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「見てから避けられる距離」

 ――強くなりなさい、エリーゼ。

 ――誰も傷つけない、愛する人を守るために、強くなりなさい。


 エリーゼの母は、幼少期のエリーゼに対し、しきりにそう言っていた。

 それは、まだ、エリーゼが、夢も、希望も持ち合わせていた頃の話。


 純粋無垢で。

 健気で。

 純真で。


 そして。


 人を信じ、人を愛し、人を頼ることができたときの話。


 しかし、今のエリーゼは。

 孤高の強さと引き換えに。


 人との繋がりというものを、失くして。


 そして同時に――飢えていた。



 ジョンとエリーゼが、同時に車両から跳躍する。

 ――が。


『―⁉』


 その場にいた誰もが、エリーゼの俊足に驚愕する。

 ついさっき、膝を屈めたかと思えば、次の瞬間には、敵方の懐に潜り込んでいたからだ。

 それはまるで、エリーゼの行動と、自分の認識に通信遅延(ラグ)があるのではないかと錯覚するような、人間味を感じさせない速度だった。


「なッ――」と、少女に隙をさらした敵兵はうめく。

「アイッツ――!」と、予想を超えた先行をするエリーゼに、舌打ちするジョン。


 戦闘とは、基本的にジャンケンである。

 相手の「手」を見てから、こちらの「手」を決めた方が、どう考えたって有利に決まっている。

 ――もし、そこに例外があるとするならば。


 それは――こちらが手を出す前に、勝負を決められたとき。


「遅い!」


 エリーゼは、腹から怒声を放つと同時に、前衛である三人のうち、真ん中の一人に、横一閃を放つ。


 斬。


 瞬く間に、敵方の一人の体が、上下に分断される。

 未だ、事態が飲み込めず、茫然とする敵兵。

 しかし、現実は無情だった。


 魔導人形は、過度な衝撃――そう、普通の人間が即死してしまうような事態に陥った場合、その構造を自動で破壊し、霧散させてしまうという機能がある。

 人間の死体からは、およそ凡人には想像できないほど、無数の情報を敵方に与えてしまうため、そういった情報漏えいを防ぐための措置として、魔導人形全般に、そういった機能が盛り込まれている。


 瞬く間に、まるでガラスが散るように原子を崩壊させる敵兵。

 魔導人形の構成に使用した原子は、一直線に点へと上った後、可能な限り元の出撃室へと帰還するため、その様子はまるで、光の柱が打ち立てられたような光景となる。


 この間、わずか一秒足らず。

 瞬間の出来事である。

 エリーゼの瞬発力、一撃の破壊力、どれをとっても並外れていた。

 それゆえの、芸当。

 驚愕のほかはない。


「ナめるなよォ!」

「!……」


 エリーゼに向かい、怒号を発する人間が、一人。

 エリーゼから見て、右側に位置する敵人である。

 遅れて、――その怒号に鼓舞されるかのように――左側の敵人も、橋の上の砂利を蹴り、エリーゼへと疾駆する。

 右側の男との距離は、およそ3メートルほど。

 魔導人形を使用した魔法使いから見れば、ほんの少し、身じろぎにも似た所作で、手が届く距離。

 だが、エリーゼには、それすらも緩慢に思えた。


 ――なにせ、まだ「見てから避けられる距離」であるのだから。


 ……そして。

置いてけぼりを喰らったジョンはというと。

エリーゼより若干遅いタイミング――ちょうど、敵人が斬られたときと同じ時間――に行動していた。

 新幹線の屋根の上から、車体の脇を蹴り、線路へ急降下する。

 瞬間、ジョンの視界に収まる、3人分の敵影。


 一人は、エリーゼの右側にいる敵。

 二人目は、エリーゼの左側、やや離れた位置に。

 そして三人目は――遠く離れた、橋の脇に身をひそめる狙撃手(スナイパー)


 ジョンの脳裏に、非常に多くの選択肢が浮かんだ。

 どの方面から攻め、そして誰から攻撃するか?

 エリーゼが駆けた、そのわずか1秒後に迫られる、数多の難題。

 とりあえず、作戦通りに行くならば、エリーゼに今にも斬りかからんとしている、右側の敵人から攻撃すべきだ。

 先ほどの怒号も――ブラフでなければ――多少なりとも感情が(たかぶ)っていることの表れだろう。

 と、いうことは……そこに付け込めば、《《気づかれることなく攻撃を加えられるかもしれない》》……!


 そこまで考えたジョンは、体をやや右側に傾げ、視界の右側に位置する敵人に向けて跳躍しようとする。

 できるだけ隠密に、気配を悟られないように――叩き斬る!


 ――だが。

 ――ふと、ジョンの視界に、小さな蛍光がチラついた。


 その光の出自を見る前に、それがなんであるか、ジョンは予想がついた。


 ――狙撃手(スナイパー)が、エリーゼを狙ってる。


 そのことに気づいたジョンは、エリーゼに警告しようとする。

 ――が。


 スナイパーライフルから、銃弾が射出される。

 音はまだ聞こえない。

 ジョンの目に、その光景が、あたかもスローモーションのように映る。

 一直線に、一心不乱に、エリーゼへと向かう銃弾。

 エリーゼはそれを。


 《《まるで、未来を予知していたかのように、避けた》》。


 ――マジかよ!

 と、ジョンの脳裏で警鐘が鳴った。

 あんなもの、いくら魔法使いであっても、《《見てから避けられるものではない》》。

 おそらく、敵スナイパーの思考回路を把握し、「いつ撃ってくるか」を予測し、攻撃に備えたのだろう。

 あの距離ならば、「だいたいこのタイミングで撃って来る」というおおよその目安が付いていれば、なんとか避けることができる。


 ――だからといって、驚異的……!

 尋常ならざる反応スピードだった。

 おそらく、彼女――エリーゼは、常人とは比べ物にならないほどの、尋常ならざる経験を積んでいるのだろう。

 でなければ、あんなの――避けられるはずがない。


 ――だが、しかし、避ければいいというものではない。

 エリーゼは、上体を逸らして弾丸を避けた結果、そこから攻勢に出るにやや無理な体勢となっていた。

 体を《《へ》》の字に逸らしているため、鎌を振ろうにも、威力は出ない。

 敵方は――その隙を、狙う。


「甘く見おってェ!」


 流線形に象られた剣――というよりは、巨大なナイフ、といった方が、イメージが伝わるだろうか。

 片手で握れる「それ」を、敵人は、エリーゼに向け大きく振りあげる。

 エリーゼは、その光景を、片時も目を離さず、視界に入れ続ける。

 常人ならざる、脳の処理速度。

 ――いや、それは、処理しているというよりは、半ば条件反射のような行動だった。

 相手の一挙一動に対し、全ての正解を得ているかのような、そんな挙動。

 エリーゼの思考は、そのまま、常人の無意識と重なる。


 上体を逸らせたエリーゼは、さらに体をくねらせ、右側の敵と距離をとる。

 弾丸を避けた後、体勢を立て直す――かと、思われたが。


「ぐふッ⁉」


 エリーゼは、なんと、背後にいた敵人の《《顔面を蹴りつけた》》。

 まるで、体操のように。

 上体を逸らし、両手を地に付かせたかと思えば、そこから両足を振り上げ、背後にいた敵へと、左足を振り下ろした。

 まるで、バク転のように。

 エリーゼに顔面を蹴られた左側の敵兵は、体を大きくのけ反らせ、致命的なまでの隙をエリーゼに晒した。

 それもそのはずである。

まさか、この体勢から、自分の元へと反撃が来るとは思わなかっただろうから。

 意識すれば、平然と避けられた攻撃であるが、……油断しているところに、不意打ちを喰らってしまう。


 ……とんだ連携(コンボ)だ、とジョンは歯噛みした。

 まだ、ジョンが敵に接近しないうちから、エリーゼは、二手、三手と――先を《《行ってしまう》》。

 協力もなにもあったもんじゃない。

 こんな攻撃、見たことない。

 戦況が有利に傾いているにも関わらず、ジョンの心情にはしこりが残る。

 ……と、同時に、先ほどまでの尊大な態度が、身分から来るものではなく、自身の実力に裏打ちされたものであることが、否応にも理解できてしまった。

 エリーゼという少女の実力に、ジョンは身震いした。


「ふん!」


 エリーゼに剣を振り上げていた男が、声を上げた。

 エリーゼが、後方への倒立により、わずかに距離を置いてしまったとはいえ、それでも、まだ十分、剣が届く距離だ。

 同時刻、剣を振り上げている男の元へ、もう少しで接触するという距離になったジョン。

 彼は迷う。


 ――このまま斬るべきか?

 ――それとも、声を上げ、敵の注意をこちらへ向け、エリーゼを守るべきか?


 普通の魔法使いが味方であれば、校舎を選び、戦力を確保するジョンであるが――今回ばかりは違った。

 なんというか――負ける気がしない。

 それは、単に、ジョンとエリーゼの実力が合わさった結果……という話ではない。

 ジョンは、自分の実力に心もとない気持ちを抱いているが、ことエリーゼに関していえば、この状況で、敵にやられてしまうなんて考えられなかった。

 それほどまでに、ジョンの目に映るエリーゼは、強く、逞しかったから。


 だから、ジョンは。

 あえて、無言で、敵に近寄り。

 そして。


「せやァ!」

「⁉」


 斬! と、敵人を叩き斬った。

 エリーゼに気を取られて、ジョンにまで気が回っていなかったからだろうか。

 ジョンが気配を悟られないように注意していたのもあって、難なく攻撃が通った。


 途端に霧散する、相手の魔導人形。

 すぐさまそれは、光の柱となって、その場より離脱する。


 ――残りは二人!


 ジョンは、自身と敵との位置関係を把握する。

 目の前にはエリーゼがおり、その少し前には敵兵が。

 ジョンから見て右側、遠くの方に敵兵が――


 ――いない。


(あれっ?)


 と、ジョンは一瞬、思考を奪われる。

 橋壁に身を隠し、スナイパーライフルを構えていた敵兵は、いつの間にか姿を消してしまっていた。

 なぜ? とジョンの脳内に混乱が巡る。

 狙撃兵が姿を消した理由は二つ。

 一つは、もう勝ち目が無いと判断して、さっさと退散してしまったか。

 もう一つは、奇襲を仕掛けるために、場所を移動してしまったか。

 順当に考えるのであれば、理由は後者だ。

 生身での戦闘ならまだしも、魔導人形を使った戦闘においては、自分が倒されてしまうことによる損失はほとんど無い。

 自分がやられることを恐れるくらいなら、1パーセントでも勝利の望みがある選択肢に全力を注ぐべきだ。

 それが定石であり、常識である。

 で、あるならば――!


 ――ふと、ジョンの視界に、《《闇》》がチラついた。

 瞬間、ジョンは悟る。


 ――上に……いる!


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