「貴方の首が飛ぶけどね」
「ちょっと、ジョン! 返事をして頂戴!」
不意にジョンとの通話が切れたエリーゼが、コールボタンを何度か押すが、ジョンは通話に応じなかった。
『返事が無いか?』
リクトがエリーゼに訊く。エリーゼは不安な気持ちを抑えながらリクトに返答した。
「……さっき、不意に声が聞こえたの。『女を、どこへやった?』って……」
『女……』リクトはその言葉を復唱する。『――例の、君が運んでいる少女のことか』
『空賊の一味かな、リクト?』
ナターシャがリクトに問う。その声が通信越しに聞こえた。ジョンの通信から聞こえた声の主が誰であるか推理する。
『……おそらくは』ナターシャの質問に答えたのち、独り言のように問う。『……ジョンはその男に襲われたというのか?』
『まだやられてはいないと思います』スズカが返答した。『ジョンさん、まだ目を覚ましてないので』
「でも……、だからといって無事かどうかも分からない」
『交戦中、というわけか……』
「そうね……」エリーゼは地団太を踏みたい気分だった。「……くっ、なんでこんなに空賊が居るのよ。迂闊に逃げることも――」
……そこまで言って。
――ふとエリーゼは、遠くから枯葉を踏む音を聞いた。
『どうした、エリーゼ?』
リクトが、不意に口を噤んだエリーゼに問うが、エリーゼにはその状況を説明する余裕は無かった。
「あとで!」
『なにが!?』
リクトの抗議を無視して通信を切るエリーゼ。地面に置いていた鎌の柄を握り、上方やや前方に顔を向ける。
そして、エリーゼは震撼する。
すぐ間近にまで。
空賊が迫っていた。
それも――2人!
(1人ずつ仕留めるしかないッ!)
覚悟を決めるエリーゼ。
エリーゼには、空賊2人を纏めて相手にするだけの実力がある。……だが、今は後ろに居る少女を守らなければならない。
よって、自ずと行動は制限される。
「それがなによ!」
弱気になりかけた自分を一喝するように叫ぶエリーゼ。例え、ハンデを背負っていたとしても、こんな下賤な連中にやられるなんてこと、想像さえしたくなかった。
それが、自身の誇りだから。
デーベライナーの娘という、かけがえのない矜持のために。
……そして、なにより。
――捨てかけていた「希望」を、取り戻したくて。
エリーゼは空賊を迎え撃つ。1人の空賊は、地面を蹴り、空中からエリーゼを凝視していた。エリーゼを斬らんと小剣を構える。もう1人もその後ろからエリーゼに向けて駆けた。
エリーゼと空賊の1人が、正に剣を交えんところまで接近する。
エリーゼは叫ぶ。
「デーベライナーを嘗めるなア!!」
「小癪な!」
ガキン、とエリーゼと空賊の剣が衝突した。リーチが長い分、エリーゼの方がやや有利か。
エリーゼは鎌を地面に突き刺す。空賊が、鎌から小剣を引き抜く前に、エリーゼは武器を手放し、鎌を蹴り上がり、空賊の顔面を蹴りつけた。
「ッ!?」
武器を手放すという、ある意味では自殺行為に出るエリーゼに、空賊は一瞬ではあるが混乱したようだった。
「ウォースパイトォ!」
エリーゼは空賊の頭を飛び越えつつ、武器を呼び戻そうと魔導装甲の名を疾呼する。
地面から引き抜かれ、直線上にエリーゼの元へ跳ぶ大鎌。
――エリーゼと大鎌の間には空賊が居る。
つまり!
「ガッ!」
――空賊に、大鎌が突き刺さる!
胸から青い煙を噴き出す空賊。しかしまだ魔導人形を破壊するには至らなかったようで、空賊はその場から消滅しなかった。
――とはいえ、これでだいぶ戦力を削げた。残るは後衛に居た空賊を――。
「あばよォ! 嬢ちゃん!」
「――なッ!?」
――そんな、まさか……!
エリーゼは驚愕して後ろを振り返る。
なんと、エリーゼがこれまで守ろうと必死に抱いてきた少女を、一人の空賊が担いでいた。
――三人居た!?
空賊は二人しか居ないと踏んでいたエリーゼ。自身の認識の甘さを痛感する。
(……やられた)
エリーゼは急速に方向転換をしたが、間に合わない。このままでは見失ってしまう。そうなるともう、手遅れだ。
エリーゼの頭が真っ白になる。何も浮かばない。何も考えられない。ひたすら、「どうしよう」という問いのみが脳内に充満する。
――瞬間、諦念するエリーゼ。
ああ、やはり駄目だったか、そりゃ無茶だよな、と、現状を愚痴る。
――やっぱり、希望なんて、持つだけ無駄だったんだ。
――空賊相手に、少女を守るなんて、できっこなかったんだ。
どうだ、ジョン、これが世界だ、と、八つ当たり気味に自身の失態を嘆くエリーゼ。
「世界を変える」なんて豪語することが、いかに恥知らずか。
少しでもそこに期待を抱いてしまった自信を、エリーゼは強く恥じた。
呆然と空賊を見送るエリーゼ。まだ視界の中に空賊はいるが、じきに見えなくなるだろう。
少女を攫う空賊が、地面を蹴り、跳躍する。
……いや、しようとした。
そのときだった。
「やらせねえ!」
ドン! と空賊に一撃を叩きこむ赤い男が居た。
「――ッ!」
目を見開く、エリーゼ。
空賊の脱走を阻止した男。
――ジョン、だった。
彼は、少女を担いでいた空賊に、真正面から大剣を叩きこんでいた。
空賊の上半身と下半身が分断される。何が起こったのか分からず、ポカンとする空賊。
瞬間、その男の身体が青白い光と共に消滅した。魔導人形が破壊されたのだ。
エリーゼは思わず、瞳が潤むのを堪えながら、男の名を喚呼する。
「ジョン!」
「エリーゼェ!」
ジョンはそのまま少女を抱え込み、エリーゼの元へ疾駆する。そして伝える。
「逃げろォ!」
「はあ⁉」
エリーゼはわけが分からず、ジョンに何が起こったのか訊こうとするが、――ジョンの後方を見て、すぐ察した。
これまでの空賊とは明らかに違う、大柄な男がジョンを追っていたのだ。エリーゼはそれを見て、すぐさま体を反転させる。
しかし逃げようとしたその先に、先ほどの2人組のうちのもう1人が待ち構えていた。エリーゼは怒声を発する。
「邪魔なんだよォ!」
「通さない!」
空賊は叫び返し、剣を構えた。エリーゼを迎え撃つつもりだ。
それに対しエリーゼは。
鎌を、投げた。
「!?」
まさか武器を投げるとは思っていなかった空賊が、目を見張る。咄嗟に、空賊の男は小剣を構え、鎌を防いだ。鎌の刃と柄の付け根の部分に剣を置く。
しかし、防いだのも束の間、エリーゼは下から空賊の足元へスライディングで飛び込み、空賊の股の下を潜り抜けながら、鎌の柄を掴み、そして引いた。
空賊の男の身体が、左右に引き裂かれた。そして消滅する。
「でかした!」
「早く!」
エリーゼはジョンに催促する。しかしジョンは、少女を背負っているためか、なかなかスピードが出ない。このままでは追いつかれてしまうと判断したエリーゼは、ジョンの元へと疾駆し、その横を通り抜け、アレステッドに急接近する。
アレステッドは冷静な判断で、武器を振る体勢を取りつつエリーゼに接近した。
瞬く間に、衝撃。
エリーゼとアレステッドが衝突したのだ。武器を交え、両者均衡状態になる。
アレステッドはエリーゼの顔を見て、フン、と口角を上げた。
「――なかなかやるじゃないか、小娘」アレステッドは余裕の表情だ。「さっきの小僧と違い、筋もいい」
「お褒めに与り後衛だわ」一瞬微笑むが、しかし。「……でも、あの男より強いって言われも、ちっとも嬉しくない」
「ならば別の言葉で称賛しよう」
アレステッドはエリーゼからいったん距離を離す。エリーゼも後退し、武器を右脇に構える。
エリーゼは考える。勢いで前へと出てきてしまったが――、……この男、果たして自分1人で対処できるだろうか。
いや、やるしかない、と、エリーゼは頭を振った。
――ジョンが、自分に「希望」を見せてくれた。
――それを易々と踏みにじるなど、貴族の誇りが許さない。
そして、なにより。
――彼の夢の、その先を見ていきたい。
……半分お世辞だったその言葉が、だんだんと、本音に変わろとしていた。
ジョンの夢に対しての感情が、「興味ある」から「手伝いたい」という意志に、変質しようとしていた。
エリーゼが、ハッキリとその感情を自覚していたわけではない――むしろ無意識に近いが――それでも、その感情は、確かにエリーゼの闘志を奮い立たせていた。
――こんな男に負けるわけにはいかない。
ここが正念場だ。ジョンが逃げているうちに、この男を始末せねば。そして早くジョンに追いつこう。
他の空賊が居たならまだしも、いまは自分とこの男の一対一だ。勝負はまだ分からない。
「――小娘」
空賊がエリーゼを別の言葉で称賛する。
「貴様は俺が直々に首を斬ってやる。ありがたく思え」
「あら、嬉しいことこのうえないわ」
エリーゼは礼を述べつつも、腰を深く据える。
「……その前に、貴方の首が飛ぶけどね」
「言ってくれる」
エリーゼとアレステッドは、互いに睨みあった。
――そして、共に疾駆する。
 




