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「玉砕覚悟で行くってことだ」

「うおおおおおおおおおああああああ‼」

「いやああああああああああああああ‼」

「ひえええええええええええええええ‼」

「………………………………(気絶中)」


 ジョンとエリーゼとモニカとブルーハーロンが、谷底に真っ逆さまに落ちていく。

 ジョンはモニカを抱き、激突の衝撃を少しでも失くそうとしているが、そもそもジョンの魔導人形が破壊されそうな勢いである。ジョンはパニック状態のまま無我夢中で叫ぶ。


「なにか! なにか手は無いのか!」

「なにかって何よ!」

「ほら、その、モニカが落ちたときと同じような、衝撃吸収の魔導符(カード)とか!」

「そんなのあるわけ――」

「あ、あります!」

「マジで⁉」


 エリーゼが驚愕する。なぜもっと早く言わないのか、という憤懣に駆られた。

 モニカははためく服を抑えつつ、懐からカードを取り出した。詳しい術式は分からないが、恐らくクッションの様な物が出る魔導符カードなのだろう。ジョンはモニカに叫ぶ。


「でかした! それ、使ってくれ!」

「分かりました!」


 地面に激突するまで、残された猶予はごく僅かだ。モニカは魔導符を頭上に掲げ、魔力を込め始めた。


 ――しかし。その途中、エリーゼはあることに気づく。


「待って、そのカード――!」

「お願い!」


 エリーゼは咄嗟にモニカに何かを忠告しようとするが、魔導符に魔力を込めるのに必死なモニカには届かなかった。

 モニカの掲げた魔導符が光る。

 そして、次の瞬間、ゼリー状のクッションが出現した。


 ――ジョンたちの、頭上に。


「……」

「……」

「……あれ?」


 ――唖然とする、ジョンとエリーゼ。モニカは使用済みの魔導符をポカンと眺めていた。


 ……なにが起こったのか分からない、というような間の抜けた表情で。

 さすがのジョンも、今回ばかりはたまらず悲鳴を上げた。


「うおあああああああモニカあああああああああああ!?」


 続いてエリーゼが怒気の籠ったツッコミをする。


「ちょ、な、なにやってんの⁉」エリーゼは目をカッと見開く。「バカなの!? 貴方バカなの!? 魔導符を上に掲げたまま魔力を込めたら、私たちの上で発動するに決まってるじゃない!」

「そ、そうでしたあああああああああああああ!」


 モニカが今さら重大な失態に気づいた。……そうこうしている間にも、刻々と地面は迫ってくる。ジョンはモニカに訊ねる。


「魔導符はもう持ってないのか!?」

「もう無いです! さっきのは1枚目が不発だったときのために予備で貰ったものなので!」

「なんで練習で成功するのに本番を外すのよー!」

「ごめんなさいいいいい!!」


 モニカはひたすら謝っていた。ジョンはいくらか正気を取り戻したが、この様な異常な状況下で冷静な判断などできそうにない。ジョンは絶賛気絶中の龍を見て叫ぶ。


「チクショウ、なんでコイツこんな肝心なときに気絶するんだよ!」

「砲撃に当ったからでしょ! コイツが起きてれば飛んで助かるのに!!」

「あ、そうでした‼」


 不意にモニカは、なにを思いついたのか、両手をブルーハーロンの背中の上に置いた。

 両手に魔力を集中させ、そして叫ぶ。

「お願い! 起きて!」


 ――瞬間、パン、と光が弾ける。


 ……と、次の瞬間。

 ――龍の目が、カッと開いた。


『グオオオオオオオオオオ‼』


 ブルーハーロンはけたたましいほどの大音量で雄叫びを上げた。地を揺るがすような鳴き声が轟く。どうやら本当に目覚めたらしい。

 ブルーハーロンは力を振り絞り、ジョンたち3人を背中に乗せたまま、自身の翼を大きく羽ばたかせた。

 途端に、ブルーハーロンの下方に巨大な風が巻き起こる。ジョンたちはブルーハーロンの背中に乗っているため、その風がどれだけの勢い・強さなのか判別できないが、僅かにジョンたちの元へ届いてくる風だけでも、相当な威力であることが伺いしれた。

 ブルーハーロンの揚力のお蔭で、徐々に落下速度が低下していく。


 ……そうして、最後には、ゆっくりと地面へと降り立った。龍の両足が地面に着いたことを確認したジョンとエリーゼ、そしてモニカは、一様に安堵の息を吐いた。


「……ああーーー、助かったーーーー……」


 ジョンはやっとのことで生きた心地を取り戻し、ブルーハーロンの上で大の字になって寝転がった。エリーゼも両肩の力を抜き、背中の上でへたり込んだ。


「はあ……、なんとかなったわね……」


 モニカは申し訳なさそうに目を伏せていた。


「……本当に、すみません、おっちょこちょいで……」

「さすがに否定はできない……」


 ジョンはモニカの失態を水に流すことは無かった。モニカ自身の生死が掛かっていたからである。

 とはいえ、助かったのもまた、彼女の実力ゆえである。その点を慮り、ジョンはモニカを慰めた。


「……ま、でも、助かったのもモニカのお蔭だしな。魔法なのか、さっきの?」

「はい、そうです。気つけの魔法で、手を触れた対象を覚醒させることができるんです。……お恥ずかしながら、その魔法が使えることを、忘れていて……」

「……まあ、思い出してくれたから、結果オーライってとこね。危うくペシャンコになるところだったわ」


 エリーゼはやれやれとばかりに両肩を上げた。生死を掛けた決死の作戦が成功し、安堵と共に普段の調子に戻る。

 ジョンはモニカに問う。


「モニカ、お前、他にも魔法は使えるのか?」

「はい、まあ……。さっきの気つけの魔法以外にも、盾を展開して敵の攻撃を防ぐ魔法とか、傷を癒す魔法とか……」


 モニカはいくらかジョンに説明するが、やがて肩を落として言った。


「……もっとも、いまこの生身の状態では、満足に使えませんけど」

「でも、凄いじゃない、そんな魔法が使えるだなんて」


 エリーゼは珍しく、純粋に感心していた。モニカの気を考慮しての言葉かもしれないが。

 次いでエリーゼは、モニカに問う。


「両親も魔法使いなの?」

「ええ、そうですね……」


 モニカは、言葉を濁すようなことは無かったものの、曖昧に答えた。やはり空賊のことが気にかかっているのだろうか。


「……にしても、暗いな」


 ジョンはそう呟いた。ひどく深い渓谷ゆえか、すぐ目の前も見えないほどに辺りは闇に包まれていた。おかげで身動きが取りづらい。

 あそこでぼんやりと見える青い塊は、ブルーハーロンだろうか。どうも寝ているらしい。

 ジョンは空を仰ぎ独言する。


「光は……、一応入って来てはいるのか」

「そうみたいね」エリーゼも空を仰ぐ。「……この深さなら、空賊も安易に入ることはできない、か……」


 ジョンは周囲の状況を確認しようとしたが、下手に歩き回れないほどに暗いので、たまらずエリーゼに相談した。


「なあ、エリーゼ、なにか灯りは持ってきてないか?」

「炎なら貴方の得意分野でしょう。ほら、爆炎(フレア)って、いつものように」

「前言っただろ、あれ結構魔力使うし、持続できないんだよ」

「使えないわねえ、無限の灼熱アンリミテッド・ブレイズが聞いて呆れるわ」

「それ付けたのお前だろ!?」


 ジョンとエリーゼはコントの様に互いを罵りあったが、ジョンはふと、後ろに居たブルーハーロンを見て気づいた。


「……そういや、お前、炎を吐けるんだよな」


 それを聞いて、エリーゼも大事なことを思い出した。


「……というか、私たちの目的って、この龍の火を持って帰ることじゃない」

「そう、だな、うん……」


 ジョンとエリーゼは顔を見合わせた。モニカのことに気を取られていて、肝心の大目的を忘れてしまっていた。仕方のない話ではあるが。

 ジョンはモニカに頼む。


「モニカ、ちょっと頼みてえんだけど、その龍に、このカンテラの中に火を入れてくれるように頼めねえか」

「あ、はい、分かりました……」


 モニカは心なしか元気がないように見えたが、とりあえずは様子見しよう、と彼女の行動を見守っていた。

 よろよろとブルーハーロンに近寄り、そして依頼する。


「……ちょっと、いいですか。火が欲しいんですけど……」


 モニカはブルーハーロンにそう告げ、目の前に蓋を開けたカンテラを置いた。ブルーハーロンは目を開き、僅かに口を広げ、フッ、と息を吐いた。その息が、蒼く染まり、やがてはカンテラの中に灯った。モニカはそれに蓋をして、ジョンに渡した。


「サンキュな、モニカ」ジョンはカンテラを受け取る。「だいぶ、……といっても周りが見えるくらいだけど、明るくなった」


 モニカはジョンの感謝に返事をせず、そっと距離をおいて体育座りをした。どうやらひどく疲れているようだ。……無理もない、なんの装備も持たない少女が、空賊に囚われ、命からがら逃げのびてきたというのだから。


挿絵(By みてみん)


 エリーゼはカンテラを眺めて呟く。


「……これ、ほんとは、全身黒こげになりながら持ってくるものなのよね?」

「ブルーハーロンの吐く息は炎となる、か。……上手いこと言ってんじゃねーよ、って感じだよな。そのブレスをカンテラの中に取り込んでとっとと逃げる。……まったく、1年生にやらせることじゃねーよ」

「自覚はしてたのね」エリーゼは意外そうな反応を示した。「あんなにもすんなり承諾するものだから、てっきり真性のバカかと思ってた」

「だって、じゃないと進まないだろ?」

「まったくだわ」


 ジョンの単純明快な解答に、エリーゼは苦笑した。ああ、まったく、馬鹿馬鹿しいほどに彼の言う通りだ、とエリーゼは頬を緩めた。それから、ジョンはモニカの方を向いた。


「改めて紹介しとくな。俺はジョン・アークライト。ジョナサンでもジョニーでもなくジョンだぜ。よろしくな」

「私はエリーゼ・デーベライナー。貴方は?」

「……モニカです。モニカ・エイデシュテット。出身はヴァルネアのミゾンプール」

「へえ、結構遠い所から来てるのね。観光でもしてたの?」

「お前な、いちいちデリカシーがねえんだから」


 ジョンが顔をしかめてエリーゼを注意する。エリーゼは対して表情を変えず、モニカの返答を待った。モニカは気まずい調子で語った。


「――ヴァルネアから、誘拐されて、……その、空賊に連れて来られて、ここまで来たんです」

「誘拐、ねえ……。

 ……で、空賊が貴方を狙っていた理由は? ……まあ、だいたい予想はつくけれど」


 モニカはエリーゼに、ジョンに説明したことと同じことを話した。エリーゼはことの真相は深く推理していたようで、答え合わせのように聞いていた。

 聞き終わってから、エリーゼは皮肉交じりの感想を漏らす。


「ふうん、貴方、意外と度胸あるのね。5回も逃げるだなんて」


 エリーゼの問いに対し、モニカは恥ずかしそうに返した。


「その……、えっと、あの人たち、私のこと、アホの子だと思ってるらしくて……。警備が甘くて……」

「……まあ、うん」

「否定はしきれないわ」


 ジョンもエリーゼも、その点に於いてはモニカに配慮する気は無いようだった。先ほどの失態を見ていれば仕方ないとも言える。

 一通りの自己紹介が済んだところで、エリーゼはジョンに訊ねる。


「それで、ジョン、これからどうするの?」

「ひとまずはここで休みたい……ところなんだが、いつ空賊が飛行ユニットを持って来るか分からねえ。早めに退散するのが吉だろうな。えーっと……」

 ジョンはバングルを操作してメニューウィンドウを表示し、この辺り一帯のマップを表示させた。地図にはハッキリと、この渓谷がどこまで続いているかが載っている。

「俺たちが落ちたのがこの辺りか……」

「届くの? 位置情報」

「落ちる前に最後に受信したのがこの辺りで、……えーっと、エリーゼ、モニカ、ちょっとこっち来い」


 ジョンに言われて、2人は共にジョンの両側に寄り添った。エリーゼはジョンの左側に、モニカは右側に座る。ジョンは2人が見えるようウィンドウを拡大した。


「ここな、ここ。いま俺たちがいる場所の推定。崖に落ちる前に見えたのは山が連なる山岳地帯だったから、多分ここで合ってる。

……で、俺たちの目指している国立第四魔法学校(クロフォード)がここ」

「なるほどね……」


 エリーゼはジョンの顔に自らの顔を近づけ、ウィンドウを覗きこむ。その距離の概算を思案したエリーゼは、表情を曇らせた。


「だいぶ離れてるわね……」


 ああ、とジョンは頷く。


「途中まではこの渓谷の中を通ることで行けるんだが、……この辺りで渓谷が急に右に曲がるだろ? こっからは地上に出なくちゃならない。じゃないとてんで違う方向に行っちまう」

「それくらいは見れば分かるけど……」


 エリーゼは向こうで休息をとっている龍を見て、不安げにジョンに訊ねる。


「……ブルーハーロン(この子)に乗っていくの?」

「それしかないだろ」ジョンは頷く。「あの龍に乗って、渓谷が右に大きく曲がってくる辺りまで飛んだ後、地上に出て、あとは空賊に見つからないようになんかこう上手くやって国立第四魔法学校(クロフォード)に辿り着く」

「一番大事な部分をしれっと誤魔化すんじゃないわよ。なにが『なんかこう上手くやって』よ」

「仕方ねえだろ。こればっかりはさすがに運に頼るしかない」


 エリーゼは地図を眺め、指差す。


国立第四魔法学校(クロフォード)に戻るとしたら、渓谷の右に曲がり始めるこの辺りから出ないとマズいわね……。……でも、空賊もたぶんこの周辺を警戒するはず。かといって、下手に距離を取ってフェイントを仕掛けても、むしろ周囲を徘徊している空賊に見つかる可能性が高い……。

 やっぱり最短ルートを通るのがベストかもね」

「こっちは飛空艇のような移動手段が無い分、どうしても空賊に後れを取っちまう。……それに、この渓谷だって安全なわけじゃない」

「……」


 ジョンの言葉を吟味していたエリーゼは、不意に、あまり想像したくない結論にたどり着いてしまった。エリーゼは表情を険しくしてジョンに問う。


「……つまり、それって……」

「……ああ」


 ジョンは苦々しい表情でエリーゼとモニカに告げた。


「モニカを最優先にして、玉砕覚悟で行くってことだ」


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