ! こういうときこそ踏ん張りどころだろう! 逆に考えるんだ、まだどのサークルにも取られてないって!」
「このサークルもその『スカウトできなかった』サークルの仲間入りしそうよね」
「まあエリーゼ。挑戦するだけしてみればいいじゃないか。結果はともかく」
「ザックも微妙に諦めムードで言うなよ! 悲しくなるから!」
「ジョ、ジョンさん! 私はなにがあってもジョンさんに付いていきますから!」
「なんでみんな負ける前提なの!?」
関係者各位からの集中砲火を喰らい、めげることはなくとも、深い悲しみを背負ったジョンであった。まあね、123位だからね、仕方ないね。
「……で、そのレオンってやつはどこに居るんだ?」
「今日は演習場の方に行くと言っていたな。なんでも射撃の練習がしたいらしい」
「よし、みんな、そうと決まれば演習場に向かうぞ!」
「3対1を挑もうっての?」
「いや、俺一人で行く。お前らは一応、サークルメンバーってことで付いてきてくれ」
「ジョンさん、1人でそのレオンって人に勝てるんですか?」
「そうよ、ジョン。なんなら私が行くわ。貴方よりは勝機があるでしょ」
「はあー、モニカ、エリーゼ、お前らなんにも分かってない」
「!? ……と、いうことは、何か秘策があるんですか!?」
「レオンって、相当銃の扱いに長けてるんでしょ? 近接型の貴方じゃすぐにハチの巣にされるわよ?」
「狙撃銃ってのは、たいていが構造的に連射できないようになってるんだ。そんな簡単にポコポコ身体に穴を空けられてたまるか」
「それでも……、相手のところに着くまでに何発撃ち込まれるか……。避けることはまず不可能だろうし」
「もし負けたら、そんときはお前がリベンジしてくれるだろう?」
「そ、それは……」
エリーゼは僅かに狼狽した。集団戦ならともかく、一対一、しかも距離が離れている戦場になってしまったとしたら、自分でも勝てるかどうか分からない。
ジョンは、そんなエリーゼの思いを知ってか知らずか、エリーゼに歯を見せ笑った。
「大丈夫、お前に美味しいとこは渡さねーから」
ジョンの言葉に、エリーゼは頬を仄かに染めた。
「……意地悪ね」
ちょっと嬉しそうに、エリーゼは言った。




