「こんな悪党共に負けるなんて」
「……どうすんだよ、これ……」
――アムスティアに降り立ったジョンは、早くも現状に窮していた。
それもそうだ。空賊に囲まれてしまった以上、どのような手段を講じたとしても、逃げかえるのは至難の業だ。
ジョンは頭を抱える。これが通常の遠征であれば、空賊という異常事態にやられてしまうのも仕方ないと割り切れるが……。
「……そうもいかねえしなァ……」
ジョンは苦しげに、そう呟く。
……現在、ジョンたちの後方には、酷く傷ついた女の子が倒れている。背中に魔導装甲特有の「ユニット」が付いていないところを見ると、恐らく彼女は生身であろう。
――そう、生身。
――少しの判断ミスが、即、死に繋がる。
ジョンとエリーゼは魔導人形を使用しているため、どれだけ凄惨な目に遭っても、後味は悪いが、死ぬことは無い。
……だが、ジョンとエリーゼの二人やられてしまったら、彼女を守る者は誰も居なくなる。ジョンとエリーゼは、その点を危惧していた。
「……あの子、いったい何者なのかしらね?」
エリーゼは、視線を移動させずにジョンに訊ねた。ジョンは体を動かさず、ただ、「分からない」と告げた。
彼女がいったいどんな人間かは、ジョンは知らない。もしかしたら、敵対組織の人間かもしれない。
……しかし、このまま見逃すという選択肢はさすがに考えられなかった。
「……ねえ、ジョン、何か打開策は無いの?」
エリーゼが小声で尋ねた。ジョンは敵の状態を注意深く観察する。
空賊たちはジョンたちの前方に6人ほど見える。まだこちらの出方を窺っているようで、近づく素振りは見せないが、不用意に動けばすぐに攻撃されてしまうだろうことは明白だった。
……また、すぐ後ろに空賊の気配はないが、恐らく、ジョンとエリーゼ、及び後ろの少女を囲む形で、このアムスティア地域全体に、空賊が蔓延っているであろうことも間違いなかった。
「……とにもかくにも」
ジョンは考える。どう考えても、「撤退」以外の作戦は取れそうにない。
……となると、具体的にどう撤退するか? ジョンは必死に策を練っていた。
フェイントで前方へ突撃し、敵を攪乱するという作戦も考えてはあるが、それでも、最終的に逃げることは変わりない。
……また、「どこ」に逃げるか。これも大きな問題だ。
周囲は山林が茂っている。……だが、木の陰に隠れてやり過ごせるほど、敵の目は甘くないだろう。
また、上空には空賊のものと思しき船が2隻飛んでおり、前方やや遠くにももう1隻見える。上空に飛んでいる2隻のうち1隻は、明らかに戦闘用と思われる装備を備えている。不用意に跳べば、あの武装でたちまちハチの巣にされてしまうだろう。
空も陸も逃げ場に乏しい。遠くに山が見えるが、海は無い。
このような状況下で、後ろで気を失っている少女を保護しなければならない。
こちらの戦力は、ジョンとエリーゼの二人のみ。加えて後ろの少女を守りながら戦うわけだから、更に身動きは取りづらくなる。
――現実逃避してしまいたくなるほど、言い訳をしてしまいたくなるほど、危機的な状況である。
――だが。
どん詰まりでは、ない。
必ず、どこかに打開策はある。
……そう、エリーゼと戦ったあの日のように。
「――さあて、どうするか」
ジョンはゆっくりと息を吐き、それからエリーゼに問うた。
「……エリーゼ、目の前に6人居るよな」
エリーゼはジョンに確認するように答える。
「前衛が4人、後衛が2人、ってとこね……」
「……何人やれる?」
「貴方が後ろの子を守るのね?」
エリーゼは一瞬だけジョンの顔色を窺った。
「具体的な戦力は分からないけど……、さっき襲われたときと、あの身のこなしからして、2人……、よくて3人。それまでなら何とかなると思うわ」
エリーゼの回答に、ジョンは頭を悩ます。
「……単純な誘導には引っかからねえだろうしなあ……」
……戦闘は、単純な足し算・引き算ではない。エリーゼが3人の相手をできるからといって、残りの3人をジョンが相手にできないのでは、最初から何も出来ないのと変わらない。更に今回は、背後に眠る少女を護衛するというおまけつきだ。
この時点で、既に正面突破の選択肢は封じられた。
「……となると、やっぱり逃げるしかねえかあ……」
「貴方が『逃げる』という選択肢を取るだなんてね……」
「後ろの女の子を見捨てるわけにはいかないからな。今はそれしかない」
……問題は、仮に後方に下がったとして、『相手がどこまで追ってくるか』ってことと、『その後方に敵が居るか分からない』ってことだな」
ジョンの語る現況に、エリーゼは歯噛みをする。
「単純にスピード不足よね……。……全く、リクトってばなんて所に送ってくれたのかしら」
エリーゼは愚痴るが、しかし視線は常に相手の方へと向けられていた。いつ襲ってくるか分からないからだ。敵方の些細な身体の動きにも注意を払わなければ。――まだ、「見てから避けれる」距離だから。
ジョンはエリーゼを挑発するように笑いかける。
「諦めるか?」
「冗談」エリーゼはニヤリと笑い、意地を見せた。「こんな悪党共に負けるなんて、末代までの恥だわ」
「いい度胸だ」
ジョンは不敵に笑い、エリーゼに耳打ちする。
「お前は後ろの子を背負って後退しろ。敵が居なかったらそのまま逃げれる」
ジョンは前方の様子を確認しながら説明した。
「確実な手ではないが……、正直この状況だとそこに賭けるしかない」
「まったく……、スマートじゃないわね」
ジョンの作戦にエリーゼはため息を漏らしたが、エリーゼにも、現在取れる選択肢が非常に限られているのは分かっていた。軽口は叩けど、そこに不満は無い。
ジョンはおしまいに、自分の行動予定をエリーゼに伝える。
「俺は目の前の奴らの注意を引き付ける。……が、お前が逃げたのを確認したら、すぐに撤退する。……最悪やられる可能性もあるから覚悟しといてくれよ」
「……分かったわ」
エリーゼは、ジョンの行動に僅かな迷いを見せたが、それが、最高とはいかないまでも、及第点な選択肢であることは疑えなかった。
エリーゼは立ち上がる。ジョンも立ち上がり、眼前の敵を見据えた。
作戦は決まった。あとは全力でやるほかない。
「スマートに行きましょう?」
「よし、いっちょやったるか」
ジョンとエリーゼが立ち上がったのを見て、それまで様子を窺っていた敵の空賊方が、僅かに体を屈ませた。こちらに応戦する体制だ。
ジョンとエリーゼは、共に叫ぶ。
「頼んだ!」
「任せて!」
ジョンとエリーゼが、同時に、反対方向へと駆けた。
エリーゼは後ろに居た女の子を抱き寄せ、戦線から離脱、疾走する。
ジョンは、空賊がエリーゼを見失うように、囮として陽動に徹する。
エリーゼの見極めた通り、6人いる空賊のうち、2人は射撃武器を持っていた。遠方からの射撃に当たらないように、銃口を視界に捉えつつ、残り4人の動きを見切らんと駆ける。
近接武器を持っていた空賊のうち、2人が前線に立ち、残りの2人が中衛として援護体勢に入る。忌々しいほどに統率の取れた連携だ。ジョンは歯噛みをしつつ武器を構えた。
――数秒でいい。数秒でいいからエリーゼと距離を離す。
後は向こうでうまくやってくれるだろう。確証は無い。そう信じるほかない。
ジョンの背後、やや遠方で、エリーゼの木々を蹴る音が響いた。どうやら当初の作戦通り、逃げてくれているようだ。
となれば、後にジョンがやるべきことは、この空賊たちの足止めだ。
前衛役の2人の空賊が、小剣を構えこちらへと向かって来る。その後ろの2人の空賊も小剣を持っている。どうやら量産型の武器のようだ。
前衛の1人がジョンの方へと向かうが、もう1人は明らかに、ジョンを無視してエリーゼの方へと向かう軌道を取った。まだエリーゼは十分補足できる距離にいる。
――マズイ。
――このままではすぐにエリーゼに追いつかれてしまう。
「させるかァ!」
危機を悟ったジョンは、すかさず大剣を振るい、エリーゼの元へ向かわんとした空賊を斬りつけようとした。相手は避けるか防ぐか逡巡したが、ジョンがどのような遠距離攻撃を持っているか分からなかったからだろうか、もしくは、ここで確実に仕留めるつもりだったのか、ジョンに応戦した。ジョンの大剣を避け、顔に向けて小剣を差し込んでいく。もう1人の前衛を担当していた敵も、すかさずジョンの背中へ剣を突き立てようとする。このままでは、ジョンが空賊二人に挟み撃ちされてしまう。
――しかし。
(かかった!)
……一見、ジョンのピンチであるが、この、前衛2人がジョンを挟み撃ちするこの状況こそ、まさしくジョンの狙い通りだった。
――すかさずジョンは、、相手に接近されて初めて威力を発揮する魔法を発動する。
「爆炎!」
ジョンが気合いを入れる。瞬間、噴出される、紅き焔。身体全体から噴き出る炎が、空賊2人を襲う。
空賊両名は、この状況から反撃を受けることは想定外だったらしく、直撃こそしなかったものの、それぞれが腕に確かな火傷を負った。
……しかし、まだ戦力を削ぐには至らなかったようだ。
エリーゼの様子を窺いたいジョンであったが、さすがにこの状況で、後方を確認したり、通信をしたりする暇は無い。とにかく、この前衛2人の足止めをすることが重要だ。
2人は共に後退したが、その後ろに控えていた残りの2人の近接型の空賊がジョンに接近する。いわゆる波状攻撃である。背中を見せたら危ない相手だと判断されたのだろう。今度こそ確実にジョンを仕留めようという気魄で迫ってきた。
先ほどの不意打ちは功を奏したが、これだけの実力を持つ人間2人を、真正面から同時に相手できるほどジョンは強くない。彼自身、それを自覚している。
――とすれば、残るは逃走だ。
しかし、ここで後ろに後退してしまえば、せっかく逃がしたエリーゼを再び追わせる形になってしまう。かといって、前には遠距離武器を装備した空賊が待ち構えている。上は空賊の船があるし、下はそもそも地面だ。隠れる場所は無い。
――と、なれば、残るは。
「横ォ!」
ジョンは、後方にいる空賊の射線に注意を向けながら、横へ飛んでいった。
先ほどまで中衛に居た空賊の1人が、戦線から撤退するジョンの横を通り過ぎる。……さすがに、その空賊を後ろから攻撃することは出来そうにない。
エリーゼが、空賊が見つけられない程度に遠くにいることに賭けるしかない。
――仮に追いつかれたとしても、3人までなら対処できると試算したエリーゼだ。少女を庇いながらでも、1人ぐらいなんとかしてくれるだろう。
ジョンは、エリーゼのことを一先ず置き、中衛から前衛へと飛び出した敵のうちの残りの一人に、牽制気味に剣を縦方向に振った。空賊は小剣を横に構え、それを防ぐ。
……もともと倒すつもりは無かったし、倒せるとも思っていない。ジョンは剣を支点にし体を縦回転させ、相手の頭上を倒立前転の要領で越えていく。
「!」
「あーばよォ!」
ジョンはそう捨て台詞を残して林の中へ消えた。




