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「夢も希望も、抱き続けたいんだ」

「――っ」


 ――言葉が、出なかった。


 ジョンの行動が理解できなかった。

 モニカも、一瞬のうちに起きた驚愕の出来事に、目を疑った。


「……ジョン?」


 エリーゼは、呆けたような表情で、彼の名を呼んだ。次いでモニカが現実を認め、ジョンの後を追ってハルから飛び降りようとした。


「――バッ……」


 エリーゼは反射的にモニカを抱きかかえる。モニカはそこで我にかえり、エリーゼの顔を泣きそうな表情で見る。


「……ジョン、さん、が……」


 モニカには、それしか言えなかった。


「……モニカ、落ち着いて」


 エリーゼはモニカの両肩を掴み、そして言った。


「……ジョンに言われたの。貴方とハルを頼むって」

「!……」

「……逃げるわよ、このまま」

「……はい」


 モニカは、何が起こったのか分からぬまま、ただ覚悟を決めた。



「チイ! 2番艦は何をやっている!」


 アレステッド・ブロウは、通信を繋ぎながら各所へ怒声を浴びせていた。

 アレステッドは、前線には立っていなかった。ジョンが確認した3隻の船のうち、最も後続の船に乗っていたのだ。

 空賊随一の巨大な母艦で、戦闘力も収容能力も桁違いだが、なにぶん速度が出ない。そのためアレステッドは、各艦に全速力を出すことを指示していた。モニカの確保は一刻を争う状況であったからだ。

 どうせ龍一匹しか居ない。すぐに降伏するだろうとアレステッドは高をくくっていたが、甘かった。


 ……あのガキンチョ三人組は、諦めずに逃げ続けることを選んだのだ。


 そのあとは、お察しの通りである。渓谷に落ちたところを見て、飛行ユニットを所持した部下を何人か渓谷の中へ送り込んだが、本命は渓谷が右に曲がる地帯だった。彼らが国立第四魔法学校(クロフォード)の生徒であったならば、間違いなくあの付近から顔を出す。そこを叩く算段だった。

 余裕の面持ちで踏ん反り返っていたアレステッドであったが、しかし、事態は思わぬ方向へ進んで行った。少年たちは、空賊の船に捕捉されてもなお抵抗を続け、あろうことか、大砲の弾を撃ち返したというのだった。

 モニカの能力だろうか……。はたまた、国立第四魔法学校(クロフォード)の生徒が気合いで撃ち返したとでもいうのだろうか。普段なら一笑に付す後者の可能性も、無いとは言い切れないのが恐ろしい。


 アレステッドは、あの少年少女の顔を思い浮かべると、途端に苦々しい思いとなった。どちらも相当憎たらしい顔をしている。あの赤い少年は実力も無い癖に絶えず減らず口を叩くし、しかも悪運が強く、常にアレステッドは土壇場のところで裏をかかれていた。非常に屈辱的だった。黒い少女も黒い少女で、アレステッドには劣っているものの、それなりの実力を所持している。しかも、赤い少年とは別方面に口が悪い。非常に悪意ある毒舌家だ。モニカのアホっぷりが懐かしくなるほどの腹立たしさだ。


 通信によると、2番艦は、打ち返された砲撃が甲板に直撃したため、一時パニックになり、現在体勢を立て直しているところだそうだ。ただいま1番艦がモニカたち一行を狙っているが、そちらもまた何か悪巧みをされそうな気がしてならない。悪戯っ子を咎める雷親父の気分だ。

 アレステッドは船員クルーに檄を飛ばす。


「もっと速度は出ないのか!」

「これが限界です! これ以上やるとエンジンが焼きつきます!」

「くそう、忌々しい!」


 アレステッドは、先ほどから絶えずイライラしていた。それが更に部下の不安感を煽っていた。不用意になにか発言したら、その場で首を斬られそうな勢いだ。


「1番艦! 状態はどうなっている!」


 アレステッドの通信に、1番艦の乗組員(クルー)が応答する。


『こちら1番艦! 現在、ターゲットの下を飛行中! 間もなく接触します!』

「そんな龍、さっさと落としてしまえばいいのだ!」

『はい、善処を尽くしており――、……えッ!?』


 不意に、乗組員が仰天した。


「なにごとだ!?」

『お、お頭ァ! 大変です! 


 赤い風貌の少年が船の中を突っ走っているようです!』


「何ィ!?」


 アレステッドは瞠目した。


 ――あの少年、そんなバカげたことを。


 アレステッドは興奮気味に指示を飛ばす。


「なんとしても食い止めろ! モニカは後回しでもいい! 即刻処理しろ!」

『いま、船中の人間が総力を挙げて止めに入ってます! ――ダメです、止まりません!』

「なにをやっているんだ、腰抜けどもめがッ!」


 アレステッドは机をバンと叩いた。モニターに向かい指を差す。


「ヤツはどこへ向かっている!? そこを抑えろ!」

『その、赤い少年は、……こ、これは……!』

「どうした!? どこへ行こうとしている!?」


 アレステッドの通信を受けていた乗組員は、絶句したのか、しばらく声が出せなかった。それから、世にも恐ろしいものを見た、という様子で叫ぶ。


『……核です、船の核! エンジンルームに向かっています!』

「なあああああアアアアにいいいいいいイイイイイイイイイイ!?」


 アレステッドは身を乗り出して、通信映像に食いついた。


「カメラを切り替えろ! どうなっている!」


 乗組員は急いで、船に取り付けてある監視カメラの映像を一斉送信した。

 そこには。


 件の赤い少年が、身体中に剣を刺され、青い硝煙を噴きながらも、一歩も踏みとどまることなく、ひたすらに、がむしゃらに走っている姿が映し出されていた。



「どけどけどけどけえええええええ!!」


 ジョンはそう叫びながら、剣を振り走っていた。わき目もふらず、何も顧みず、ただ、ひたすらに。

 体のあちこちがズキズキと痛む。少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうだが、それを気合いで乗り越える。

 ここでやられてしまっては、せっかく龍から飛び降りてまでした奇襲が無駄になってしまう。必ず最後までやり遂げなければ。

 ジョンの情熱が勝つか、空賊の戦闘力が勝つか。

 まさに、一騎打ちの様相を呈していた。


「なんとしてもあの男を止めろ! エンジンルームへ近づけさせるな!」


 空賊の男たちの声が聞こえる。ジョンはその声のする方へ走り、剣を振るう。


「悪ィな!」


 不意打ち気味に空賊共の身体を吹き飛ばした。辺りに青い煙が爆発するが、絶命を確認することなく、飛び越えていく。


「一か八かの大勝負だ! 負けるわけにゃあいかねえんだよぉ!!」


 ジョンはこの船のエンジンルームの場所は分かっていなかったが、大抵の船の基本構造は頭に入っていたし、船内にも案内板が立っていたため、おおよその位置は把握できた。あとはそこに向かって突っ走るだけだ。

 走り始めて何分か経った頃。ついに目的のエンジンルームの目の前まで辿り着いた。しかし、その部屋の扉の前は、今まで見た空賊の中でもとりわけ屈強な男たちが守りを固めていた。その中の1人がジョンに向かって叫ぶ。


「ここから先は断じて通さん!」

「押し通る!」

「潰すまで!」


 空賊たちはその場から動かず、守りを固めていた。厄介なパターンだ。こちらへ走ってくればまだ対処が容易なのに。


 ――まあ。

 ――今回に限って言えば、好都合だが。


 ジョンは、空賊たち目掛けて床を蹴り跳躍した。


「飛び越えるつもりか!」

「させんぞ!」


 空賊たちは扉から一歩も通さないという気魄でジョンを迎え撃たんとした。ジョンは何も言わずに、振り上げた剣を下ろした。

 空賊とジョンの剣が衝突する。まさにそのとき。

 ジョンは叫んだ。


爆炎(フレア)!!」


 ドン、と、ジョンは一際強い力を込めて赤き焔を放出した。その炎と爆風に吹き飛ばされる空賊たち。そう何回も使える技ではないからこそ、こうして固まってくれたのは好都合だった。


「あああああああああああ!!」

「熱い!」


 空賊たちが悲鳴を上げるが、それすらも耳に入れず、エンジンルームへの扉に剣を突き立て、突破する。

 エンジンルームは今までの部屋とは違いムッとする熱気が漂っていた。ジョンにはそんなもの関係なかったが。


「止めろォ! お前え!」

「そこを出るんだ! 早く!」


 空賊たちがジョンの元へと走るが、やはり、ジョンがエンジンに接近する方が早かった。


「じゃあな、オッサン!」


 ジョンが空賊たちの方を振り返り叫ぶ。


「せいぜい、派手に咲きやがれ!!」


 ジョンは、自らも焼き尽くさんほどの強烈な炎を全身から放った。

 瞬間。

 1番艦は、大爆発を起こした。



「エリーゼさん、あそこ!」


 モニカがハルの下を指差す。見ると、先ほど渓谷で自分たちを襲った空賊船が、次々と誘爆を起こして、終いには大爆発し、そして墜落していった。


「やった! ジョンがやったんだわ!」


 エリーゼが感嘆の声を上げた。

 エリーゼの後ろの艦も、まだこちらへ向かって来る様子は見えない。


 ――いける!


 エリーゼは確信した。この調子で行けば、クロフォードまで逃げ帰れる!


 ――夢も希望も、抱いていいんだ!


 ……そう、安堵したのも束の間。

 不意に、モニカがエリーゼの肩を叩いた。


「なに、モニカ、どうしたの?」


 エリーゼは浮かれ気分でモニカを見たが、途端にこわばる。

 ……モニカの表情は、絶望に染まっていた。

 エリーゼはモニカに続いて、その指差された方を見て、そして、――絶句した。


「――あれ、私の乗ってた船」


 モニカは、掠れた声でそうエリーゼに伝えた。


「――なに、あれ」


 その船は、先ほどまでの船とは明らかに格が違っていた。規格外の大きさを有している。今までの船が豪邸であるならば、その船は城を思い起こさせた。それほどまでに巨大だった。


「……あ、あ、あ……!」


 モニカがわなわなと口を震えさせている。恐怖を叫ぶことすらできないようだった。それほどまでにトラウマが植え付けられているのか。エリーゼも、さすがにその船には放心状態になった。

 その巨大な船首が、ゆっくりと、しかし絶望的な圧力でもって、こちらへと迫ってくる。


「……どうしよう、これ」

「どうしようって……、逃げるしか、ないじゃないですか」

「どこへ……?」

「……」


 エリーゼとモニカが、顔を見合わせる。こんな巨大な船の前では、どこにも逃げ場がないように感じた。

 このまま、押し潰されてしまうのだろうか。

 この船に?

 それだけは、なんとしても避けたかった。


 ――だが、どうやって避ける?

 ――どうやっても、なにも、避けるしかない。


「ハル! 逃げてぇ!」


 モニカがハルに叫ぶが、既に全力で飛行しているハルである。これ以上の速度はなかなか出せそうにない。


「潰される!」

「分かってますよ! でもこんなのどうするんですか! 逃げてるのに!」

「そんなこと言ったって、みるみる近づいて――!」


 もう既に、その船は、エリーゼたちの目の前まで来ていた。

 このままでは潰されてしまう。


「モニカ!」


 エリーゼは、モニカをひしと抱いた。

 こうしたところで、どうにかできるわけがない。自分がいくら努力をしても、モニカは潰されてしまうだろう。

 でも、それでも、諦めたくはなかった。


 ――共にやられるその瞬間まで、生き抜くために足掻きたかった。

 ――もう、現実に押しつぶされるのは、真っ平だった。


「私だって、夢も希望も、抱き続けたいんだ」


 そう、エリーゼは呟く。

 その思いを自覚した途端、涙が溢れ、モニカを抱く腕に力が籠った。

 彼女を守るために、最後まで抗いたかったのだ。

 ……誰か、助けて。そう、エリーゼは必死に願った。

 そのときだった。


 ――不意に、その巨大な船が、揺れた。


 ……いや、揺れたというよりも、明らかに攻撃を受けていた。

 瞬間、響く、爆音、破砕音。

 耳をつんざくような轟音が、エリーゼたちを襲った。

 モニカはあまりの音に、耳が麻痺してしまい、周囲の音が聞こえなくなった。


「なんの音!?」


 エリーゼが船を見る。

 瞬間、驚愕する。


 ――もう1つの巨大な船が、空賊の船に衝突していた。


 巨大な船首が、空賊の船の腹に直撃している。その衝撃で、船の軌道が大きく左に逸れていたようだった。船に接触するギリギリのところを飛ぶハル。エリーゼは、その衝突した船に見覚えがあった。

 不意に、エリーゼのバングルに通信が入った。エリーゼは船の破片が飛びしきる中、必死の思いで通話ボタンをスライドした。


『待たせたな!!』


 そう、声が聞こえて来た。


 ――リクトだ。


 エリーゼは、ごちゃ混ぜになった感情で、ありったけの思いをリクトにぶつけた。


「――まっーーッたく遅いわよバカ! 今までなに呑気にやってたのよ!」

『すまない! だが間に合った!』

「もう少しで死ぬところだったのよ!」

『モニカはまだ生きているのか!?』

「おかげさまでね!」

『そうか、良かった!』


 エリーゼはモニカに向かって叫ぶ。


「ハルをあの船へ飛ばして!」

「い、いいですけど、なんなんですか、あれ!」

「リクトの船よ!」

「リ、リクトっていったい……!」


 モニカの問いには答えずに、エリーゼは空賊の船を指差す。


「待たせたわね!」


 エリーゼの身体に、表情に、勇気が(みなぎ)った。


「反撃開始よ!!」


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