「なんでお前、下着姿なの?」
魔導人形に意識を転送したジョンが降り立ったのは、脱線した新幹線の、車両の屋根の上だった。
周囲を一望できる場所であり、新幹線の進行方向から見て、右には広々とした山林が、左には、高くそびえたつ渓谷が、前方と後方は巨大な鉄橋がかかっており、その下には滝が流れていた。
周囲を確認したのち、ジョンは耳を澄ませたが、龍のものと思しき鳴き声や、翼の音は聞こえてこない。
――なんだ、もう帰っちまったのか。
安堵半分、落胆半分……といったところだろうか。
そのとき、不意に、ジョンの後ろで、シャラシャラとした高温が鳴った。
どうやら、エリーゼの魔導人形が構築されているようだ。
「遅かったじゃねえか、エリーゼ」
ジョンは少女に声をかけた。
――が、なにやらおかしな点に気づく。
「……なんでお前、下着姿なの?」
召喚が終わったエリーゼは、逆ギレ気味にジョンに叫ぶ。
「し……、仕方ないじゃない! あんなゴシックロリータを着ていたら、魔導人形との接続効率が落ちるでしょう⁉ 苦肉の策なの! 別に痴女ってわけじゃないから!」
「キレんなって分かったから! っつーか、更衣室に、魔導人形用のスーツがあったはずだろ⁉ それ着てけばよかったじゃねえか! だから俺が先に出たんだし!」
「いいわけないでしょ、龍やほかの悪党どもがいつ来るか分からないし――あんたのことだって、信用したわけじゃないんだから!」
両者の言うことは、互いに一理がある。
魔導人形を使用した際は、使用する際に着用していた衣服が、そのまま再現される。
確かに、結合分子が不足し、例えば袖が無かったり、上着が除外されたりと、不十分なまま再現されてしまうこともなくはないのだが――それを踏まえても、エリーゼの姿見は異常というほかなかった。
再現されなかった、というよりも、単純に脱いでいたのだ。
エリーゼの猜疑心が生んでしまった悲劇……というべきだろうか。
魔導人形を使用する際には、それ専用のスーツを着用するのが一般的である。
競泳水着のようなデザインをしたパイロットスーツ。
着用した魔法使いの、全身を流れる電気信号や、魔力の流れを感じ取るのを補助し、すぐさま魔導人形に伝達するための感応着である。
確かに、電車の屋根程度の距離であれば、着用せずとも大差ないが、着るに越したことはない。
ばつが悪くなったエリーゼは、苛立たし気に周囲を見回す。
「……フン、あの龍たち、怖気づいたのかしら、どこにもいないわね」
「そりゃあ下着姿の痴女が電車の屋根の上にいたら怖くもなるわな……」
「痴女じゃねえっつってんだろ!」
「いって、分かったから蹴んのやめイッテ!」
ガシガシとジョンの脚を蹴るエリーゼ。いわゆる逆恨みというヤツである。……まあ、素足なのでそこまで痛くはなかったのだが。
魔導人形が受けた肉体的感覚や、痛覚は、そのまま、カプセルポッド内にいる使用者にも反映される。
より敏感な戦闘を行うために必要な措置ではあるのだが、当然ながら、こういった蹴りにも顔をしかめることになる。
ひとしきりジョンの脚を蹴ったエリーゼは、フン、と鼻を鳴らした。
「どうやら杞憂だったみたいね。龍の襲撃も偶然なのかも」
「偶然で済むような事態じゃないと思うが……?」
「うるさいわね、ほら、こんなところで立ち往生してるなんてスマートじゃないわ。
運転手たたき起こしてさっさと帰りましょう」
「へーいへい、お嬢様のご命令とあらばー」
「クッソムカつくコイツ……」
口をへの字に曲げたエリーゼは、魔導人形の消滅ボタンを押して、意識を生身へと戻そうとした。
――が。
「……おい、エリーゼ」
「なによ、御託なら聞き飽きたわ」
「いや、じゃなくて……お前の顔……」
「なに? なんか変なものでも付いてる?」
「付いてるってか……その……。
……紅い点が、浮いてる」
「……紅い……点?」
そのとき。
エリーゼの顔スレスレに、銃弾が通り抜けた。
――レーザーサイト!
エリーゼは、瞬間的に、ジョンの指した「紅い点」がなんであるかを悟った。
ふと、山林側を見ると……。
橋の上、正体不明の、おそらく敵衆と思われる男たちが、四人。
そのうち三人は、近接用の短剣を所持しており、残る一人は、橋壁に身を隠し、そこからスナイパーライフルをこちらに向けて構えていた。
……どうやら、彼らが、この車両を襲った張本人らしい。
その姿を認めたエリーゼは、犬歯を剥き出しにした。
「やってくれるじゃない……!」
心なしか、その怒気をはらんだ表情の中に、いくらかの高揚感が見え隠れしている。
「ああ、まったく、姑息な連中だ」
ジョンも、かすかに嗤うように、敵対する連中を睨んだ。
「……だが、勝負に卑怯もヘッタクレもねえよな」
「……言うじゃない」
エリーゼは、口角を上げる。
「いいわ、今だけ協力してあげる。やつらを滅多打ちにしてやりましょう?」
「言ってくれると思ったぜ」
男たちから視線を逸らさず。
ジョンとエリーゼは、共に、魔導装甲を召喚する。
まずはジョンが、左腕に時計のように嵌められたバングルに、魔力を注いだ。
「紅き闘志を胸に秘め! 燃やし尽くすは男道!
踏まれ叩かれ蹴られようと! 貫き通すぜ、己の道を!」
ジョンは右手で天を指し、そして叫んだ。
「出でよ! ロアノーク!」
――その、魔導装甲の名を唱えた瞬間。
ジョンの体が赤い炎に包まれる。
あくまで演出なので、本当に熱いわけではない。演出は大事(重点)。
ジョンの元から着ていた衣服――黒いシャツに、パンツとジーンズ――が分解され、新たに魔導性の衣服が、さながら電子メールのように転送・構築される。
この魔導着、カジュアルな見た目でありながら、敵の魔法や物理攻撃から身を守ってくれる防具であり、それでいて軽量で動きやすいという優れものである。
ジョンの魔導着は、グレーのシャツに、紅いジャケット、そしてダークブラウンのパンツという、「紅」を基調としたデザインであった。
ついで、ジョンの背中に、小型の羽のようなものが召喚される。
「ユニット」と呼ばれるそれは、魔法使いの魔力の流れを円滑にしてくれる機能を有している。
そして最後に、大本命である「武器」が召喚される。
魔法使いの主力であり、同時に、その者がどのような戦いかたをするのか、一目で分かるもの。
ジョンの武器は、紅い外殻に縁どられた「大剣」であった。
直線的なシルエットに、柄の部分には特大の魔法石が埋め込まれている。
ジョンの身の丈と同等の長さを有するそれを、彼は軽々と振り回す。
ジョンが呼んだ「ロアノーク」という名前は、この武器のことを指していた。
以上、「魔導着」、「ユニット」、「武器」の三つを総称して、「魔導装甲」と呼ばれている。
特に、その魔導装甲の1セットを、武器の名前で呼ばれることが多かった。
ジョンは、自信満々に剣を振りかざす。
「見たか! これが俺の魔導装甲、『ロアノーク』だ!」
「退屈な前口上ねえ」
エリーゼの毒舌に、先ほどまでキマっていたジョンの顔が、一気にしかめっ面になる。
そんなジョンの不機嫌すらもまるで意に介さず、エリーゼも、同様に、魔導装甲を召喚するための口上を唱える。
ぶっちゃけ、長々とした詠唱をせずとも、魔導装甲の名前すら呼べばそれで済むのだが、その辺は、まあ、なんというか、いろいろと察してほしいのである。
エリーゼの左腕に嵌められたバングルが、漆黒の光を放ち、彼女の体が、嵐のような闇の瘴気に包まれた。
その黒き衣は孤独の証
その黒き血は孤高の証
内なる野望は果てしなく
愚昧な光に闇をもたらす
我が身に滾る三つの誇り
鋼の如き不屈の闘志
弓矢の如き鋭き勇気
誇り高き騎士の尊厳
戦いある地に必ず我在り
戦争を軽蔑する者
ウォースパイト
ズギャン! という衝撃と共に、エリーゼの下着が剥がれ、代わりに、重厚なゴシックドレスが転送・構築される。
さらに、エリーゼの背中、肩に近い位置に、小さな「翼」のようなものが生えた。
そして最後に、エリーゼの右手に、巨大な「大鎌」が召喚される。
メカニカルなデザインでありながら、呪術的な禍々しさを併せ持つそれは、柄の長さを含めると、ゆうにエリーゼの身長を超えていた。
こんな、「斧」ともいうべき巨大な武器を、あたかも金属バットのように振り回すのだから、魔法使いとは恐れ入る。
エリーゼは、鎌の尻の部分を、新幹線の屋根の上に突きたて、威圧的に悪党どもに告げる。
「あなたたち。どこの誰かは知らないけれど――すぐさま立ち退きなさい!
さもないと――この鎌の錆にするわよ?」
「あ、それ俺が言いたかったのに!」
ジョンは決め台詞を持ってかれた感でいっぱいになった。
男子にとって人生で一度は言ってみたいセリフ上位に入っている口上だからである。「鎌の錆」の部分とか特に。
「どっちもお断りだなァ!」
悪党の一人が、エリーゼに向かい、そう叫んだ。
エリーゼは、愚かな民衆を睥睨する国王のように、深くため息を吐いた。
「そう……なら容赦しないわ」
エリーゼは鎌を構える。
敵方も、各々が臨戦態勢に入った。
「……で、これからどうするの?」
「え? いや……どうするのって、俺に聞く?」
「だって、ほら、二人組なら、それに相応した攻め方ってのがあるでしょう? まさか無策で突っ込むわけにもいかないし……」
「そうだけど……、お前はどうするつもりだったんだよ?」
「別に、あなたが居なくても一人で身は守れるし。足手まといになるよりは、初めに動き方を決めておいた方がいいでしょう?」
「めんどくせえお嬢さんだなあ……」
ハア、とジョンはため息を漏らす。
組んでてここまで楽しくない相方はそういないだろう、とジョンは頭痛を堪えた。
――しかし、作戦か。
ジョンは目の前の敵衆の内訳を改めて確認する。
近接三人に遠距離一人、か……。
とりあえず、自分が気を付けていれば、遠距離タイプの敵は無視していいだろう、とジョンは踏む。
あれだけの啖呵を切ったエリーゼだ、あんなライフル、簡単に避けてくれるだろうし――避けてくれなきゃ困る。
相手としても、おそらく、敵と味方が肉薄する状況で、安易には撃てないだろう。
再装填の時間も考えれば、みだりに撃ってくることはまず無い。
となると、前衛三人の対処についてだが――おそらく、三人がバラバラに、こちら側を包囲するように動いてくるだろうと考える。
相手にとって、近接だけでも3対2と分の良い戦闘だ。
おまけに、エリーゼの大鎌は、人が固まるほど優位に立つ武器だ。なんとしても、そこは警戒しなければならない。
ジョンは、そこまでの計画を瞬時に練り上げ、それからエリーゼに問う。
「エリーゼ、敵方、何人までなら相手にできる?」
「実力が分からないからなんとも言えないけれど――、あの長さの短剣、そしてあの身のこなしを考えると……二人までなら無傷で凌げるわ」
「無理しなくていいんだぜ? 計算に支障が出る」
「私はエリーゼ・デーベライナーよ? 甘く見ないでちょうだい」
「いい答えだ」
エリーゼの自信を最大限にくみ取り、ジョンは作戦を伝える。
「エリーゼ、悪いがお前には囮になってもらう。……だが、別に犬死にしろってわけじゃない。敵方に突っ込んで、注目を集めてくれ。
お前に向かった敵を、俺が後ろから斬りつける。可能なら、お前もその大鎌で敵を斬ってくれ」
ジョンの説明を、エリーゼはポカンとして聞いていた。
――なんだ、コイツ、今の簡潔明瞭な作戦を理解できなかったのか?
ジョンは、エリーゼの知力に疑問を抱いたが、実際の彼女の返答は違った。
「……意外、そんなマトモな作戦を立てるなんて」
「なあ、お前のことあいつらに突き出していい?」
「冗談よ、頭の回転の早さに驚いただけ。
ごめんなさいね、筋肉だけが取り柄の脳筋ゴリ押し馬鹿にしか見えなかったものだから」
「謝ってないよね? 一ミリも謝罪の心がないよね?」
「グダグダ言ってないで、ほら、行くわよ」
「納得いかねえ……」
さんざんジョンのやる気を削いだ挙句にこの言いようである。
ちょっとしばいてやろうか、とジョンは半ば本気で思った。
そんなことをしている間にも、敵方はじりじりとにじり寄って来る。
もう、いつ攻め込んで来てもおかしくない状況だ。
「……まあ、しゃーねえかあ」
ジョンは腹を決める。
エリーゼが、妖艶な笑みをジョンに向ける。
「スマートに行きましょう?」
「ああ、なんとしてもぶっ倒すぞ」
その言葉を、合図に。
二人は――駆ける。