「いつも良いこと言ってるだろ?」
「却下……だって?」
驚愕の表情でリクトを見つめるジョン。それもそのはずだ。だって、必要な条件を全て満たしたうえで臨んだ申請だったからだ。
しかし、リクトのその冷徹な表情はまるで変わらなかった。何度言ったら分かるんだ、とでも言いたげである。これにはさすがのエリーゼも抗議の意を示した。
「……納得いかないわね」
リクトを睨みつけるエリーゼ。リクトはほんの少しだけ眉根を動かしたが、ただ、それだけだった。
「リクト、貴方は約束を破る気なの? ジョンの新設申請を認めないだなんて。……生徒会という立場に溺れて、心まで矮小になってしまったの?」
「約束? 私は約束なんてした覚えはないぞ?」
依然として憮然とした態度で言うリクト。そこに悪気も罪悪感も微塵も感じられない。本当に、あくまで契約を順守している、といった様子で、ジョンの気持ちを踏みにじる。
「私は『同好会申請には二名のメンバーが必要』だと言っただけだ。それで同好会が申請できるなど、一言も言っていない」
「……屁理屈よ」
「言うに事を欠いてそのような汎用な台詞しか吐けんとはな。貴様こそ、学年一位という立場に溺れて、語彙力を欠如してしまったのではないか?」
だいたい、とリクトは肩を落とす。
「……君に、この男にそこまでする義理があるのか?」
「無いわよ」
「はっきり言うね」
ナターシャが呆れたように呟いた。エリーゼは髪をかきあげて言う。
「こんな愚昧な男に立てる義理なんてあるわけないじゃない。これはジョンの為じゃないわ。貴方の横暴に納得できない私の反逆よ。勘違いするんじゃないわよ。
……ジョン、貴方もそこで項垂れてないで何か言い返しなさいよ、貴方らしくないわよ」
ジョンはエリーゼに肩を叩かれて、正気を取り戻したようだ。しかし、依然としてその表情には絶望が浮かんだままだ。……まさか、それほどまでに、サークルの創設が認められないことがショックだったのだろうか。
「……ジョン、貴方本当にどうしちゃったの?」
「……フン」リクトが鼻で笑う。「どうやら、この男の気概はそれまでだったようだな。他愛無い」
「そんなわけないわよ! ……そんなわけ、無いじゃない」
エリーゼには、確固たる確信があった。ジョンはこんなことでへこたれるような男ではない、という確信が。
――だって、あれだけ絶望的な状況で、あれだけ泥だらけになりながらも、エリーゼに打ち勝った男なのだから。
これしきのことで諦めるはずがない。
「ジョン、お願い、何か言って頂戴」
エリーゼが再度ジョンの肩を叩くと、ジョンは掠れた声で呟いた。
「……んで、だよ……!」
ジョンは鼻声で、心情を吐露した。
「ジョン……!」
ジョンが泣いていることに気づいて、驚くエリーゼ。まさかそこまで心を傷つけられていたとは。
ジョンは泣きながら、リクトに言う。
まるで、請い願うように。
「……ウソだろ、リック……、嘘だと言ってくれよ……!」
鼻を啜り、目を拭うジョン。普段ならば「気持ち悪い」と一蹴してしまうエリーゼであったが、このときばかりはジョンに同情した。ジョンはこの同好会に命を賭けていたのだ。なのに、その運命がこれほどまでに呆気なく幕を閉じようとしている。絶望するしかない。
しかし、リクトの応対は更に冷徹さを増していく。
「……泣き落としをしようとしたって無駄だ。貴様の同好会の創設は断じて認めぬ。分かったらさっさと去れ」
「ちょっと、貴方、いい加減に……!」
エリーゼはリクトに食ってかかろうとしたが、ジョンがそれを制した。思わぬ妨害に不意を突かれるエリーゼ。
「ジョン!」エリーゼはジョンに振り向く。「こんなに一方的に言われて恥ずかしくないの!?」
エリーゼはジョンに抗議するが、……しかし、違和感に気づく。
ジョンの表情が、絶望とはまた違う何かに燃えていたからだ。
この表情は、そう……。
大義を成す男の瞳。
ジョンはリクトに言う。
「……小さい……ッ!!」
ジョンは呻くように言った。
――リクトのこめかみが、ピクリと動いた。
……あ、これヤバい、めっちゃキレてる。リクトさんめっちゃキレてらっしゃる。エリーゼとナターシャが同時に震えた。しかしジョンは、依然として、リクトの矮小さに泣いていた。
ジョンはリクトをまっすぐから見つめ、訴える。
「……いつから……、この学校は、そんなつまんねえところになっちまったんだよ……! 夢と希望を持って入った俺が馬鹿みてえじゃねえかよ……!」
「…………」
リクトの眉間が深く皺を刻み、唇がぷるぷると震える。マジで怒り出す五秒前、といった感じだ。エリーゼはその様子に背筋が凍ったが、先ほどまでジョンに「言い返しなさいよ」と促した手前、今さら「……やっぱり黙っときましょう?」なんて言えるはずがない。
尚もジョンは嘆き悲しむ。
「リック、お前、生徒会長なんだよな……! なんでそんなつまんねえことほざいてんだよ……! あんだけ夢を持たせといてそれをへし折る? それは子供の、6歳児のやる悪ふざけだ! お前みてえな学校の命運を、進退を背負う人間のやることじゃねえよ! なあ、嘘だって言ってくれよ! じゃねえと、お前の下に付いている2000人の生徒が可哀想で仕方ない。お前を信頼して学校の自治を任している教師が不憫でしょうがない! そんなちっぽけで、卑屈な男なのか、お前は! 違うだろ……!」
どうやらジョンは、挑発でもなんでもなく、本気でこの学校の行く末を案じているらしかった。一歩間違えれば負け惜しみと捉えられなくもないが、ジョンの鬼気迫る表情が、その言葉が表裏の無い本音であることを実感せしめた。
ジョンはリクトを指差し言う。
「俺は、お前みてーなヤツが大っ嫌いだ! 権力を傘に、相手の希望を面白半分で踏みにじるヤツを、俺は、心の底から嫌悪する!
いいさ、同好会が作れなくったって、この学校を、この国を、この世界を変えてみせる!」
「ちょ、ジョン!?」
リクトを責め立てたと思いきや、わき目もふらず立ち去ろうとするジョンを、エリーゼは慌てて引き止めた。
「なに考えてんのよ、バカ!」
「……ッ!」
エリーゼに肩を掴まれて、ジョンは我にかえったようだった。
ジョンは、正気に戻った後、自身が突発的に帰ろうとしてしまったことに気づき、生徒会室から出そうになるところをすんでのところで踏み留まった。
「……すまねえな、エリーゼ」ジョンはエリーゼに礼を言う。「ついカッとなっちまって」
「……いいわよ、別に」エリーゼはわずかに目を逸らす。「感情的に物を言うのは貴方の特技なんだから」
「……微妙に嬉しくねえな」
ジョンは涙を拭い、それからリクトに問う。
「リック。そもそもだ。なぜ、俺たちの部活が承認されない?」
「……それ、初めに訊くべきだよね」
ナターシャがジョンにツッコんだ。ジョンはバツが悪そうに答える。
「悪かったな、リックの小ささに絶望しててよ」
「……フン、貴様ほど小さい男に罵られても痛くも痒くもないがな」
リクトは椅子から立ち上がった。ジョンを見下すように睨みつけ、そして解く。
「理由なんてものは単純だ。
……ジョン、君がこのサークルの代表者でいいのだな?」
ああ、とジョンは首肯する。リクトは「ふむ」と頷いた。
「端的に言おう、……貴様には、新しくサークルを創るだけの実績が無い」
「実績ィ?」
ジョンは目を細めた。リクトは肩を竦める。
「この学校では、毎年様々なサークルが作られていることくらい、君も知っているだろう?」
リクトに言われ、ジョンはザックの言葉を思い出した。そういえば、あの教師も似たようなことを言っていた。
……また、それによる問題も、同時に語っていた。
リクトは大袈裟に嘆く。
「同好会、及び部活動によりこの学校に活気が出るのはいい。だがしかし、一方で、サークルを創ってはみたものの、他の学校、及び近隣に誇れるほどの実績を残さず、漫然と活動しているサークルのあまりに多いことか」
――国立第四魔法学校では、全ての生徒が寮生活をする関係で、必然的に学校に入り浸ることになるため、生徒のほぼ全てが、同好会か、もしくは部活動に所属している。
大抵は既存の団体に所属するのだが、そのどの団体にも共感を抱けず、漠然と「他とは違うことがしたい」「自分たちのやりたいことをしたい」という希望を持つ生徒が、同好会を創ることが多々あった。
因みに、同好会と部活動の違いについてだが、部活とは、この学校の設立当初からある団体、又は、長年実績を残し、活動も活発である同好会が部活に昇格したもの、この二パターンが挙げられる。逆に同好会は、近年新しく活動団体として発足したもの、或いは、長年同好会として活動してきたが、大きな成果を上げられずにいる団体を指す。簡単にいってしまえば、部活は同好会より偉い、ということである。
「これまでは、そういった生徒たちの同好会新設要望を、生徒たちの自主性を重んじるという名分で通していったが、――少し考えれば分かる幼稚な問題ではあるのだが――近年、この学校には同好会が乱立している状況となってきた。
しかも、そういった同好会のほとんどが、活動目的、年間予定などが不明瞭、しかも大した実績を残さずに、部室を借りるだけ借りて遊び呆けているという。……真に由々しき事態である」
リクトが忌々しげに拳を握る。
「そこで私は、そういった体たらくを晒している同好会を右から左へ有無を言わさず潰してきた。ごく潰しに貸し与える部室など無い。また、新しく同好会の創設申請が来たとしても、設立メンバーにこれといって誇れるような活躍実績が無い場合は、問答無用で跳ね除けることにしたのだ」
「……なるほどね」
エリーゼは首肯した。確かに、リクトの話、それ自体は理解できる。
……理解できるが、しかし、納得できる話ではない。
だが、リクトの言った通り、ジョンには活動実績は何も無いのは事実である。
――入試成績だって123位という微妙なランクだし、おまけに甲斐性も魔力も無い……。
「……おい、エリーゼ、お前いま失礼なこと考えてないか?」
「事実を突きつけるって、失礼なことに当るのかしらね?」
「まったく誤魔化すつもりすら無いのな」
「しかし、実績ねえ……」
ふむ、とエリーゼは思案し、それから訊ねる。
「ジョン、貴方、何か私に隠してるとっておきの活動実績とか無いの?」エリーゼは人差し指を上げる。「実は異世界でハーレム作って魔王を倒しましたとか。実は異世界から転生して反則じみた能力を持ってますとか」
「同好会とか作らずとも既に世界を変える力を持ってるんですがそれは」
「実は現役ラノベ作家ですとか、漫画賞で入選取ったことありますとか」
「それお前の願望だろ」
「読書コンクールで入選……、いや、この際拾った10円を交番に届けましたレベルでいいから」
「右肩下がりで規模が小さくなってくな! お前俺をなんだと思ってるんだよ!」
「下らん戯言はそれくらいにしてもらおうか」
「ぐうの音も出ねえ」
ジョンもさすがにこの会話の不毛さを自覚していたようだ。
「とにかく」リクトはうんざりした様子で結論を下す。「貴様のような卑小な人間に同好会を創る権利は無いということだ。分かったらとっとと――」
――と、リクトが片腕を振り退去を勧告しようとしたそのとき。
「――つまり」
――不意に、横から口を挟む人間が現れた。
生徒会室に居た人間が一斉に声のした方を振り向く。
ドアに体を預ける男が一人。
「! ザック!」
「来てたの!?」
ジョンとエリーゼが同時にかの教師の名を呼ぶ。そう、扉の前から話を遮った人物は、他でもないザック・ディクソンだった。彼はリクトに問う。
「――つまり、だ。同好会を創っても、それが無駄に終わらず、必ず『意義のある活動ができる』という保証があれば、――そう、代表者自身にそれに見合うだけの実績があれば、同好会を創ることを許可してくれる。
……そういうわけだな?」
「そ、そうよ! たまには良いこと言うじゃない!」
「いつも良いこと言ってるだろ?」
エリーゼはザックの決め顔を華麗に無視しつつ、その言に乗っかった。
「実績が無い? だったら作ればいいじゃない! 作る機会を与えなさいよ! それが生徒会長ってもんでしょ! それとも、そんな曖昧な言葉で茶を濁して、具体的にどんな活動をすればいいのか、まるで決めてないなんてわけないわよね!」
「……言ってくれるじゃないか」
いよいよリクトは沸騰寸前までに怒りを募らせた。両手がぷるぷると震えているのが分かる。このまま眼鏡を外して盛大に罵声を飛ばしそうな勢いだ。
リクトの怒りが今にも爆発せんとしたそのとき。
「――リクト」
「……分かっている」
ナターシャがリクトを心配した。怒りに振り回されるな、我を見失うな、……そう、警告しているようだった。
彼女も彼女で、リクトの側近であるに足る冷静さを持っているようだった。雰囲気はほんわかしているだけに、そのギャップに目を覚まされる思いになる。
「……ジョン・アークライト」
リクトは紅い男の名を呼ぶ。ジョンは「ああ」と返事をした。
「……貴様は、『ブルーハーロン』を知っているか?」
「……ブルーハーロン……」ジョンは知識を探る。「……あの、アムスティアに生息しているという、蒼き龍のことか」
ジョンはブルーハーロンのことを知っていた。この学校を受験する際に勉強したからだ。
ブルーハーロン。蒼き龍。このオキト区の近くのアムスティアという山林地帯に生息しているといわれる。多くの龍のご多分に漏れず、その龍も巨大な体長と、広大な翼を持っている。気性はそこまで荒くなく、森林などで遭遇しても、こちらから攻撃してこない限り気概は加えてこない。むしろ人懐っこい一面もあったりするため、古くから人間に近しい龍として知られてきた。
とはいえ、やはり龍である。不用意に近づけば黒焦げにされることは間違いない。
ジョンがその龍を知っていることを悟ったリクトは、ジョンにある条件を出す。
「そのブルーハーロンの、『蒼い火』を持ってこい。
……そうしたら、同好会の申請を認めてやろう」
サブタイトルは「引きが強く」、かつ「ミスリードを誘いそうなもの」という選考基準のもと「適当に」選んでます。(。・ ω<)ゞ




