表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/115

「切り替え早いなお前ら!!」

「私、明日から学校通えるんですね!」


 モニカはうきうきとした調子で、体を弾ませた。


 ここは無限の同好会アンリミテッド・サークルの部室である。

 午前中、授業を受けることができなかったモニカは、一人この部室で過ごしていたが、明日から授業が受けられると知り、喜び舞い上がっていた。


「……あ、でも、その、授業料とかは大丈夫なんですか?」


「ああ、その辺りはリクト会長がなんとかしてくれたぜ」ジョンは答える。「アイツこういうところは律儀だからな。空賊逮捕への多大なる貢献と、魔法使いとしての類稀なる才能を見たとかなんとか……。

 その分、この学校からのボランティアの依頼だとか、そういうの来るだろうけど、まずは安心ってとこだな」


「へえ、良かったです~!」


 モニカは明日から学校に通えるということがこの上なく嬉しい様子だった。


「……ところで」


 モニカは、部室の隅でいじけているエリーゼを横目で見る。

 どんよりとした瘴気を放つ彼女を心配し、ジョンに訊ねる。


「……どうしたんですか、エリーゼさん」

「まあ、なんというか、クラスメイトと喧嘩しちまって」

「あら。何があったんです?」

「魔術の有用性について」

「議論が白熱して、遺恨を残す形になってしまった、と?」

「いや、そんな綺麗なもんじゃなかった。ノーガードの殴り合い」

「えええ……」


 さすがのモニカも頬に汗を浮かべた。いったい何をやらかしたのだろうか、と不安になった。


「ちょっと、ジョン、誤解を生むような言葉をわざわざ選ばないで頂戴。そもそも論争になどなっていなかったわ。私の意見にメアリーが的外れな指摘をしてきただけなの。笑わせないで」


「こっちこそ笑わせんなって話だよ。あんだけ魔術をこき下ろせば、それに一生懸命な人間が怒るのは当たり前だ。

 発言の信憑性云々以前に、ああいう口喧嘩にまで発展させてしまったことを反省するべきだろ。全然スマートではない」


「言わせておけば――!」


 ジョンもジョンで、包み隠さずストレートにエリーゼを非難していた。

 エリーゼはいよいよ我慢ならないといった様子で、ガバっとジョンの方を向く。モニカは事態を抑えようとするが、何も案が浮かばなかった。


 2人の学生が今まさにぶつからんとしたとき、ある意味では救いの手が差し伸べられた。

 非常に空気を読まない雰囲気ぶち壊しの救いだったが。


「よう、ジョン、エリーゼ、元気にやってるかー!」


 そうやって元気に教室へと入ってきたのは、このサークルの顧問を担当する、ザック・ディクソンだった。

 彼はビニール袋を片手に携え、部屋に着くやいなや着ていたジャケットを脱いだ。


「ふいー、この部屋は暖かいなあ。

 ……で、お前らは何をやっている?」

「ザック、邪魔しないで。これは教学という学生の武器を交える決闘なんだから」

「……言ってることは分からないでもないが、ことの発端はなんだね?」

「さっきコイツとメアリーが喧嘩してさ。その腹いせ」

「説明が雑すぎる上に私が悪いみたいになってる!?」

「少なくとも正しくはないだろ!」

「あわわ、ジョンさんもエリーゼさんも落ち着いて……!」


 ザックは、三人が険悪なムードになっているのは分かったが、それ以上の詳細な現況は掴めなかった。


「メ、メアリーと喧嘩した……? よく分からんが、それで先ほどからジョンと争っているのか? あんまり仲違いするもんじゃないぞ?」

「いいえ、これは同じ夢に向かって進んでいるからこそ、向き合わなければいけない問題なのよ」

「お前が一方的に喧嘩打って来てるだけだろ」

「ジョン、お前も売り言葉を買うんじゃない。そんなんだから収集が付かなくなるんだ」

「ザック、貴方は黙ってて! 神聖な決闘を邪魔しないで頂戴!」

「ああもう、分かったよ、エリーゼ! 来るなら来い! 受けて立つ!」

「死ねええええええええええええ!!」

「決闘も糞もねえなお前!!」


 ジョンの抗議など意に介さず、エリーゼはジョンに飛び掛かった。ジョンに馬乗りになり、髪を引っ張ったり腹を叩いたりしている。醜いことこのうえない。


「せ、先生……、どうすればいいんですか?」


 2人の学生の壮絶な死闘を前にしたモニカが、恐る恐るザックに問う。ザックは「うーん」と唸ったのち、モニカに言った。


「ま、そのうち収まるだろ。好きにさせてやればいいさ」

「そんな……」

「そんなことより、ほれ、退院祝いだ。焼けプリンを持って来たぞ」

「あ、わーい!」

「私も食べる!!」

『切り替え早いなお前ら!!』


 ジョンとザックが同時にツッコんだ。モニカはいそいそと焼けプリンの(ふた)を剥がしていた。



「モニカ、まずは退院おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 焼けプリンを食べていたモニカが、ザックに礼を言った。思えば、こうしてちゃんと会話するのは初めてだった。


「ジョンから色々と聞かせてもらったよ。大変だったね」

「まあ、そう、ですね……。はい、大変でした」


 ――大変、だった。


 言葉で表せばそれだけだが、しかしその言葉の持つニュアンス以上の壮絶な戦いをモニカは経験した。そして、それに伴って、多くの掛け替えのないものを失った。


 両親を失い。

 兄弟とは離別し。

 帰る家どころか、国すらも滅んでしまった。


 今は、この第四魔法学校、クロフォードにて保護されることになったが、それでも、不安なことには変わりないだろう。


 心の傷は、未だ癒えない。いや、そもそも癒えるものなのかすら、分からない。


 だが、彼女は、いまこうやって、冗談で笑いあえるまでには、精神を回復させていた。


 アレステッドの決闘において、幾多の死線を乗り越えてきたのもあるかもしれない。泣いてばかりではいけない。

 そこから前に進まなきゃ、と、そんな気持ちが、モニカを成長させていた。


 ジョンはあの空賊の頭領のことについて尋ねた。ジョンとエリーゼ、そしてモニカの三人が力を合わせ、撃退した大悪党。

 しかし、その後については聞いていない。ザックは、そのことについて知っていたようで、「ああ」と思い出したように告げた。


「捕まったよ。この魔法学校の教員、生徒、そして卒業生であるプロの魔法使いの尽力によってな」

拠点アジトが見つかったのか」

「リクトの迅速な判断が決め手となってな。全員逮捕とまではいかなかったが、少なくとも、もう悪さをすることはないだろう」


「今はどこに居るの?」エリーゼが問う。「この魔法学校にも、牢屋があったけれど」


「いや、さすがにあそこまでの規模・戦闘力の人間を魔法学校に置いておくわけにはいかない。万が一脱獄されたら、この魔法学校の生徒に危害が加わる。

 確かに、この学校には牢獄があり、この学校やその周辺地域の犯罪人をぶち込む施設があるが、……そうだな、今は確か、アレステッドとその一味は、ここから北へ行った地域にある監獄に収容されている」


「監獄の名前は?」


 ジョンが問う。ザックは「なんだっけな……」と顎に手を当て、それから思い出してジョンに告げた。


「ブラック・ウィング」


「カッコいい!」


 エリーゼが真っ先に反応した。

 しかし、モニカの前であったことに気づき、咳払いをし、口を塞いだ。


「ブラック・ウィングねえ……」


ジョンはザックの言葉を反復した。ジョンは、このテラスの国の地理全てを把握しているわけではないが、その刑務所の名前は聞き覚えがあった。


「そこに、アレステッドが居るんですか?」


 モニカが問うた。ザックはその先の心情を読み取り、渋面を作り訊き返す。


「会いたいか?」

「……いえ……」


 モニカは視線を横に逸らしたが、ザックの方は見ないまま、自身の考えていることを伝えた。


「今は、まだ、会いたくないです……。心の準備が出来てません。でも……、いつか、会わなきゃいけないんだと思います。

 ……いつまでも、引き摺るものではないから」


 モニカは、両親の死を乗り越えようと必死だった。

 ザックは、その気持ちをくみ取り、モニカの頭を荒く撫でた。ザックなりの慰めであり、激励だった。


「わひゃっ!?」


 モニカが驚いて間の抜けた声を上げた。しばらく頭を揺すったあと、ザックは、モニカの目を見て言った。


「驚いたな、君がここまで強い少女だとは思わなかったぞ」

「つ、強くなんか……」


 モニカは、ジョンとエリーゼと初めて会ったときのことを思い出した。


 あのときの自分は、まるで腰抜けで、嫌なことから逃げたい一心で、ひたすら現実逃避をしていた。

 空賊に追われるのは嫌だが、立ち向かうのはもっと怖い。

 そんな思いが、谷の底での葛藤の原因でもあった。


「私は……、強くなんかないです。泣き虫で弱虫なんです」

「はっはっは、面白いことを言うな」


 ザックは笑ってみせたが、その笑いには、いつものような豪快さは無かった。


「……強くない女の子が、アレステッドに立ち向かえるはずがない」


「!……」


 モニカは、この学校の船の司令室で起こった一連の事件を思い出した。

 剣を振り、エリーゼを斬らんとしたアレステッドの攻撃を、魔法の盾を展開して防いだことを。ジョンか、もしくはエリーゼがザックに話したのだろうか。


「……ましてや、両親の死を乗り越えるなど、普通の人間にはとうてい成しえないことだ。

 真っ当な人間であればあるほどな」


 ザックはモニカに向かって微笑んだ。


「君は強いよ。だからこそ、その強さを隠し、弱く生きようとするのはやめた方がいい。君にしか救えない人間もいるんだ。それを見捨てるなんて薄情だろう?」


「……薄情もなにも、私にそんな力は……」


「あるよ。あるし、これから付けていけるんだよ。この魔法学校でな」


「……なんか最後だけ宣伝っぽくなったわね」

「エリーゼ、君は一言多いな。否定はしないが」

「ザックってば強面だからなあ。詰め寄られたら断れないよなあ」

「ジョン、君まで言うか!?」


 やれやれ、とザックは肩を竦めた。いつも良い雰囲気をぶち壊しにするなあ、とザックは呆れた様子であった。

 モニカはそんな光景に思わず笑ってしまった。


「……まあ、なんだ。あとは君の思うようにやりなさい。その道中で迷ったら、この同好会の仲間や、俺たち先生に相談するといい。力になるよ」

「……はい」


 モニカは、頬を綻ばせて頷いた。


 一つ、悩みが晴れたような、そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ