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「龍を、操れるのかも」

 元々空賊の目的が、例の気絶している少女であったためか、敵はジョンを深追いすることはなかった。ジョンは安堵したが、それは裏を返せば、依然としてエリーゼが狙われているということでもある。ひとまずの難は逃れたが、油断はできない。

 空賊からある程度の距離を取ったところで、ジョンはエリーゼに連絡を取ろうと、左腕に嵌めたバングルを操作し、魔導装置によるメニューウィンドウを開いた。通話履歴からエリーゼの名前を探し、通話する。

 何回かのコール音が流れたが、エリーゼは通話に出なかった。


 ――まだ逃走中であるのか、或いは……。


「参ったな……」


 嫌な汗がジョンの頬を流れるが、悩んでいても仕方がない。ジョンはパッと気持ちを切り替えて、リクトの方に電話しようとした。通話履歴からリクトへ電話をかけようとしたジョンは、目に飛び込んできた情報にギョッとする。


「……アイツ何回掛けてやがんだ」


 どうやら、ジョンの交戦中に、リクトは7回もジョンに電話を掛けたようだった。

 ……アムスティアの現状を把握したい気持ちは分かるが、だとしてもやりすぎだろうとジョンは思う。


「彼女か、お前は」


 そう独り言ちながらも、ジョンはリクトに電話を掛けた。電話はすぐに繋がった。やや急いた調子で、リクトはジョンに問う。


『もしもし、こちらリクト。戦況は?』

「戦況ねえ……」


 ジョンは周囲を見回す。空賊に囲まれている現在、どうにも順調とは言い難かった。

 ジョンはリクトに、気絶していた少女のこと、その少女をエリーゼが運んでいること、そして自分は囮となり敵を攪乱し、現在はエリーゼと別行動を取っていることを話した。リクトはその情報を逐一咀嚼する。

 ややあってから、ジョンに訊いた。


『エリーゼとは連絡は取れないのか?』

「掛けたんだけど出やがんねえんだよ。多分それどころじゃないんだろうな」

『だいぶ危機的状況のようだな……』


 リクトがこの事態をどれだけ重く受け止めているかは分からないが、空賊と聞いて、「楽に対処できる相手」だとはさすがに思っていないだろう。

 空賊の中でも、トップレベルにタチの悪い連中だったら、なおさらだ。


「空賊……、たぶんこの地域で出るっつったらフロントブリッジの連中だろう? お蔭で拠点は制圧されちまうし……」

『……やはり、落とされているのか』


 リクトの苦渋に塗れた溜め息が聞こえた。ジョンは事情を語る。


「俺らがあそこから出た後にな。警備の人間はもうそっち帰ってんだろ? お蔭でこっちは孤軍奮闘さ」

『奴らの狙いは?』

「分かんねえ。……が、国立第四魔法学校(クロフォード)の出撃拠点を襲ったっつーことは、空賊の目的に対し、国立第四魔法学校(クロフォード)が介入することを未然に防いだということ……、つまり」

国立第四魔法学校(クロフォード)にとって不利益となること、……あるいはそれに準ずることをしようということか……』


 常識的に考えて、例え空賊がどのような目的を持っていたとしても、国立第四魔法学校(クロフォード)の基地を攻撃するとは、相当なリスクである。国立第四魔法学校(クロフォード)の基地が襲撃された――それだけで、厳重なる警戒が敷かれてしまうからだ。言い方は悪いが、隠れてコソコソやっていた方が、結果的には陰謀は成功するだろう。


 ――まあ、結局のところ、それによりだいぶ危機的な状況に陥っているわけだが。


 ジョンは考える。一時的にでも国立第四魔法学校(クロフォード)の戦力を削ぐだけの理由とは、いったいなんだろうか。


 ――「原因」に関しては、なんとなく、予想がつくが。


「……あの女の子がたぶん、それだけの価値を持っているということだろうな。詳しいことは分かんねーが……」


 ――あの、緑髪の少女。


 現在、エリーゼがどこか安全な場所へと連れ出している。連絡が取れない以上、安否は不明だが。

 空賊に狙われるような少女だ。どんな能力があるのか、事件の鍵をどう握っているのか、それすら計り知れない。

 リクトは通信越しに、まさしく苦痛と言わんばかりの心情を吐露する。


『くっ、……このような一刻を争う状況に、頼りになるのが貴様らのみとはな……』

「通信切んぞこの野郎」

『……まあ、仕方あるまい』


 リクトは一呼吸置いた。


『……いま、学校側から直接アムスティアへ向かっている。

 ……が、正直戦力としては期待しないでほしい。時間が掛かる』

「俺らが死んだ後の後始末ってか?」


 ジョンの皮肉に、リクトは真正面から応じる。


『空賊がアムスティアの拠点を占拠した以上、国立第四魔法学校(クロフォード)に侵攻する前になんとしても潰さねばならん。故に、アムスティアに来る意味はある。

 ……が、その少女に関しては、貴様らの方でなんとかしてもらうほかない』

「えらく弱気な算段を建てるねえ、リックの坊ちゃん」

『ほざけ。来てやるだけでも精々有難いと思えよ』

「ついでに首を洗っといてもらえると助かるねえ」

『あーもうリクト、それだから話が進まないんだよぉ!』


 ジョンとリクトが低レベルな争いを繰り広げる中に、口を挟む少女がいた。ジョンはその声の人物を知らなかった。

 ……いや、正確には入学式で聞いた記憶はあるはずなのだが、どうにも思い出せない。

 その少女はすぐに名乗った。


『どーも、私、3年生のカナエでーっす! 君がウワサのジョンくん? よろしくねー!』


 場違いなほどに明るい声がジョンの耳に届く。ジョンは耳をほじった。


「誰? リックの彼女?」

『この状況で冗談言ってる場合か』


 リクトがジョンに突っ込むが、正直、そう勘違いしても仕方ないだろう、とジョンは思った。


『彼女ぢゃないよー』カナエと名乗る少女は訂正する。『一応生徒会の副会長! ……ってか、私、入学式で挨拶したと思うんだけド……。忘れちゃった?』

「すみません、生徒会役員8名が入学式で自己紹介してきたのは覚えてますけど、正直いきなりそんな出てこられても名前を覚えきれません。せめて一人ひとり見せ場を作って順々に出てくれないと……」

『そんな出来の悪いラノベのダメ出しみたいに言わなくてもいいじゃないのさー!』


 カナエはプンスカ起こった。ちょうど顔文字が付きそうな感じで。


『……ま、覚えてないならしょうがないねえ。そっちはどんな状況なの? 三行で』


「超

 めちゃくちゃ

 ヤバい」


『なるほどねー、君に訊いた私が超馬鹿だったよー』

『コントやってる場合ですか、もう!』


 ジョンとリクトとカナエの会話に更に横やりが入って来た。


「今度はなに、愛人?」

『貴様はなぜ生徒会役員と私が関係を持っていることにしたがるのだ』

『あ、愛人だなんて……! 恐れ多い……!』

「そこ照れるところじゃねーから!」


 ジョンはツッコんだ。――ひょっとして「愛する人」と「愛人」をごっちゃにしてないか、この子、とジョンは思ったが、面倒なのであえてそれ以上は突っ込まなかった。


『えっと、私は生徒会庶務、2年生のスズカです』


 簡潔に自己紹介を終えた後、スズカはジョンに問う。


『ジョンさん、……でしたよね。訊きたいんですけれど、その……、倒れてた女の子の特徴ってどんな感じですか?』


 ジョンは「んー」と記憶を探る。出会った状況が状況なので、そこまで仔細に観察できていたわけではない。ジョンは途切れ途切れに思い出した特徴をスズカに伝えていった。


「……詳しくは覚えてないけど、髪が緑色だったな。セミロング……っつーのかな。着ていたのは黒いインナーに黄土色のジャケット。……それに濃い赤茶色のスカートを履いていた。

 あと微妙に巨乳だった」

『だ、だいぶ詳しいですね……。……きょ、巨乳、ですか……』


 後半のコメントはボソボソ声で、ノイズ交じりの通話ではほとんど聞き取れなかった。

 コホン、とスズカは咳払いをした後、続けてジョンに訊ねる。


『……それで、その、現状把握なんですけど、上空に龍が飛び交ってるんですよね?』

「そうだな……」ジョンは空を見上げる。「……まだあからさまな攻撃はしてこないが、いつこの辺りを焼け野原にしてもおかしくない状況だ。

 ……ブルーハーロンってこんなに気性の荒い龍だったか?」

『いえ、そんなことはないはずです』


 スズカは学識豊かなのか、きっぱりと否定した。

『ブルーハーロンはよっぽどのこと、――そう、例えば巣に入られたりだとか、そういうことがない限り人間を襲うことは無いはずです。

 ……それなのに、いま、そういう状況になっているということは……、

 ――空賊が過度に刺激したのか、或いは……』

「……その、気絶している女の子が関わっている?」

『察しがよくて助かります。……もしかしたら、その倒れていた方がブルーハーロンを呼び寄せたのかもしれません。ブルーハーロンが攻撃してこないということは、その子の呼び声に反応して行動するような、特別な魔法があるのかも……』

「なるほどな」


 ジョンは、事態の状況をだいぶ飲み込めてきた。さきほどまでは、いかにあの女の子を逃がすかということで頭がいっぱいだったため、スズカがジョンの推理の補佐をしてくれたのは大いに有りがたかった。


「……そして、その子を空賊が狙っている。つまり……!」

『……その女の子、ひょっとしたら……。


 ――龍を、操れるのかも』


「……なるほどね」


 現在の状況にだいぶ合点がいったジョンであった。

 ……空賊が、ジョンを深追いせずエリーゼを目指した理由。今ならなんとなく分かる。


「……たしかにそれは、多少の無理をしてでも手に入れたいだろうなあ」


 魔法や魔獣の研究が進んできた現代において、龍をペットとして飼ったり、戦闘のために騎乗したりだということは、だんだんとメジャーな行為になりつつある。とはいえ、龍とは、古くから人間に恐れられてきた生き物の代表格である。その龍を操れる能力を持っているとなれば、実力行使で攫われてしまうというのも、分からないではない。

 スズカは、その少女の行方をジョンに問う。


『それで……、その方は、いま、どこに?』

「エリーゼって、分かるよな?」ジョンは一応確認する。「今年度入試成績トップのヤツ。アイツが国立第四魔法学校(クロフォード)まで運んでる。……もっとも、いまどうなっているか、連絡が取れないんだが……」

『……とりあえず、まだカプセルポッドから目を覚まさないので、やられてないことは確かです。

 ……まあ、だからといって、例の女の子が無事であるという保証はありませんが』

「……まったく、とんでもないことになってやがんなあ」

『ジョンさんは、エリーゼさんの方へ向かわれるのですか?』

「ああ、だが所在がつかめないことには……」


 ……ジョンが、打開策に窮していたそのとき。


 ――ジョンのチャットウィンドウに通信が入った。


「……ん」


 ジョンは、なにごとか、とウィンドウの画面を見た。通信を寄越した人物は、ジョンのよく知る人物だった。


 ――そう、エリーゼだった。


「! エリーゼ!」

『ええッ!?』


 ジョンが叫ぶと、スズカも驚きの声を上げた。

 ジョンはすぐさまエリーゼと通話を開始する。



『エリーゼ! 無事か!?』


 ジョンの通信がエリーゼの元へ届く。落ち着きのない声がエリーゼの耳に届いた。


「ええ、無事よ」エリーゼは平静に努める。「……なんとか逃げ切れた。この女の子も、まだ息をしているわ。

 ――死んでない」

『……そうか、良かった……!』


 とりあえずは一安心、という調子で、ジョンは安堵の息を吐いた。

 ……しかし、大きな山場を越えたというだけで、依然として戦況は絶望的だ。

 ジョンとエリーゼの通信回線に、リクトとカナエ、そしてスズカも続けて入ってきた。カナエとスズカは会話の邪魔をしないように、軽く挨拶をしただけで、あとは口を塞いでいた。


『エリーゼ。私だ、リクトだ』生徒会を代表して、リクトがエリーゼに訊ねる。『そちらの状況は?』

「一命は取りとめたって感じね」地面に横たわる少女を眺めながら答える。「……でもまだ、空賊はあちこちにいると思うわ。現にさっきも、前方に見えたからこっそり迂回してきた感じだし。こっから不用意に動けば捕まる可能性だってあるわ。……全然、油断できない」


 緊迫感の籠ったエリーゼの雰囲気。いまがどれだけ不安定な状況なのか、それだけで伝わってくるようだ。

 エリーゼとしても、ただでさえ空賊という厄介な輩を敵に回しているのに加え、無力な少女を庇いながら逃げているのだ。その圧力(プレッシャー)は相当なものだろう。

 リクトは更に、エリーゼに状況を訊ねる。


『その女の子は、まだ目を覚まさないのか?』

「そうね……。一応、救命用のカードは使ったけど……」


 カード。正式名称は魔導符。魔法陣と呼ばれる術式が予め編み込まれており、魔力を流すだけですぐに使える簡易型魔術である。エリーゼはそのうちの、怪我人を治療するための魔術が組み込まれたカードを、少女に使っっていた。


『……目が覚めてないということは、まだ身元が判明しない、ということか……』


 リクトは思索の体制に入った。二人の会話が止まったことを確認したジョンは、エリーゼにあることを訊ねる。


『エリーゼ、お前、いまどこに居るんだ?』

「ちょっと待って、ジョン、いま座標を送信するから……」


 エリーゼはおもむろにメニューウィンドウを操作し、自身の現在地の座標を送信した。ジョンはそれを見て、頭を悩まし、そしてコメントする。


『……お前、逃げ足早いんだな』

「癪に障る言い方ね。貴方が逃げろって言ったんでしょ」


 ジョンは、エリーゼの反論をすっと躱した。


『こっから全力で走ってもけっこうかかる距離か……。その間に空賊に見つかる危険があるな……』

「そうね……。……とはいえ、ここで待機していても、空賊の追手が私たちを見つける可能性があるのよね。どうするか……」


 非常に慎重な判断が求められる、頭の痛い問題だ。進むにも留まるにも相応の危険が伴う。

 エリーゼはジョンに問う。


「ジョン、今は進むとき? それとも止まるとき?」

『……』

「……ジョン?」


 エリーゼはジョンに呼びかけるが、ジョンは返事をしない。これからの作戦を練っているのだろうか。

 そのとき。

 不意に、くぐもった声が通信越しに聞こえた。


 ――それは、エリーゼが今まで聞いたことないほど、暗く、深い声だった。


『……女を、どこへやった?』


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