「結果で示せばいいんじゃないの?」
「みなさーん、『魔法学基礎』の時間ですよー!」
元気よく教室に入ってきたのは、国立第四魔法学校の教員、「マミ・カタギリ」先生だった。
魔法学全般を総合的に教えている女性教師。柔和な表情とほんわかとした印象を与えるクリーム色のロングの髪が目を引く。
その優しい人柄と丁寧な指導、そして規模は小さいながらも繊細な魔法で、生徒から人気を得ている女教師である。
なお独身の模様。
今年で29歳だけどその辺イジると人が変わったように怒り出すから止めようね! マジで半殺しにされるよ!
閑話休題。
結局、大会参加の話は、「もう1人メンバーを集める」という方向で保留になった。
とにもかくにも、自分たちは学生なので、勉強が第一だ、というのがジョンの意見である。エリーゼもモニカもそれに同意した。
ジョンはパッと見おちゃらけているが、この通り根は真面目である。
世界を変えるという野望を持っているとはいえ、――いや、持っているからこそ、今もこうやって真面目に授業を受け、自分の力にしていく所存であった。
ちなみにエリーゼは欠伸をしていた。これで成績良いんだから憎たらしいですね。
マミ先生は教室の生徒を見回し、ハキハキと明るい声で言った。
「皆さん、一昨日やったところはちゃんと復習してきましたか? この辺りは入試のときにたくさん勉強したところだと思いますけれど、ここでもう一度、ちゃんと復習しようと思います。
ではまず、……あ、ノートは開かないで、まずは記憶を頼りにやってみましょう」
そう言ってマミ先生は、黒板にチョークで三つの単語を書いていった。
ジョンは「ノートを開かないのは納得できるが板書はしなくていいのだろうか」という感じのそわそわとした思いを、エリーゼは「そういうのいいからもっと応用的な部分を勉強させてください」という気だるげな思いを持っていた。モニカはまだ授業を受ける体制が整っていないので、今回はお休みである。
そうこうしているうちに、マミ先生は単語を書き終えた。黒板にはこう書いてあった。
・魔法
・魔導
・魔術
手に着いた粉を魔法で落としつつ生徒に問う。
「はい、では皆さんに質問です。先生はいま、ここに三つの単語を書きましたが、これらの違いが分かる人は居ますか? えーっと、では、アレックスさん、お願いします」
「は、はいっ」
指名されたアレックスは、いそいそと立ち上がり、緊張気味に答えた。
「えーっと、まず、魔法というのは、一つはこの世界に存在する魔力を別の状態に変化させたものを指します。それは例えば火だったり水だったり……。他にも、物を浮かせたり、光を灯したり……。魔力を使った術を、総称して『魔法』と呼びます」
「はい、よくできました」
教室内に疎らな拍手が起こった。アレックスは恥ずかしげな様子で座った。どうやらシャイな性格のようだ。
「先ほどアレックスさんがお話してくれたように、『魔法』とは、自らの持つ『魔力』を『一次的』に変化させたものを指します。もちろん、その『一次的』に変化させたものを更に変化……、つまり『二次的』に変化させるものもあるんですけど、その辺りは『魔法』かどうか曖昧になってしまうんです。
一応、明確な線引きもあるにはあるんですけど、難しいので、今は『魔力』を『自分で変化させたもの』という風に覚えれば大丈夫です」
つづいてマミは別の生徒を指す。
「では、レイカさん、次に『魔導』の説明をお願いします」
「はい」
レイカは席を立ち、頭にある知識を繋げながら言った。
「えーっと、魔法というのが広く一般的に『人が使うもの』であるのに対して、魔導というのはそれを機械や術式として『組み込んだ』、あるいは『利用した』ものを指します。
例えば、魔導装甲や魔導人形が一般的です。どちらも魔力を使用して操作する機械です」
「そうですね、ありがとうございます」
レイカは着席した。マミ先生は補足的な説明をする。
「皆さんは、この魔法を勉強するとき、『魔法』と『魔導』という言葉が混在していることに疑問を持ちませんでしたか? 持った方はなかなか洞察力が優れていると思います。
一応、根源的には、『魔力を変化させたもの』であるので『魔法』なんですけど、それを機械や術式に組み込んだとき、魔力を流し込むだけで使えるモノ、『魔導』となります。
魔導人形や魔導装甲、魔導符など……。そういう風に探してみると、共通項が見えてきて面白いかもしれません」
では、とマミは最後の「魔術」の説明役を選ぶ。
「……最後に、魔術の説明を、エリーゼさん、お願いします」
「!……」
エリーゼは、名前を呼ばれた瞬間、ビクリと肩を震わせた。まさか当てられるとは思わなかったからだ。
確率的にないとは言い切れないが、せめてもう少し心の準備をさせてほしかった。
「どうしたの、エリーゼさん、具合でも悪いの?」
「いえ、なんでも……」
そもそもマミがエリーゼを指したところから色々と具合が悪いのだが、そんなことを嘆いても仕方がない。観念して、エリーゼは立ち上がった。
くそう、後で焼けプリンをやけ食いしてやる、とか思いながら。
「魔術は、……その……」
頭の中では魔術がどういうものか分かっているのだが、それを言葉にするのは容易ではなかった。どうしたらもっともスマートに説明できるか、頭の中でシミュレーションを行うが、なかなか上手く文章を構築できない。
諦めてエリーゼはスーパーざっくばらんに説明することにした。
「一言でいえば、前近代的な巨大魔法です。過去の遺物です」
ダン! と机を叩く音が聞こえた。ビクッとして音の出た方向を振り返ると、クラスメイトであるメアリーが桃色の毛を逆立て、手のひらを机に叩きつけていた。
メアリー・ギブソン。この1年紅組の生徒である。桃色の長い髪の毛に、いかにもフォードの国の人間らしい堀の深い顔立ちをしている。
鼻の上にはそばかすが浮いており、目つきも鋭い。きりっとした顔立ちで、トゲトゲしい印象を与えるが、不思議と好感の持てる雰囲気を醸し出していた。
エリーゼはメアリーのことを知っていた。クラスメイトであるから当たり前ではあるのだが、それに加え、メアリーは、ついこの前エリーゼがあれだけこき下ろした魔術同好会、「マジョリカ」の現会長であるのだ。それだけでも、良くも悪くも目立ってしまう。
1年生なのになぜ会長なのかはまた機会があったときに解説することにする。
魔術同好会に所属している人間は概して変人である、というのはこの学校の共通認識である。それを理由に虐められることは無かったが、どこか浮いた印象を抱かせてしまうのもまた事実であった。
とはいえ、メアリーは、決して友達がいないわけではない。むしろ数で言えば友人という存在を率先して排除しているエリーゼの方が少ない。
「――どうしたの、メアリー」
エリーゼは心配げに彼女に尋ねたが、メアリーは明らかに何かに対して怒っている様子であるにも関わらず、努めて冷静に返答した。
「……いいえ、なんでもないわ、ミス・デーベライナー」
「……」
苗字を呼ばれたエリーゼは、そこにある種の侮蔑的なメッセージが込められているのを感じ、彼女への配慮は消え薄れ、逆に闘争心が沸いた。
エリーゼは自身の嗜虐癖を隠そうともせず、魔術をこき下ろしてやろうという外道行為に努めることにした。コホン、と咳払いし、続ける。
「そもそも、先ほどレイカが言ったように、現在、魔法を行使する上で主流となっているのは、魔術よりも魔導です。
実際の戦闘でも、魔術師が動員されることはほとんどなく、魔導兵器が主流となっています。統計学的に見ても、そのことは明らかであると思われます」
クラスでの発表には後ろ向きなくせに、こういうときばかり饒舌になるエリーゼである。性根が曲がっているのが見て取れる。
メアリーは、エリーゼが口を動かし、言葉として空気を振動させるたびに、その苛立ちを二次関数的に上昇させていた。だがエリーゼの暴走は止まらない。
「確かに魔術は、魔法を2次的、3次的に変化し、連鎖させていく回路次第では人力では実現不可能な巨大な魔法を行使できますが、それらは実戦レベルでは役に立ちません。
戦場で魔方陣を書く余裕があるのなら、そもそも相手の基地を侵略すればいいし、そんな有利な状況になることはほぼありません。
簡易型の魔術は魔導符によって行使することができますが、あれも『魔導』の力を借りた魔術です。
多くの実用的な魔術は、魔導符により『典型化』されています。よって、現代において魔術は、少なくとも他の能力よりも重視されるものではないと思われます。
あんなの、魔導具がまだ開発される以前の時代の産物です。今でも唯一性こそあれ、際立ってその戦力を主張するに足るものではありません。以上です」
「言いたいこと言ってくれちゃってええええええええ!!」
バン、と机を吹き飛ばす少女がいた。エリーゼを含むクラスメイト全員が、その少女の方を向く。メアリーが、彼女の周囲一メートルほどを衝撃波で吹き飛ばしていたのだ。
エリーゼは、彼女の逆上を更に煽る。
「あらあ? なにかしら、ミス・ギブソン。私は自身の研究に基づく持論を述べたまでよ。
反論があるなら聞くわ。でも、そこまで暴力的な方法で解決を図るのは醜いことこのうえないわね。まったくスマートじゃないわ」
「あんた……! あんたねえ……!!」
メアリーは大股でエリーゼのいる席までずんずんと歩いていった。その様子をクラスメイトは顔を青くして見守っている。
メアリーとエリーゼが少し顔を前に動かすだけでも頭突きになってしまう距離にまで接近する。というか本当にやりそうなほどの殺気だ。
正直、エリーゼにも、さすがに言い過ぎたかな、という反省の気持ちが多少あったが、ここまで啖呵を切っておいて、今さら引くなんてことはできようはずもなかった。この学校の女子は揃いも揃っておっかないですね。
「いい、エリーゼ?」メアリーはひどい剣幕でエリーゼに唾を飛ばす。「あんたはそうやって魔術を馬鹿にしているけれど、今の戦場で戦士たちの活躍を大いに支えている魔導符は、魔術があってこそ成り立つものなのよ。それなのに魔術を軽視するだなんて、あんたはどこまでボンクラなの?」
「魔導符には私も助けられているわ。ええ、すごいと思うわよ。魔術はそれが唯一の存在価値。あとは暇を持て余した魔法使いの高尚な趣味。
いいわね、魔術。私も研究してみようかしら。魔導具を使って世界を混沌に陥れた後の暇つぶしに」
「暇つぶし、ですって……!?」
メアリーの表情が紅潮していく。それを見たエリーゼは、表情は真剣だったものの、内心ほくそ笑んでいた。
「そ、それだけじゃないわよ! 戦場でだって、プログラムくらい書けるし……!」
「それは魔術を専門に勉強している人間ができる曲芸でしょう?
そんなものを勉強するよりも、基礎体術、基礎魔法、基礎戦術を勉強したほうが段違いに戦力が上がると思うけど、違う?」
「ぜんっぜん違うわよ、バカ! 魔術には魔術にしかできないことがあるの!
なんでそれも分からずに一概に魔術を否定するわけ!?」
「だ・か・ら! 魔術は唯一の存在だって認めているじゃない! 話聞いてたの!?
そのうえで、魔術を勉強するよりも他の分野を研究した方がこの先の学生生活、および魔導人形を用いた戦闘において遥かに有用だって主張している、ただそれだけじゃない!
あんたの持論が正しいなら、あと2・3時間は魔術の授業ができているはずよ! 学校の方針からしても、魔術はあくまで知識、対処法を知るだけで十分だってわかるじゃない!
あんたが魔術を使えるからって、それが他の生徒に有用だなんて思い違いも甚だしい!」
「違う! 全然違う! あんたこそどうして分からないの!? 頭でっかち! 貧乳! つるぺた!」
「胸は関係ないだろ、いい加減にしろ!!」
「お前がいい加減にしろ」
ゴン、とエリーゼの頭を殴る少年がいた。無限の灼熱こと、ジョン・アークライトである。もっとも、この二つ名はあまり広まっていないが。
ジョンはしばらく騒ぎを傍観していたが、さすがに収集がつかなくなってきたのを悟り、仕方なくエリーゼを止めた。力づくで。
思いのほか強く殴られたようで、エリーゼは涙目になってジョンの方を振り向いた。
「なによぅ……」
「なによぅ、じゃねーよ。お前の持論は分かったけど、そこまでムキになってやる議論じゃないだろ。だからいつまでたっても背が低いんだよ」
「うう……」
まだ頭がジンジンと痛むようだ。ジョンはエリーゼの後ろの襟をつかみ、席へと引っ張った。
「すまねーな、メアリー。こいつ根暗でコミュ障なくせにこういうときだけ多弁になるんだ」
エリーゼの世話を焼くジョンに怪しい視線を送るメアリー。
「……なにあんた、コイツの彼氏?」
「そう見える?」
「こっからだと」
「残念ながらハズレだ。ただ、大切な仲間だからな。人に迷惑をかけてるのを傍観するわけにもいかねーだろ」
「……アンリミテッド・サークル、だっけ?」
「お、よく知ってるな。会員募集中だぜ」
「さらっと宣伝すんじゃないわよ。……ま、いいわ。コイツ、謝る気、皆無みたいだから。これ以上言い合っていても時間と体力の無駄だわ」
「全くその通りだ、メアリー」
ジョンはエリーゼを席に座らせた後、メアリーの方を向いた。
「……まあ、なんだ。俺には正直、魔導と魔術の優劣なんてどっちでもいいけどよ。どっちもメリットがあるんなら両方使えるに越したことはないし。
ただ、どうしても有用性を示したいってんなら、結果で示せばいいんじゃないの?
そうすりゃコイツも黙るだろ」
「……あんたは、コイツと違って話ができるみたいね」
「コイツが聞く耳持たないだけだ」
「まったくだわ」
メアリーは微かに笑って見せた。ジョンもつられて微笑した。
一人おろおろしていたマミ先生は、騒ぎが収集したのを確認し、授業を再開した。
 




