表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/115

「貴方の首が飛ぶけどね」

「ちょっと、ジョン! 返事をして頂戴!」


 不意にジョンとの通話が切れたエリーゼが、コールボタンを何度か押すが、ジョンは通話に応じなかった。


『返事が無いか?』


 リクトがエリーゼに訊く。エリーゼは不安な気持ちを抑えながらリクトに返答した。


「……さっき、不意に声が聞こえたの。『女を、どこへやった?』って……」

『女……』リクトはその言葉を復唱する。『――例の、君が運んでいる少女のことか』

『空賊の一味かな、リクト?』


 ナターシャがリクトに問う。その声が通信越しに聞こえた。ジョンの通信から聞こえた声の主が誰であるか推理する。


『……おそらくは』ナターシャの質問に答えたのち、独り言のように問う。『……ジョンはその男に襲われたというのか?』

『まだやられてはいないと思います』スズカが返答した。『ジョンさん、まだ目を覚ましてないので』

「でも……、だからといって無事かどうかも分からない」

『交戦中、というわけか……』

「そうね……」エリーゼは地団太を踏みたい気分だった。「……くっ、なんでこんなに空賊が居るのよ。迂闊に逃げることも――」


 ……そこまで言って。


 ――ふとエリーゼは、遠くから枯葉を踏む音を聞いた。


『どうした、エリーゼ?』


 リクトが、不意に口を噤んだエリーゼに問うが、エリーゼにはその状況を説明する余裕は無かった。


「あとで!」

『なにが!?』


 リクトの抗議を無視して通信を切るエリーゼ。地面に置いていた鎌の柄を握り、上方やや前方に顔を向ける。

 そして、エリーゼは震撼する。

 すぐ間近にまで。

 空賊が迫っていた。


 それも――2人!


(1人ずつ仕留めるしかないッ!)


 覚悟を決めるエリーゼ。

 エリーゼには、空賊2人を纏めて相手にするだけの実力がある。……だが、今は後ろに居る少女を守らなければならない。

 よって、自ずと行動は制限される。


「それがなによ!」


 弱気になりかけた自分を一喝するように叫ぶエリーゼ。例え、ハンデを背負っていたとしても、こんな下賤な連中にやられるなんてこと、想像さえしたくなかった。

 それが、自身の誇りだから。

 デーベライナーの娘という、かけがえのない矜持きょうじのために。

 ……そして、なにより。


 ――捨てかけていた「希望」を、取り戻したくて。


 エリーゼは空賊を迎え撃つ。1人の空賊は、地面を蹴り、空中からエリーゼを凝視していた。エリーゼを斬らんと小剣を構える。もう1人もその後ろからエリーゼに向けて駆けた。

 エリーゼと空賊の1人が、正に剣を交えんところまで接近する。

 エリーゼは叫ぶ。


「デーベライナーを嘗めるなア!!」

小癪(こしゃく)な!」


 ガキン、とエリーゼと空賊の剣が衝突した。リーチが長い分、エリーゼの方がやや有利か。

 エリーゼは鎌を地面に突き刺す。空賊が、鎌から小剣を引き抜く前に、エリーゼは武器を手放し、鎌を蹴り上がり、空賊の顔面を蹴りつけた。


「ッ!?」


 武器を手放すという、ある意味では自殺行為に出るエリーゼに、空賊は一瞬ではあるが混乱したようだった。


「ウォースパイトォ!」


 エリーゼは空賊の頭を飛び越えつつ、武器を呼び戻そうと魔導装甲の名を疾呼する。

 地面から引き抜かれ、直線上にエリーゼの元へ跳ぶ大鎌。


 ――エリーゼと大鎌の間には空賊が居る。


 つまり!


「ガッ!」


 ――空賊に、大鎌が突き刺さる!


 胸から青い煙を噴き出す空賊。しかしまだ魔導人形を破壊するには至らなかったようで、空賊はその場から消滅しなかった。


 ――とはいえ、これでだいぶ戦力を削げた。残るは後衛に居た空賊を――。


「あばよォ! 嬢ちゃん!」

「――なッ!?」


 ――そんな、まさか……!


 エリーゼは驚愕して後ろを振り返る。

 なんと、エリーゼがこれまで守ろうと必死に抱いてきた少女を、一人の空賊が担いでいた。


 ――三人居た!?


 空賊は二人しか居ないと踏んでいたエリーゼ。自身の認識の甘さを痛感する。


(……やられた)


 エリーゼは急速に方向転換をしたが、間に合わない。このままでは見失ってしまう。そうなるともう、手遅れだ。

 エリーゼの頭が真っ白になる。何も浮かばない。何も考えられない。ひたすら、「どうしよう」という問いのみが脳内に充満する。


 ――瞬間、諦念するエリーゼ。


 ああ、やはり駄目だったか、そりゃ無茶だよな、と、現状を愚痴る。

 

 ――やっぱり、希望なんて、持つだけ無駄だったんだ。

 ――空賊相手に、少女を守るなんて、できっこなかったんだ。


 どうだ、ジョン、これが世界だ、と、八つ当たり気味に自身の失態を嘆くエリーゼ。

 「世界を変える」なんて豪語することが、いかに恥知らずか。

 少しでもそこに期待を抱いてしまった自信を、エリーゼは強く恥じた。


 呆然と空賊を見送るエリーゼ。まだ視界の中に空賊はいるが、じきに見えなくなるだろう。

 少女を攫う空賊が、地面を蹴り、跳躍する。

 ……いや、しようとした。

 そのときだった。


「やらせねえ!」


 ドン! と空賊に一撃(ストローク)を叩きこむ赤い男が居た。


「――ッ!」


 目を見開く、エリーゼ。

 空賊の脱走を阻止した男。


 ――ジョン、だった。


 彼は、少女を担いでいた空賊に、真正面から大剣を叩きこんでいた。

 空賊の上半身と下半身が分断される。何が起こったのか分からず、ポカンとする空賊。

 瞬間、その男の身体が青白い光と共に消滅した。魔導人形が破壊されたのだ。

 エリーゼは思わず、瞳が潤むのを堪えながら、男の名を喚呼する。


「ジョン!」

「エリーゼェ!」


 ジョンはそのまま少女を抱え込み、エリーゼの元へ疾駆する。そして伝える。


「逃げろォ!」

「はあ⁉」


 エリーゼはわけが分からず、ジョンに何が起こったのか訊こうとするが、――ジョンの後方を見て、すぐ察した。

 これまでの空賊とは明らかに違う、大柄な男がジョンを追っていたのだ。エリーゼはそれを見て、すぐさま体を反転させる。


 しかし逃げようとしたその先に、先ほどの2人組のうちのもう1人が待ち構えていた。エリーゼは怒声を発する。


「邪魔なんだよォ!」

「通さない!」


 空賊は叫び返し、剣を構えた。エリーゼを迎え撃つつもりだ。

 それに対しエリーゼは。

 鎌を、投げた。


「!?」


 まさか武器を投げるとは思っていなかった空賊が、目を見張る。咄嗟に、空賊の男は小剣を構え、鎌を防いだ。鎌の刃と柄の付け根の部分に剣を置く。

 しかし、防いだのも束の間、エリーゼは下から空賊の足元へスライディングで飛び込み、空賊の股の下を潜り抜けながら、鎌の柄を掴み、そして引いた。

 空賊の男の身体が、左右に引き裂かれた。そして消滅する。


「でかした!」

「早く!」


 エリーゼはジョンに催促する。しかしジョンは、少女を背負っているためか、なかなかスピードが出ない。このままでは追いつかれてしまうと判断したエリーゼは、ジョンの元へと疾駆し、その横を通り抜け、アレステッドに急接近する。

 アレステッドは冷静な判断で、武器を振る体勢を取りつつエリーゼに接近した。


 瞬く間に、衝撃。


 エリーゼとアレステッドが衝突したのだ。武器を交え、両者均衡状態になる。

 アレステッドはエリーゼの顔を見て、フン、と口角を上げた。


「――なかなかやるじゃないか、小娘」アレステッドは余裕の表情だ。「さっきの小僧と違い、筋もいい」

「お褒めに与り後衛だわ」一瞬微笑むが、しかし。「……でも、あの男より強いって言われも、ちっとも嬉しくない」

「ならば別の言葉で称賛しよう」


 アレステッドはエリーゼからいったん距離を離す。エリーゼも後退し、武器を右脇に構える。

 エリーゼは考える。勢いで前へと出てきてしまったが――、……この男、果たして自分1人で対処できるだろうか。

 いや、やるしかない、と、エリーゼは頭を振った。


 ――ジョンが、自分に「希望」を見せてくれた。

 ――それを易々と踏みにじるなど、貴族の誇りが許さない。


 そして、なにより。


 ――彼の夢の、その先を見ていきたい。


 ……半分お世辞だったその言葉が、だんだんと、本音に変わろとしていた。

 ジョンの夢に対しての感情が、「興味ある」から「手伝いたい」という意志に、変質しようとしていた。

 エリーゼが、ハッキリとその感情を自覚していたわけではない――むしろ無意識に近いが――それでも、その感情は、確かにエリーゼの闘志を奮い立たせていた。


 ――こんな男に負けるわけにはいかない。


 ここが正念場だ。ジョンが逃げているうちに、この男を始末せねば。そして早くジョンに追いつこう。

 他の空賊が居たならまだしも、いまは自分とこの男の一対一だ。勝負はまだ分からない。


「――小娘」

 空賊がエリーゼを別の言葉で称賛する。


「貴様は俺が直々に首を斬ってやる。ありがたく思え」

「あら、嬉しいことこのうえないわ」


 エリーゼは礼を述べつつも、腰を深く据える。


「……その前に、貴方の首が飛ぶけどね」


「言ってくれる」


 エリーゼとアレステッドは、互いに睨みあった。


 ――そして、共に疾駆する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ