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「一度だけ、聞いてやろう」

「おー、やってるやってる!」

「うひゃあ……!」


 エリーゼとモニカが共に感嘆の声を上げた。もっとも、その感情は必ずしも同じものであるとは限らなかったが。

 戦場は混沌としていた。あちこちで火花が飛び、閃光が轟き、爆発が上がる。敵陣に乗り込む者がいれば、それを迎え撃つ者もいる。味方を支援し戦局を少しでもこちら側に傾けようとする者や、とにかく前線へと進むことを目的とする者。

 魔導人形が消滅する際に放つ青白い光がそこかしこで上がった。敵軍もどうやら、魔導人形を使用しているらしい。


「相手方の基地はどこにあるのかしら。さすがに船の中に生身ほんたいは置いてないわよね」


 船というのは、そう簡単に落とされるものではない。ジョンが空賊の船を落とせたのは、ほぼ奇跡のようなものだ。ジョン自身も、本当に成功するとは思っていなかっただろう。精々、足止めをする程度に考えていたはずだ。結果オーライではあったが。

 とはいえ、船が落とされるということは、絶対にないわけではない。そんなとき、船の中にカプセルポッドがあったらどうなるだろう? 墜落中の船から脱出することは至難の業である。そのため、大抵の場合は、いったん別の基地でカプセルポッドを使用し魔導人形に意識を移した後、船に乗るのが一般的な戦術となっている。現にリクトたちもそうである。


「とにかく、モニカ、貴方をあの船の中まで送るわ」

「安全なんですか?」

「少なくとも、こうやって空を飛んでいるよりかはね。攻め込まれたときは……、まあ、なに、覚悟を決めなさい」

「分かりました」


 モニカは、会話の流れに乗せられたというわけではなく、しっかりと肚を決め、その作戦に乗ることを決めた。

 その表情からは、迷いが感じられなかった。


「ジョンさんが繋いでくれたこの命、必ず繋ぎ止めます」

「帰ったらジョンに礼を言いなさい、これ、決定事項だから!」


 モニカはハルに指示を出し、戦場からやや距離を取りつつ、船の中へ入ることに決めた。これでひとまずは安心、といったところだ。


「ちょっと戦場に近づくわよ! 流れ弾、注意なさい!」

「分かりました!」


 魔法が飛び交う戦場へと、徐々に近づいていく。船の構造上、どうしてもそうならざるを得ないのが厄介である。覚悟を決めるしかない。

 エリーゼら一行は、無事、国立第四魔法学校(クロフォード)の船の中へ辿り着いた。二人はゆっくりとハルから降りる。


「ハル」エリーゼは龍に言う。「貴方はもう帰りなさい。申し訳ないけれど、この船は貴方が入れるほど広くは作ってないの」

「……ハル……」


 エリーゼの言葉は、ハルには分からない。モニカも、ハルと別れるというエリーゼの提案が正しいと分かっていたが、しかし、それだけでは割り切れない思いがあった。

 言ってしまえば、愛着を抱いたのである。

 生死の境を潜り抜けてきた仲だ。こんなにあっさりと帰すのは、忍びなかった。

 エリーゼもその気持ちに気づいたのか、うーん、と唸り、それからモニカに告げた。


「……仕方ないわね。モニカ、ハルに、この辺りは危険だから、遠く離れた場所で飛ぶように伝えて。全部終わったら、また呼ぶからって」

「! ……はい!」


 先ほどまでしんみりとした気持ちになっていたモニカは、エリーゼの提案に、顔をパッと輝かせた。いずれ別れが来るとはいえ、もう少しちゃんとお礼を言いたかった。モニカはハルに指示する。


「ごめんね、ハル。ここはちょっと危ないから、遠くを飛んでてほしいの。終わったら、またちゃんと呼ぶから」


 モニカの願いは、ハルに届いた。その龍は首肯し、それから身体の向きを変え、空へと飛び立った。

 エリーゼはそれを確認した後、モニカの手を引いた。


「さ、行きましょう」

「……はい」


 モニカは、ゆっくりと頷いた。



純白の迅雷(ライトニング・ボルト)、かあ……。よく言ったものよね」


 カナエは半ば呆れ気味に感嘆した。リクトの戦いはそれほどまでに美しく、輝いていた。

 リクトの二つ名の由来は、その戦闘スタイルにある。自身の得意な属性である『雷』。剣に電流を流し、相手の身体に突き差し、痺れさせる。これだけでも勝負は決まったようなものだ。後は、そのまま切り裂くなり首を飛ばすなり、好きに料理すればいい。

 また彼は、雷を飛ばし相手に当てるという飛び道具も持っていた。威力は低いものの、連射が可能なため、優秀な飛び道具として猛威を振るっていた。

 他にもリクトは、戦闘における便利な技を複数持っていたが、彼の二つ名の象徴は、その純粋な強さに起因していた。


 人は語る。彼の通る道が、白い光となって輝くのだと。まるで、雷が駆け抜けていくように。


 リクトが走り、敵を屠り、消滅する。その光景が彼の二つ名の大本であった。事実、彼は強かった。今も、船の中を疾走しつつ、空賊を次々と葬り去っている。


「この船の構造は?」


 リクトが通信を介してスズカに訊く。スズカは船の形からおおよその類型(パターン)を判別し、司令室の位置を割り出す。


『この船は、私たちの船と同じように、船体の上部に司令室があるそうです。そこに行けば、彼らの拠点(アジト)の場所も分かるかと』


 リクトの狙いは、空賊を殲滅させることではない。空賊のアジトを見つけ出し、そこを叩き、一気に空賊の連中を逮捕するところにある。魔導人形を使用している以上、今ここにいる人間をいくら捕まえても、すぐに魔導人形の消滅機能を使って逃げられてしまう。それでは意味が無い。


 大抵の船には、司令室に多くの情報が集約されている。自分たちの基地の座標などは間違いなくデータとして残っているだろう。そこを占拠するのが目的だ。

 当然、司令室を落とされては、ほぼ負けが決まったようなものなので、空賊たちは総出でそこを守りにかかる。だが、リクトを筆頭とする生徒会役員の敵ではなかった。リクトが剣を振るうたびに、魔導人形が破壊され、消滅し、光の柱を打ち立てる。もはや指令室を攻め込まれるのは時間の問題だった。


 リクトは、ずんずんと進みつつ、スズカに連絡を取った。


「アレステッド・ブロウの目撃情報は?」

『まだありません。どこかに隠れているのでしょうか?』

「ヤツが隠れなんてするわけがないだろう。むしろ先手を打って私を襲うはずだ」

『司令室に居るんでしょうかね? ……というか、良いんですか? 先生たちに増援を頼まないで。リクトさん、アレステッドに勝てるんですか?』

「やってみなければ分からないだろう。それに、こちらは8人の戦士が居る」

『だといいんですけどね。転ばぬ先の杖、という諺もありますし』

「どちらにしろ、もう司令室は近いようだ。先手を打ってやる」

『ご武運を』


 スズカの励ましに背中を押される生徒会役員。程なくして、目の前に司令室と思しき部屋の扉が見つかった。

 司令室を前にして、リクトは声を潜めた。


「いいか、こういうのは勢いが大事だ。奇襲をかけるぞ」

「そんなこと言っても、敵にはもう、俺らが門前(ここ)に居ること、バレてると思うんスけどねえ……」

「それならそれで迎え撃つまでだ。行くぞ」


 意を決して、リクトたちは空賊船の司令室へと押し入った。中にはやはり、武装した空賊たちがリクトたちに刃を向けていた。臨戦態勢。やる気満々のようだ。


「ほうら、言わんこっちゃない」


 タクマが肩を竦めてリクトに言う。しかし、リクトは一切動じなかった。


「だからなんだというのだ。倒してしまえば変わらない」


 リクトも剣を空賊に向けた。空賊が腰を屈め、いつでも動けるように体中の筋肉を張りつめた。

 リクト率いる生徒会と、空賊の幹部がぶつかろうとする。

 そのとき、周囲を見渡していたナターシャが、ふと、何かに気づいたようで、リクトに告げた。


「……ねえ、リクト」


 リクトは、「なんだ」とナターシャに訊きかえす。


 ――ナターシャの表情に鬼気迫るものがあるのを見て取り、リクトは肝を冷やす。


 普段から冷静でボーっとしているような雰囲気の彼女が、目を見開き、ここまで緊張するとは、何があったのだろうか。

 ナターシャは、唾を飲み込み、それからリクトに告げた。

 本当に、どうしよう、といった様子で。


「アレステッドが、居ない」


 ――そのことの重要性に気づくのに、若干の間を要したリクトであった。


 それから、リクトのバングルに通信が入った。目の前の空賊たちの動きに注意をしつつ、通信に応じる。通信相手はスズカだった。彼女は、柄にもない、混乱と悲鳴を交えた声で、リクトに向かって、叫んだ。


『リ、リクトさん! アレステッドが来――』


 直後、ザシュ、という斬撃音と共に、通信が途絶えた。



「!……」


 モニカは、その様子を、間近で眺めていた。


 ――首を、斬られた。


 モニカの網膜に、その光景がハッキリと投影される。

 魔導人形を使用しているとはいえ、首が飛び、青白い光が炸裂するその瞬間は、スローモーションのようにモニカの目に焼き付いた。

 ありていに言えば、ショッキングだった。


 首を斬られたのは、他でもない、スズカだった。驚愕の表情で宙を舞うその首から、モニカは目を離すことができなかった。

 そして、次の瞬間、スズカが青白い光と共に消滅する。魔導人形が破壊された証拠だ。空賊の団長、アレステッド・ブロウは、その様子をぼんやりと眺めていた。彼は、自らに沸き上がる怒気と殺気を、隠そうともしなかった。


 その光景が、モニカに、過去の記憶を引き起こす。

 父と母が、彼の手により、首を斬り落とされたその瞬間を。

 立派な魔法使いだったモニカの両親だが、いつでも魔導人形が使用できる環境があるわけではなかった。

 故に、空賊にすぐに取り押さえられてしまった。


 モニカは家を飛び出し逃げたが、すぐに捕まり、両親の元へ連れてこられた。そして、目の前で。

 ちょうど、あの時のように。

 少女が首を斬られた。


 ――フラッシュバック。


 両親の、死ぬ間際の顔。首を斬られる瞬間の絶望。首を斬られた刹那の悲鳴。首を斬られた後の慟哭。

 全部が全部、モニカの心に、一生癒えることの無い傷として刻まれた。


 当然といえば当然だ。

 そしてモニカは、今もその傷を抱えている。


 モニカは、声にならない悲鳴を上げ、それから立ち上がり、その場から逃げようとした。しかし、身体が思うように動かない。モニカは立ち上がってすぐに、床へとこけてしまった。


「あッ……」


 思わず声を上げる。――その声に、アレステッドは気づいた。

 アレステッドが、モニカの方へ振り向く。全てを切り裂く鬼の形相だった。アレステッドはそのまま、一歩ずつ、モニカの元へ歩いていく。モニカはその場から逃げ出したいが、なかなか身体が動かない。身体に力が入らず、立つことができない。

 やっとの思いでモニカは立ち上がったが、そこから走ることはできそうになかった。そうこうしているうちに、ついにモニカのすぐ近くまで来る、アレステッド。モニカはその姿に恐怖した。心臓は痛いほど脈打ち、背筋には汗がだらだらと流れ、呼吸もままならない。

 アレステッドは、剣を無造作にモニカの首に当てた。悲鳴を上げそうになるのを、必死にこらえるモニカ。


 ――殺される。


 そう確信した。

 アレステッドは、口を開く。


「……小娘、一度だけ、聞いてやろう」

「……」


 モニカはアレステッドを睨んだ。せめてもの虚勢だ。


「……貴様が俺の元へ来るのであれば、命だけは助けてやる」


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